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辺境遊戯 第三部
「し、しかしですね、シーティアンマ」 そろそろと、今まで黙っていたビュルガーが発言する。 「フォーンアクスが使ってたとさっきおっしゃったでしょう? あの人は、結構平気そうでしたけど、何か、その、極意みたいなのはあるんですか?」 「うーん、まあ、多少なり、こういう剣を使うときは、越えなければならない壁があるのだから、彼も何か壁を越えたんだとは思うんだよ。でもね、彼はああいう性格で、暴れるのが大好きだけれども」 ハラールは、頬に手をやりながら言った。 「そもそも、ファルケンの持っている剣に、封印をかけたのはフォーンアクスだってきいているよ。封印といたらおっかなくて使えない、なんていってたぐらいだから……、きっと、彼も何か恐い目にあったのだと……」 「ええっ! あれが?」 ファルケンとビュルガーが驚いた声を上げた。あの乱暴者でも恐れるのだから、大概なのだろう。 「フォーンアクス? 誰だそりゃ?」 一人、事情を知るはずもないレックハルドが、眉をひそめながらそうきくと、ビュルガーが、説明にかかった。 「フォーンアクスっていうのは、乱暴者のシールコルスチェーンで、かなりコイツによく似た顔の……」 とそこまでいって、ビュルガーは慌てて口を閉じた。一瞬だが、ファルケンがキッとビュルガーの方をにらんだからだ。 「な、なんだよ、そんなに怒ることないだろ」 「別に怒ってないけど……」 とはいうものの、明らかにファルケンは不服そうな顔をしていた。 「……なんだ、そんなに似てるのか?」 「別にそんなことないよ」 「いや、表情以外はよく似てると思うけど……ってにらむなよ」 「まあ、何となくそっちの事情はわかった」 説明しかけてやっぱりファルケンににらまれて、慌てて口を閉ざすビュルガーをみながら、レックハルドは顎をなでやる。要するに、ファルケンが一緒にされたくないほどむちゃくちゃな奴だということなのだろう。とはいえ、顔が似ているのは事実そうだが。 「まあ、そういうことなんだけれどもね、ファルケン」 ハラールは、ファルケンに言った。 「……どうする? もし、使い方を教えて欲しいというなら、今からでも教えてあげられると思う。フォーンアクスだって探せばいいのだし。でも……、こういってはなんだけれども、下手をすると君の命に関わるかもしれないし、もし助かってもどうなるかわからない。成功しさえばいいけれど、失敗したら……。君は、この前、ひどい目にあったばかりだろう。それを思うと、勧めづらいところはあるんだ」 「それは……」 ファルケンは、一、二度、目をしばたかせる。伏せ目がちになる彼を横目で見ていたレックハルドは、ふと口を開いた。 「なるほどね。お師匠さんは、要するに、コイツが本気で強くなるには、その剣につけられている封印とやらを解いた状態で使えなきゃだめだとそういっているわけだな? だけど、そのとんでもない奴ですら、剣を使いたがらないことがあるぐらいヤバイ剣で、もし失敗したらどうなるかわからないってそういうことだよな?」 そういって、確認のために、ハラールに目を向ける。その気配を感じたのか、ハラールはゆったりと笑みを浮かべた。 「ああ、そうだね。君は話をまとめるのがうまいなあ」 「返事は、「はい」だけでいい。余計なことを言うと、その辺の石で殴りたくなる」 「あ。では、「はい」」 のんびりとしたハラールの返答に、レックハルドはそう冷たく言いやるが、肝心の本人は、どうも反省している様子もない。ひくりと唇を引きつらせるレックハルドだが、このままだと本気でぷっつりと切れてしまいそうなので、精神衛生のためにも、手早くハラールのことは諦めて、ちらりとファルケンに目を返した。 「で、いいんだろうが、ファルケン」 「え?」 ファルケンは、急に話をふられてきょとんとした。 「だから、……そういう危ねえ目にあうかもしれないことに、今から挑戦するってそういうことだろ?」 「あ……いや、それは……」 ファルケンは、少々困惑気味の表情を浮かべた。 「どうせ、そうすりゃあ自分が危ないことはうすうすわかってたんだろ。全然反応が変わらなかったからすぐにわかったぜ」 レックハルドは、やれやれとばかりに苦笑気味になる。 「……遠慮するなよ。大体、お前、オレが止めたってやるときはやるんだろうが。オレの仕事のことを考えてるのかもしれねえが、どうせしばらく休業だっていったろ。オレは色んなものに狙われすぎなんだよ、今は」 レックハルドは、にやりとしてため息をついた。 「別に強くなってオレを守れ、とかそういう風にいってるんじゃあねえ。そりゃそうなってくれれば、ありがたいかもしれねえけど、お前が嫌なら嫌でオレは安心だしな。お前が行きたいなら、オレに遠慮なんかしねえで行けばいいのさ。仕事にさしさわるぐらいしか、オレには実害はねえんだからよ」 でも、とレックハルドは、嘆息まじりに付け加える。 「でも、前みたいに、置いてきぼりだけは勘弁してくれ。事情さえ教えてくれれば、オレは、別に何もいわねえよ」 「レック、でも、オレは……」 少し慌ててそういいかけたファルケンをさえぎり、レックハルドは何でもないようにいった。 「いいさ。お前がどうなっても、お前はオレの恩人でもあるからな。