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辺境遊戯 第四部 


邪神の哄笑-4

「やあ、マリスさん。ただいま」
 そうこうしているうちに、いつのまにやらファルケンが目の前にやってきていた。文字通りふらふら現れた彼に、ロゥレンは不満そうだ。それに気づいたのか、ファルケンは、少し身を引いた。
「な、なんだ。また、機嫌悪そうだなあ。何をもめてるんだよ」
「別に」
 ロゥレンは、そっぽを向いてしまうが、とりあえず、ファルケン自身に問題があるわけではないらしい。少しほっとして、ファルケンは、マリスのほうを向いた。
「何もおきなかったみたいで何よりだよ」
「ええ」
 さすがに、あの騒動の後、レックハルドを一人きりにしておくほど、ファルケンも馬鹿ではない。戦力という意味では、ダルシュあたりをそばにつけたほうがいいだろうが、ファルケンも、ダルシュとレックハルドの折り合いの悪さぐらいはよくわかる。結局マリスをそばにおいていったのは、マリスもそれなりにつよいし、なによりもマリスが側にいれば、レックハルドが見栄はって少しは頑張るだろうという、ファルケンなりの適当な概算によるものだった。
 そんなことを、レックハルド本人に告げようものなら、算盤で頭の一発や二発はたかれそうなものなので、ファルケンもけして口には出さない。 
「なんだ、お前、結構早かったじゃねえか」
 ふと、眠そうな声でレックハルドが声をかけてきた。座ったまま、頭の上で手を組んで、大あくびをすると、立てひざをした右足に手をかけてあごを支える。そんな格好で、ちょいと横目でファルケンを見ながら、レックハルドは面倒そうに続けた。
「辺境のほうはどうだったんだよ?」
「どう、っていわれても、そんなに新しい情報なかった」
 あっさりと答えるファルケンに、レックハルドは眉をひそめた。
「なんだよ? 収穫なしなのか」
「そういうことだな。まあ、仕方がないよ。のんびりと報告を待つしか」
「異変異変って騒ぎながら、ぜんぜんあせってないな、お前」
 あきれた様子で、レックハルドはため息をついた。ファルケンは、そうかなあなどといいながら、あごをなでやっている。
「いや、オレはすごく焦ってるんだけど」
「全く表にでていない」
「ああ、オレ、表に出ないたちなんだな、きっと」
「そういう問題じゃねえだろ。お前は、基本的にいい加減なんだ」
 不服そうなファルケンを一蹴して、レックハルドは、もう一度あくびをした。
「畜生、すっきりした顔しやがって! オレなんて、最近、原因不明の寝不足で、毎日眠いっていうのにさ」
 いらだたしげにはき捨てるレックハルドを見て、ファルケンが、ああ、と声をあげた。
「そういえば、眠そうな顔してるなあ」
「今気づいたようにいうなよ!」
「いや、だって今気づいたんだもん」
「はあ? オレは、ここのところ、四六時中眠たくて仕方がねえのに、どうしてわからねえんだよ! ちょっと顔みりゃわかんだろ!」
 ファルケンの無神経な発言に、レックハルドは畳み掛けるような口調で問い詰めた。唇の端がひきつっているところからしても、本気で腹をたてたようだが、ファルケンは、ああ、とまだ平和な顔で手を打った。
「レックはさあ、もとから目が細いから、ちょっと眠そうでもそんなにわかんないんだよ、きっと」
「な、なんだと! テメエ! オレだって、それはちょっと気にしてるんだよ!」
 止めを刺されて、レックハルドはとうとう立ち上がって、ファルケンにつかみかかる。寝不足なせいか、いつもより鬼気迫ったレックハルドは、変な迫力があっていつもより恐ろしい。思わずひっと息を呑んだファルケンに、レックハルドの鬼のような視線が突き刺さった。
「ま、まあまあ。じょ、冗談だよ」
「いや、お前の、さっきの発言は本気だった!」
「そ、それは、まあ、その。ごめんなさい」
 とりあえず謝ると、レックハルドは盛大に舌打ちして、ファルケンを突き放した。一時ほっとしてから、ファルケンは、空気を取り繕いつつ、こうきいた。
