辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第四章:騎士ダルシュ(5)
 
 レックハルドは、全速力で走っていた。早く町を抜けないと。とにかく、早く。かなり足が速いレックハルドだったが、彼には全力で走ってもむしろ遅いような感じがした。
 門はあと少しだった。この時間、門に人は少ない。目の前に門が迫っている。
「何処へ行くんだ!?」
 いきなり、声をかけられ、レックハルドは反射的に横をむく。ヒュートが、にやりとしてそこにたたずんでいた。
 門を抜けてしまえとばかりに、走りかけたが、その向こうにはすでに数人の男が立ちはだかっていた。
「……くそ…!」
 レックハルドは、舌打ちをして横と後ろに視線をめぐらせる。逃げ道はふさがれていた。
「お前なら、逃げるってこともあると思って待ってたんだぜ?」
 ヒュートの冷たい声に、レックハルドは反射的に応える。
「へっ、じゃあ、何か?あれからずーっと、町の四方八方の門を子分と一緒に張ってたのかい?あんた、意外と暇人だねぇ」
 やぶれかぶれだった。腰の帯に挟んでいる短剣の柄をコートの影で握り締めながら、レックハルドは足を一歩摺らせながら後退した。
「口だけは達者だな」
 ヒュートは、それを一笑に伏した。
「…それで?…交渉はどうなった?」
「…おあいにく様だったぜ……。あいつ、怒ってどっかいっちまった。…そりゃあ、そうだろうなぁ。犯罪の片棒担ぐってのは、辺境に住まう者としちゃあ許されざる罪なんだろうぜ…。容易に想像つくじゃないか」
 だっと後ろにいた男が飛びかかってきた。レックハルドは、するりと避けながら横に逃げる。逃げるときに、さっと足払いをかけた。男が転倒している隙に、レックハルドは路地に逃げこんだ。別の門を目指さなくてはならない。
 いきなり、襟首をガッとつかまれ、レックハルドは危うくこけそうになった。男が、そこでニヤニヤ笑っていた。レックハルドとした事が、逃げる路地を見誤ったようだった。
「そこまでだな…」
 ヒュートが笑いながら、こちらに歩いてきた。ドンと投げ落とされ、レックハルドは、腰を打つ。
「……命が惜しかったら、いますぐ交渉して来い。…それとも、オレが直接頼んでもいいんだがな。…親切だろう?お前の連れは…?」
 レックハルドは地面に両膝をついて指を組み合わせ、祈るように頼んだ。
「頼む!それだけは勘弁してくれ!…なんだってやる!鍵開けもすりもこそ泥も…。俺にできる事なら、何だって!…だ、だから、それだけは……!」
「お前には、用はないっていってるんだ!」
 ヒュートは声を荒げた。
「狼人は、時々とんでもなく知識が豊富だ。辺境の中には、金になるものが大量につまっているのは知ってるだろうな?恐ろしい毒薬も、幻覚を見せる花も…!奴らは金になるんだよ。…だが、この前まで協力してくれた奴がいなくなっちまってな、新しい案内役がいるんだ」
「…だったら、それを持ち出してはならないっていう掟もあるはずだ!…あいつらは、あんた達にとっては、どうでもいいのかよ!協力してくれたのに、それでも、どうでもいいのか!?…その、見なくなった狼人がどんな目にあったのか、あんた達、知ってるんじゃねえのかよ!」
 レックハルドは責めるような口調で言った。
「あんな化け物のことを気にしてる場合か?伝説で、やつらは、人間の町に血の雨を降らせたらしいじゃないか。結局、敵なんだぞ!そんな奴らがどうなろうと知った事じゃないね!」
「……そんな伝説…、オレはしらねえ!」
 レックハルドが応えると、ヒュートはふっと思いついたように言った。
「そうか、貴様は、マゼルダ人だったな…。マゼルダには、狼人信仰があるっていう話だが、それだな?」
「さぁな、オレはよくしらねえ。オレがあそこにいたのは、ガキのころだったからな。…でも、あいつが何であれ、…オレにとっちゃ命の恩人なんだよ!それに迷惑をかけるわけにはいかない!オレにだってなぁ、最低限、プライドがあるんだ!」
 レックハルドは、応えながら腰の短剣を握った。
「……巻き込むわけにはいかないんだよ!」
 それを抜いて一閃した。ヒュートの右手に微かに赤い線が走る。
「く…!てめえ!」
