一覧 戻る 進む 第一章:旅の始まり 第一話.ファルケン 辺境が人に恐れられるのは、辺境が精霊のはぐくんだ土地だからだという。辺境には、全ての自然を創造した大精霊が住んでいるのだと辺境周辺の住人達は言う。 それから、辺境には精霊を守る人間の形に似て非なるものが存在していて精霊を守っているのだと言われていた。それらは、大精霊の子供達で、女ならば美しい羽根をもつ妖精の姿になり、精霊の世話をするという。男ならば、屈強な体とずば抜けた力をもち、辺境を荒らすものを退治するという。その男達のことを、『辺境の狼人』と特に呼んでいた。彼らは、常に集団で行動するので、そうした姿が見かけた人間の目からは狼の群に見えたらしい等とは言われているが、その真偽はわからない。 辺境の多くは森であったが、中には海に面したところ、湖がぽっかりと口を開けているところなどがあるらしいが、辺境の中を探検しつくした者がいないのでそれもはっきりとはわからない。謎だらけの聖なる場所が辺境と呼ばれる場所だったのである。 「いてっ!」 道から辺境側に飛ばされて、青年は草の上にしりもちをついた。 「てて……乱暴だなぁ。旦那方……」 青年は軽口を叩いたが、内心これはまずいことになったと冷や冷やしていた。男達は全員屈強な感じで、いかにもまともでない外見の連中だった。人を見た目で判断するなというが、時に見た目そのままの人間もいることを彼はよく知っている。借金取りにロクな人間がいるなどとは考えられない。 「レックハルドってのはてめえだな?借金踏み倒して逃げるなんざ、なかなかいい度胸してるよなぁ」 「へ、へへへ。ま、そんなたいそうなことじゃないんで」 愛想笑いを浮かべてみるが、そんなものがきく連中ではないということはわかっている。そうやって時間稼ぎをしながら、なにかこの場を切り抜けるうまい手がないかどうか、周りをうかがっていた。 「お前の担保は、お前自身だったよな……」 「ははは。異国の市場に並ばせて競りにかけるのはのは勘弁してくれよ。……あと、三日、いや一日待ってくれれば……」 「この前そう言って逃げただろう!!」 「そ、そういうこともありましたっけねぇ」 レックハルドは、すっとぼけた。そして、ふと、道を通りかかる通行人の姿が目に入った。辺境に近いこの道を歩くものは少ないので、彼がこの瞬間通行人を見かけたのは、非常に幸運なことであった。 おまけに通行人は、かなりがっしりした体格の男で腰に剣まで吊している。いよいよもって、幸運だ。助けを求めても、非力な人間なら逃げてしまうかも知れないが、武芸に心得のある人間なら、きっと見捨てたりはしないだろう。 「助けてくれーーーっ!」 レックハルドは大声で助けを呼んだ。 「追い剥ぎに襲われているんだ!!」 とんでもない嘘をとっさについたものである。男達は、いっせいに剣を抜いてレックハルドに突きつけた。 「てめえ!!この期に及んでいけしゃあしゃあと!!」 「う、うるさい!その面でこの行動してりゃ、追い剥ぎと大差ないだろうが!!」 通りすがりのその旅人は、声を聞きつけて慌ててこちらに走ってきた。近寄ってくるとかなり男が大きいことがわかる。男は、レックハルドの身長をゆうにこえて、おそらくここにいる男達の誰もより背が高かった。ざっと見て二メートルぐらいはあるようである。少し緑がかったかんじの金髪を肩より下まで伸ばしていて、顎にだけはやしてあるヒゲも同じ色をしていた。目は大きいが少し鋭い感じもする。両頬に紅い顔料で不思議な模様が描かれているのが特徴的だった。年齢は、二十台から三十台といったくらいであるが、なんとなく表情があどけない感じがした。 「追い剥ぎって……あんたたちか?」 なんとなく緊張感のない問いに、男達は振り向いた。 「うるさい!怪我したくなかったらすっこんでろ!」 「やっぱり、悪い奴らなんだな。お前達。追い剥ぎは悪いことなんだぞ!」 「追い剥ぎじゃない!借金の取り立てだ!」 「悪徳高利貸しの手先が何を言ってるんだ?」 調子に乗って、レックハルドがはやした。 「そうか!やっぱり悪いヤツなんだ!その人から、離れないとオレが『正義の鉄拳』をくらわしてやるぞ!」 旅人は、納得したようにうなずいて男達に言ったが、どうも子供が正義の味方ごっこをやっているような言い回しに近くて、助けを求めた本人のレックハルドは、不安になる。 (まさか、見かけ倒しではあるまいな……。) 「正義の鉄拳〜〜〜?はぁ?」 あまりにもたどたどしい旅人の言い方に、男達はふきだしはじめた。 「お前正気か?」 「うん。もちろんだ。だって、悪いヤツは退治しなきゃいけないってえっと、・・どこかの村の長老がいってたもんなっ!」 自信満々にいう旅人の言葉は、どれもが妙に滑稽だった。レックハルドは、人選を間違えたかとおもってはみたが、あの状況ではどうしようもなかったんだと自分をなぐさめて終わりにする。 男達はますますげらげらと笑い転げた。 「何で笑ってんだ?オレ、おもしろい事いった?」 「おお、おもしろかったとも」 「じゃ、悪いことをやめて帰ってくれよ。それだったら、オレも鉄拳をふるわなくてすむし!」 旅人は、子供のように純粋な満面の笑みを浮かべた。 「だが、帰らないぜ」 「えー、それじゃ仕方ないな。実力行使するけど、悪く思わないでくれよ」 残念そうな顔をして、旅人は背負っていた荷物をおろした。長旅をしてきたのだろうか、薄汚れたマントがはらりと翻る。 「相手してやれ」 「おお」 借金取りのリーダーらしいのが、下っ端にひょいと顎をしゃくって命令した。もちろん、彼らは遊び半分である。まさか、この目の前のにこにこ笑っている男に自分たちをやっつけられるような力があるとは思えない。確かに体は大きいが、なんとなく動きが鈍そうな感じもするのだった。 一人の男が、旅人に向かっていった。手には武器も何も持っていない。完全に油断しているのだった。 突然、ふっと旅人の姿が男の視界から消えた。慌てて探そうとしたときに、男は腹部に衝撃を感じた。直後、彼の体は後ろに飛ばされた。地面にたたきつけられて、そのまま男は気絶している。 「や、野郎!!」 さすがにこの様子をみてリーダーの表情から笑みが消えた。一方、レックハルドの方は、一縷の望みを得てほっと胸をなで下ろす。 「やってくれるじゃねえか!!」 「だから、悪く思わないでっていったじゃねえか〜〜。ちゃんと話きいてないのか?」 旅人は、子供っぽい仕草で首を傾げた。 「やかましい!やっちまえ!!」 その場の男達が全員、剣を抜いて旅人に突っかかった。旅人は、仕方ないなあといいたげな少し面倒そうな顔をしたが、飛びかかってくる男達を順序よく倒していった。結局、腰に下げた剣は使っていない。男達は数分もしないうちに、叩きのめされるか逃げるかして全員退散させられた。 ぱんぱんと服を払ってから、旅人は先程助けを呼んだ青年の方に顔を向けた。 「あれ?」 しかし、青年の姿は忽然と消えていた。 「逃げちゃったかな……」 「こっちこっち」 うしろから肩を叩かれ、旅人は振り返る。と、そこに呆れ顔の青年が立っていた。 「あんなところで大人しく待ってたら危ないもんな。ちょっと避難してたんだ」 「へぇ、じゃ、無事だったんだな」 「当たり前だ。助けてくれてありがとよ。オレはレックハルドっていうんだ。他の連中はレックって呼んでる。そう呼んでも良いぜ」 「えーと、オレはファルケンっていうんだ。この辺をずーっと旅をしてるんだ」 ファルケンと名乗った大柄の旅人はえへへとやはり子供のような純粋な笑みを浮かべている。変わった男だ。 「ふーん、オレは見ての通りの行商人だ」 といって、レックハルドは背中に背負った布を指し示した。 「ここから辺境の森を越えてった所にある、ベレスっていう街で売りさばくつもりだったんだ」 「ああ、あの街なら、ここをまーっすぐ通り抜けたら近いぞ」 不意にとんでもないことをファルケンは口にする。ギョッとしてレックハルドは、彼の顔を見た。 「へ、辺境を抜けろなんてそんな無茶な……」 「あ、そうか。ちょっと危ないかな?ごめんな。オレ、常識知らずっていわれるんだ。よく」 (そうだろうな。) 素直に謝るファルケンにレックハルドは、心の中でそう思う。 (でも……) ちらりとレックハルドは、ファルケンを見た。格好も変わっているだけでなく、性格も妙な人間だが、先程助けてくれたところをみると到底悪い人間には思えない。おまけに、かなりの強者だ。自分の嘘を全面的に信用しているところから見ても、単純で、しかも相当なお人好しだろう。借金取りに追われる身としては、用心棒が一人ぐらい欲しいところだ。