第七章:サライ=マキシーン(4)−2
「ロゥレンちゃん、かわいー!」
マリスが色々、じゃらじゃらと頭の上からアクセサリーを飾りつけるのを見ながら、ロゥレンは止める気すらうせていた。幾らなんでもつけすぎだと思う。
金属はあまり好きではないので、それはイヤだと告げると、マリスは、
「まぁ、ロゥレンちゃん、金属アレルギーなのね」
と、妙に同情深げな顔をしたが、それもまた間違いである。どうしてこうも、意思疎通が上手くできないのだろうか。ロゥレンはその辺りが不満なのだが、この娘だけは何を言ってもにこにこと流されてしまう。気力がうせてしまうようだ。
「じゃあ、これとこれと、これとをいただきますね」
マリスは店の主人にそう告げて、早々と買い物を済ませていく。というよりも、かなり時間がたっているのだが、すでにロゥレンには時間の感覚がわからなくなってきていた。
「あ、そうだ。ロゥレンちゃん」
いつの間にか、店の外に出されていたロゥレンは頭に木製のアクセサリーをじゃらじゃらつけたままだったが、マリスに呼ばれてハッと我に返った。そっと頭に手をあてると、翡翠らしいグリーンの宝石がびよんと垂れ下がる。
「い、幾らなんでも、これ、つけすぎじゃない」
ロゥレンは、ようやくそういったが、マリスはそうかしら?という顔をしている。
「じゃあ、ロゥレンちゃんがその中から好きなのだけをつければいいわ」
にこりと微笑むマリスに言われると、どうも皮肉が言いにくい。ロゥレンは図らずも苦しい事態に追い込まれていた。
「そうそう、あのね、あたし、ちょっとそこでお菓子を買ってくるわ。おなか空いたでしょ?」
「わかったわよ。待ってればいいんでしょ」
「じゃあ、買ってくるからちょっと待っててね〜」
ぱあっと微笑み、マリスはるんるんと歩いていった。ぼんやりしているし、何を考えているのか全然分からない。それだけに、どうもいつもの調子が出せないロゥレンだった。
「…わけわかんないわ」
ロゥレンは言いつつも、アクセサリーには興味があったので、そうっと頭からはずしてみる。三日月や星をかたどったものなどが、数珠つながりにされている。綺麗だなあとロゥレンは思わずうっとりして、次のを頭からはずしてみる。
だが、ロゥレンが引っ張った時に、いきなり被っていたショールが外れて下に落ちたのだった。彼女の金色の髪の中から、長い耳が飛び出た。
「あ!!」
近くを通っていた男が声を上げた。瞬間、それに気づいてロゥレンは慌ててショールを被りなおす。木製のアクセサリーが、地面にばらばらと落ちていく。
「おい、今の…」
ぼそりと男が、横の男に声をかけた。あまり感じのよくない男たちである。ロゥレンは、慌てて逃げようとしたが、突然肩を掴まれた。
「お嬢さん、ちょっと待てよ!」
「いやっ!放してよ!」
ロゥレンは慌てて、もがいた。余計にショールがはずれて、耳が見えてしまう。
「ほら、やっぱりそうだ!」
男の一人が仲間に言った。五人ほどの男たちが集まってきた。皆、人相などがよくない。どうやら、ごろつきらしかった。
ロゥレンは、手を掴まれてそのまま引っ張られる。逃げようとしたが、手を放してくれなかった。
「見ろよ!こいつ!人間じゃないぞ!」
男たちが笑いながら言う。ロゥレンは、半分引きずられながら、容赦なく掴まれた手が痛いのに
「痛い!放して!」
やっぱり人間の町なんかに来てはいけなかったのだ。ロゥレンは思った。やはり、そんなに楽しいところではない。ファルケンの言った事は全部嘘だ。ファルケンは、あんなにも騙されやすいのだから、人間界を楽しいところだと騙されていてもおかしくない。
