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辺境遊戯 第四部 


邪神の哄笑-3




「ということでな、魔幻灯」
 アヴィトの説明をききつつ、ファルケンはあごひげをなでやっていた。
 時空の果てから戻ってきてから、すでに一週間余りがたっていた。
 森の変化は、一見緩慢で、大した変化も見受けられないように思う。
 十一番目の司祭であるアヴィトのほうからも、それほどの変化がないようなことをきいたので、ファルケンの気のせいではないらしい。けれど、日蝕の回数が明らかに増えていて、最近では、日が完全にさしている時間も短いようだ。さすがにファルケンもそれは気になっていた。
 しかし、ファルケンには、辺境を救おうという意識が若干希薄なところがあるので、見落としているかもしれない。一度辺境に捨てられたからなのか、それとも、元からの気性なのか、彼個人には、それほどシールコルスチェーンとしての意識が薄い。いや、それとも、普通のシールコルスチェーンは、そのようなものかもしれない。フォーンアクスにしろ、ツァイザーにしろ、彼らは、異端の狼人であり、辺境から逸脱したものたちだ。シールコルスチェーンという、司祭に等しいが、辺境の内部では認められていない「役職」についてしまうと、結局、逸脱したもの、アウトサイダーとして振舞ってしまうのだろう。
 ファルケンにしても、そういう感覚なだけなのかもしれない。
そういう一面が気になるから、タスラムは、彼に取引を持ちかけてきたにちがいないのだ。ファルケンも、うすうすは感じている。
そして、何を考えているかわからないが、とりあえず、辺境は助けたいらしい三番目の司祭の使い走りがアヴィトである。妖魔がぬけてすっかり毒気が抜けた成果、まるで雰囲気が違うが、どうも本人らしい。
ファルケンが何をやったか、ファルケンに何をしたかも、本人は忘れているようだが、元々は気の優しい男なのか、ファルケンがちょっと困惑するほどに謝ってくれた。とりあえず、過去の確執は仕方がない。ファルケンも、彼を受け入れることにして、話を聞いていた。タスラムと表立って付き合うのは、さすがにまずいが、司祭の中では生死不明になっている彼なら連絡役には適役だ。
「日蝕の回数が増えているのだけが気がかりだな。森が枯れている場所も、やはりあるようだが」
「司祭たちは、そのことで騒いでるのかい?」
 ファルケンにきかれて、アヴィトは軽く顎に手をやる。
「騒いでいるが、今は表立って動いていないようだ。三番目殿が混乱を押さえ込んだのも原因か。ともあれ、今は、静観を決め込んでいる」
「一番目も?」
「一番目殿の動きは、私にもわからない。三番目殿も知らないようだ」
 アヴィトは、顎に手を置いた。
「二番目の司祭は、今は静かにしているようだ。司祭のうちでも、数名は彼女の意見を聞くのをまっている節がある」
「それじゃあ、シャザーンは?」
「彼は行方不明だ。司祭も行方を掴んでいない。だが、今は辺境の中に潜んでいるような気配があるな」
「辺境の中に? それでも、つかめないのか」
 アヴィトは、ファルケンの言葉に苦い顔をした。
「それが問題だ。通常辺境の中に潜んでいるなら、誰かの縄張りにかかるはずだ。テリトリー侵犯で、襲い掛かられても不思議ではないのだが」
「誰も気づいていない?」
「いや、もしかしたら、内部に協力者を作っているのかもしれない。コレは私の私見だが」
 アヴィトは、静かな声で言った。
「私のように人が変わったようになった狼人は近頃多いようだ。もし、長(リャンティール)を含む集団ごと、味方につけたとしたら、われわれでも、情報を掴むことはできないかもしれない」
「それは、そうだな」
 ファルケンは、唸って視線をうつむかせる。
「かえって動きがないのが不気味だな。どうなってるんだろう」
「その辺は私も気になる。お前はこちらでは調べにくいだろうから、私が少し手を貸そう。とはいえ、私も公然と歩き回れる身上ではないので、余り期待されすぎるとつらいが」
