辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
一覧 戻る 次へ

  
 


辺境遊戯 第三部 


第二章:竜魔問答−4

「それに、辺境にはいるのも久しぶりだから」
 ファルケンは、レックハルドの苦悩など知ったことでないので、へらへら笑いながら続けた。周りを見回して、少しだけ深く息を吸う。緑の香りが、妙に爽やかだった。青い深い森は、彼の心を清らかに落ち着かせるようで、ファルケンは安らいだ気分になった。
「やっぱり、ここは落ち着くなあ。大きな蛇が出てきたり、妙な蔓草を払ったり、飽きないよなあ」
「……へえ、そのたびにオレは死ぬほど驚いている訳なんだが。オレの精神的苦痛はどこにもっていけばいいんだよ」
「実害が出てないからいいじゃないか」
 不機嫌なレックハルドにそういい、ファルケンはにこにこと微笑んだ。
「いいなあ、やっぱり、森の中は落ち着くよ。こんな気分で入ったのは久しぶりだ」
「でも、前だって入ってたじゃないか?」
「ああ、イェームの時ね。うーん、そりゃあそうだけど」
 ファルケンは苦笑した。
「でも、前とは風景が違って見えるんだよ。あの頃は、森の色が、とても恐かったんだ。まるで得体の知れないもののようで、オレの知らない森みたいだった。でも、今は違うよ。……オレの知ってる場所なんだよあ、ここ」
 感慨深げにいうファルケンをみやり、レックハルドはため息まじりに、ひっそりと微笑んだ。
「まあ、いいよ。今回は、ある意味ではお前の里帰りみたいなもんなんだから」
 やれやれとレックハルドはため息をついた。それにつきあわされて、うっかり獣に襲われそうになった自分は、大変に不運だ。しかし、付き添い無しで森に行かせるのも不安だった。ファルケンは、現在進行形で司祭に逆らう「反逆者」なのであって、呪いがとけたからといって彼らの怒りが解けたわけではないはずだ。一人で行かせて後で後悔することも、あとで追いかけて後悔することも、もうこりごりだった。だったら、最初から一緒にいったほうがいい。
 それに、今回は、そもそも森に入ったもう一つ重大な目的があるはずなのだが……。レックハルドは、歩きながら腕組みをしてうなった。
「なあ、気づいているか?」
「とっくに。でも、レックにいうと怒ると思うからいわなかった」
 ファルケンの声も、何となくげんなりしていた。そう、そもそも、辺境に入る原因をつくった筈のものが、この風景には足りないのだ。
 レックハルドは、周りの深い緑をみながら、あきれた調子でいった。
「ダルシュの奴は一体どこまでいったんだろうなあ」
「だなあ……」
 そう、この風景に足りないのは、この件の主役であるはずの、あの派手なマントの乱暴な青年だ。ファルケンは、困った顔をした。
「……だから、一緒に行こうっていったのに……」
「オレ達と歩くと寄り道しすぎるとか何とかいいやがって! 一人先に行ったくせに、待ち合わせ場所にもきてねえとは!」
 そう、本来この付近の、森が少し抜けた場所で落ち合う手はずだったのだ。その位置も特徴も、辺境の地形を刻銘に頭に叩き込んであるファルケンが、直々に教えている。普通に歩けば間違うことはないはずだ。なのに、ダルシュは現れない。それどころか、気配すらない。更に言えば、ファルケンの教えた正規ルートを通った気配すらない。
「あいつ……迷ったな」
「多分な……」
 ファルケンは、しょげたように頭を垂れる。
「オレ、ちゃんと地図も書いて渡して、ちゃんと道順も伝えたんだよ。あれだけ教えれば、マリスさんでも迷わないと思うのになあ」
 ファルケンは、ため息混じりに呟く。
「だから言ってるだろ、ああいう奴の頭は鳥と一緒なんだから、信用しちゃダメだって! ホント、狼人よりタチが悪いぜ! だーから、あいつを連れてくるのは嫌だったんだ!」
 レックハルドは、いらだったようにそういって、急に冷たくファルケンに言いやった。
「ああ、もういい! あいつなんか、置いてこうぜ。そんで、さくっとレナルに会ってさくっと帰ろう!」
「ええ、でも、それはまずいだろ?」
 ファルケンは、過激なことをいいはじめた冷淡な相棒をなだめにかかった。
「ダメだよ。見捨てて、ダルシュが行方不明になったら、可哀想だよ!」
「すっきりしていいじゃねえか! 大体、あいつなら自力で辺境の中で食ってけるって!」
 ファルケンは首を振って、そして、今度は辺りを確認しながらぼそりと小声でこわごわささやいた。心なしか、顔が青ざめている。
「ダルシュがいなくなったら、それに怒ったシェイザスがオレ達の事をどうすると思う? 一回、司祭に呪い殺されたオレだけど、オレは、シェイザスに呪い殺されるだけは嫌だよ……。絶対に司祭より恐いよ、あれは……! この世の終わりどころか、あの世の終わりまで見えそうだよ」
「うっ、まあ、それはちょっと、いや、かなり……恐いが……」
