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辺境遊戯 第三部 


時空幻想-16



 
 虹色のきりがかったような空を飛ぶ低級の妖魔が下を見下ろしていた。昆虫のような形をした黒い妖魔は、妖魔としてはもっとも単純なものである。この空間には、さまざまな景観が混じっている。砂漠や荒野があれば、緑の深い場所もある。ちょうど、妖魔が飛んでいるのは、草原の上だった。
 ふと、妖魔は何か気になったのか、一点を見下ろしていた。そこだけ草が盛り上がっているように見えたのだ。だが、妖魔はあくまで低級なものだった。彼には知性があまり備わっていないため、それが何であるかまで判断することが出来なかった。
 妖魔は、再び空に戻っていった。
 妖魔があいまいな空間に吸い込まれるようにして消えてしまった後、妖魔が気にしていた草原の一部分が、いきなり隆起した。草を撒き散らしながら起き上がってきたのは、二人の人間である。
「よっしゃあ! 妖魔をかわしたぞ!」
 レックハルド=カラルヴは、まだ額に草をぶら下げたまま、喜びの声を上げた。
「これからも、この草原のあたりは、こういう感じでかわしていけそうだぜ!」
「いいのかなあ。こんな……」
 ファルケンは、変な草を全身にかぶっている自分の姿を見てため息をついた。
「いい年して、一国のサイショーと草まみれで死体ごっこなんて……。ちょっとオレ恥ずかしい……」
「馬鹿野郎。格好にかまってる場合か。お前、意外とかっこつけだな」
「でも、かっこ悪いより、かっこいいほうがいいと思うけどなあ。オレ。大体、あれぐらいなら、すぐやっつけられたし」
 カラルヴは、馬鹿にしたような顔になった。
「ふ、そんなこといってんのは、餓鬼の証拠よ。逃げて済んだら、大もうけだぜ。オレは無駄が嫌いなんだよ。金も時間も体力も無駄遣いは犯罪なんだ!」
「でも、今ので大分時間が無駄に……」
「揚げ足とるなよ、畜生」
 思わぬ反撃を受けて、カラルヴは、少し意外そうな顔になった。
「フォーンアクスと似てるくせに、お前の方が口達者だな」
「オレの場合は、……相棒が、あんたみたいな人だったからさあ。何度か言い合いしているうちに、こう、コツをつかんだというか……」
 ファルケンは、あごひげをなでながら言った。
「もしかして……鍛えられた、かも?」
「ふーん、なるほどね」
 レックハルド=カラルヴは、思い当たることがあるのか、少し理解したような顔をした。
「ああ、わかったよ畜生。オレがわるうございました! それにしても、フォーンアクスといい、お前といい、狼人と関わると厄介なんだよなあっ! なんか、全体運が下がった気がするぜ! 本当によう」
 カラルヴは、吐き捨てるように言った。
「大体、ここにきたのだってあいつが、『ゼンク』ににらまれてなきゃあ、オレは巻き込まれずに済んだんだ。アイツと関わったから、オレなんて狙われちまって……」
 ぽろりとカラルヴが吐いた単語に、ファルケンは驚いた。
「ゼンク! 今、ゼンクっていったのか?」
「ああ、言ったよ。なんでえ、知ってるのか。あの悪魔を」
 カラルヴは、ファルケンの驚きようにきょとんとしながらそうきいた。
「い、いや、話にきいただけだけど……」
 とはいえ、それはファルケンにとっては忘れられない名であった。今まで、何かあれば、すぐにゼンクを引き合いに出されてきた彼である。今では気にしないようにしていたが、それでも、名前を出されるとちょっと複雑だった。
 ファルケンは、少し心配そうに訊いた。
「あんた、そいつ見たことあるのか?」
「おう、遠めからだがな」
 カラルヴの答えに、ファルケンはさらに心配そうな口調になった。
「あの、そいつって、オレに似てるのか?」
「ああ?」
 レックハルド=カラルヴは、唐突にそうきかれて、一瞬面食らったようだった。
「全然似てねえよ。というか、似てもにつかねえよ」
「えっ、そうなのか?」
 カラルヴは、どうでもよさげに手を振った。
「ああ、全然似てねえ。ゼンクってのは、女みてえなキレイな面した二枚目だぜ。お前はどっからどうみても、フォーンアクスのほうに似てるさ」」
「そ、そうっかな?」
 フォーンアクスと似ていると散々いわれるのも、少々気にかかるのだが、長年気にしていたことをあっさりいわれて、ファルケンは、ちょっと拍子抜けしてしまったので、それに対しての文句は出てこなかった。
「なんだ? ゼンクと似てるとかいわれて悩んでたのか?」
「一時期はな。そんなに似てないのかなあ」
「人格含めて全然似てねえ。なんで、お前みたいな奴と似てるとか言い出したのかすらわからねえぜ」
 カラルヴは肩をすくめた。
「そうか。それならいいや」
「ホント、おめでたい奴だな」