 アヴィトはそういって苦笑した。
「ああ、ありがとう。レナルにも協力してもらうよ。なにか、あったら、あんたやタスラムにいうから」
「そうしてくれるとありがたい」
 ファルケンは、それで一度その話を打ち切った。
「あと、そうだな。司祭たちはオレのことは、なんかいってる?」
「司祭の中では、お前が復讐しに来るのを恐怖しているものもいるらしいが、これも、三番目殿がうまくごまかしたようで、とりあえずは手を出してはこないだろう」
 ファルケンはあごひげをなでやりつつ唸った。
「結局、あの爺さんにしてやられてる感じだな」
「まあ、そういうことになるか。とりあえずは、そんなところか。まだ何か質問はあるだろうか?」
「いや、そんなところだな」
 アヴィトにきかれて、ファルケンはうなずいた。それ以上、特に聞くことはないような気がする。
「では、私からひとつ質問させてもらおう」
 アヴィトは、そう前置き、落ち着いた声でこうきいた。
「今、友人の人間はどうしている?」
「何故そんなことを聞くんだ?」
 初めてファルケンの目が鋭くなった。が、アヴィトには他意はないらしい。アヴィトの声は、なだめるように穏やかだった。
「いや、三番目殿が、いたく気にしていた」
「三番目の司祭が?」
 ファルケンは、きょとんと目を丸くした。
「なんでまたレックのことを?」
「そこまでは私も知らないが」
 アヴィトは、少し考え込むようにしていた。
「なにやら、彼には危険な兆候があるかもしれないといっていた。彼自身が危険というわけではなく、妖魔の狙う対象として、という意味のようだが、その辺は私にもよくわからない。まあ、人間は概して妖魔に取りつかれやすいらしいので、それでかもしれないが」
 アヴィトは、少し眉を寄せた。
「ただ、彼の様子がおかしくないか。少し気になったのでな」
「そ、そういわれると、最近ちょっと寝不足みたいだけど」
 ファルケンは、あごひげをなでやりつつ唸る。
「そういわれると心配になってきたなあ。ちょっと聞いてみる」
「そうしたほうがよかろう」
 頷いたところで、ファルケンは気になってたずねた。
「アレ、アヴィトさんは人間が嫌いじゃなかったのかい? 妙に親切だなあ」
「別に嫌いだったわけではない。どちらかというと忌避していたが、お前たちをみていると、何となく興味がわいてきた。むしろ、人間というものを深く知りたい」
 そういうアヴィトの顔は、どこかのんきなところがある。どうやら、アヴィトの本来の人格は、割りに好奇心が旺盛であるらしい。狼人にはそういう一面があるのだが、どうやらアヴィトの本性は気楽な性格のようだった。
「それならいいけど。いきなり人間の町にいったりしないほうがいいよ。狼人だってばれたら大変なところもあるんだから」
「そうなのか」
 アヴィトは少し驚いた様子でいうと、少し神妙な顔つきになった。
「それでは、こっそりと街に忍び込むにはどうしたらよいだろう」
「うーん、アヴィトさんは、そんなに狼人って顔してないし、とりあえずメルヤーをおとして、頭に布か何か巻いていったら大丈夫じゃないかなあ」
「そうか。それでは、今度そうしてみよう」
 アヴィトは、なにやら機嫌よさげにうなずいた。ファルケンは、なにやら奇妙なことになったなあ、などと思っている。


 のどかな昼下がりだった。先ほどおこっていた日蝕も、今はおさまって、ようやく太陽の光を地上に送っていた。この光がいつまで続くかわからない。だが、そのわずかな間を縫うように、往来には、急に人の数が多くなる。
 保身のためもあり、辺境の異変を調べつつも、生活のためには商売もしなければならないレックハルドとファルケンの二人組は、こんな状況だというのに、相変わらずヒュルカで店を出していた。
 この前の竜の襲撃で、いくらかの被害を受けたヒュルカだが、少しずつ復興しつつある。中心地は、それほど被害を受けなかったのもあって、レックハルドのような商人達には、あまり影響もなかった。
