辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第三部 


第二章:竜魔問答−3

 あれから、すでに何日か経っているのだが、一向に目的の人物は見えない。狼人達にもそれとなく聞いて回ったのだが、それらしい気配すらつかめなかった。
「くそっ、あいつ、一体どこに……」
 いい加減疲れてきたビュルガーは、その大きな木の下で休んでいた。正直、このまま「見つかりませんでした! どっかで平和に暮らしてるんじゃないですか!」などといって帰りたいが、そういうわけにもいかない。あのファルケンが見つからないということは、恐らく、どこかで死んでいるということに違いないからだ。それがわかれば、師匠に泣きつかれるのはビュルガーなので、これも厄介なのである。
「ううう、どうしよう。もう一週間ぐらい経ってるんじゃ……。あと三日探していなかったら帰ろうかなあ……」
 こういうわけのわからない任務は、気が長くて変人のツァイザーあたりがやればいいのだろう。きっと、彼には向いている筈だ。だが、生憎とツァイザーは、れっきとしたシールコルスチェーンであって、彼が命令できるような人間ではない。こういうとき、ビュルガーは大人しくて聞き分けのいい弟弟子が欲しくなるのだった。
「あぁぁ、オレは師匠にも弟弟子にもついてないなあ……。あいつ、会ったら今度こそ、オレが兄弟子だということを理解だけでもさせてやるう〜!」
 何となく逃げ腰なのは、やはりファルケンが恐いからである。さすがにあの凶悪な目をした男に勝てるとは思えない。だが、せめて自分を敬うぐらいはしてくれたっていいだろう。なにせ、これでも兄弟子なのだから。
 と、黒い影が飛んだ。鳥か? と、顔を頭上に向けたビュルガーの目に、とんでもないものが映る。
「ひっ」
 次に口から飛び出したのは悲鳴だった。ビュルガーの悲鳴は、森の静けさがすぐに飲み込んで、遠くまで響くことはなかった。





 故郷に置いてきた娘は 今は何をしているだろう
 風の神様に尋ねてみても 風の声はわからないだけ
 故郷に置いてきた娘は 今は何をしているだろう
 風の神様に尋ねてみても 風の声はわかりもしない
 あの娘も 同じ風に吹かれているとわかるだけ

 深い深い森の中で、近くからそっと聞こえるのは、古い草原語だ。カルヴァネス語と草原語は文法からして違う。幼い頃から、二つの言語をまたいで暮らしてきたレックハルドにとっては、少しだけ懐かしい言葉でもある。その懐かしい言葉の古い恋歌を、何の気なしに口ずさんでいるのは、後ろをのこのこ歩く相棒である。
 もの悲しい内容だが、この歌の旋律は明るい。それを口ずさむ声も、妙に弾んでいた。
「また、珍しい歌うたいやがって……」
 レックハルドは、いきなり口を挟み、顔を覗きながらぼそりといった。相棒のファルケンは、今日は赤い染料でべったりと頬にメルヤーを描いて、おまけに腰の魔幻灯に火を入れていた。東方風の草原の服装と、色鮮やかな飾り帯が妙に似合っていたが、その姿は間違いなく狼人のものだ。その首にかかった色鮮やかな首飾りが揺れていた。
「これは、レックの故郷辺りを彷徨ってたときに覚えたんだよ。オレも、草原語はかなりしゃべれるからな!」
「へ〜……、まあ、発音が上手いのは認めよう。っていうか、カルヴァネス語より上手いのはどうなんだ。オレ達はそっちで話した方が楽なんじゃねえのか」
「あ、そういわれるとそうなのかも。でも、いきなりだと単語忘れてそうだよ」
 どちらにしろ、カルヴァネス語でないとマリスや他の狼人には通じないらしいので、結局カルヴァネス語だろうな、と思いながら、レックハルドは、ファルケンを横目で見た。
「しっかし、お前の顔に恋歌は似合わないなあ」
「え? なに、こいのうた、なのか?」
「明かな棒読みが、お前の恋愛に対しての理解のなさを示しているかのようだな」
 レックハルドはあきれ果てる。ファルケンは、きょとんとして、考え込んでいる様子だが、結局答えはでてこない。それも当たり前だ。色々成長したファルケンも、未だに恋愛とは「いつかお姫様が……」ぐらいしか理解できていない。基本的には、狼人にとって、恋愛は遠い存在であって、数百年かかって理解する概念らしい。だから、百年足らずしか生きていない、彼らの中ではまだ少年ぐらいの扱いのファルケンに、それをわかれというのも無理なのかもしれない。
「ま、歌の内容はどうせわかっちゃいねえんだからともあれ、お前、今日は機嫌がいいな。頭に昨日のアルコールが残ってるんじゃねえの?」
 ファルケンは、結構歌が好きらしいのだが、それでも、今日は明らかに声の弾み方が違う。この声の調子だと、よほど機嫌がいい時か、あるいは、博打で馬鹿ヅキした時ぐらいだろう。
「え? そりゃ機嫌いいに決まってるだろ?」
「なんでだよ?」
「え、見てわからないかなあ?」
 首を傾げながらも、ファルケンは妙に浮かれている。
「全然」
 すげなくレックハルドは言った。ファルケンはそれでも気を悪くせずに、陽気に言った。
「わからないかなあ〜。ほら、今日のオレは、ヒゲが完全に復活したんだよ? これで全部元通り! 完璧にファルケンって感じがする」
 ファルケンは、嬉しそうにあごひげを撫でつついった。イェームの時には剃っていたヒゲを、再び生やしているらしいことは知っていたが、だからといってそんなに喜ぶことでもないだろう。レックハルドは、さらにこの男の性格がよくわからなくなった。
「なんだ、それかよ」
「それかって、オレにはすごく嬉しいことなのに!」
「はー、理解できんね〜」
 レックハルドは冷淡に首を傾げる。
「どうせ、お前のはただの無精ヒゲだろが」
「ただのじゃないよ。オレにとっては、これはレックのそろばんほどに大切なものなのだ!」
 そろばんとヒゲを比べられたくない。
「うーん、お前にとっては、それはそんなに大切だったのか」
「だって、特徴ないって言われるし。それに、マリスさんが、オレはこっちの方が似合うし、いいヒゲだっていわれたんだよ!」
「無精ヒゲ褒められて喜ぶな、馬鹿」
 レックハルドの不機嫌な様子に、今度はにやっとしたのはファルケンのほうだ。
「うらやましいんだろ!」
「何が?」
 横目でにんまりと見られ、多少むっとしてレックハルドはファルケンを睨む。
「やっぱりそうなんだろ、オレが、マリスさんに褒められたのがうらやましいんだ……! だったらレックも無精ヒゲを……」
「うらやましくないわっ! オレとお前を一緒にするな! オレはただでさえ、あなた二十五歳ですか、とか言われるんだからな! これ以上ふけ顔要素を増やしてたまるか!」
 色んな意味で、以前にすっかり戻ったファルケンは、以前よりもすっかり頑丈な精神を持ってしまったので、扱いに困る。落ち込んだまま側にいないだけいいのだが、それにしても、逆に厚かましくなるのも困る。





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©akihiko wataragi