「いやでも、その、原因不明の睡眠不足って、何が原因なんだ?」
「わかったら原因不明っていうか、馬鹿」
「そ、そりゃそうだよなー。でも、心当たりとか」
 言い方がまずかった。少し反省しつつ、ファルケンはそう聞いてみる。レックハルドは、まだ不機嫌そうだったが、そうきかれて少しうなると、あごをなでやった。
「夢だ」
「夢?」
 小首をかしげるファルケンに、レックハルドは、ああ、とうなずく。
「そう、夢だ。なんだかわからねえが、夢を見ているのは確かなんだよ」
「その夢に起こされるってことかい?」
 瞬きしながら話をきくファルケンに、レックハルドはうなずく。
「そうだ。そのせいで、寝不足なんだよ。夜中に何度起こされるかしらねえ」
「夢って、何の夢?」
「それが思い出せりゃあ、苦労はしねえよ。しかし、夢見がよくないのもたしかなんだよ」
 レックハルドはぶっきら棒にはき捨てた。
「それで人が眠たい時に、お前って奴は。ああ、眠くて死にそうだ」
「そんだけ元気があるなら、別に大丈夫だとおもうけど……」
 ファルケンは苦笑いしながら、レックハルドに聞こえないようにそろっとつぶやいてみるのだった。

 結局、レックハルドは、先に帰って寝ることにした。商売もあがったりなことだし、今日はなにやっても駄目だ。ファルケンが、適当に店をやって片付けて宿に戻ってくるというので、レックハルドは彼に任すことにした。期待はしていないが、店を片付けるぐらいは彼にでもできるだろう。マリスとロゥレンは、布で服を仕立ててくるとかいって、街に繰り出していった。女の子は、ここぞというときの体力が違うなあとか思わず思ってしまう。
 しかし。寝不足のせいもあるが、レックハルドの睡魔を誘っているのは、きっと、この空の暗さもあるのだろう。
 先ほどから、太陽がかけはじめていた。部分蝕かもしれないが、また暗くなっていたのだ。
「チッ、また日蝕だよ。いったい何回目だ?」
 レックハルドは憂鬱そうにつぶやいた。
「畜生、暗くなったら眠くなるのが人情なんだよ」
 このところ、日蝕の回数が多いのは、体感的にわかる。ファルケンが柄になくちょろちょろしているのも、大方そういう理由なのだろう。とはいえ、ファルケンも、積極的に辺境の危機を解決しようとしているようにみえないのは、彼なりの反抗心のあらわれなのかもしれない。それとも、ただ、今はまだそれほどでもないと判断しているのかもしれない。焦ったところで、解決の糸口は見えていないのだろう。近頃、何か辺境のものとつながりができたようなので、彼らと連絡を密にすることで、なにかしら解決法を見出そうとしているのかもしれない。
 難しいことを考えるとさらに眠くなる。レックハルドは、あくびをするとため息をついた。
「コレも寝つきが悪いせいだ」
 そう、何か悪夢を見るせいで。真夜中に飛び起きては、そのたびに浅い眠りにつく。そのせいで睡眠時間が削られているのだ。
 けれど。
 レックハルドは、ふと立ち止まる。
(何で夢を覚えてないんだ)
 跳ね起きるほど印象的な夢のはずなのに、おきるたびに忘れてしまうのだ。ファルケンに語ったとおり、夢の内容などかけらほども覚えていないのである。妙に胸騒ぎがした。
 悪夢なら悪夢で覚えていなくてちょうどいい。だが、全く覚えていなさすぎるのは、何故だろう。ただ、悪い夢を見た、という感覚だけが、肌の上でじわじわと広がるのみなのだ。
 不意に、遠くから複数の人間の声がした。ざわめきだと思ったが、そうではない。合唱というほど健全なものでなく、低く、静かに、道の上に響いているものだった。
 レックハルドは、ふと目の前が暗くなるのを感じた。日がまた欠けたのだろう。そう思ったが、それと同時に、誰かの声が遠くから響いてきた。今度は意味のある声だった。それは自分を非難する声だ。敵意と警戒に満ちた、男の大人の声だった。
 カルナマク様! こんな男の口車にのってはいけません! 人払いをして二人ではなしをしたいなどと、あなた様をだまそうとする、この男のたくらみに違いありません!
