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辺境遊戯 第三部 


時空幻想-27




「まったく」
 レックハルドが、目の前から消え、メアリズが腰をあげたころ、後ろからそう声が響いた。高い女の声だ。
「いないっていうから探しにきてみれば、こんなところで油売って……」
 メアリーズシェイルがふりかえると、そこには妖精が一人たっていた。どことなく、まだあどけなく見えるが、彼女は、メアリズよりも永く生きている存在だ。妖精は、六枚の羽をしまいながら、不機嫌そうに彼女を見ている。 メアリズは彼女に笑いかけた。
「こんなところにまぎれられたら困るじゃない。随分探したのよ」
「助けにきてくれたの?」
「探しにきただけ!」
 彼女はつっぱねるが、メアリズは慣れているのか、表情を変えない。むしろ、にこにこしていた。
「よかったわ。わたし、どう帰ろうかと思っていたの。あの狼人さんにお願いしようかと思ったんだけれど、あなたが一緒なら問題ないわね」
「冗談じゃないわ。……わたしは、シールコルスチェーンみたいな野蛮な連中とは違うのよ。こんな異常なところなんていたくないんだからね」
「まあ」
 メアリズは、おっとりとそういい、懲りずに再びわらいかけながら、彼女に話しかけた。
「あなたがあの人を助けてくれたんでしょ?」
「違うわよ。邪魔だから捨てただけ」
「また、そんなことをいって」
「人間は嫌いなの」
 妖精がすげなくそんなことをいうのだが、メアリズは、何となくほほえましそうな様子である。
「そんなこといいながら、あなたも私を助けに来てくれたじゃないの?」
「それはあんたが純血の人間じゃないからでしょ。あいつは、あんたの付属品みたいなもんだから、仕方なく殺さなかっただけ」
「まあ、そうかしら」
「そうよ」
 意地を張る妖精に、彼女は苦笑した。
「わかったわ。あなたがそういうのだもの。そういうことにしておくわね?」
 けれど、メアリーズシェイルは、はっきりと気づいている。「彼」に、彼女が何らかのヒントを与えたことを。
 そして、それが、これから先の彼にとって、大変に重要なことであることも。