 ヒュートが、ひくりと顔を引きつらせた。レックハルドは、後退して壁を背につけた。
 もう、どうしようもなかった。
 
 
「ちきしょ〜…。どこいきやがった?あの野郎…」
 町中走り回って少し疲れてしまい、ダルシュはふっと息をつく。とうとう東門の果てまで来てしまった。こんなところにいるわけがないだろうと思いながら、ダルシュは路地裏に足を進める。
 不意に声が聞こえた。
「はやく協力するって約束させて来い!特にザメデュケ草のな!」
 不穏な声に、ダルシュはひょっと壁から首をだしてのぞいてみる。ぐったりとしたレックハルドの胸倉をつかんで、男が何か大声で怒鳴っていた。顔がはれているところをみると、かなり殴られたらしい。
「気絶したんじゃありませんか?」
「かもな…。誰か水をもってこい!うなずくまで逃がすなよ」
 幹部らしい男が手下に言いつけ、レックハルドを地面に落とした。命令を受け、ひょろんとした感じの一番弱そうな男が、走ってくる。ダルシュは、その男に足払いをかけた。うまく足払いが決まり、男は見事に転ぶ。
「おい!そのくらいにしとけよ!」
 ダルシュは、男を踏み越えながら姿を現した。ヒュートが、いぶかしむような顔をする。流れの戦士風、あまり相手をしたくない相手ではある。だが、ここで邪魔されるわけにも行かなかった。
「痛い目にあいたくなかったら失せろ!」
「そうはいかねえんだよな〜。そこの足元で伸びてる奴に用があるんだよ」
 ダルシュは荷物をその場に下ろしながら、ぬけぬけといった。
「で、大人しく渡してもらえると、オレとしても助かるんだが…」
「無理だな。……死にたいのか?」
 ダルシュは、にやにやした。
「えらく刺激的だな。いいぜ。オレはそういうのがすきなんだよなあ」
「…ホントに死にたいらしいな」
 ヒュートは冷たく笑った。いい加減、頭にきていたのだ。思い通りにならないことが、次々と重なりすぎていた。
「…相手をしてやれ」
 ヒュートが言うと、手下達がまわりをざっと取り囲む。ダルシュは、指を少し鳴らしながら言った。
「聞こえるうちに言っておくが…後悔すんなよ」
「やれ!」
 ヒュートの命令が下されると、一斉にダルシュに向かって男達が飛びかかっていく。中には武器を持っているものも、いるようだった。刃物の光がちらつくのがわかる。
 それを避け、あっという間にダルシュは一人目を殴り倒した。
「…減棒食らったらてめえらのせいだぞ!」
 と呟いて、更に二人目に攻撃を加える。振り返りざま、三人目と四人目にけりをいれる。それを繰り返し、いつの間にか、ダルシュの足元には三、四人がのびていた。
「こ、こいつ、強いぞ」
 手下の一人が怯えたように叫んだ。怯えが相手に走るとかなり有利になる。
「だから、後悔するなって言っただろ」
 ダルシュはあくびでもしそうな顔をしていった。そして、足を進める。そして、余裕の表情でこういった。
「剣は一応ぬかねえ予定だが…、どうする?」
 ヒュートは、ちっと舌打ちをした。怯えた手下では、この男に太刀打ちできそうもなかった。計算高いヒュートは、無駄な損害も避ける。だから、彼は手下を止めた。
「…今日のところはこれまでだ。……覚えてろ」
 ヒュートはそういうと、手下とともに走っていった。ダルシュは、楽しそうに笑いながら、こう呼びかけた。
「覚える暇があったらな!」
 ぱんぱんと埃をはらい、ダルシュはレックハルドに近づいた。かなりぐったりとした様子で、まだ気づいていないようだった。
「おい!大丈夫か?」
 ダルシュは、とりあえずレックハルドを起こす。唸るような声が聞こえるところをみると、意識はあるらしい。
「…ち…。目え、覚まさねえってことは、まさかオレが運ばなくちゃいけないのか?」
 そう考えると何となく面倒だった。おまけに、あのマリス嬢に心を寄せているらしいこの男を…である。何で恋敵を助けなきゃならんのか。
 ダルシュは少し迷って、その場をうろちょろとしていた。その周りには、彼が倒した連中と連中が落としていった武器などが転がっている。邪魔になるので、武器を蹴っ飛ばしながら、早く目が覚めてくれないかとダルシュは少し待っていた。その時、不意に何かが走ってくるらしい足音が聞こえた。
「そこで何をしている!」
