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辺境遊戯 第三部
よく考えると、それは結構妙な風景なのである。 艶やかな流れるような黒髪の、ともすればぞっとするような美女の占い師の目の前に、若干おどおどした様子で立っている二人組。その一人は、ちょっと目の細い、東方風の顔立ちをした商人。もう一人は、金髪に碧の瞳に、頬には赤い染料を塗った、大男である。見るものが見れば、一発で辺境出身とばれる姿に、商人風の男と同じ、草原地方の、それもちょっと装飾の多い上着を羽織っているのは珍しい。 おまけに、今回は、ちょっと離れたところから、狼人としてはちょっと背の低い、金髪の青年が、じっと三人を見詰めているのだから、余計に怪しい光景だった。 そもそも、彼らは全員民族が違うから、一緒にいるだけで結構目立つところもあるのであるが、シェイザスがあまりに美人なのと、ファルケンが明らかに目立つ大男だから、余計に人目をひいて、怪しく感じさせるところもあった。 とはいえ、三人にとっては、どうせ慣れた風景なので、他人がどう思おうが、この際、気にすることもなかった。自分も大概怪しいくせに、後ろから覗いているビュルガーが、なんて怪しい三人なんだろう、とびくびくしながら見つめているのが不自然ではあるのだが。 「あのう、探し人の依頼なんだけれども」 ファルケンがそうっと切り出した。レックハルドは、というと、簡単に挨拶をしたっきり、ファルケンから一メートルほど、離れたところに立っていて、少しおっかなそうにその成り行きを見守っているばかりである。 「占ってあげてもいいけれど」 シェイザスは妙に機嫌が悪いらしい。少々ドキドキしつつ、ファルケンは、やたらと派手な袋からそっと何かを取り出す。その袋をみて、レックハルドが、露骨に顔をゆがめたのをファルケンは知る由もなければ、知る気もない。色はできるだけ、もう際限なく派手でもいいファルケンと、渋い色で落ち着いた雰囲気の方がいいレックハルドとでは、服装と色彩感覚が真反対なのである。 布商人のレックハルドは、扱っているものは結構派手なのだが、自分はというと、あまり派手な色のものを着けたがらないのだった。それにしても、あの布袋、一体どこで手に入れたのか。見た覚えが全くない。 (また、いつの間にか、派手なもんが増えてる……) 気がつくと、どんどんバージョンアップしていく相棒の装飾の派手さ加減はレックハルドにとっては、結構頭の痛い問題だった。そのうち、横を歩くのも恥ずかしい格好をしていそうな気がするのだ。 レックハルドの事情はともあれ、ファルケンは、それから大事そうにそうっとアクセサリーを取り出した。手先の器用なファルケンだが、このごろは状況の割りに気分が落ち着いている成果、守護輪といわれる腕輪も、ただの数珠繋ぎというよりは、ところどころビーズを編んで装飾していたりして、手が込んできていた。 本人が成長したせいもあって、魔力の影響も安定してかかっているので、魔除けにも使えそうなところもある。 「あの、報酬はこれでってことでいいかな?」 「あら、珍しいものもっているじゃない」 ファルケンの献上品に、少々気をよくしていたシェイザスだが、その品物をみてころりと表情が変わった。 今回、ファルケンが出してきたのは、彼が作るにしては少々珍しい素材が使われていた。乳白色の、多少不揃いなところのある光沢のある珠と、削って細工した赤い色の珠の二つが、他のビーズや金属と並んで美しく飾りたてられている。 「あなたが珊瑚と真珠を持っているなんて珍しいわね。どこから拾ってきたの」 「いや〜、この前、レナルに会ったときに、海側の連中からもらった分を分けてもらってたんだ」 あまり知られていないが、狼人は海も平気だ。辺境には海と接している場所もあるらしいので、そこの狼人のことをファルケンは言っているのだろう。シェイザスは頷く。 「まあ、いいわ。じゃあ、占ってあげてもいいわよ」 「そ、そうか。よかった」 ファルケンは、ほっと胸をなでおろす。ひとまず、第一関門突破といったところだろうか。 「でも、探し人って今度は誰? 以前言っていた、ミメルっていう娘?」 「ああ、ミメルにもあってないから探して欲しいけど、今日はもうちょっと切羽詰っている方」 ファルケンの笑みが、苦く強張った。 「もしかしたら、どうなってるかわからない人だから、そっちのほうを先にお願いしてもいいかな」 「ええ、いいわよ。まあ、珍しいものをもらったのだものね。おまけでその子のことを占ってあげてもいいわよ」 「あ! よかった! ありがとう!」 