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辺境遊戯 第三部 


時空幻想-23

「あいつら、どこいったんだよ。畜生、オレがこの間に死んだら責任はどうしてくれるんだよ。損害賠償は普通の人間の額じゃすまさねえからな。なんたって、オレは宰相様なわけだし」
 ぶつぶつ文句を言いながら、一人残されたカラルヴは、懐から煙管を取り出して、一人暇つぶしに一服としゃれ込んでいた。ファルケンもイェームも、なぜか一旦姿が消えてしまったものだから、不安は不安だが、かといって、文句をいってどうになるものでない。
 まったく、狼人は信用の置けない生き物である。
 そうといっても、彼の周りには、それほど邪気や妖魔が集まってはいなかった。彼にそのからくりを知る力はないが、すべて彼のはめている指輪に原因があるらしかった。
「ああ、まったく、どうなるんだよ。オレ! フォーンアクスなんて絶対に助けにこねえだろうしなあ。うう、夢の新婚生活が!」
 独り言が多くなるのは、不安だからだ。とりあえずわめき散らしておけば、気が楽になるものである。それに、彼は、もともと割りと独り言が多い男だった。というのは、まあ、一人でいる時間が多かったということであり、彼にろくな交友関係がなくて、人生が割りと寂しいことになっていたということが影響しているのであるが、そのことについて触れられると本人も怒りだすのが常である。
 ともあれ、カラルヴは、手当たりしだい文句を言いまわった後、ふと、あることを思い出して、一度口を止めた。ふーっと煙を吐いて、気持ちを落ち着けたあと、彼は新たな独り言をつぶやく。
「そういえば、あいつの剣、どこぞで見たことがあると思ったら、フォーンアクスの持ってるやつだよなあ。もらったとかいってたし」
 だとしたら、と、カラルヴはあることを思い出してあごをなでやった。
(だとしたら、アレは、あのトンでもねえ鍛冶屋の作った剣じゃねえのか?)
 煙草の煙が昇るのをみながら、カラルヴは眉根を寄せた。
「あの鍛冶屋、目をかけてたのに裏切ったとかいってたな。あの時点で始末しちまえばよかったものを、フォーンアクスのやつ、親友だからとかどうだかいってかばいだてしやがって……。あいつにとっちゃ、お前なんぞ、実験用の犬みてえにしかおもってないっていうのによ」
 カラルヴは忌々しげにはき捨てた。
「本当に、あの時点でオレが始末したかったんだがな」
 だが、そのときはすでに時が遅かった。自分も劣勢に立たされていた。
「次に会ったら容赦しねえぞ。フォーンアクスがどういおうが、オレは絶対始末する。ぶち殺してやるからな」
 彼はそこまで低い声でつぶやいて、ふと何かに気づいてため息をついた。
「とかなんとか、カッコよくいってる場合じゃねえか。……オレ、本当に出られるのかなあ。ここ。ああ、花の新婚生活が目の前に……」
 再び、同じような恨み言を吐きながら、レックハルド=カラルヴは、もう一度煙草を詰めなおすのだった。