 向こうの方から、警官らしい声が聞こえた。誰かが騒ぎを聞きつけて呼んだのかもしれない。「やべえ!」とダルシュは舌を出す。ここでうっかり、騎士団所属なんぞとばれたら、減棒で済まないかもしれない。しかも、曲がりなりにも極秘任務なのである。ダルシュは、レックハルドを慌てて担ぐと、そのまま、たったと逃げ出した。
 
 
 ファルケンは、噴水のそばに座りながらふと顔を上げた。いつの間にか夕方になっていた。日が斜めに傾いている。深くため息をつき、ファルケンは目を地面に落とした。
 結局、答えは見つからない。ふいに人の気配がした。
「おい、狼さんよ」
 声をかけられて、ファルケンはゆっくりと顔を上げた。そこにはダルシュが立っていた。
全くの無傷のダルシュは、ひょいと担いでいたものを投げた。慌てて、ファルケンがそれを受け止める。
「レック?」
 ぐったりとしたレックハルドには、ところどころ、殴られたらしいあとがある。ファルケンは、はっとしてダルシュを見上げた。
「町の角で、やられてたぜ。そいつ」
「え?なんで?」
 ファルケンは、レックハルドを支えたまま尋ねる。
「なんでかは知らないが、ザメデュケ草のありかがどうとかこうとか言ってたけどな」
「え?」
「お前にその何とかって草のありかを聞いて来いだの何だのって」
 ファルケンは、驚いたような顔をした。
「……レックは、…そんな事言わなかった…。ただ、知ってるかってきいただけで…。一言も、オレに頼んだりしなかった…」
 ぽつりぽつりとそう言葉を並べる。ダルシュは、前髪をかき乱しながら言った。
「…ちょっと考えたくなかったんだが、多分、お前をかばったんだろうな。あぁいう悪い連中に関わったら、ちょっとやそっとじゃ抜けられねえもんだし、それに、何とかとかいうものを持ち出すのは、ダメなんだろ?」
「…あぁ…。そんな事をすると……辺境からしばらく追放される…」
 ファルケンは、呆然としたまま答え、顔を上げた。
「じゃ、じゃあ…、レックは……。オレが…悪い事をしないように…」
「だと思うぜ。…こんな奴でも意外といいところがあるんだな…。認めたくないが、ちょっと見直しちまったぜ」
 ファルケンは、そのときにはっきりとわかった。あの違和感は、レックハルドの言葉と心の食い違いのせいではなかったと。本当は知っていた。レックハルドは、本当はそんな事をいいたくなかったのだというくらい。なのに、彼のうわべの言葉を信じた。
「……オレ…」
 ファルケンは冷水でも浴びせられたような顔をした。
「…オレが……レックのことを疑っただけだ…」
 レックハルドが、そこまでして自分をかばう人間だと思っていなかった。だから、レックハルドがああいったのは、本心からだろうと勝手に推測して決め付けた。それが、違和感となってどうにもすっきりしなかっただけだった。
(レックの事、いい奴だなんていいながら、オレ…レックの事信じてなかった…)
 ファルケンは、下唇を噛んだ。
(…オレは…ひどい奴だ…)
「おい?」
 ダルシュが、心配そうにファルケンを覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「あ、ああ」
 ファルケンは、少し青ざめた顔を上げた。ダルシュは、そう切羽詰ったものでもない事を判断して、前髪を右手でかき乱してから言った。
「それじゃ、とりあえずそいつの事頼むな。オレは帰るから」
「ありがとう。ダルシュ」
 ダルシュはきびすを返して、右手を振った。
「まぁ、その内、お前には嫌でも協力してもらうだろうから、またな」
「オレで役に立つなら、何でもするよ」
 ファルケンは、笑ってそう応えながら、思い出したように付け加える。
「…ダルシュ、あんた、本当はすごくいい奴だな」
 いきなり言われて、ダルシュは危うくこけそうになった。げほん、と咳払いをして、少し照れているのか、顔を一切ファルケンの方に向けることなくそのまま歩く。
「…か、担ぐなよ…。オレは、担がれるのは嫌いだからな」
「あぁ。ありがとう」
「じゃ、じゃあなっ!」
 舌打ちをして、ダルシュはまだ照れているのか、そのまま早足で行ってしまった。
 ファルケンはそれを見送って、支えていたレックハルドをそのまま背負った。当分、目を覚ましそうになかったからだ。
(…どうしよう…)
