辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第三部 


第二章:竜魔問答−7

 そこには、確かに、何か危ない植物が生えていた。比較的背の高い植物だが、種類はよくわからない。ファルケンも、あまりみた事のない種類の植物だが、先程の食虫植物の仲間であることは確かである。紫の毒々しい花は、客観的に見ると不気味な綺麗さがある。
「あ、ホントだ。あれ、ここには生えてないはずなのにな〜。辺境の生態系も凄い勢いで狂ってるって事か……。でも、離れてるし、襲ってはこないよ」
 そういってファルケンは、進み出そうとしたが、レックハルドはまだ気にかかるらしい。
「いや、オレがいっているのは、あの花、足がくっついているような。ほら、上の方に、なんかひっかかってねえか」
「え? ウサギでも捕獲されてるんじゃないかなあ。あれ、食虫っていうか、食獣植物だから」
 そういってファルケンは、向こうを見た。いわれると、たしかに、紫の花には緑の蔓が巻き付いたしろいものがあった。レックハルドは、何となく不穏そうにそれをみながら、少し唸る。 
「ウサギって言うより、オレには人に見えるんだがなあ」
「ええ? そう? ……あ、ホントだ……」
 ファルケンはもう一度目を凝らした。言われると本当に人間らしい。顔が隠れているのですぐには分からなかったが。普通狼人が、こうした植物に捕食されることはあり得ない。魔力の使える妖精も、力の強い狼人も、辺境の中で他の動物に狩られる対象にはなることはほとんどない。あるとしたら、レックハルドのように外からきた人間になる。
「かわいそうに、迷い込んだんだなあ」
 ファルケンは、そういって捕まった男に何となく祈りを捧げてみるが、レックハルドがふと冷淡に言った。
「お前、あれ、まだ生きてるんじゃねえの? なんか、痙攣しているような……」
「え、……あ、ホントだ!」
 言われると、確かにびくりと時々動いているような気がする。ということは、まだ、助けられるかもしれない。ファルケンは、すぐに助けにいこうとおもったのだが、捕まっている人間の顔がようやく見えてきたので少しそちらを見てしまった。金髪にややぼんやりした容貌で、何となく狼人風の感じもするのだが。
「あれ? あれあれ、何か見たことのあるような……」
 ファルケンは、軽く目をすがめてよく見てみて、そしてようやくあああ、っと素っ頓狂な声をあげた。
「だ、誰かと思ったらあいつ、ビュルガーだよ!」
 ファルケンは、慌ててそちらの方に近寄った。よく注意してみれば、すぐにわかるはずなのだが、狼人がああいった植物に捕まるはずはないと思っていたので、思わず気づくのが遅れたのだ。それにビュルガーは狼人としては、かなり小柄な方だし、人間と考えた方が自然だったのである。
 緑色の蔓に絡まれて持ち上げられているビュルガーの頭は、半分紫の花の中に入りかけていた。あのまま、下のつぼの部分に落ちるとまずい。あの中には、強力な消化液があるはずなのだ。レックハルドが呆れたような気がした。
「何、あの上でひっかかって食べられかかってる奴お前の知り合いか?」
「知り合いっていうか、オレの兄弟子なんだけど。あれえ、なんで、こんな所に? お師匠様が、迷ったかなあ。あの人なら十分にあり得るし、もう食われてたりしそうですごく心配だなあ……」
「お前、のんきに話してないで、助けろよ! そろそろ、あれ、やばいんじゃないのか? 白目むいてないか」
「ああっ! ホントだ。いつの間にか窒息しかけてるみたいだ! あ、あれはまずい!」
 ちらりと見えたビュルガーが、泡を吐いているのが見え、ファルケンはいよいよ焦った。あの頃は、ろくに口をきかなかったファルケンなのだが、別にビュルガーが嫌いだったからそうしたわけではない。こんなところで死なれたら、お師匠様にも申し訳がたたないというものだし、その前にその師匠の安否も気遣われるというものだ。大体、師匠はビュルガーと一緒に行動しているはずだし、あの毒草を薬草を素で間違えるような性格だから、先にやられていてもおかしくない。
「お、オレちょっといって助けてくる!」
「急げよー。あれはかなりやばいぞ」
 レックハルドは冷淡に焦る相棒を送り出す。
「……しかし……」
 走っていくファルケンをのんきに見ながら、レックハルドは呟いた。
「あんなのに捕まる狼人って初めて見たぜ。大丈夫なのか、アレ、狼人として」
 それが、走っていくファルケンも共通に抱えている疑問だとは、まだレックハルドは気づいてはいないのであるが。