 そういうレックハルドも何となく小声になっている。あのシェイザスの事だ。占い師だし、どこかできいているのではないかと、何となく不安になるのである。
「で、でも、結局、言うこときかないアイツが悪いんだぞ! オ、オレ達は説明責任ははたしてるだろっ!」
 やや怯えながらもレックハルドはそういう。だが、ファルケンは、シェイザスの魔の手から逃る為もあるのか、必死にレックハルドの説得にかかる。
「でも、まずいんだよ。ダルシュじゃないと……」
「あいつじゃないと?」
「そう、ダルシュじゃないと、多分竜には対抗できないんだよ? オレは、ああいう動物の倒し方はよくわかんないんだ。でも、ダルシュなら絶対に大丈夫なんだ。……レック、いいのか? 竜の餌になっちゃっても?」
 さすがにこれはレックハルドにも効いた。この前街でしつこく追い回されたことは記憶に新しい。危うく口の中に入りそうだったこともあり、レックハルドは、竜というものには多少警戒心を抱くようになっていた。
「ううう、それは……」
 レックハルドは、舌打ちした。
「カーッ! くそ〜! こんな不運に見舞われてなかったらあんなやつなんて! あんな蛇の化け物に目をつけられた自分が呪わしい! こんな事情がなかったら、あいつなんて狼の食事にでもなればいいのに!」
「そうそう。やっぱり、見捨てちゃダメだよ」
 ファルケンは、レックハルドがようやく納得したのをみて、一安心して頷いた。
「でもどうするんだよ!」
 不承不承ながらダルシュを探すことに同意したレックハルドは、ある不安を抱えていた。
「オレを置いて探しに行くんじゃないだろうな!」
 そんな事をされると困る。いつだってそうなのだ。ファルケンがいないと自分は危険には対処できない。危ない目に遭っているのは、ファルケンがいないときが最も多いのだ。そして、ファルケンが危険な目に遭うのも、レックハルドが側にいないときなのだ。今までの経験もあり、レックハルドには一人にされることにも、一人にすることにも、何となく不安があったのである。
 レックハルドの心配がわかったのか、ファルケンは深く頷いた。
「それなんだよなあ。いつもなら、レックを置いてさらっとオレが探しに行ってもいいんだけど、今までのありとあらゆる経緯を考えると、オレがレックと離れると、どっちかが大変危険なことになることが……」
「そこまでわかってるなら、対処しろよ」
 ファルケンは、悪気のなさそうな顔をひょいとレックハルドに向けた。
「だから、今わかったんだよ。今まで誰かを探しに行ったりして離れて、とんでもないことになってるなあって。そういえば、そうなんだよなあ」
「なあ、って……」
 あまりにものんきな言いように、レックハルドは、思わず言葉を失う。
「よく考えると、オレが死んじゃったり、レックが死にそうになったのって、そういう事が原因だよな〜?」
「あ、あのな……、お前、ホントに今頃気づいたのかよ?」
「うん。今まで、あんまりそういうの考える余裕なかったから」
 あっけにとられてきくレックハルドに、ファルケンは素直に頷く。あんまりな様子に、レックハルドは足下が崩れていくような錯覚を覚えた。
「だったら、この前、お前がパーサ追いかける前にいっておけばよかった! それなら、オレはああいう恐怖体験をせずにすんだのに! 畜生! 気を遣わないで、いっておけばよかった……!」
 レックハルドは、頭を抱えるが、ファルケンに悪びれた様子はない。それどころか、彼は軽く片手をあげて足を進める。
「あ、それじゃあ」
「おい、ちょっと待った!」
 慌ててレックハルドは、鋭くファルケンを呼び止める。
「え、何だ?」
「お前、そこまで言ってて尚、ま、まさか、オレを置いていく気じゃないだろうな?」
 ファルケンならあり得ないことではない。呼び止められた意味を知り、彼は不服そうな顔をした。
「さっき、ちゃんと前振りをいったじゃないか。いくらオレでも、そんなことするわけないって!」
 信用しろよ、と言いたげな顔だが、絶対に信用できない。レックハルドは、顔をしかめる。
「それじゃ、今から何をする気なんだよ!」
「オレも動けないなら、手を借りるしかないだろ? それで呼ぼうと思って……」
「手? 狼人でも呼ぶ気か?」
 ファルケンは、軽く頭に手をやった。
「いやあ、それは……。オレはちょっと微妙な立場だからなあ。いきなり呼びつけて司祭が来たら迷惑だろ?」
「じゃあ」
 レックハルドはようやく一つ、方策を思いついて瞬きした。ファルケンは、彼が気づいたのを知って笑いながら頷く。
「そう、本物の狼の方を呼ぼうと思ってさ」
「ああ! あいつだな!」
 ファルケンはにっこりと笑った。彼にとっても懐かしいはずのその狼の名を、ファルケンはいやに嬉しそうにかたった。
「そう、ここは幸いソルの縄張り内なんだ。オレが呼べば来てくれるよ」





一覧 戻る 次へ

このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。
©akihiko wataragi