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辺境遊戯 第三部
「まったく」 レックハルドが、目の前から消え、メアリズが腰をあげたころ、後ろからそう声が響いた。高い女の声だ。 「いないっていうから探しにきてみれば、こんなところで油売って……」 メアリーズシェイルがふりかえると、そこには妖精が一人たっていた。どことなく、まだあどけなく見えるが、彼女は、メアリズよりも永く生きている存在だ。妖精は、六枚の羽をしまいながら、不機嫌そうに彼女を見ている。 メアリズは彼女に笑いかけた。 「こんなところにまぎれられたら困るじゃない。随分探したのよ」 「助けにきてくれたの?」 「探しにきただけ!」 彼女はつっぱねるが、メアリズは慣れているのか、表情を変えない。むしろ、にこにこしていた。 「よかったわ。わたし、どう帰ろうかと思っていたの。あの狼人さんにお願いしようかと思ったんだけれど、あなたが一緒なら問題ないわね」 「冗談じゃないわ。……わたしは、シールコルスチェーンみたいな野蛮な連中とは違うのよ。こんな異常なところなんていたくないんだからね」 「まあ」 メアリズは、おっとりとそういい、懲りずに再びわらいかけながら、彼女に話しかけた。 「あなたがあの人を助けてくれたんでしょ?」 「違うわよ。邪魔だから捨てただけ」 「また、そんなことをいって」 「人間は嫌いなの」 妖精がすげなくそんなことをいうのだが、メアリズは、何となくほほえましそうな様子である。 「そんなこといいながら、あなたも私を助けに来てくれたじゃないの?」 「それはあんたが純血の人間じゃないからでしょ。あいつは、あんたの付属品みたいなもんだから、仕方なく殺さなかっただけ」 「まあ、そうかしら」 「そうよ」 意地を張る妖精に、彼女は苦笑した。 「わかったわ。あなたがそういうのだもの。そういうことにしておくわね?」 けれど、メアリーズシェイルは、はっきりと気づいている。「彼」に、彼女が何らかのヒントを与えたことを。 そして、それが、これから先の彼にとって、大変に重要なことであることも。 「レックハルド」の気配が消え、メアリズという女の気配が消え、そして、「レックハルド=カラルヴ」の気配が消え……。 ちゃっかりと乱入していた、例の心配性のファルケンの気配が消えて、ようやく、傍観者たちは、安堵した。 ファルケンは、まだいるようだが、どうやらことは無事に終わったらしい。 「やれやれ、どうにかなったようだよ」 「だから、私がうまくいくといった」 今まで傍観をきめこんでいた、シールコルスチェーンたちは、ようやく腰をあげてそんなことを言った。 「そんなこといって、うまくいかなかったらどうするつもりだったんだい?」 メルキリアは、腕を組んでツァイザーを見た。 「レックハルドってやつとも、知り合いだといったのに、あれだったら手をかしてやってもよかったじゃないか」 「死にそうになったら、いい加減手をかそうと思っていたが、まあ、死ななかったからな」 しれっとした彼をみて、メルキリアは頭をおさえる。紅一点であり、かつ、シールコルスチェーンの中で、おそらく最もまっとうな精神の持ち主であるメルキリアは、変わり者ぞろいの仲間の扱いに、時折困ることがあるのだった。 「けれど、あのレックハルドと一緒にいた娘はだれだったんだい? あんた、知っている風だったね」 「さあ、誰だったかな。私も年をくったので、物忘れがひどい」 「元からだろう」 もとより返答は期待していなかったのだろう。メルキリアは、それ以上追求しなかった。 (実は、あの娘のそばに、妖精も混じっていたようなんだけどね) それにツァイザーは気づいていたのだろうか。だが、どちらにしろ、彼がちゃんとした返答をくれるとは思えなかった。 「あー、食った食った!」 急に能天気で自分本位なわめき声が聞こえた。だが、二人はそちらをむかない。