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辺境遊戯 第三部 


時空幻想-14



 
「え、あんた、サイショーさんなの?」
 ファルケンの気楽な声が、響いた。
 しゃべらないときはまったくしゃべらないくせに、しゃべりだすと問わず語りにべらべらしゃべるレックハルドと同じように、レックハルド=カラルヴは、聞かれもしないのに、あれこれ自分のことを話してくれていた。狼人相手だと話しやすいというのもあるのかもしれないが、それにしても、「サイショー」という響きに、ファルケンは少なからず驚いた。
 狼人のファルケンは、人間世界の権威に対しては無知であるので、宰相という言葉が正確に何を表しているかまでは知らないが、偉い人間だということや、まつりごとにかかわる人間というのは大体理解できているのだ。そして、そういう役職には、大体経験豊かな元老がつくということも。
「サイショーというのは、大臣って言う奴で、狼人でいうと、司祭みたいな感じなんだろ」
「貧弱なたとえしやがって。まあ、そういう感じかな。お前らの感覚にあわせると」
 カラルヴは、そう答えて、ふとため息をついた。
「宰相はわかんねえけど、大臣はわかるんだな」
「うん、まあ。オレも人間の世界が長いから」
「だったら、宰相の意味ぐらいしっとけよ」
 カラルヴは冷たく言い放つが、ファルケンにとっては慣れたものなので、別にそれぐらいで傷ついたりしない。
「でもさあ、そういう偉い人になるのって、もっと年を食ってからなんだろ? 司祭でも、大体いくつぐらいからって決まってるんだよ。あんた、ぱっと目若いけど……」
「ぱっと目じゃねえ。オレは見た目も中身も本当に若いんだ! 何、失礼なこといいやがる!」
 レックハルド=カラルヴは、やけにむきになって反応した。とはいえ、ファルケンから言わせれば、このレックハルドも、自分の知っているレックハルドも、なんとなく若者らしくないところがあるのだ。カラルヴは、レックハルドより年上だろうが、そもそも、レックハルドにしたって、ちらりと見たところで、とても十代の若者に見えなかったりすることがある。ファルケンとしては、思わずその辺を考慮して発言してしまったわけだ。
「あ、いや、気にさわったらごめんだけど……。いや、でも、それぐらいでサイショーってすごいんだよな」
「まぁなぁ、そりゃ、最年少とか言われちまってよ。だが、持ち上げられてもぜんぜんうれしくないぞ、オレは」
 とりなすようにいったファルケンに、多少機嫌は直したものの、いまだにむっとしたままでカラルヴは言った。
「またなんで? えらくなったらうれしくなるんじゃないのか?」
「お前なあ。こんな若くて才能あふれたオレが、いきなり政治家になりたいと思うか?」
 カラルヴは憮然と聞いた。ファルケンは小首をかしげる。
「でも、最終的にケンリョクを握るってことは、ヤシンのある人にとっては、とってもいいってきいた」
「そりゃ、オレだって、自分が野心家じゃねえとはいわんぜ。でもなあ、オレは名声だの、地位だのよりは、直結して力になる金のほうが欲しい」
 カラルヴは臆面もなくそういった。
「この世界、金持ってるやつの勝ちなんだよ。金さえもってれば、その気になれば政治家になんか簡単になれるぜ。だから、オレは若いうちは金をためておこうと思ったのに」
「あ、悪事を働いてたりしないよな?」
 あんまり彼らしいので、突っ込むこともできない言葉に、ファルケンは苦笑い気味だ。
「ふん、つかまらねえ悪事は悪事じゃねえのよ」
(あ、やっぱりそういう感じなんだ)
 予想できていた答えなので、ファルケンはそれほど驚かない。
