辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第七章:サライ=マキシーン(4)−1

 凶事…それはなにを意味するのだろう。
 サライは、静かに言った。
「…日蝕に注意するように…ファルケンに伝えてくれ。ファルケンなら、いずれ日蝕の異常の理由に気づくだろう」
「日蝕の異常の理由ですか?」
「そうだ。…ファルケンはまだ気づいていないようだがな。…それに気づいた時、恐らく、ファルケンはどちらか、進む道を選ぶはずだろう」
 レックハルドは、サライの言葉に喉を鳴らした。何かとんでもない話になってきたような気がする。どちらかの道とはどういう意味だと、レックハルドは怪訝に思った。何か嫌な予感がする。
「…あいつの…選ぶ道って何ですか?…オ、オレはその時どういう…」
 レックハルドが、遠慮がちに訊いた時、ふとサライは表情を変えた。どこか、からかうような顔になっている。そのまま、彼は話を急に転換してきた。
「そういえば、お前さんは自分の名の由来について知っているか?」
 不意に話を反らされて、レックハルドは少し期待はずれな顔をした。彼はその凶事なるものが何なのかということを知りたかっただけなのであるが…。
「…知ってますよ。古代、無茶やった宰相の名前でしょう?それより、オレは…」
 言いかけたとき、サライは手を振ってにやりとした。
「今はその話をやめた方がいいだろう。ファルケンの考えは私にはわからない。…君の選ぶ道は、ファルケンが方法をとってからでしか選ぶ事が出来ない。私が教授できるようなものではないのだ」
「…は、はあ」
 レックハルドは、何か釈然としなかったが、それ以上食い下がる事もできず、黙った。サライは、おもしろそうに口元を歪めた。
「では、話を戻そうか。…なるほど。まぁ、いろんな意味で無茶はやったな。その本名をしっているか?」
「いいえ」
 レックハルドはさほど嬉しそうでもない。
「レックハルド=ハールシャー。そういう名前だな」
 レックハルド=ハールシャーは、知る人ぞ知る、古代史最悪の宰相の名前である。彼が起こした虐殺事件や王をないがしろにしての独裁的な政治など、古代史は些かの誇張を交えてそう伝えている。レックハルドもその事は本当はよく知っていた。昔、それをネタにからかわれた事もある。その時は、相手が自分よりも強かったので、あえて愛想笑いを浮かべていたが、おもしろいはずもなかった。
「そこまで知りませんよ」
「…なるほど。その名前は気に入らないと見えるな」
 サライは、レックハルドの本心を見抜いて、くすくすと笑った。
「レックとは古代ギライファ語で、『砂の、砂礫の』といった意味だ。転じて『荒れた』というような意味にもなる。それから、ハルドは、『大地』つまり、『砂漠の大地』という意味だな」
「凄く不毛な名前ですね」
 レックハルドはどこか他人事のように言った。彼は親も名付け親も知らなかったが、つくづく名前をつけた人間の気が知れないと思った。大体にして、名前は子供の幸福を願ってつけるものである。不毛の大地の名前をつけたものがいて、しかもつけられた男は、最悪の悪人であり、そこから自分の名前をひねり出したものがいる。どういう了見なのだろう。今更、文句をつける気はないが、言い訳ぐらいは訊いてみてもいいような気がした。
「確かに不毛これ上ないな。だが、その男がなにをしたのかも、知らないだろう?」
「…色んな悪事をしたと聞いております」
「だろうな。あんなに評判の悪い男はいないからな」
「…嫌味ですか?」
 レックハルドが多少嫌な顔をしたのも当然だった。しかし、サライは彼の言葉など聞こえていないかのように、また話を振りかえる。
「ザナファルとカルナマクという名前を聞いているだろう」
「ええ、確か、カルヴァネス。いえ、西カルヴァネスですから、ディルハートも含みますね。…そこの英雄の名前でしたっけ。頭が三つあるライオン倒したり、えっとそれから、蛇の化けもんを相手に戦ったり…。そんなに詳しくは知らないですけど」
 いって、レックハルドは思い出したように付け加えた。
「あぁ、レックハルドなんとかを叩き殺したのも、そいつらでしたっけね」
「そうだ。そうとも言われている。まぁ、歴史書では、ハールシャーは、自殺した事になっているがな。カルナマクは、ある都市の王。ザナファルは、戦士の名。二人は親友だ」
「それがどうだっていうんですか?」
 レックハルドは、サライの意図を読みあぐねてきていた。サライは、彼が徐々に腐ってきているのを感じて、ずばりという。
「お前さんがきいたことのあるカルナマクとザナファルの英雄譚はかなり歪められているんでな」
「歪め…?どうしてですか?」
「その当時の王国に不都合な事があったからだ。…まず、第一に、ザナファルは人間ではない」
 思わぬ事をきいてレックハルドは、今日何度目かわからないが、目を見開いた。身を乗り出して、彼は興奮気味にサライに詰め寄った。
「だ、だって、ザナファルって言うと…」
「そう、英雄に祭り上げられているが、奴は英雄でもなんでもない。…ザナファルというのは、本当の名を黄炎石のザナファル。…クーティス読みでザナファル=ロン=ファイェーシェン。つまり…」
「お、狼人!」
「その通り、狼人の…一団のリーダーだ」
 サライは静かにいう。
「…ザナファルは、カルナマクの親友でもあり、そして当時の王国にカルナマクとともに、反乱を起こした。そして、負けて死んだ。それが、二人の英雄譚の本当の最期だ」
「…そ、そんな…聞いた事ありませんよ。狼人とつるんだ王様なんて」
「だからだ。…当時、王国は辺境と対抗していた。そして、都市を 殲滅 ( せんめつ ) した。だが、二人はその頃すでに、有名だった。だから、王国は、人の記憶をすり替えた。その時の王国の宰相が…」
「レックハルド=ハールシャーですか」
「…まぁ、そういうことだ」
 レックハルドの顔が、少しだけ険しくなったのをサライは見逃さなかった。サライは、にやりとした。ここで、一つ慰めついでににからかってやろうと思ったのである。
「…君はカルナマクに似ているな」
 唐突に言われて、レックハルドは、一瞬意味を把握しかねた。
「は?」
「狼人を友とし、そして彼らと共存しようとしたところがな」
 サライは、いたずらぽく微笑む。その表情の中に違和感を感じ、レックハルドは疑わしそうに彼を見た。
「世辞と嘘は嫌いですよ。言うのはいいですが、言われるのは。…慰めならよしてください」
「世辞かどうかは、いずれわかるだろう」
 サライは明言を避けながら、心中で小気味良さそうに笑っていた。鋭い青年だ。
(なんというか…相変わらずといいたくなるほど…、よく似ているというか…)
 レックハルドは、すっかり気分を害したらしく少しそっぽを向いている。すぐ態度に出やすいが、読みはひたすら鋭い。そういう様子が、彼に随分と昔、彼が知っていたある男を思い出させていた。サライは、からかうような目をレックハルドに向けた。
(…だが、…お前にはまだ答えはやれないな。)
 その様子を、そっとリレシアが見ている事に、サライは気づいているようだった。