ずがっといきなり腰を蹴られて、男の一人がその場に転げた。拍子に、ロゥレンを掴んでいた手が外れて、彼女は慌てて男たちの間から抜け出した。
彼らが、一体誰だと後ろを振り向くと、くるくると巻いた紅い髪の少女が、腕を組んで立っている。まさかとは思ったのだが、娘が次のようにきっぱりと言い切ったので、攻撃してきたのが彼女だとようやく分かった。
「女の子をいじめるなんて、最低だわ!」
マリスが、いつものぼんやりから急にきりっとして、そこに立ちはだかった。
「…あたしが相手をします。かかってらっしゃい!」
男たちは少しかっとしたが、それでもまだ余裕があった。相手はいかにもお嬢様で、か弱そうな若い小娘である。世間ずれしていない純粋そうなかわいい顔で、いくら凛々しい表情をしても、そう迫力があるわけではないのである。
「なんだよ、お嬢さん。威勢が随分いいじゃないか」
「怪我でもしたら、そのかわいい顔が勿体ねえぜ?」
男たちがにやりとした。マリスは、何も言わない。よく見ると腰にさしている細身の剣が、揺れていた。
「おい、ちょっと相手をしてやろうぜ?」
一人が笑いながら言った。
「そうだな」
にやつきながら彼らは、マリスに近づいていき、間合いを詰めたところで一斉に襲い掛かった。
「ちょっと!あんた…ッ!」
ロゥレンが、叫んだが、マリスはまだ動かなかった。
ファルケンは、あちこち歩き回った挙句、ようやく草原でふてくされたように寝転ぶダルシュを見つけた。
「あ、ダルシュ」
ファルケンは、たったと走りよっていくが、ダルシュは軽く彼に目をやっただけである。
「シェイザスは…その…怒ってないんだって…だけど、その…」
何と話しかけたものか迷いながら声をかけた。どうもうまくいかないものである。ダルシュは、むっつりとしたままだった。ただ、彼の返答は、別に怒っていたわけではなさそうである。
「…わかってるよ。…あいつの性格ぐらい。どうせ、そんなんだと思ったけど」
ダルシュは、ぼそりといった。ファルケンは、ダルシュの横に腰を下ろしながら訊いた。
「シェイザスとは随分古い知り合いなんだな?」
「あぁ、オレとシェイザスは同族でさ。身寄りがなくって一緒にこのカルヴァネスにやってきたんだ。そのときからずっとだな」
「そうか」
ファルケンは、軽く腕を組む。
「アイツは占い師の婆さんの養女だったっけ。…それで、ああいう事に詳しいんだな。オレの方はさ、農民の家にいったんだけど、こんな性格だろ。あちこちでケンカして、問題起こしてさ。結局、王国の騎士団に入るまで、ずーっと落ち着かなくて…。あぁ、どうしてだろうなあって思ったけど、オレは暴れてないとなんか…こう、生きてるって感じがしねえんだ。血の気が多いんだろうな、きっと。凄く迷惑だとは思ってんだけどな」
「でも、ダルシュは悪い奴じゃないよ」
ファルケンは言った。
「…悪い事してる奴が許せなかったんだろ?」
「…そうとも言うけどさ、…どっちにしろ、暴力ってのは社会的には悪ぃことなんだよ。どんな理由があったってそうなんだってさ」
ダルシュはため息混じりに言った。平和な時代では、彼のような人間の出る幕はないのである。幸か不幸かは別として、ダルシュは戦乱の時代なら、きっと英雄にでもなっていたはずの男であった。平和な時代に生まれたのは不運ともいえるかもしれない。
「お前は変な奴だよなあ」
ダルシュは苦笑しながら呟いた。
「何が?」
ファルケンは彼の顔をまじまじと覗き込む。