ファルケンは、思わぬところで幸運が降って来たので、思わず嬉しそうな顔をした。今回の貢物は、どうやら、彼女の好みにあったようだ。 「でも、あなたにも、ちょっとお願いがあるのよ」 「え? 他に何?」 ふと、柳眉をひそめて、シェイザスがそんなことを訊いたので、ファルケンはきょとんとした。他になにかくれ、ということだろうか。それだと、戦々恐々だが、シェイザスの様子をみると、どうもそうでもないらしい。 「あの時代錯誤な竜王、どうにかならないの?」 「どうにかって、ダルシュの奴、まだそのままなのか?」 思わず、好奇心を刺激されたのか、レックハルドが口を挟んできた。 「いえ、あれからすぐに元にはもどったわ」 「じゃあ、いいじゃないか。それとも、ギレスがいるの自体駄目なのか?」 ファルケンが少々心配そうな顔で訊いて来たので、シェイザスは首を振った。 「そこまで言わないわ。悪い奴じゃないのはわかるし、いいんだけれども。ダルシュに憑いている時に、あの時代錯誤をそばでやられると、正直私が恥ずかしいのよ」 その気持ちは、何となくわかるような気がする。レックハルドは、珍しくシェイザスに同情的な気分になった。 「あの時代錯誤だけ直す方法とかないかしらね」 「うーん、そんなこといわれても」 ファルケンは、眉をひそめた。時代錯誤なんて、そうそう簡単に直るものでもない。何千年単位で錯誤しているギレスなのだから、多少、外の世界を見て回ったぐらいでは直らないだろう。 「最近、身の回りがどんどん人外で固められてる気がして困っているのよ。なんだか、私も、人外じゃなくなりそうだわ」 「え、それって、オレも入ってるの?」 ぽつりとシェイザスが呟いたのをきいて、ファルケンは不安そうに自分を指さした。 「精神的には、あなたの相棒も人間と思われないから、そっちも入っているから安心なさい」 「ど、どういう意味だよ!」 いきなり、そんな振られ方をして、レックハルドは不満そうに口を尖らせた。自分は、この一行のなかで、一番常識人だろう、という妙な自信のあるレックハルドだったので、その一言は、意外に衝撃があったのだろう。だが、シェイザスは、そんなこときいていない様子で、やれやれとため息をついていた。 「ひぇっくしょい!」 大きなくしゃみをして、ダルシュは鼻を軽くすすった。一体なんなんだろう。突然くしゃみが襲ってくるなんて、何かの前触れだろうか。 『どうした、風邪か?』 腰に下げた剣のほうから声が聞こえ、ダルシュはその柄を軽く叩いた。 「てめえが拾ってきたんじゃねえのか? まったく、人が気絶してる間、好き勝手街の中歩き回りやがって」 ダルシュは口を尖らせる。剣の中にいるのは、昔竜王だったギレスという竜の魂だ。肉体を失ったギレスは、後世自らの力を何かの時に役立ててもらおうと、魂ごと自分を剣の中に封じ込めたという話である。 ダルシュに自分の力を使わせるときは、その体に乗り移る。ダルシュに意識がある時は、ダルシュを前面に出して協力関係を結んでいるのだが、ダルシュの意識が飛んだ後は、保護の目的もあってギレスの方が出てくる。 だが、古の竜王は、やっぱり古の竜王なので、とんでもなく時代錯誤な言動が多く、言ってしまえば世間知らずで人間離れしているので、乗り移られている間、ダルシュも相手が自分の姿で何をやらかすやら、と気が気でないところもあるのだ。 『何を言う。私は、ただ、人の営みを数千年ぶりに眺めただけだ。それの何が悪い』 「あんたの行動がおかしいから目立つんだよ。オレが変人みたいにみえるじゃねえか」 ダルシュは、ちらりと剣をにらむ。もちろん表情などあるわけもないのだが、ダルシュには、相手がどういう顔をしているのか、感覚としてわかるところがあるのだった。ダルシュがわかる限り、ギレスは、明らかにむっとした表情をしているようだった。 「お前のせいで、シェイザスもなんか機嫌悪いし」 『私のせいではない。貴様が女心を理解せぬ男だからに決まっている』 「その自信はどこからくるんだろうな」 ここ数日つきあっただけだが、ダルシュは、この竜王とやらの性格をそろそろつかみ始めていた。竜王だなんていうので、よほど、複雑で深い性格をしているのだろうと思ったが、案外単純である。プライドが高くて騙されやすい王様といったところだろうか。だが、まあ、知識の量は一流である。 「そういや、あいつら、なんか探しに行くとかいって辺境にまた入ってったらしいけど、何かあったのか」 『ああ、アレは、シールコルスチェーンの師匠が一人行方不明だという話だったな』 ダルシュに訊かれ、ギレスは思い出したように言った。 「しーるこる?」 