 いきなり安心して、ほっとしているファルケンに、カラルヴは苦笑した。
「そもそも、ゼンクってのは、奴がぶちきれて名前を変えたあとの名前なんだぜ。本当の名前は、セヴァルトとかいったっけなあ」
 カラルヴは、そういって頬の辺りを撫でた。
「どっちかってえと、フォーンアクスのほうが悪党風だったけどな。まあ、アイツは、飯でつっとけば一通りいうこと聞くし、頭悪いから、単に粗暴なだけなんだが」
 あまりにもな言い様だが確かにフォーンアクスの特徴は捉えている。ファルケンは、うなずいた。
「フォーンアクスは悪い奴じゃないよ。ただ、ちょっと乱暴なだけなんだ」
「うん、それが一番問題なんだがな」
 カラルヴは、あきらめたような口調になった。
「まったく、頼まれもしねえのに、勝手に問題おこしやがるしなあ」
「フォーンアクスだから仕方ないと思う」
「お前もそう思うか。まあ、仕方ねえやな」
 カラルヴは、ため息をついた後、話を元に戻した。
「ともあれ、セヴァルトってのが、フォーンアクスが原因でぶちきれちまってよう。それから、便乗して、あっちこっちの奴が、勝手なことをしたって、こういうわけ」
「でも、なんで、あんたが狙われてるの? 狼人じゃないのに?」
「オレは、ちょっと特殊なもんもってるからよー、それで狙われてるんだよ」
「特殊? ……ああ、その指輪か?」
 ファルケンは、カラルヴの全身をちらりと眺めた後、すぐに、カラルヴが左手の中指にはめている指輪に目を留めた。
「お、わかってんじゃねーか。さすが腐っても狼人だな」
「腐ったは余計だけど、特殊なものもっているって言われて、アンタを見たら、すぐにどれのことだかわかるぐらいには、目立つと思う。そんなアレなもの」
「アレなものなんて、どういう言い方するんだよ」
「だって……」
 ファルケンは、少し眉をひそめた。
「その石、魔力みたいなのを感じる気がするんだもんな。いいや、石じゃないのかも。なんだ、わかって魔力を帯びてるのを、魔よけにつけてるんだと思ってたよ」
「石じゃねえのか。じゃあ、何なんだよ?」
 カラルヴは、中指から指輪を引っこ抜くと、手のひらにのせて、ファルケンに見せた。
「それじゃ、ちょっと見せてもらうけど」
 ファルケンは、指輪を手にとって見る。意外と重くつくられているそれは、明らかに男性用だ。その中央に細工を凝らした紅い宝玉がはまっていた。あまりに紅いのだが、よく見るとそれは蜜のような光沢を帯びている。
 ファルケンは、うなずいた。
「これは、多分、グランカランの樹液が土の中で固まったものだ。琥珀と同じようなものだけど、グランカランは特別な木で、樹液もちょっと特殊だから、琥珀より紅くなるんだと思う」
「ほほう、それって高価なもんなのか? オレは爺にもらっただけだから、よくしらんね」
「高価って、そんな単純な価値じゃないと思うけど。グランカランの樹液は魔力を帯びてるんだよ。……死にかけの人間を生き返らせるほどにはね」
 そもそも、呪いのせいで、半死の自分を生き返らせたのは、その樹液だった。ファルケンは、苦笑しながら、指輪をカラルヴに返した。
「どのグランカランのものかはわからないけど、そりゃ貴重だと思うよ。万一、マザーになったグランカランのものだったら、貴重とか悠長なこと言ってる場合じゃないと思うけど」
「へえ、そんなに貴重なのか。だったら分けることなかったな」
「分ける?」
 ファルケンは、眉をひそめた。
「ちょうど、オレ、もう少しで結婚だったから、二つに分けて婚約指輪にしたんだよ。オレと、嫁になる予定のコとでおそろいの紅い指輪なんて、すごくロマンチックじゃねえか?」
 のんきにうっとりとそんなことを言い出したカラルヴの言葉に、ファルケンは驚いた。
「ええっ! 何やってるんだよ! 二つにわけたのか! グランカラン由来のものを!」
 非難じみたファルケンの言葉に、カラルヴは不機嫌にこたえる。
「そんなこといわれたって、オレは狼人じゃねーから、これのありがたみなんてわかんねえんだよ。あとでいろいろ文句いわれたけど、そんな重要なもんならオレにわたすなって話だろうが!」
 カラルヴは、口を尖らせてそういった。
「それにしても、この指輪つくってからだぜ。情勢がかわったって、オレの婚約は延期になるし、おまけにオレは、命狙われるし」
「オレが思うに、それは、罰が当たったんだと思う」
 ファルケンの容赦ない一言に、カラルヴは、むっとする。
「何だよ! ちょっとは反省してるのに、オレを追い詰めるようなこといいやがって」
(は、反省してるのか? ど、どこで?)
 ファルケンは、思わず苦笑い気味だが、カラルヴは本気らしい。




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