「…なんか、お前と話してると、妙に身の上話を話したくなっちまう。…あの守銭奴も何かお前に話しただろ?」
ファルケンは言われて、レックハルドと最初に会った時の事を思い出した。レックハルドは生い立ちは話さなかったが、マリスとの出会いと借金をした経緯について妙に丁寧に話したものである。
「…そういえばそうかなあ」
「だと、思うぜ」
ダルシュは、どうでもよさそうに、しかし、少し感心したような口調で言った。
「ホント、お前って変な奴だよ」
そうダルシュが言った時、不意にファルケンはぴくっと顔を上げた。
「どうした?」
ファルケンは、市街地の方にそれとなく視線を送りながら小首をかしげた。
「向こうの方が騒がしいなあ」
「わかるのか?」
ダルシュが、奇妙な顔をした。ファルケンほど耳はよくない。というより、ファルケンが良すぎるのだが…。
「何となくだけど…、大騒ぎが起きているような気がするんだ。オレちょっと様子を見てくるよ」
ファルケンは立ち上がると、おい!と声をかけてくるダルシュをおいて、市街地のほうに駆け出した。
マリスのひじうちが綺麗に決まり、男は見事に吹っ飛ばされた。すでに周りに集まってきていたギャラリーは、それをみておおーっとのんきに歓声を上げた。
「この女、無茶苦茶強いぞ!」
三人目が伸びてしまい、残る男はたった二人。マリスは無傷である。
「くそう!」
小柄な男が腰の短剣を抜いた。周りの野次馬達が、どよめきをあげる。今度は、恐怖ととんでもない事になったという動揺の声だった。
「なめるなよ!このアマ!!」
マリスは、きっと相手を睨んだ。大きな目でどれだけ睨んでも、別に恐くはないのだが、今、仲間を三人のされている。その上でのマリスの視線は特別だった。
「死ね!!」
叫ぶ男の振るう短剣をあっさりと避け、マリスはその背中に回し蹴りを叩き込んだ。ぎゃあ!と悲鳴を上げて、男が倒れる。起き上がってくる気配はない。
「あ、ちょっと、すいません。どいて、どいて」
ファルケンは、要領を得ないながら、大柄の体をようやく人ごみの前のほうに移動させた時、マリスは最後の一人を叩きふせていたところだった。
マリスがいるということにも驚いて、ファルケンはマリスに声をかけた。
「あ!マリスさん!大丈夫か!」
「まあ、ファルケンさん」
急にマリスはいつものどこか抜けた娘に戻った。同時に、最後の一人がばったり倒れる。
ギャラリーは、事が終わったのを見て、徐々に引き始めていた。ファルケンは、人がいなくなったので、ようやく自由に行き来できるようになり、ホッとした顔でマリスの方まで歩いていった。そして、ショールを適当に頭から被ったまま、口をあけて呆然としているロゥレンと、それからマリスの足元にごろごろ転がっている気絶した男たちとの両方を見た。
「すごいなあ。こいつら全員マリスさんがやっつけたのか?」
「ええ。暴力はいけないことだと思ったんですけど、この方達がロゥレンちゃんをいじめるので、ちょっとぎったんぎったんにしてしまったの」
「そっか〜。ぎったんぎったんか〜」
物騒な言葉にも、ファルケンはニコニコしている。マリスも相変わらず表情が変わっていない。言葉の意味を把握しているのかどうか…わからないほどである。
「ちょっと!あんたたち、意味わかっていってるの?」
ロゥレンが慌てて、マリスの袖を引っ張ったが、さらりと二人に流された。
「ロゥレンも良かったなあ。マリスさんと遊んでもらえて〜」
ファルケンがにこやかに言うと、ロゥレンは、顔を背けた。
「あたしが遊んであげたのよ!」
(もう、道には迷うし、変な奴に絡まれるしで、最悪だわ!この娘!)