力もあるみたいだし、荷物持ちとしてもつかえるかもしれない。 「そうだ。あんたは、どっちにいくんだ?」 何気なさを装ってレックハルドは尋ねる。 「オレ?オレは目的地はないよ。ただ、ずーっと旅をしているだけなんだ」 「そうか〜」 にやりと彼はほくそ笑む。いよいよもって自分には運が向いてきたらしい。 「じゃ、とりあえずベレスまで一緒に行かないか?オレも目的地とかあんまりないからさ、なんならそれからも、しばらく道連れになってもいいんだけど」 そうっと誘いかけてみる。ぱあっとファルケンの顔が明るくなった。 「いいのか?オレ、迷惑かけると思うけど!!!」 「いやぁ、オレも自慢できた身の上じゃないからさ」 レックハルドは、ここまで掴んだチャンスを逃すものかと追い打ちをかける。ファルケンの方は、彼のそんな考えに気付いていないらしくますます嬉しそうな顔をした。 「いいんだな!やったぁ!!オレもそろそろ一人旅、飽きてたんだ〜〜!!」 「あははは、オレも一人旅に嫌気がさしてきたところだったんだ」 (安全面の問題でさ。)とそっと付け加えてみた。 「そうか〜〜!じゃあ、ベレスまで行こう!!じゃ、近道を通ろう!」 「えっ?」 ファルケンが不意に言った言葉にレックハルドは、ギクリとした。 「ち、近道?」 それは先程行った辺境をまっすぐ抜ける道のことを言っているのではあるまいか……。もしそうだったら、ものすごく困るのであるが……。 「おう。辺境を超えて行くんだ。大丈夫。オレは、辺境歩きには慣れてるから。ここをまーっすぐ抜けていけば、今日中にベレスにつけるんだ。回り道をすると、三日はかかるんだぞ」 「そ、それはわかってるんだが」 さすがに未知の世界には入り込みたくない。と、考えていたレックハルドの心に何かがささやいた。近道をした方が、時間が短縮されて交通費(主に食費)が減って、しかも何度も往復できるから儲けが増えるぞ。と。 彼の中の商魂が燃え上がるのに時間はかからなかった。今まで、あまり儲からなかったのは彼が非力で荷物をたくさん持てないからだ。今回は荷物持ちもいて、かつ時間短縮となれば、必ず結果がプラスに導かれるはずだ。利益のためなら多少の危険は仕方ない。 「そんなに嫌なら普通の道でもいいけど」 ファルケンが気を使ったのか、妥協する。ハッと我に返って彼は、手を振った。 「い、いやいやいや!辺境を通って向こうに抜けよう!!その方が早いもんな!!!」 ギョーム、ギョームという聞き慣れない物音が辺境全体に鳴り渡っていた。 「こ、これは何だ?」 不気味さに少し怯えながら、レックハルドが尋ねた。森は薄暗くて、なんとなくしっとりとしている。深い草の間を分け入りながら歩くのも、気持ちのいいものではない。何か、草の下を得体の知れない虫たちが走っているような気がする。辺境の森は、普通の森よりもさらに不気味だった。 「あぁ、あれはギョンギョン草の鳴る音だから心配するな」 ファルケンは、何事もないように応えて、足下のこれまた妙な草を引き抜いた。チロリンと鈴のような音がする。音に惹かれて前を見ると、ファルケンの手には先にスズランのような形の青い花がついた植物が握られていた。 「これは、鈴草。きれーだろ」 「確かに。あ!これいいな!!持ってってもいいか?」 急に興味がでてきたのか、今まで無関心に近かった彼が少し身を乗り出した。 「いいけど。多分、外に持ってくと枯れるぞ」 「ちぇっ!じゃ、役に立たないな〜ぁ。あ、でも押し花って手が・・」 「辺境は恐いとこだが綺麗なものもいっぱいあるんだ。他の人は知らないから怖がるけどな」 ファルケンの妙に訳知りな言い方に、レックハルドは顔を上げる。 「お前、よく知ってるなぁ。……なんだ?辺境はよく通るのかよ」 「おう。辺境の事のことはよーくしってる」 「へぇ……」 レックハルドは、鈴草といわれたその花を、持っていた帳簿の中にそうっと丁重に挟む。 「レック、花、好きか?」 「いやぁ、オレはどうでもいいんだけどなぁ〜」 「誰かにあげるのか?」 「お前、勘がいいなっ!ははは〜、実はさ〜〜、街で綺麗な人を見かけてさ〜〜!!」 いきなりでれっとして、レックハルドはベラベラしゃべり始めた。 「ハザウェイっていう金持ちの家のな、マリスっていうお嬢さんがすっごい美人なんだ。オレ、あんな綺麗な人初めてみたからよ〜〜!!