「大体、オレの人生なんて、ホントついてねえ、かわいそうなもんなんだよ。泥棒に入ってたらちょっとしくじって捕まっちまってさあ、牢にほうりこまれて、あと一日で出られるかって時に、シンタクとかいうやつが下りやがって……」
「シンタク?」
 ファルケンは、目をしばたかせる。
「神託だ神託。ジジイがオレを宰相にしないと、国が滅びるとか脅してよ。俺なんてまだ二十台なのに、宰相なんかにつけられちまってよ。いってみれば、はめられたんだよ、オレは! ……まあ、あそこは過疎地だからよ、人材がいなかったって、そういうことなんだけどな。当たりくじより貴重なはずれくじに当たったようなものさ」
 カラルヴは、まったくよどみなくすらすらとそこまで喋って、ようやく不満げに一息ついた。勢いでよくもあれだけ喋れるものだ、とファルケンは思わず感心する。
「で、でも、宰相とかにその年でなれたらよかったんじゃ……」
 フォローしようと、苦笑いのファルケンに、カラルヴは肩をすくめた。わかっちゃいねえな、と言いたげである。
「あのな、立場の悪い国の政治の世界なんて人生の墓場みてーなもんだぞ。いつ殺されるかわかんねえし。大体、オレには大層な志もねえし。オレはとことん、自分のために生きたいわけだ。他人の利益も考えなきゃなんねえような慈善事業なんてごめんだね」
 カラルヴは、不機嫌に言い捨てた。
「へ、へえ」
 ファルケンが、とりあえず相槌をうっていると、いきなり、カラルヴは、不可解そうな顔をして振り返ってきた。
「なんだ、思ったより反応薄いな」
「え? 何?」
 ファルケンは首をかしげた。
「何だよ?」
「いや、オレがこういう話をすると、大体の奴はいやな顔するもんだが」
「あ、いや、まあ」
(そりゃあ、大体、そういうんだろうなあって、予想ついてたから)
 レックハルドがそういう人間なのは、よくわかっている。それにそっくりなレックハルド=カラルヴのことも、きっと彼みたいな人間なのだろうと思っていたので、ファルケンとしては予想が当たった程度のことだった。
 確かに、初対面でこれをきくとどうかなとは思わないでもないが、ファルケンにとって、こういうやりとりは日常茶飯のことなのだった。
 それに、レックハルドもそうなように、このカラルヴも、そんなあくどいことを、すべて本心からいっているわけでないことも、鋭い狼人の感性が無意識のうちに読み取っているせいもあるのかもしれない。
「狼人はこれだから嫌だぜ」
 カラルヴも狼人の性質はよくわかっている。ため息をつくと、両手を頭の後ろで組んだ。
 ふと、ファルケンが顔を上げた。カラルヴは、ファルケンのほうをちらりと見やる。
「どうした?」
「いる!」
 小声で鋭く答えるファルケンに、カラルヴは、ぴくりと反応した。
「い、いるって、もしかして、妖魔とかそういう」
「そうそう。あ、よく知ってるなあ」
 ファルケンは、手をたたいた。
「人間でそんなに妖魔を知ってるって珍しい!」
「な、何緊張感ないことしてんだ! 早くどうに……」
 いきなり、のんびりと話しかけてきたファルケンに、焦ったカラルヴは、注意をむけようとしたが、突然黒い影が目の前に飛んできた。悲鳴をあげて、あわてて避ける彼に、ようやく緊迫感を取り戻したファルケンが、その間に割ってはいる。
 狼人の彼に、多少警戒したのか、妖魔の黒い影はざっと彼から遠ざかる。近づいてきたときはわからなかったが、この妖魔は、黒い塊として実体を持つまでになっているらしかった。
「やっぱり、こういう狭間のところには、こういう迷いだしたのが多いんだな」
「のんきに分析してる場合か!」
 レックハルド=カラルヴは気が短いらしい。
「とっとと勝負を決めるぞ!」
 そういって黒い二の腕ほどの棒のようなものを取り出すと、それを構えた。
「どけ!」
「えっ、あんたは……」