ロゥレンは思ったが、当人はニコニコしながらファルケンと話をしている。
「ロゥレンちゃんってしっかりしているのよ」
「そうなんだ。よかったな、ほめられて〜」
「あんたたち!ちょっとは、現実を見なさいよ!」
疲れてきて、ロゥレンはこの場から逃げてやろうとしたが、それとなくマリスがロゥレンの服の裾を掴んでいて、逃げるに逃げられなかった。マリスとしては、これ以上はぐれたり、いじめられたりしないようにとの親切のつもりらしいが、彼女にとっては迷惑以外の何者でもない。
仕方なく、ロゥレンはファルケンに話を振った。
「…だ、だいったい、なんで、こんな所にいるのよ!ファルケン!」
「それよりも、どうしてこんな所にいるんだよ?ロゥレン」
切り替えされてロゥレンは詰まった。確かに、街の中にファルケンがいてもさして珍しい事ではないのだが、辺境の中から出てこないロゥレンが、街のど真ん中でキラキラ光る石を頭につけてうろついているのは、普通ではない。
「な、なんでもないわよ!」
まさか、ファルケンを追いかけてきたとか、街に興味があったからなどとは言えず、ロゥレンは、ふんと顔を背けた。
「この娘があたしを連れて行ったの!さらわれたも同然なんだからっ!!」
「マリスさん、ロゥレン、迷惑かけなかったか?」
ファルケンが少し兄貴面してそう訊いた。ロゥレンにとってはあまりうれしくないのだが、ファルケンはロゥレンよりも十は年上である。辺境に住まうものにとっての十年など、ほんのわずかな差である。しかも、昔はよくファルケンを泣かして、弟扱いしていたロゥレンなのだが、ここの三十年ほどは、ファルケンがずっと年長者としてのスタンスを崩さないのである。それが気に入らない。
「いいえ。とっても楽しかったわよねえ、ロゥレンちゃん」
「あたしを無視して話すすめないでよっ!」
ロゥレンは怒ってふくれるのだが、マリスもファルケンもやはり表情を変えない。まだファルケンだけなら何とかなるのだが、マリスがいるとどうしようもなく手ごわい。それに、ファルケンはしばらく見ないうちに、妙に要領がよくなってきている。
(やっぱり、あの横にいる悪党が悪影響を与えているんだわ!)
ロゥレンは、自分をひたすらからかってくる、あの目の細い青年の事を思い出した。
向こうからおーい、と声をかけながら、ダルシュが走ってきた。どうやら、ファルケンが心配なので追いかけてきたようである。そして、マリスがいるのを見てぎょっとしたようだが、マリスの足元に強そうな男たちが、文字通りぎったんぎったんにされて伸びているのをみて、更にびっくりしていた。
「ど、どうしたんだ?お前がやったのか?」
ダルシュは、ファルケンに訊いた。
「いいや、これはマリスさんだよ」
「ええっ!」
ダルシュは、更に目を大きく見開いて叫んだ。
「ま、まりすさんですか?」
「ええ」
にっこりとマリスは微笑んだ。どうやら、嘘は言っていないらしい。ダルシュは、関心を通り越して、やや冷や汗をかいた。
「…す、すごく強いんですね」
引きつった笑顔でそういうと、マリスはきょとんとして首をかしげる。
「そうかしら?ダルシュさんのほうがずっと強いと思いますよ」
純粋な笑みを浮かべて答えてくるマリスに、ダルシュは、それ以上返す言葉がみつからなかった。
「あぁ」
レックハルドは、窓の外を見て驚いたような顔をした。窓の外は真っ赤に染まっていた。
(いっけねえ、夕方になっちまった…!)