『シールコルスチェーン、というが、これをどう人にわかるように訳していいものか、私も迷うな』 ダルシュは、きょとんとする。 「人間にはわかんねえ言葉なのか?」 『いや、そうではない。ただ、数個の意味が掛かっている言葉だからな。いわば、掛詞みたいなものだ』 「数個の意味? そんなややこしいことするのか、狼人の連中も」 ファルケンやらレナルやら見ている分には、結構単純そうに見えるのだが。ダルシュは驚きの声をあげる。 『連中は意外にそういう遊びが好きだぞ。そもそも、シェンタールだの、メルヤーだのの意味を明らかにして、魔術との関係を研究しているのを考えてみろ。そういうことが好きでなければ、そんなことできんだろうが。貴様はわからんだろうが、辺境古代語で会話している時の、連中は考えられないほど聡明だったりするのだ』 「へえ。一回聞いてみたいな、そりゃあ」 『なんなら、聞かせてやってもいいがな。私を通じてきけば、貴様にも意味ぐらいわかるだろう』 素直にダルシュが驚くので、少々得意になってギレスはそういった。尊敬されていた竜の王様は、ここのところ、あまり尊敬を集めていないような気がするので、そういう可能性のある局面になると、ついつい乗り気になってしまうのである。 『とまれ、話を戻すがな、あれには、「森の守護者」「秩序を守る者」「邪気を払う者」「時の守護者」といった意味がある言葉だ。少しの発音違いがあるだけで、類似の音でシールコルスチェーン、と言う。奴らに言わせると、もっと意味があるというのだが、そこまでは我々竜にもわからん。よって、人間はさっぱりわからんだろう』 「その時点で、意味がぜんぜんわからねえよ」 ダルシュは、苦い顔をした。 『わからんならわからんで、まあいい。ともあれ、奴には師匠がいるのだ。それが、辺境でそういう役職を負っていると考えればいい』 ギレスは続けていった。 『まあ、狼のやることだからわからんが、その師匠に奴は会いにいったというわけだ』 「で、それの行方がよくわかんねえということか?」 『そうだ。それで、もう一人いた狼に探らせていたのだろう。そろそろ、その結果がでてくるころなのだ』 なるほど。と、ダルシュは頷いた。それなら事情はまだわかる。 「だがよ。あいつ、結構強いじゃないか。まだ師匠に何かきくことでもあったのかな」 『ただの挨拶だろう、今回は。だが、奴もまだ完璧というわけではない』 ギレスは、一度息を継ぐようにした。別に剣なのだから、息を継ぐ必要はないのだろうが、形式上そうするのである。 『あの狼、おそらく、まだ本当の力の使い方をぜんぜんわかっていない。一度は辺境に関わらないことを考えたようだから、自らもその程度でいいと思ってでてきたのだろうが。ここのところの騒動から、多少考え直しているようだ。今のままでは、必ず勝てるとは限らんからな』 「なるほど」 ダルシュは頷く。ファルケンには、力不足のために陥った苦い経験が色々とあるのだった。そのために、彼が、こちらに戻ってきてから、多少慎重になっている気配があるのを、ダルシュでもわかっているのである。 『その力の使い方を教えてもらうのにも、一度師匠に挨拶ぐらいはしておいたほうがよかろう。非礼をわびる意味とそれとで探しているのだと思うのだがな』 「ああ、そりゃあまあ、教えてもらうのに挨拶なしじゃあまずいよなあ」 ダルシュはそういってうなずきかけたが、ふとびくりと背を縮めて、素早く振り返った。思わず、腰の、ギレスの剣に手が伸びる。 背後の茂みに、何かの気配がする。鋭くなったダルシュの感覚は、その気配が、獣でないことを伝えていた。どちらかというと、人に近いものだ。いきもの、といっていいかはわからない。 突然、その茂みの方で、どさっと大きな音がした。 「誰だ!」 『何奴!』 それぞれ、そう声をあげながら、彼らは背後の茂みを注視した。がさがさと音を立てているが、一向にそれは姿を現さない。 ダルシュは剣を抜き、ゆっくりとそちらに近づいていった。茂みはまだ少し音をたてて揺れるばかりである。ダルシュは思いきって茂みの方を剣で払った。ざっと音をたてて切れる茂みと共に、何かの姿が目に映る。 警戒して、そのまま剣をつきつけようとしたダルシュだったが、その姿がはっきりと認識できると、思わず戦意を失った。 「なんだよ、こりゃ」 ギレスはあきれて声も出ないらしい。とにかく、そこにいたのは、かき集めた精一杯の戦意を、あっさりと蹴散らしてしまうほど、脱力的な光景だったのだった。 一覧 戻る 次へ このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。 |