なんとか一言声だけでもかけたかったんだけど、あの金持ち野郎、周りにボディーガードを雇ってて、近づいたら毒矢が飛んできて話ができなくてだな。だけど、オレは一度ぐらいは話がしたいんだよなっ!それで決めたんだ!!商人として身を立てて有名になれば、お嬢さんにお近づきになれるとおもって!それで借金をして仕事をたてて……。おい!聞いてるのか!?ファル……」 あまりに反応がないので顔を上げると、前からファルケンの姿が消えていた。 「お、おいおいおい!!ど、どこ行ったんだよ!」 辺境にひとりぽつんと取り残されて、レックハルドは怯えた。もしかして……と疑いがさっと走り抜ける。 「もしかして……あいつ何か悪い精霊かなんかでオレは引き込まれたんじゃないだろうな……。昔話で聞いたことあるぞ……。こんなシチュエーション!!!きっと最後は食われるんだ!!!」 に、逃げようか! ばっと後ろを振り向いた。が、森の奥深くまで来てしまったので、もう道がわからない。 「う、嘘だろ……。オレが、騙すはずが騙されるなんて……。というか、騙し専門のオレが……オレが騙され……」 口先三寸に自信を持っていた分、どうやらすごくショックだったらしい。 「何が?」 悲観していた彼の後ろから不意に声が聞こえ、レックハルドは悲鳴をあげて飛びずさった。後ろには、ファルケンがなぜかカンテラに火を入れて立っている。 「お、おまえっ……どこ行ってたんだよっ!!!」 「ごめんな〜。火種を探しに行ってたんだ」 「火種?」 そういうファルケンの手には燃えている何かがあった。 「おいおい!そんなもん持ってたら火事にっ!!!」 「あぁ、大丈夫」 そう言って、ファルケンは手をさしあげた。彼が握っているのは、火の花弁をもつ花である。レックハルドは絶句して、呆然とその花を見ていた。 「な、なんだ、それはぁ……」 ようやく一言いうと、彼はにっこりと笑った。 「大丈夫だ。これは、『辺境のもの』を燃やさないんだ!!油を燃やすにはぴったりなんだけどなっ。だけど、みんなは怖がって近寄ったりしないけどな」 ほら。と渡してくる花をレックハルドは、手を振って断った。そんなものを握ったら火傷しかねないじゃないか。 「でも、どうして火をつけたんだよ〜?まだ日蝕は起こってないだろ。それにこのぐらいの薄暗さで……」 油がもったいない。とレックハルドは顔をしかめる。倹約生活が染みついている身としては自分のものでなくても、なにか納得がいかないのだ。 「あぁ、それはねぇ、辺境の決まりなんだ。オレが何者かを、みんなにわかってもらわなきゃいけないからさ」 「みんな?」 レックハルドが怪訝な顔をしたが、ファルケンは訊いていなかったらしくそれをもったまま歩き出した。 「さぁいくぞ〜!夕方になったら、人喰い植物が目え覚ますからな!!!」 「な、なんだそれ!!聞いてないぞ!!」 突然の危険な話に、レックハルドはギョッとする。 「だって知ってると思った」 「知るわけないだろうが!!!行くぞ!!食われてたまるか!!」 慌てて走り出したレックハルドを見て、ファルケンはのんきに手を挙げる。 「あっ!その辺、走ると危ないぞ。いきなり、蛇の穴とかがあったりして」 ぴた!と、足を止めて振り返りざまに怒鳴った。 「はやく言えよ!!もう!!!」 これは選択を間違えたか!?レックハルドは後悔したが、後悔先に立たず、もう進む意外に道はないのだった。 「そういや、レックって花、好きか?」 色々頭がゴチャゴチャしているときに、先程と同じ質問をされてレックハルドの怒りは爆発した。 「さっき、色々しゃべったろ!!無視しやがって!ワザとか!!?」 「違うって。だから、火種を〜〜!!」 「あぁ、もういいよ!最初から、話す!!つまり、オレが街を歩いているとだなぁ!!」 なんだかんだ言って、みかけた美しいお嬢さんのことを話したいらしく、レックハルドは、それからえんえんと自分の身の上を話していくのであった。 むこうにぼんやりと遠ざかる炎の光を見ながら、彼らは話し合う。 「魔幻灯のファルケンだ」 「久しぶりだな。珍しく、誰か連れてるぞ」 「誰だろう」 「まぁ、辺境を害する気はないらしいから大丈夫だろう」 「そうだな」 やがて彼らは散っていって、それぞれ森の中に去っていった。 一覧 戻る 進む このページにしおりを挟む |