「この色、すごく綺麗ね。ロゥレンちゃんに似合いそう」
 レックハルドは、眠気と戦いつつ、横で展開される女の子達の会話をきくともなしに聞いていた。
 市場に店を広げたレックハルドだが、売り上げはそれほどいいものでもない。
(ちきしょう、ただでさえ眠たいのに、やけに追い討ちをかけてくるな)
 しかし、それでもレックハルドの商魂は起きていた。日蝕が終わって、ちらほらと人影が現れるようになると、目の前を通る客を物色しながら、脈がありそうなものを呼び込もうとしていた。
 夜は眠れず、妙な夢を見て不安にさいなまれたりしているレックハルドだが、起きてからそのことで思い悩むほど、複雑な精神はしていない。それに、レックハルドにとっては、この一日の商売が死活問題だったのだ。ここのところ、ファルケンに振り回されたりして、ろくな商売ができていない分、彼の懐も寒くなっていたのだ。もっとも、当のファルケンは、懐が寒かろうとあまり意識しない男だから、のんきなものだ。食料をとってくるのに秀でているものだから、金がなくても飢え死にはしないだろうと思っているに違いない。ファルケンにとって、現金などというものは、博打の元手ぐらいの認識に違いないのだから。
(これだから野生児は困る)
 レックハルドは唇を尖らせる。今日も、やつは、何か情報収集にいってくるといって出て行ったきり戻ってこない。一応一人でおいておくのが心配だからと、マリスとロゥレンに自分といるようにいったのだろう。マリスといられて嬉しいことは嬉しいが、ロゥレンと一緒にほのぼの騒いでいる様子が、この暇ぶりをより際立たせているようで、ちょっと複雑な気持ちだ。
 ともあれ、レックハルドは、眠気を振り払って、商売っ気を前面にたぎらせておくことにした。
 彼が、そろそろ人の通り始めた往来に、全身全霊を集中しているとき、マリスとロゥレンは、相変わらず、商売道具である布で遊んでいた。マリスでなければ、絶対に許されない所業にちがいない。
「あとで、これとこれを売ってもらって、服でも仕立てましょうね?」
 マリスは、めぼしいものをかっさらいながら、ロゥレンに笑いかけた。一方のロゥレンは、半ば遊ばれたところがあるので不機嫌だ。とはいえ、ロゥレンも、布を買ってもらえること自体は嬉しいので、強がって無理に不機嫌な顔を作っているところがある。
「何のんきなこといってるのよ。ホント、いつまで経っても、緊張感がないわね」
 ロゥレンは、腕を組んでマリスのほうを見上げる。マリスは、大きな目をきょとんとさせて首をかしげた。
「まあ、そうかしら。あたしは普通だと思うけど」
「なにいってるの? この前、すごい化け物が襲来してきたばっかりなのに。あんたは知らないだろうけど、辺境もいろいろ大変なのよ」
「大変なの?」
「そう、だから、おちおち辺境にもいられないんじゃないの」
「ロゥレンちゃんでも怖いの」
 何気なくマリスがいった言葉に、ロゥレンは激しく反応する。
「べ、別に、怖いわけじゃないわよ! ただ、ちょっと危ないかなあって思っただけ。用心深いの。ほら、あちこちで森が腐って倒れてるっていうし、巻き込まれたら災難だわ」
「そうなの。怖い思いをしたわね」
「だから、怖くないってば!」
 心底気の毒そうな顔をするマリスに、ロゥレンは、むっとして反論する。当然、マリスには、対して効果はないらしい。ふと、マリスは、ロゥレンから目をはずして、そちらに注意を向けていた。
「ちょっと、聞いてるの?」
「ロゥレンちゃん、ファルケンさんが戻ってきたわよ」
 そういわれてマリスの視線をたどると、確かにファルケンが、向こうのほうからのんきに歩いてきていた。それにしても、ロゥレンの怒りをはぐらかしているわけでもあるまいが、マリスは例のごとくにこにこしながらそんな風に彼女をかわす。ロゥレンは、余計にいらいらしてしまうのだった




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