 
 シェイザスは、水晶玉をじっと見ている。ファルケンは、それを律儀に静かそのもので見守っていた。不意に、シェイザスは、閉じていた目を開いて、すっと指を逆の方向にむけた。どうやら、何かを感づいたようである。
 ファルケンは、ようやく身を乗り出して訊いた。
「わかったか?」
 ええ。とシェイザスはうなずいた。
「レナルは、東の方角にいるわ」
「東?」
 ファルケンがそれとなく東の方角に頭をめぐらせた。
「…てことは…かなり戻るんだな?」
「クレティアよりは、西よ」
 シェイザスは微笑む。
「ううん、じゃあ…一回レックと相談しないとなあ」
 ファルケンは、どうやってレックハルドを東に行かせるかということに悩みだしたようである。レックハルドを釣るには、それなりの儲けというものが必要なのだった。ただ、行きたいから。では、納得してくれないだろうと思う。レックハルドは所詮商人で、大概につけて、友情や愛情などといったつかめないものより、確実に感触のある硬貨のほうを信じるのである。ただ、マリスに関してだけは、どうも別らしいと、ファルケンは最近になって、不意に気づいていた。
「レナルと交渉とか…。何か、特産品あったかなあ」
「なかなか、悩みが深いわねえ。あなた」
 シェイザスが、楽しそうにくすくすと笑う。ファルケンは、なぜ笑われているのか、いまいちよくわかっていないようだったが、一応、意見を聞いてみた。
「レックを納得させるにはどうすればいいかなぁ?」
「さぁ」
 予想していたとはいえ、シェイザスの冷たい言葉は、鈍感なファルケンの心でも容赦なく傷つけてくれる。
「それは、あなたの…考えなきゃいけないことでしょ?」
「…わかった」
 ファルケンは、望みをあっさりと断たれて、少ししょげた顔をしたが、すぐに立ち直ると、歩き出した。
「あら、どこへ行くの?」
「ダルシュを探そうと思って。…シェイザスは、なんか言いたい事とかあるか?」
 どうやら、彼なりに仲裁をしてやろうとしているらしいことを汲み取って、シェイザスは、くすりとした。
「あなたって、かなり不器用よね。レックハルドと同じぐらい不器用よ」
 ファルケンは些か驚いたような顔をした。
「ええ?そんな事ないだろ。だって、レックはとても器用だぞ?」
 納得いかないらしく反論した。常に鮮やかな処世術や交渉術を見せつけられている彼としては、レックハルドが不器用で、ましてや自分と一緒だということは、考えられなかった。シェイザスは、そんな彼を見て、更に笑い出した。
「うふふ、だから、あなたは『鈍い』のよ」
 ファルケンは、てんで意味がわからず、後頭部をかいた。そして、シェイザスは、本当にわからないことばかり言う人なんだなあ。と、思わず認識を新たにするのだった。








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©akihiko wataragi
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