 気が遠くなるとともに、目の前の風景がかわった。


「大体、後ろめたいことがないなら、正体を隠して王に近づくことなどないはずです。この男が信用ならぬ男であることは、都でも有名な話ですよ」
 目の前の中年の男は、激しくそうまくしたてた。
 だが、「彼」は、別に中年の男をそれほど嫌悪していなかった。当たり前だ。男は、忠誠心のあるまじめな臣下なのだろう。主君と国を守るのが、彼の任務なのだから。
 けれど、顔を見られたことがあるのは、「彼」の失敗でもあった。メルシャアドのような小さな市国なら、自分の顔を知る人間はそれほどいるまい、と単純に思ったのが、まずかった。もとより身分がそれほど高くなかった彼は、人前に姿を好んで現すほどでもなかったし、自分が目立つ容貌をしているわけではないのも承知していたから、しおらしくしていれば大丈夫さ、などと軽い気持ちで考えていた。
 まさか、大国ギルファレスの悪名高い宰相が、こんなに若く、貧相な男だとは誰も思ってはいるまい。事実、この男に見破られるまで、彼がこのところメルシャアドと戦争状態にあるギルファレスの宰相だと、誰も気がつかなかった。カルナマクに商談しに来た裕福な行商人といわれれば、その慇懃な割りに値踏みするような態度と挙動が、妙に説得力を持っていた。 
 けれど、彼も、絶対に誰にもばれない、と思って乗り込んできたわけではない。そのうちにばれるかもしれない、と思いつつ、それはそれでどうにかなるだろう、と適当に考えていたのだ。
 だから、ばれたところで、大して動揺していなかったのだ。
 同盟国だったメルシャアドとギルファレスが戦争状態になったのは、ここ半年ほどのことである。原因は、ギルファレス側が、辺境を開拓してそこに要塞を築いたことだ。メルシャアドは辺境に程近い小国であり、狼人が多くすんでいる場所でもあった。追い出された辺境の狼人たちが、メルシャアド王と彼に仕えている狼人たちに泣きつき、メルシャアド王はギルファレスに抗議した。ギルファレス王フェザリアの返事は、メルシャアドへの攻撃だった。
 数としては圧倒的にギルファレスの方が勝っていたが、メルシャアドには狼人が多い。カルナマクには、ザナファルという狼人の長(リャンティール)が仕えており、怒り心頭の狼人達による強烈な反撃は、ギルファレスの軍隊達を震え上がらせた。数で押そうとするギルファレスだが、狼人の奇襲攻撃にあって要塞をひとつおとされ、士気が思うように上がらず、今はにらみ合いが続いているところだった。
 そんな中、「彼」が派遣されてきたのは、にっちもさっちもいかない戦況をどうにかするためだった。だが、あの王の目的が真にそれかというと、別にそうではないのだろう
(別に、俺ァ、好き好んであの王の味方をするわけじゃあねんだがな)
 彼は心中吐き捨てた。
 あの王が自分を説客として送り込んだのは、成功を望んでのことではない。自分が死んでもいい人間だからだ。
 彼を宰相へと望んだのは、彼を見出して教育した前の国王である。前王が、死を前に彼を宰相にし、自分の息子たちを補佐するように頼んだのだ。彼が若くしてこの地位につくことになったのには、そういういきさつがあるのである。
 しかし、次の王になったフェザリアは、王に即位した途端に、彼とことごとく対立した。今までのところは、彼の特権でどうにか抑えてきたが、成り上がりの彼に好意を持たぬ者も多いため、王の権力は次第に強くなってきていた。
 そして、とうとう彼は弾劾される立場になっていたのである。それは、彼がメルシャアドとの戦争や辺境開拓に難色を示したことが大きかった。それを徹底的に責められる形になった彼は、次第に追いやられてきていたのだった。
 その彼に残された最後の任務が、「メルシャアド王を帰順させる」こと。この任務を成功させればよし、成功させなければ彼の失脚は確実である。いや、失敗の意味するところは、死であろう。