 ちょうど当たり所が悪かったらしく、思ったより衝撃がきてファルケンは地面に倒れこんだ。もちろん、自分がそうだということは、相手もそうなので、イェームのほうもすでに地面に沈んでいたわけだが。
 とりあえず、この状態では、すぐに戦闘開始というわけにもいかないだろう。ファルケンは大きくため息をつく。痛いと思わなければ、それほど痛くないはずなのだが、異様に疲れていた。
「一時休戦だな」
 ファルケンは、唸りながらいった。
「これじゃ、しばらく、起き上がれそうもないしさあ」
「…………」
「とりあえず、休んで動けそうだったら続きを考えよう」
 ファルケンは、べったりと果たして地面なのかどうかわからない「地面」に寝転んだ。イェームは不服そうだが、体が動かないのは彼も同じだ。同意せざるを得ない。
 よく考えると、どちらも同じだけダメージがあるわけだから、殴り合ってどちらもダウンするのは当たり前の話だ。ファルケンは、それが狙いだったのだろうか。とも、思ったが、当のファルケンは、何も考えていない顔をしていた。
 それどころか、
「なあさあ」
 と、いきなりなれなれしく口をきいてきたのである。無視を決め込むイェームに対して、そんな彼の事情など無視して、ファルケンは続けた。
「なんで、別に現実に殴りあったり斬りあったりしたわけじゃないのに、あちこち痛かったり、疲れたりするんだろうなあ。精神的だめーじってやつ?」
 ファルケンは、のんびりとそんなことをきく。
「お前、理由わかる?」
「俺が知るもんか」
「いや、こういうとこいるし、オレより知ってるかなあなんて」
 のん気にそんなことを言うファルケンに、イェームは呆れたような目をした。自分は、昔、こんな性格だっただろうか。
 いや、そうだったのかもしれないが、うまく外に出せないでいたようにも思う。いろいろとめげそうになることも多かったから。
 何となく戦うのが馬鹿らしくなって、イェームはため息をついた。
「……レックに謝らないとな」
 イェームがぽつりといった。ファルケンは、ちらりと彼に目を向ける。
「別に、引き込むつもりなんかなかったんだ。ただ、……ここにいると、色んなものに混ざっていきそうで不安だった。ただ、少しだけ話を聞いてほしかった」
 彼はため息をついた。
「そんなつもりで、ちょうど影響しやすい場所にいたレックをここに……。一瞬の気の、迷いだったんだ」
「気の、迷い?」
「ああ。一瞬、そう思ってしまっただけで……。いや、本当に、話をしようだなんて思ってなかったんだ」
 イェームは頭を抱えた。
「俺は、だって、もう、妖魔なんだった。それだけの力があるのを、忘れていたんだ。あわててどうにかしようと思ったけど、こんな、暗礁みたいなところ、妖魔だらけで……。間に合わなかった」
「それで、せめて殺さないようにっていう条件で、味方してたのか?」
 ファルケンは、仰向けの体勢から寝返りをうって、うつぶせになると、あごの下に両手をおいて彼のほうを見やる。
「そうだ……。それ以外、選択肢がなかった」
 イェームは視線をうつむける。
「それなら別に、許してくれると思うぞ。レックの場合、お金が絡んでなかったら、多少のことは大丈夫だと思う。」
「そうかな」
「そうそう。お金が絡んだら、根にもつけどなあ。そうそう、前の死んじゃった騒ぎなんて、アノ後、レックが悲観してお金を燃やしたりしたから、凄い勢いで根にもって大変だったんだ。お前は知らないだろうけど」
 ファルケンは、笑いかけた。
「これ、オレの勝手な憶測だけどさあ、レックも今のとこ無事なんだろ?」
 イェームは、黙ってうなずく。
「それじゃ、問題ナシじゃないか。いいづらかったら、二、三日なら黙ってても、多分許してくれると思うし、なんならオレがさりげなく……」
「……楽観的なんだな」
 イェームはぼんやりとつぶやく。
「昔は、そうじゃなかっただろ」
「そーかなあ。オレは、別に特に変わった気はしないんだけどな。たまにはちょっと悲観的だよ。でも、ずっと暗いこと考えてもしかたがないっていうか、なんか、あるときにふらっと悟っちゃったような気もする」
 ファルケンは苦笑いして、ふと思い出したようにいった。そういえば、時間の経過とともに、ちょっとだけ体力が戻ったような気がする。いったいどういう仕組みになっているのだろう。
「で、どうしようか。まだやるのか? なんか、やる気なくなっちゃったよな」
「そうだな……。結果が決まっているのにやるのも馬鹿馬鹿しい」
 イェームは、苦笑した。
「俺も、諦めがついた」
 思わぬことを彼がいったので、ファルケンは、ひょいと顔だけそちらに向ける。イェームは神妙な顔をしていた。
「レックは、……助けてやりたい。でも、俺じゃあだめだ。ここにいるような魔物の俺は、もういけない。だから、お前が出て行くといいんだ」
 イェームはため息をついた。
「それがうらやましくて許せなかったのかもしれない。でも、仕方のないことだよな。俺は妖魔なんだから。お前を道連れにしたって、苦労するのはレックなだけだよな。本当は、わかってたんだよ」
 イェームは、少し不安そうに、しかし、強がってはっきりした口調になっていた。ファルケンは黙っている。彼のほうを相変わらず寝転がったまま眺めやる。
「今なら、俺を消すことができる。本気で、消すつもりでやれば……」
「別に消える必要もないだろ?」
 いきなりファルケンがそんなことを言った。意味がわからず、彼の顔をみるイェームに、ファルケンはもう一度いう。
「なんで消えないといけないんだよ?」
「……え?」
 不意にイェームがきょとんとして身を起こす。ファルケンは、頬に手をあててごろごろしたまま、にやにやしていた。
「オレたち、休戦したんじゃなかったのか?」
 イェームは不可解そうな顔をしたが、意味がわかったのか、一瞬まじめな顔になる。しかし、ファルケンが相変わらず能天気な顔をしているのをみて、彼はほんの少し苦い笑みを浮かべた。








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