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辺境遊戯 第三部
「で、でも、その半分は誰が持ってるんだよ」 「そりゃー、オレの嫁になる予定のコに決まってるんじゃないか」 カラルヴは、急に、でれでれしながら、頬を軽く染めた。 「や〜、オレ好みのかわい〜コでなあ。強くて、かわいくて、やさしくて、あんないい娘はいねえと思うんだよ」 「誰かさんと好みがまったく一緒な気がするな」 ファルケンは、そう独り言をつぶやいて、やれやれと肩をすくめた。 「それならいいけど、所在不明になったら、それってまずいんじゃないのか?」 「必ずその子が持ってるから問題ないだろ。そりゃ、時代がずーっと下って、ばらばらになっちまったらアレだけどよう。そのときは、オレは死んでるから問題ねえだろ」 カラルヴは平気でそんなことをいう。 「まあ、それはそうかもしれないけどなあ」 ファルケンは、ふと片眉をひそめた。 「死んでいるっていうので思い出したんだが」 「なんだよ。いきなり縁起でもねえことをいいやがるじゃねえか」 自分で振っておいたくせに、カラルヴは眉をひそめた。ファルケンは、そんな彼の様子は気にせずに、軽く腕を組んだ。 「ひとつ、気になることがあるんだよ。さっき、あんたは、オレもあんたも死んでないといったけれど」 ファルケンは、腑に落ちない顔をして、つぶやいた。 「それはそれとして、それじゃあ、さっき刺されたのは一体なんだったんだろうか。この辺刺されたかと思ったのに」 カラルヴが、彼のほうに向き直る。 「さっき、確かに刺されたはずだったんだ。なのに、どうして怪我をしていないんだろう。その辺のことがどうもわからないんだよな」 「お前が気を失う前にそういうことがあったってことか?」 「ああ、そうだよ」 カラルヴは、そうきいてからあごに手を当てた。 「おかしいな」 「何がだ?」 「オレはここに来る前に、一斉射撃を受けたとかいっただろ。大事には至らなかったんだが、あの時、光線に掠ったところは焦げたんだよ」 そういって、カラルヴは、自分のターバンの裾を示した。確かに、そこの布は、茶色く変色して、何か熱いものであぶられて焼け落ちたように、半分なくなっていた。 「オレとお前の状況が一緒なのだとしたら、お前は今死にかけてねえといけないよな」 「縁起でもない言い方だけど、そうなんだよな」 ファルケンは、首をかしげた。 「どうもその辺が気になるんだ」 カラルヴは、しばらく考えていたが、ふと思いついたように顔をあげた。 「なあ、それって、本当に刺されたのか?」 「ええと、まあ、そうだと思ったんだけど」 「……実は、お前、刺されてねーんじゃないか?」 目をしばたかせるファルケンに、レックハルド=カラルヴは、知的だが、聡明というには少々ひっかかりのある癖のある視線を向けた。 「え? どういう意味?」 「なんか、幻かなんかみてたんじゃねえのってことだよ」 カラルヴは、何でもないことのようにいった。ファルケンは、さらにきょとんとした。 「まぼろし?」 「ああ、そうさ」 カラルヴは、うなずいた。 「お前の話きいてみると、それしか考えられないと思うんだよな。お前は刺された。しかし、血の跡も、傷もなく、痛みもない」 「ああ、そうだよ」 「訊くが、その時、本当に痛かったのか?」 カラルヴは、鋭く質問した。 「刺されて痛いと「思った」だけじゃあねえのか。本当に痛かったのかよ」 「そ、それは」 続けて質問されて、ファルケンは思わず口ごもる。 「それは、……よく、わからないよ。あの時は、オレも慌てていたし」 「なぜ慌てたんだ? いや、だって、刺した奴が、刺した奴だったから」 ファルケンは、頭を掻きやりながら少しうつむいた。 「誰だよ」 「昔のオレだったんだよ。……オレが相手を刺したと思った時に、自分の体を刺されてたんだ」 「ほれ、そんな非常識な相手だろ。絶対まぼろしだって」 畳み掛けるようにカラルヴがそういった。 「まぼろし、か……」 「そうだ。幻だ 「まぼろし……」 呟いて、ファルケンは、何か思い当たることがあったらしい。いきなり、彼は顔を上げ手、明るい声で言った。 「そうか。……わかった。確かに、あれは幻だったのかも」 「おお! いきなり解決したか!」 「ああ!」 ファルケンは深くうなずいた。そして、背中に背負っていた剣を鞘ごととってカラルヴに見せた。 「この剣。この剣は、物凄く曰くつきの剣らしいんだ。抜けば、何かしら『試練』にであうといわれた。そして、あの時、オレはこの剣を抜いて……」 そして、と、ファルケンは、剣からカラルヴの顔に目を移しながら言った。 「オレはあの後、一瞬気が遠くなった。そして、アイツらと会ったんだ。もしかしたら、あの時、オレは意識を失っていたのかもしれない」 「つまり、夢の中で戦ってたとかそういうことか」 カラルヴの言葉にファルケンは、深くうなずく。 「相手は妖魔だから、それはありえるかもしれない」 「妖魔は夢魔でもあるのかよ?」 カラルヴは興味深そうに訊いた。 「妖魔も夢魔も、同じものだよ。ただ、攻撃方法の得意なのによるんだとかなんだとか」 ファルケンは、あごひげをなでつけて、ため息をつき、そして、笑いながら顔を上げた。 