向かなくても相手が誰だかわかるからである。 「人が働いてるときに、のんびり食う飯はサイコーだぜ! って、お前ら、働いてないじゃねーか!」 「その姿をみたら働く気なくすよ」 フォーンアクスは、いかにも気楽な様子で、どすどすとこちらに歩いてきていた。いつでも自由奔放。他人の迷惑など知ったことではない様子だ。 いや、彼は、知ったことではない様子、というだけではなく、本当に人の気など知らない男だ。 「ファルケンはどうしたんだい?」 「あー?」 いわれて、フォーンアクスは、頭をかきやって少し考える。言われなければ、さっきのことでも忘れてしまっていそうな風情だ。 「あ、そーいや、あいつ、もう終わってたんだっけ? さっき、そういや、軽く挨拶にきてたような気もするけど、オレは、飯くってたからよー。適当に済ましちまったぜ」 「ちゃんと、話はしたんだろうね。あいつにあの危ない剣を渡したのもあんたなんだから、一応説明しときなよ。生きて帰ってきたってことは、使い方がわかったから帰ってきたんだろ」 「あっ、そういえば、そんな事情もあったっけ? 話するのわすれた」 「ええ? 本当にあいつはアレを使えるんだろうね」 「さー、あいつ鈍いから、あの剣があぶねえとかどうとか気づいてないんじゃねえ? まあ、気づかなきゃ勝ちなわけだし、隙がなかったら万事オーケーって言うか」 いい加減なことをいいながら、フォーンアクスはからからと笑った。 「まー、いいんじゃね? どうせ、あのボーっとしてトロくさいのが、あれこれありがてー話をしてくれるだろうしよ」 返事をきいて、首を振るメルキリアだが、フォーンアクスは相変わらずである。 「まー、使い方もわかったみてえだし、別にオレが話することもないだろうしよー。ああいうのは、テキトーに体で覚えるもんなんだよ」 「使い方がわかったっていっても、今回は、あいつは何も切ってないんだよ。本当に使い方がわかってるのかねえ」 メルキリアが、皮肉っぽくそういいやる。 「そういえば、結局、あの妖魔をきらなかったな」 「おまけに、レックハルドとか言う友達は、乱入してきたヤツが手を貸したみたいだし」 「いいんじゃねーの。そのうち成果がでるって」 「適当だね」 メルキリアは、ため息をついた。 「確かに、あの剣を使いこなすには、恐怖心を克服しないとならない。しかも、ただの恐怖ではなく、自分の中にある自分への恐怖を。暴走するかもしれない、危険な自分を認められるかどうかが大切だからな。一応それを乗り越えられたということは、うまく使いこなせるということかもしれんな」 ツァイザーが、少しフォローするようにいうと、フォーンアクスは手をたたいた。 「おう! いいこというじゃねーか! まさにソレよソレ! さすがツァイ公は、オレの言いたいことがよくわかってるー!」 便乗して調子にのりつつ、彼は続けた。 「ま、あいつが妖魔切るのに失敗してたのは、どうせ根性入ってなかったからってことだから、今回のことで、うまく扱えるようになるにちがいねえとこういうわけよっ! うん、オレもそう思ったからこそ、あいつに、剣を解放させたわけで……」 「怪しいもんだね」 「怪しいな」 口をそろえていう二人に、フォーンアクスは、大げさなほどの動作で手を振った。 「ちっ、お前らはわかっちゃいねーな。オレ様の偉大な頭の中が。オレは、いつも先の先まで見届ける漢(おとこ)よ! わはははは」 「なんにも入ってないだけだろ」 得意がるフォーンアクスにきこえないように、メルキリアはぼそりと呟いた。 ファルケンが本当になにかしらつかんでいるのかは、よくわからなかったが、そのあたりは、師のハラールがそのうちに報告してくれることだろう。 とりあえず、そういうことにしておくことにしておいて、彼らは、自分たちをそれなりに正当化するのだった。 一覧 戻る 次へ このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。 |