ファルケンはふもとの町に待たせてある。近頃、やたらと融通がきくようになったので、生真面目に心配したりはしないだろうが、それにしたってファルケンを一人でほったらかしておくのは危なっかしかった。狼人からの情報を得ようとするものはたくさんいる。
「どうやら、時間が一杯一杯のようだな?」
「すみません。長居しちまいまして」
レックハルドは、苦笑して、立ち上がった。
「オレはこの辺でおいとまする事にします」
「そうかね。…では、またおいで」
サライも立ち上がり、レックハルドをおくる用意をする。それから、思い出したように付け足した。
「そうだ、マザーと狼人と妖精…。彼らがなぜ人に似ているのか、よく考えてみるといい」
サライは意味ありげに微笑みながら言った。
「なぜ、彼らが男と女に分かれているのか、そして、マザーとは何者か。日蝕は何故起こるのか?そして、…ファルケンがなぜ火を平気で扱えるのか。辺境の者達と人間のかかわりの歴史は?そして伝承との食い違いについて…」
「学のないオレには、難しすぎますよ」
レックハルドは切って捨て、愛想笑いを浮かべた。
「…目の前に問題が出てきた時に、考えます。それまでは、オレには荷が重過ぎるでしょう」
「なるほど。それでもいいだろう。…相変わらずのようだな、レックハルド」
サライが急にそんな事をいったので、レックハルドは怪訝そうに彼を見た。なぜ、昔から知っていたような口をきいたのだろう。目でそれとなく尋ねてみたが、返答は、当然サライからはかえっては来ない。ただ、微笑みながら彼はこういった。
「また困った事があれば来るがいい」
レックハルドは、怪訝な顔をしたままだったが、サライから答えが引き出せないような気がして、それ以上は聞かない事にした。
「ありがとうございました」
レックハルドは、そういうと礼をして部屋から出て行こうとしたが、不意に考え直して振り返った。
「…そういえば、シャザーン=ロン=フォンリアという狼人を知っていますか?」
訊かれてサライの口から笑みが消えた。
「…そうだな、耳に入ったか…」
「ええ。この前ちょっと…」
サライは、囁くように言った。
「シャザーンについては、狼人に直接聞いたほうが早いだろう。…そうだな、ファルケンが一番親しい狼人にきいてみるがいい。私よりも詳しく教えてくれるだろう」
「あなたは、教えてくださらないんですか?」
レックハルドは、不満そうな顔をする。
「私の口から言っても、よくわからんだろうからな」
サライはゆったりと笑った。
「…答えを得るには、お前の時はまだ熟していないのだ」
「…わかりました」
シェイザスといい、全くこの人種は苦手だ。自分の都合しか考えやがらねえ。
レックハルドは、ため息とともにそう答えると、さっさと諦め、にっと笑った。もとより切り替えは早いほうである。出せない答えを、執拗に追いかけても仕方がないと彼は判断したようだった。
「では、またお世話になりに来ますよ。その時は、オレに答えを下さい」
「そうできればいいのだがな。…ファルケンによろしく伝えておいてくれ」
サライに見守られる中、レックハルドは礼をひとつして扉を開け、そこからするりと抜けるように外に出た。
「あなた。…どうして、本当の事を言わなかったの?」
リレシアが、そっとサライの横に座りながら言った。
「あの方は…カルナマク様には似ていらっしゃらない…。レックハルド様によく似てらっしゃる。…そして、レックハルド様は、本当はとてもお優しい方…」
「…私の口から言っても詮無い事だ」
そっと、リレシアの肩に手をかけながら彼は続けた。
「あれは答えを自分で見つけ出す…。そうでなければ納得しない。あの青年が、レックハルド=ハールシャーと同じなら」
リレシアは、黙ってサライの顔を見ている。
「レックハルド=ハールシャーは、何も持たずに生まれ、常に上ばかり見ていた。私は彼をよく知っている。切り替えが早く、計算高く、冷徹で人を平気で傷つけ、弱者を足場にしてうえにのぼりつめたり、計略で他人を平気で陥れたりする男。しかし、情にもろい所もあって、計算を捨てて人助けに走り、後でちょっと苦笑しながら自分の失敗を嘲笑いもする。風采は上がらないが、妙に見捨てがたく、そして、人を自分のペースに引っ張り込む。本来はとても優しく、そして、強い男だ」
サライは、どこか遠くを見るような目をした。
「…あの青年は、名の通り…レックハルド=ハールシャーによく似ている」
サライは、立ち上がった。
「そして、ファルケンは、ザナファルに…」
サライは、窓の外をみた。
「狼人、妖精、マザー、人間、ザナファル、レックハルド=ハールシャー、カルナマク…、そして歪められた伝説」
サライは目をふせ、それからそっと窓の外をもう一度見た。
「ゲルシックのレックハルド…。お前は真実を知った時、どんな顔をするだろうか」
窓の外には、帰っていくレックハルドの背が見えていた。赤い夕日に向かい歩く彼の、どこか飄々とした感じの歩き方は、昔、砂漠に去っていった黒い服をきた背の高い男を思い出させてやまなかった。