「からくりがわかったら、別に何も恐くなくなった」 「そりゃそうだ。原因がわかれば、幽霊だって恐くねえだろ」 冷めた言い方のカラルヴだが、ファルケンは、心底嬉しそうな顔で、彼に向けて笑いかけた。 「でも、よかった。あんたがいなかったら、オレ、本気で死んだと思って、悩むところだった。ありがとう」 「能天気なアタマしてんのに、どこで悩むっていうんだよ。まあいいさ。問題が解決したならいいことだぜ」 カラルヴは、その様子に少し安堵のため息をつく。さすがに、横で死んだかもしれないと悩まれていると、こちらまで不安になろうというものだ。 「でも、どうして、アイツが今更出てきたんだろう。昔の自分だなんて。……なんでオレを殺そうとしたんだろう」 ファルケンは、顎ひげをいじりながら、そうつぶやいた。 「夢か何かなんだろ。まあ、でも、気になるよな。そういう夢見もよお」 カラルヴは、そんなことを言いながら、ふと思い立ったようにファルケンのほうをみた。 「オレは嫌いだがよ、女どもの好きな夢判断によると、そういう場合、何かを象徴しているとかいうぜ。たとえば、ソイツが何も言わずに殺してやるーなんていうときは、その原因が何かあるってことなんだとおもうぜ」 「原因?」 「一種の謎解きさ。そう考えれば気楽だろ」 困り顔のファルケンに、レックハルド=カラルヴは、いたずらっぽく笑いかけた。 「謎解き?」 「ああ、奴は、お前に何か言いたいことがあるんじゃないか。もちろん、自分でいうようなことはしねえだろうけどさ」 「それじゃ見当もつかないよ」 途方にくれたようにつぶやくファルケンだが、カラルヴは、やはり冷たい。 「だから、謎解きなんだろ。そのくらいじゃねえと、謎解きはおもしろくねえのさ」 カラルヴに言われて、ファルケンは、うーんと考え込んだ。 「やっぱり、わからないや」 「お前頭悪いな。まあ、いいや、その頭でも必死でかんがえときゃーなんか思いつくことがあるって」 カラルヴはそういって、さあ、とっとと行くぞ、と歩き出す。 「うーん、言いたいこと、ねえ」 ファルケンは、気になるのか、まだ考えている様子である。 あの時、イェームは何をいいたかったのだろうか。確かに、言われてみれば、何か言いたそうな感じだった。いきなり自分を消しにかかったのも、どうしてだろう。 何か理由があるのだろうか。妖魔になって、自分を殺す。それだけの深い恨みの理由が。 『お前など消えてしまえ』 不意に最後に投げかけられた言葉が、頭をよぎった。はっとファルケンは顔をあげた。 「お前など、……消えてしまえ?」 ファルケンは、そうつぶやいてふと立ち止まった。何故か、妙に心に引っかかる言葉だった。浴びせられたのがショックだったのでなく、なにか、思い出すような言葉だったからだ。 消えてしまえ? 死んでしまえではなく、消えてしまえ。 あれは、あれには、確か聞き覚えがあるはずだった。一体どこで聞いたのだろう。 ファルケンは、妙に気がかりになった。 あれは、いったい誰が誰に言った言葉だろう。レックハルドにそういう言葉を投げられたこともあるが、それではない。レックハルドは関係がない気がする。 「おーい、そろそろいくって言ってるだろ」 なかなかついてこないので、カラルヴがファルケンのほうを振り返ってそう呼んでいた。口では威勢はいいが、彼は一人で歩く自信がないのだ。妖魔にいきなり襲われたら、ファルケンがいなければひとたまりもないのである。 「あっ、そういえば……!」 いきなり、ファルケンがそう声をあげて、彼のほうを見たので、カラルヴは怪訝そうに首をかしげた。 「何だよ。いきなり、また解決したのか」 「いや、ぜんぜん」 ファルケンはけろりと答えると、いきなり無邪気な様子でこう尋ねてきた。 「それよりさあ、オレたち、どこにむかってるんだっけ?」 「は?」 カラルヴは、さっと青ざめた。 「い、今まで歩いてきただろうが! わかってたんじゃねえのか!」 「オレは、あんたが歩いていくから歩いていっただけだから、どこがどこだとか、全然わかってないよ。ただ、まっすぐ歩いていただけだもんな」 頼りない台詞に、カラルヴはさらに青ざめた。思わず、駆け寄ってファルケンの胸倉をつかみながら、カラルヴは怒鳴りつけた。 「こ、この、馬鹿野郎! 今まで歩いてきた時間と距離は! お前、時は金なりっていうんだぞ!」 「あ、大丈夫。多分この辺、時間の流れといっても、感覚と実際流れている時間が違うらしいし、問題ないと思う」 「そういう問題じゃねえーっ! ああ! 畜生! これだから狼人なんか信用するんじゃなかった!」 一人自己嫌悪に陥りつつ、ようやく胸倉から手を離して落ち込むカラルヴをみて、ファルケンは、そうだなあ、とのんびりとつぶやいた。 「ええと、とりあえず、外に出たいんだっけ。それじゃ、外に出る方法をちょっと探ってみようかなあ」 「さ、最初から、ちょっと考えればわかるだろー! このボケが! どこに出るつもりだったんだ!」 だめだだめだ。本気で相手にすると、いくつ身があっても持ちそうにない。 カラルヴは、ため息をつくと、狼人はそういえばこんなものなのだ、と自分に必死で言い聞かせるのだった。 一覧 戻る 次へ このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。 |