 事実彼には、最低限の部下しか与えられなかった。説得が失敗し、彼が処刑されることを、王はうっすらと望んでいるのだ。
(結局、俺が失敗して死ねばいいと思っているのさ、あいつはな)
 そして、彼は、与えられた最低限の部下も捨て、単身、行商人のふりをして王に近づいた。面会まで漕ぎ着けたのはよかったが、そこで以前会った事がある男に正体を暴かれ、そして、こういう状況になっているのだった。
 ただ、王と二人で話をしようか、というタイミングで正体がばれたのには、彼も間がわるかったな、と思っている。
「落ち着きなさい。今は、彼は客人ですよ」
 ふと、静かな声が聞こえて、うつむいていた彼は物憂げに顔を上げた。そこには、先ほどから上品な青年が座っている。どこか可憐な、いかにも育ちのよいまじめな感じの青年だった。その若者が、メルシャアド王カルナマクである。
「しかし……」
 彼を排除するように声を荒げていた男は、たしなめられて困惑気味に王を見た。カルナマクは軽く微笑むと、彼のほうを見やる。
「宰相殿は、武器をもっていないし、供もつれていない。言葉が武器になるとしても、私の身体を傷つけることはないでしょう。話し合いにこられたというのであれば、その用件ぐらいはうかがいましょう」
「しかし、この男は舌先三寸で生きているような男です。一体何を吹き込まれるか」
 心配そうな男に、カルナマクはなだめるように行った。
「あなたの心配はありがたいですが、いまだ話をきいてもいないのです。もし、私が宰相殿にだまされるようなことになれば、あなたが私に諫言してください。私は皆の意見をよくきいて決断するつもりですから、その時に」
 しかし、と彼は言いたげだったが、カルナマクは頷いた。
「宰相殿は、私と二人で話がしたいといっていましたね。あなたは少しさがっていなさい」
「しかし……」
「大丈夫です。宰相殿は、私を殺すような真似はしないでしょう」
 二人で、といわれてさすがに男は険しい顔になったが、確かに彼には部下もなければ武器もない。おまけにカルナマクは、それなりに武芸に心得がある。
 カルナマクの決意が固いのは、彼の瞳を見ればわかることだ。ようやく男は折れて、カルナマクに一礼し、彼をにらみつけながら去っていった。
 部屋には、そして、彼、と、カルナマクが残された。
「やれやれ。自分の評判の悪さには毎度まいりますよ」
 彼はため息をついて、苦笑いを浮かべ、王をみやった。
「あなたは物分りがいい。これからもっとよい君主になられることでしょう。人の意見をきくというのは、もっとも大事なことです。もちろん、私のような男の言葉でもね」
 素直に彼は、相手の青年を褒め称えた。別に裏はなかった。
 自分の希望をかなえて、人払いをした彼に敬意を表したのは、嘘でもなんでもないからだ。その方が都合がいい。一対一でなら、彼には目の前の若い王を言い負かして説得し、どうにかこの戦いをやめさせる自信があった。
「それでは、本題にはいるとしましょう。カルナマク様」
 彼は揉み手をしながら、姿勢を変えた。
「私が来たのは、確かにあなたの懐柔のため。そして、この戦を停戦させるためです」
「わかっています」
「なら、話は早い」
 彼は、細い目を笑わせた。
「単刀直入にいうと、あなたに折れていただきたい。つまり、あなたのほうから停戦を申し込んでいただきたい、とこういうことです。そうすれば、うちの国も面子が保てますので、喜んで停戦に応じることができる。我々から停戦を申し込むことは、王と彼の支持者の連中が認めないでしょう」
 彼はそういって相手の反応をみた。若い王の顔は険しい。
「事情はそれなりにわかります。辺境に手をつけるというのは、確かに狼人を抱える国では最大の禁忌であることは、私もよくわかっています。彼らを納得させられる理由が見つからないこともわかります。彼らの怒りもね」
 彼は、少し同情したような口ぶりになった。