 ファルケンが振り向いて、出てくるのを止めようとする。人間には、妖魔の相手は無理だ。だが、彼が振り向いたとたん、突然、雷鳴のようなというべきか、何かが破裂するときの音というべきか、ともあれ、予想だにしない音が鳴り響いたのだった。
「ぎゃあっ!」
 その音にびっくりして、悲鳴をあげてファルケンは飛びずさるが、カラルヴは、容赦なく連続して引き金を引いた。そのたびに、轟音が鳴り響く。
 妖魔は二度ほどそれの直撃をうけて、のけぞった後、黒い尾をひきずりながら、空間の間に隠れていった。逃げたらしい。
「よっしゃ!」
 カラルヴは、指をはじくと、武器をなにやらいじって、中から二つほどの小さなものを外に出した。それが、空の薬莢だということを、ファルケンは知らない。
「思ったとおりだ! この程度の連中なら、こいつがきくんだな!」
 カラルヴは、自分の考えが当たったので、やけに満足げな顔をしている。
「おい、一匹だけみてえだから、さっさとここをずらかって……!」
 カラルヴは、ファルケンにそこまで声をかけようとして、ふと口を止めた。ファルケンが、なにやら彼から距離をとったところで、呆然とたっているからである。
「何だよ。お前狙って撃ってないだろ?」
「う、撃つって、何だ?」
 ファルケンは、まだ状況が飲み込めていないらしく、カラルヴの持っている武器を見やった。木と鉄でできているらしいが、それにしても見たことがない。火薬の匂いがしているので、なにか火を使う道具には違いないが。
 ともあれ、そんなものなど、ファルケンはみたこともないし、聞いたこともなかった。人間に魔術が使えるはずはないし、さながら火を噴く「なにか」といった印象しかなかった。
「な、なんだ、それは! ただの火薬じゃないだろ!」
 カラルヴは途端吹き出した。
「わはははは、お前、鉄砲もしらねえのか! どこの野蛮人だ!」
「て、て、てっぽう?」
 ファルケンはきょとんとするが、 カラルヴのほうは続ける。
「そうよ。隣国からちょっとな。最新式の自動装填式なんだ。結構高かったんだぜ、これは」
「じ、じどーそーてんしき?」
「おまえ、意味わかってないな? 便利な武器だってことだよ。今回は、弾丸の中に、狼人の使う悪魔祓いのまじないをした水を仕込んでおいたのさ。弱い妖魔なら殺せないが、追い払えるってきいてたんでね。わざわざ特注で狼人につくってもらったんだぜ」
 カラルヴは、得意げにいうが、ファルケンにはいまいち理解ができない。
「……火薬仕込んだ弓矢みたいなもん、なのか?」
「うーん、ちょっと違うが、お前にわかるようにいえばそういうことだな」
 ファルケンは、ひとまず納得してから、カラルヴのほうを不穏そうにみた。
「……大方、こっそりと裏から手に入れたんだろ?」
「お、そのとおり。よくわかったな?」
 いきなり当てられて、感心した顔になったカラルヴに、ファルケンは続けていった。
「……あんたが高かったといっていて、しかも気に入っているということは、間違いなくそういうことだと思ったんだよ」
 おまけに、いかにも危なさそうな武器であるし。
 危険人物を見るような彼の目に、カラルヴは、にやりと楽しそうに笑った。
「お前、結構面白いわ。気に入ったぜ」
 レックハルド=カラルヴは、そのまま歩き始める。本当に勝手な奴なのである。


「どうなっていると思う?」
 ぼんやりと向こう側の空間をながめやりながら、お茶を飲んでいるツァイザーは、ふと背後からメルキリアにそう聞かれて振り返った。
「どうなっている。というと?」
「あんたは見えているんだろう?」
 そういうのを感づくのは、あんたのほうが、鋭いだろうからさ。そういう風に続け、少年のようにも見える妖精のメルキリアは、姐御という言葉が似合うような口調でさらに言った。