 ファルケンは、背中でぐたりとのびているレックハルドを目の端で見ながら思った。
(オレは…ひどい事をしてしまった…)
「う〜ん、マリスさ〜ん…」
 レックハルドの声が聞こえたのでファルケンは、びくりとしたが、まだ彼は気がついていないらしかった。ファルケンは深くため息をついた。
(…許してくれないかもしれない…仕方ないよな…)
 顔を上げると、空はすっかり赤くなっていた。街の建物も全て朱色にそまっていた。買い物帰りの子連れの女性たちが、子どもの手を引きながら幸せそうに家に帰っていく。
「……自分の事しか、考えてなかったんだ…、オレは…」
 ファルケンは、うつむいてぽつりとはき捨てた。
 その時、背後でうめき声が聞こえた。続いて、身を少し起こすような気配があった。
「てて…」
「レック?気がついたか?」
 ファルケンが心配そうに覗き込むと、レックハルドは、不満そうな顔をしてチェッとしたうちをした。
「…な、なんだ。夢か…。もうちょっとでマリスさんに優しく介抱してもらうところだったのに…。せめてそこまで…!…あぁ、オレって不運…」
 レックハルドは残念そうに言ってから、ファルケンの顔を見た。どうやら、彼に背負われているらしい事を知って、レックハルドはさすがに気まずそうな顔をする。
「…あれ?…お前…」
 レックハルドは、少し居心地悪そうに言った。思わず、顔に苦笑いが浮かんだ。
「…お前が助けてくれたのか?」
「オレじゃないよ…。ダルシュが…運んできてくれたんだ」
「なぁにぃ?あいつ〜?…ちきしょう。あいつに助けられたなんて、一生の恥だ!」
 不機嫌に言い切って、レックハルドは先程とは一転、随分とむっとした顔になる。
「ダルシュはいい人だったぞ」
「…カンケーないんだよ。あぁ、不覚だった…ちくしょ…あいて!」
 レックハルドは、はれた頬を押さえた。
「…あたた。思いっきりやりやがって、あいつら…。しばらく、表は歩けないな、これは。ルックスで売ってるんじゃないからいいけど…」
 そう文句を一通り続けて、レックハルドは左頬をずっと押さえている。
「…良かったら、後で傷薬を調合するから…」
 ファルケンは控えめに言った。
「一応、宿まで送るよ…。それからは…、レックが決めたらいいよ」
 レックハルドは、苦笑した。
「…相変わらず馬鹿だな〜、お前は」
 ファルケンは振り返ってレックハルドのほうを見た。
「あんなにひどい事言ったオレにそんなに気を使うなんてさ」
 レックハルドは、少し声を落とした。
「…随分、ひどい事言っちまったな。……怒ってるだろ?さすがに……」
 彼は珍しく、自信なさげに言った。ファルケンは、首を左右に振った。
「…オレはいいんだ。レックが悪いわけじゃないから」
 ファルケンは、うつむいた。レックハルドは、怪訝そうな顔をした。
「レックは本気で言ったんじゃないんだろ?」
 レックハルドは、黙っていた。ファルケンは、元気なく続ける。
「オレは本当はわかってた。そうかもしれないって思った。でも、…オレは…レックが…」
「そこまでするほど、いい奴だとはおもわなかったってか?」
 レックハルドが口を挟む。ファルケンは、少しだけうなずいた。
「へへへ、はじめてまっとうな反応返したじゃねえか」
 レックハルドはおもしろそうに言った。
「普通はそうだろうさ。オレだって、今回、なんでああまでしちまったのかわからねえからさ。明日、雨が降りそうだな。自分でもそう思うぜ」
「…でも…」
「…オレはな、一般的に見てひどい奴の部類に入るんだぜ、ファルケン。お前がオレの事をそういう風に思ったのは、当然の事だ。オレはお前を騙してきたし、お前を利用もしてきた。それは、わかってただろ?今まで、お前はちょっといい奴過ぎたからな。そういうところがあるんだなってわかって、むしろオレは安心したぜ」
 レックハルドは、少し穏やかな表情で言った。
「…前に言ったよな?他人の心なんて所詮わからねえ。上手く読めれば、商売だって上手くいく。でもな、失敗する事のほうが多いんだ」
「人の心を読むのが、とても難しい。だから、それが却っておもしろい。それが交渉の醍醐味……」
「へへ。オレの話を良く覚えてるじゃないか」
 レックハルドは、にやりとした。