面倒ぐらいみてやるよ。だから、やりたいようにやれ」 「レック……」 なにやら、まだ言いたげなファルケンを振り切るように、レックハルドは上着の裾を翻して歩き出す。 「まあ、しばらく、お師匠様と相談でもしてろよ。オレとの話はこれでついてるだろ? ちょっとその辺散歩してるから、話つけてろ」 オレがいると、話しにくいんだろ。そういうと、レックハルドは、その場を逃げるように後にした。 少し離れた草むらで立ち止まり、レックハルドはようやく肩の力を抜いて、ため息をついた。 「あの野郎。また、オレに相談もしねえで」 怒りというよりは、諦めのため息だった。さすがに、こう何度もあるとレックハルドも予想できていた。ファルケンになにかしら意図があるのだろうというぐらいはわかっていたし、それが危険なこともおおよそ見当がついていたのだ。 「まったく、どうしようもねえなあ」 レックハルドは苦笑した。まあ、まだいい。かつてみたいに、自分だけ事情を知らないよりはその方がいい。ファルケンがレックハルドをつれてきたのは、隠し立てするつもりはないからつれてきたのだから、その方がまだよかった。 未だに、「あの」ときのことが胸の奥底でひっかかっているレックハルドには、自分の知らないところで、ファルケンが危険な目にあう方が恐かった。 レックハルドとしても、あんな話を聞かされて平気なわけはないが、あの時のことを思うと、まだ救いがあるような気がするのだ。 「けっ、最初から気持ちなんざあ決まってるんだろうが、お前はよ」 レックハルドは、吐き捨てるように言ったが、漏れるのは諦めに似た苦笑だ。 「慣れって恐ろしいな。以前なら、ただじゃおかねえところなんだが」 そういって、レックハルドがそこに座ってのんびりしようかとしたとき、いきなり、声が聞こえた気がした。 ――ああ、そんなところにいたなんて…… 何やら聞覚えのある声だった。だが、不思議とすぐに思い出せない。レックハルドが、誰か、と声をかけようとした刹那、足元が大きくたわんで、黒く歪んだ。 「な、なんだ!」 目の錯覚か、とレックハルドは思ったが、目をこする暇すらない。いきなり、膝までずぶりと地面に埋まった。いや、地面ではない。なにせ、そこには、先ほどまで生えていた草も、土もない。ただ、墨のように漆黒の、しかもどろどろとした黒い闇色が広がっているだけである。それが彼の膝までを埋めて、離そうとしない。 そこから何本も手が伸びてくる。一応人間の腕の形に近いけれど、なにか違和感があった。レックハルドの腕をつかもうと空を切るそれらを不気味そうに見、レックハルドは言った。 「な、なんだよ! これは! 妖魔か!」 そうかもしれないとおもい、レックハルドは右手で短剣を探る。きくかどうかしらないが、とにかく逃げなくては。そうレックハルドが、戦意を覗かせたとき、またあの声が聞こえたのだ。それは泣き声に近い、切ないものだった。 ――たすけて…… 聞覚えのある声が、そこまで言葉をつむいだのを聴いて、レックハルドは一瞬隙を見せてしまった。その一瞬が命取りになった。いきなり、塊からのびている黒い手がぬっと伸び上がって、彼の手を引っ張り、肩を押さえつけたのだ。 ――しまった! レックハルドは、真っ青になった。一瞬で黒い塊は、彼の肩までをとらえる。底なし沼にはまったかのように、足はごぼごぼと底に埋まっていく。まとわりつく黒い手が、不気味に何本も地面から突き出ている。 「おい! ちょっと来い! ファルケン!」 慌てて声をあげるが、果たして彼に聞こえたかどうか。すぐに黒い塊が首に回る。首を軽く締め付けられ、闇を蹴散らそうとしたとき、ふと、もう一度聞覚えのある声が聞こえたのだ。 ――ああ、しまった! ……誰か、助けてやってくれ! 「あれは……」 レックハルドは眉をひそめた。 ようやく、その声の主に思い当たった。どうして、最初に気付かなかったのか、わからないほど、それはよく知ったものの声だった。 と、その途端、足ががくんと崩れた。足場が急になくなったように、そのまま下へと重力が掛かった。レックハルドに声を上げる暇はなかった。どろりとした闇の中、いきなり穴があいた場所に、彼はそのまま吸い込まれていった。 レックハルドを飲み込んだ闇は、ぽっかりと空いた穴にそのまま自身を流し込む。やがて、その穴に飲み込まれ、黒い塊が全てなくなった時、再び元の地面が顔を覗かせていた。 「レック!」 先ほどの声にようやく気付いたのか、そう声が届いた。 「レック? 何か呼んだのかい?」 人気のいなくなったそこに、ファルケンの、まだ状況を把握していないらしい声が響いた。草を足で分けて進んだ彼は、一瞬きょとんとして足を止める。そこには、レックハルドの姿どころか、人気が全くなかった。いいや、厳密に言うと、奇妙にがらんとしていて、なにか恣意的なものを感じるぐらいに、何かの存在感がなかった。まるで、先ほど、レックハルドがいたことや、彼が闇に飲まれたことを隠蔽するかのように、徹底的に、「何もいなかった」「何も起こっていなかった」ような感覚がした。 「……レック?」 ファルケンは、ぽつりと呟いて、その場を呆然と見やった。 一覧 戻る 次へ このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。 |