「ファルケンの友達ってのは、ただじゃ済んでないんだろ」
「まあな。今のところ魂がさ迷い出て、不安定な状態だ。肉体のほうは、妖魔が押さえているしな」
「それは限りなくまずいんじゃないかい」
 メルキリアは、少し強い口調で言った。
「魂だけってのは、いつ妖魔に消されてもおかしくないってことなんだろう」
「だが、そう簡単にはいかない」
「何故?」
 ツァイザーは、薄く笑っていった。
「奴には、守り神がついているらしい」
「守り神? どういうことだい?」
「読んでそのとおりの守り神だ。ハザマという場所は、精神的な力が影響されやすい場所だ。本来、魂だけの存在など、実体もないも同然だが、本人は、守り神がいるから、自分の生を信じている。だからこそ、魂だけの存在でも、見かけ上は実体を持てているのだ」
 ツァイザーは、瞬きしてもう一度言った。
「つまり、その「レックハルド」は、自分が夢うつつの状態に彷徨いだしていることに気づいてもいないし、まさか、肉体を一時的に失っていることも気づいていない。おまけに、周りからみても、それはすぐにはわからない、とこういうわけだ」
「つまり、妖魔が実体を持つのと同じようなもので、あの空間でだけ、実体をもてている魂、とこういうことだね」
「そうだ。最終的に、ファルケンが、体を人質にとっている妖魔を倒せればよし」
 ツァイザーは深くうなずく。
「しかし、それを倒せなければ、現実的な意味ではそいつは死ぬんだよ」
「まあ、そうだが、そう簡単には死なんだろう。守り神もついているだろうし、「奴」はしぶとい。殺しても死ぬような男ではないからな」
 ツァイザーは、にやりとした。メルキリアは、きょとんとした。
「あんた、そのレックハルドという男を知ってるのかい?」
「私が知っているのは、ファルケンの友達であるレックハルドという男ではないレックハルドだが」
 ツァイザーは、にんまりとした。
「実に悪運の強い男だったぞ」
 メルキリアが黙っていると、ツァイザーは、なにやら薄笑いのままで、続けた。
「知らないかもしれないが、あの、レックハルドというのは、よくもわるくも、過去二度辺境の危機に立ち会った男だ。本人はそのことはおそらく覚えていないだろうが。毎度毎度、よくもここまでというほど、騒がせてくれた男だからな。フォーンアクスとも知り合いのはずなんだが」
「二度だって? 転生して二度ということかい?」
 いきなりそんなことをあかされて、メルキリアは驚きの声をあげた。
「今回が三度目だろう? 相変わらずしつこく変わってないので、思わず、口元がゆがんでしまいそうになったのだ」
「あんたの口元はもともとだろう」
 メルキリアは、びしりと一言いってから、肩をすくめた。
「しかし、今回で三度も、辺境にかかわるなんて、運命ってやつなのかね」
 ツァイザーは、少し真面目な顔になった。
「さあ、それはどうだろうな。運命というより、本人がそうしたいと望んだからではないか」
「何故?」
 思わぬ言葉に、メルキリアは追及した。
「……それは私も知らない。だが、私は、あの男は大嘘つきだが、約束がやぶれない男なのは知っている。大昔の口約束を守っている、からという説もたてられんことはないが」
 ツァイザーは、少しからかうような薄い笑みを浮かべた。
「昔から、そういえば、追いかけ回す娘も同じだなあと。そういうこともあるから、よくわからんが、とにかく、本人がかかわりたいんだろう」
 なんだい、それ、と、メルキリアは不満そうに言ったが、ツァイザーは、ニヤニヤしているばかりである。のらりくらりとした彼をこれ以上追及しても答えは得られそうにない。メルキリアは、それ以上質問するのをやめた。




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