 「レックハルド」の気配が消え、メアリズという女の気配が消え、そして、「レックハルド=カラルヴ」の気配が消え……。
 ちゃっかりと乱入していた、例の心配性のファルケンの気配が消えて、ようやく、傍観者たちは、安堵した。
 ファルケンは、まだいるようだが、どうやらことは無事に終わったらしい。
「やれやれ、どうにかなったようだよ」
「だから、私がうまくいくといった」
 今まで傍観をきめこんでいた、シールコルスチェーンたちは、ようやく腰をあげてそんなことを言った。
「そんなこといって、うまくいかなかったらどうするつもりだったんだい?」
 メルキリアは、腕を組んでツァイザーを見た。
「レックハルドってやつとも、知り合いだといったのに、あれだったら手をかしてやってもよかったじゃないか」
「死にそうになったら、いい加減手をかそうと思っていたが、まあ、死ななかったからな」
 しれっとした彼をみて、メルキリアは頭をおさえる。紅一点であり、かつ、シールコルスチェーンの中で、おそらく最もまっとうな精神の持ち主であるメルキリアは、変わり者ぞろいの仲間の扱いに、時折困ることがあるのだった。
「けれど、あのレックハルドと一緒にいた娘はだれだったんだい? あんた、知っている風だったね」
「さあ、誰だったかな。私も年をくったので、物忘れがひどい」
「元からだろう」
 もとより返答は期待していなかったのだろう。メルキリアは、それ以上追求しなかった。
(実は、あの娘のそばに、妖精も混じっていたようなんだけどね)
 それにツァイザーは気づいていたのだろうか。だが、どちらにしろ、彼がちゃんとした返答をくれるとは思えなかった。
「あー、食った食った!」
 急に能天気で自分本位なわめき声が聞こえた。だが、二人はそちらをむかない。向かなくても相手が誰だかわかるからである。
「人が働いてるときに、のんびり食う飯はサイコーだぜ! って、お前ら、働いてないじゃねーか!」
「その姿をみたら働く気なくすよ」
 フォーンアクスは、いかにも気楽な様子で、どすどすとこちらに歩いてきていた。いつでも自由奔放。他人の迷惑など知ったことではない様子だ。
 いや、彼は、知ったことではない様子、というだけではなく、本当に人の気など知らない男だ。
「ファルケンはどうしたんだい?」
「あー?」
 いわれて、フォーンアクスは、頭をかきやって少し考える。言われなければ、さっきのことでも忘れてしまっていそうな風情だ。
「あ、そーいや、あいつ、もう終わってたんだっけ? さっき、そういや、軽く挨拶にきてたような気もするけど、オレは、飯くってたからよー。適当に済ましちまったぜ」
「ちゃんと、話はしたんだろうね。あいつにあの危ない剣を渡したのもあんたなんだから、一応説明しときなよ。生きて帰ってきたってことは、使い方がわかったから帰ってきたんだろ」
「あっ、そういえば、そんな事情もあったっけ? 話するのわすれた」
「ええ? 本当にあいつはアレを使えるんだろうね」
「さー、あいつ鈍いから、あの剣があぶねえとかどうとか気づいてないんじゃねえ? まあ、気づかなきゃ勝ちなわけだし、隙がなかったら万事オーケーって言うか」
 いい加減なことをいいながら、フォーンアクスはからからと笑った。
「まー、いいんじゃね? どうせ、あのボーっとしてトロくさいのが、あれこれありがてー話をしてくれるだろうしよ」
 返事をきいて、首を振るメルキリアだが、フォーンアクスは相変わらずである。
「まー、使い方もわかったみてえだし、別にオレが話することもないだろうしよー。ああいうのは、テキトーに体で覚えるもんなんだよ」
「使い方がわかったっていっても、今回は、あいつは何も切ってないんだよ。本当に使い方がわかってるのかねえ」
 メルキリアが、皮肉っぽくそういいやる。
「そういえば、結局、あの妖魔をきらなかったな」
「おまけに、レックハルドとか言う友達は、乱入してきたヤツが手を貸したみたいだし」
「いいんじゃねーの。そのうち成果がでるって」
「適当だね」
 メルキリアは、ため息をついた。
「確かに、あの剣を使いこなすには、恐怖心を克服しないとならない。しかも、ただの恐怖ではなく、自分の中にある自分への恐怖を。暴走するかもしれない、危険な自分を認められるかどうかが大切だからな。一応それを乗り越えられたということは、うまく使いこなせるということかもしれんな」
 ツァイザーが、少しフォローするようにいうと、フォーンアクスは手をたたいた。
「おう! いいこというじゃねーか! まさにソレよソレ! さすがツァイ公は、オレの言いたいことがよくわかってるー!」
 便乗して調子にのりつつ、彼は続けた。
「ま、あいつが妖魔切るのに失敗してたのは、どうせ根性入ってなかったからってことだから、今回のことで、うまく扱えるようになるにちがいねえとこういうわけよっ! うん、オレもそう思ったからこそ、あいつに、剣を解放させたわけで……」
「怪しいもんだね」
「怪しいな」
 口をそろえていう二人に、フォーンアクスは、大げさなほどの動作で手を振った。
「ちっ、お前らはわかっちゃいねーな。オレ様の偉大な頭の中が。オレは、いつも先の先まで見届ける漢(おとこ)よ! わはははは」
「なんにも入ってないだけだろ」
 得意がるフォーンアクスにきこえないように、メルキリアはぼそりと呟いた。
 ファルケンが本当になにかしらつかんでいるのかは、よくわからなかったが、そのあたりは、師のハラールがそのうちに報告してくれることだろう。
 とりあえず、そういうことにしておくことにしておいて、彼らは、自分たちをそれなりに正当化するのだった。







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