「しかし、ギルファレスの軍事力とメルシャアドの力は、比べるべくもないのもよくご存知でしょう。ここは、狼人を説得していただきたい」
「わかってはいますが、彼らとともに生きることにした我々には、彼らの苦しみもよくわかります。ギルファレスの陛下は、辺境の奥地にまで手をつけようとなさっている……」
 ようやく王は口を開く。その声はまだ固い。彼は頷いた。
「ええ、それに関しては無駄も多いのもよくわかっています。辺境を開拓しようなどと考えると、いくら金がいるかわかりません。たとえ、辺境の奥に金銀宝石が埋まっていようともね。あそこに要塞を作ったのも、あそこを足がかりにして開拓を進めるためなのですからね。実は、あれは私も頭が痛いところなのですよ」
 彼はそういって、腕を組んだ。実際、彼としても頭の痛いのは事実だった。あの王は、経済感覚というものがない。けれど、彼が辺境に手をつけようとしたのは、何か他の理由があるような気がしてならなかった。彼が、あの若い主君に警戒して、何かと対立しているのは、その妙にいやな感覚が理由でもあった。
「おいおい、私が連中を説得します」
「貴方は、辺境の破壊を望んでいるわけではない、というのですね」
 カルナマクがそうきいてきた。
「ええ、もちろん。私としても、狼人の影響力は考慮しております。隣国メソリアには、狼人の戦士団があり、さらには神聖バイロスカートの竜騎士たちも、辺境の異変にはこと神経を尖らせています。今、辺境には少し異変が起きているといわれておりますが、わざわざそれを刺激するような真似をするのは得策とは思えません。我が陛下は、そのあたりを勘違いされているようですが、これから説得すれば、きっと利害についてご理解いただけることでしょう」 
 ふと、目の前のカルナマクを見た。ギルファレスの王と、年恰好はあまり変わらないが、目の前の王のほうが、いくらか誠実で、だまされ易く見えた。事実、意外に彼が自分たちに同情的なので、戸惑っているところがあるのだろう。
(このまま押し切っちまえ)
 彼は、手ごたえを感じて思った。
(今回は、俺は嘘はついてないんだから、いつもより楽だぜ)
 別に嘘をついて丸め込んでも、罪悪感を抱くほど善人でもないが。それでも、彼のそんな心情は、より彼を大胆にしていた。彼は、一気に片をつけようと、口を開いた。
 しかし。
「残念だが、レックハルド=ハールシャー」
 唐突に聞こえた声は、彼の高揚した頭を一気に冷やすのに足りた。
「お前の独壇場はそれまでだよ」
 そして、彼は振り向いた。そこには、一人の優男が、温和な顔に満面の笑みを浮かべてたたずんでいた。
 

不意に寒気がして、レックハルドはわれに返った。
目の前には、静かな街があるばかりだ。太陽が少しでたのか、ほんの少し明るくなっていた。
(な、なんだ、今の……)
 思わずぞっとした。額の冷や汗をぬぐいながら、レックハルドは、今の出来事を思い出す。いや、今のは、夢だ。なぜなら、さっきまで自分は街を宿に向かって歩いていたではないか。
 白昼夢?
 それにしては、あの感情の高ぶりの生々しさは何だろう。夢の中の感情の動きとは思えない。
 けれど、その夢の感覚には覚えがあった。今朝見て忘れていた夢と、同じような感覚だ。
(まさか、さっきみたいな夢を見ては忘れ、見ては忘れていたのか?)
 気づけば、また先ほどの複数の声が聞こえてきていた。周りを取り囲むように聞こえてくる声だ。
 そういえば。
 ふと、レックハルドは、あることを思い出す。
(夜中にも、オレはこの声をきいてなかったか?)
 人気を感じて、レックハルドは背後を振り向き、思わずどきりとした。いつのまにか、彼の背後に、黒いマントを被った人間が数人立っていたのだ。





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