 その日、ビュルガーはとにかくついていなかったような気がする。目的は忘れたのだが、ビュルガーは、森の中を歩いていた。ところが、いきなり上から謎の蔓草みたいなものに襲われ、そのままつるし上げられてしまったのだ。
 最初は、いきなり首を絞められて意識が薄らいだのでわからなかったのだが、ふといきなり意識が少しはっきりしてきた。冷静にそれをみると、紫の花が牙こそないのだが、不気味な口を広げて彼の後ろに迫っているのが見えた。奥で強力な酸が何かを溶かす音がするのは、幻聴だろうか。幻聴であってほしい。狼人なら、その正体は一目で見当がつく。ビュルガーは真っ青に成った。
「ちょ、ちょっと待て! 喰う奴じゃねえか、これ!」
 ようやく相手の正体を知って慌てるビュルガーは、脱出しようとしたが、蔓草は彼の首もとと両腕に巻き付いていて埒があかない。暴れてみるが、地に足が着かないし、どうにもならない。
「まずい……。シ、シーティアンマに助けてもらわないと……」
 近くに師匠はいるだろうか。いるなら助けて貰いたい。と、誰かが下を通のが見えた。ビュルガーは、満面に安堵の表情を浮かべたが、それもつかの間、その表情はすぐに凍った。下を通ったのは運悪く、生意気な弟弟子のファルケンだったのだ。しかも、彼は、自分に気づいているのかいないのか、平気な顔をして下を通り過ぎていく。
(ど、どうするよ! オレ!)
 さすがに彼に頭を下げるのは腹が立つ。だが、このままでは命に関わる。迷い迷った末、ビュルガーは、声をふりしぼって彼を呼んだ。
「おいっ! ちょっと! 待てって!」
 ぴた、とファルケンは足を止めた。そのことだけで半ば安堵してしまう自分は情けないのだが、今は自己嫌悪などしている場合でない。とりあえず、そのことは忘れ、ビュルガーは叫んだ。
「身動きがとれないんだ! お前、オレより力あるんだろ! 助けてくれよ」
「何故?」
 ファルケンの声は低かった。
「何故って!」
「なんで俺が助ける必要がある? 自分で脱出すればいい」
「できないからいってんだろ! ちょっと、お前なあ、あんまり冷たくないか!」
 ふっと、ファルケンは冷笑を浮かべた。思わず迫力に飲まれてしまうビュルガーだが、命がかかっているので、必死で叫ぶ。
「お前なあっ! ちょっと冷たすぎだぞ! いい加減、そんなんだからな……」
 びく、とビュルガーは肩をすくめた。そこに佇むファルケンの目が、あまりにも恐かったのだ。
「お前に俺の何がわかる!」
「い、いえ、すみません。何もわかりません!」
 咄嗟に謝りたおし、がたがたとビュルガーは震えた。やはり、この弟弟子は恐い。本当に同じ狼人なのであろうか。
「で、でもっ、……も、もうちょっと助けてくれたっていいんじゃないかな! ほら、オレ達、同じ釜の飯を〜〜」
「黙れ」
 ぴしゃりと言われ、ビュルガーはファルケンの目に怯えた。何かわからないが、とにかく触れては行けないところに触れたらしい。
「ああ、いやっ、す、すいませ……」
 謝るビュルガーを見て、ファルケンはきっと目を細めた。そして、いきなりこう怒鳴りつけたのだ。それは彼の声にしてはかなり低く、何となく別種の言語の響きを帯びていた。
「黙れ! この役立たずがあっ!」
 何故か視界が明るくなって、そのまま世界が割れた気がした。





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