「…な。それが普通だ。それに、オレとお前は相棒になってから、そんなに年月がたってるわけでもなし、以心伝心ってえわけにもいかねえぜ」
 少し淡白に、レックハルドは言い捨てる。ファルケンは、それでも申し訳なさそうな顔をした。
「でも、オレは…」
 それを遮って、レックハルドは少し慰めるような口調で言った。
「オレだってちょっと予定外に言いすぎたしな。…まぁ、やったりやり返したり。それでいいだろ?なぁ、もっと気楽にいけよ。ファルケン。謝るのも謝られるのも、やめようぜ。オレは、どっちも嫌いだ」
「気楽に?」
「そうだ。気にするなよ。オレも気にしねえから…さ」
「…そうか。…わかった。そうするよ」
 ファルケンは、少しだけ微笑んだ。
「よし」
 レックハルドは、確認するようにしながら、頬を押さえながら笑った。
「…なぁ、まだ、オレと旅する気あるか?」
 レックハルドは、呟くように訊いた。ファルケンは、わずかにうなずいた。
「じゃあ、オレが大商人になってマリスさんと同等に付き合えるようになるまで、手を貸せよ。お前はものすごく長生きだろ?時間はあるよな?オレにはまだ用心棒が必要みたいだし、荷物持ちもいるからさ」
 レックハルドは苦笑し、それから、どこか遠くを見るような目になってこう続ける。
「それで、ついでに、世界中の富をオレたちのものにしてやるんだ。世界中の宝って言う宝、金って言う金をだ」
 レックハルドは、熱病に浮かされたもののような口調でそういった。まるで、目の前に黄金の山でもあって、それを見ているかのような口調だった。
「それで、オレとお前で山分けだ。…悪くないだろ?一緒に、世界の経済って奴を席巻してやったりするのもいいじゃないか?」
「レックがいいなら、オレは一緒に旅をしたい。手伝いもするよ。マリスさんとレックが、きっと仲良くなれるまで。…でも、オレはお金は…」
 いらないといいかけたファルケンを、レックハルドは遮った。
「とっておけ。お前が、オレの用心棒と荷物もちをして、オレがその商品を売りさばく。…どっちも一つ欠けたらビジネスは成り立たない。今度はお前を一人前だと認めてやるよ。だから、これは、騙しでもなんでもない。ちゃんとした契約を結ぼうって言ってるんだ。その報酬だよ、意味はわかるな?」
「ケイヤク?」
「約束だって事だよ。商売上の約束かな」
 レックハルドが言うと、ファルケンは少し考えてから笑った。
「…わかった。約束する」
「…そうか。そのかわり、契約は絶対だ。破るなよ」
「わかったよ。絶対に破ったりしない」
 レックハルドは、「そうか」といって、満足げな顔をした。それを見ながら、ファルケンは少し目を伏せながらきいた。
「レックは、最初からオレが狼人だってことを知ってたんだな」
「ま、まぁな。…お前、ちょっと目立つから」
 レックハルドは口ごもった。二m近い身長で髪の毛が緑色で、赤で頬に妙な模様を描いている様な男が、開口一番『辺境に行こう』などといいだしたら、誰だって怪しむよ。そう思ったが、ファルケンが気にするかと思って言わない事にした。
「…目立つかな?」
「…ま、まぁまぁ、な」
 曖昧にごまかしたレックハルドは不意にある事を思い出して、「なぁ」と呼びかけた。ファルケンは振り向いて少し怪訝な顔をする。
「どうして、お前、マゼルダ人の挨拶を知ってたんだ?」
 ファルケンは、首をかしげた。
「『大地の女神と黄金の』ってやつ……あれは、オレの故郷の挨拶だ。しかも、同じマゼルダ人同士だけがかわす、あまり聞きなれない挨拶の……」
「そうなのか?人間はみんなそういうって、周りに習ったんだ」
「……周り?」
「他の狼人」
「…そうか。…まぁいいや」
 レックハルドはそれから少し情けない声で言った。
「なぁ、よくきく傷薬調合してくれよ…。顔が治るまでマリスさんに会いにいけない」
 ファルケンは笑った。
「そうだな。わかった。すぐに治るのを作るよ」
 ファルケンは応えて少し晴れ晴れとした顔で前を向いた。何か少し大人というものがわかったような気がした。
 赤い太陽が、地平線のかなたにちょうど沈んでいった。
 


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©akihiko wataragi