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辺境遊戯 第三部
いきなりそういわれて、ファルケンはきょとんとしてタスラムを見つめた。 「な、なんでまた?」 相手の意図が読めない。ファルケンは、少々不審そうに彼を見た。別に、頭を下げるだけなら自分でなくてもいいはずだ。シールコルスチェーンは、他にもたくさんいるし、自分より彼らの方が詳しいと思う。単に捕まらないだけ、ということも考えられるのだが、タスラムが、辺境を半分捨てている彼を指名してきたのには、何となく意図を感じる気がした。 「……オ、オレでなくても、一杯いるよ」 「いや、そういわず、お前さんと取り引きがしたいんだよ」 ファルケンは、眉をひそめた。やはり、何かあるのだろうか。 「オレは、もう辺境には関わらないことにしたから」 「それはまた心にもないことをいうな? じゃあ、ここに来ているのは何のためかね?」 追求すると、ファルケンは、あきらかに焦った顔をしたが、慌ててどうにか答える。 「それは、その、……いろいろあって……」 「まったく、結構強情なところがあるなあ。おぬしも。辺境を捨てる捨てるといって捨てられるなら、とっくに捨てているはずだ。……こうやって関わっているのは、そなた、結局は、気になって仕方がないのだろうが」 「……そっ、それはそれで、別だ」 図星を指されて、ファルケンはかえって意地を張った。珍しくむっとした顔をした彼は、腕組みをしながらつとめてそっけなくこういう。 「オレは、もう辺境には関係ないんだ。だから、オレはあんたとも関わりたくない」 「やれやれ、ちょっと話し方を間違えたかな」 ファルケンの性格をつかみ損ねていたのかもしれない。タスラムはそう反省すると、ため息とともにそっと彼に近寄った。 「まあ、では、それは一応おいておいて、こう考えればどうかな? 二番目の司祭のために、私と一緒に動くというのは?」 「二番目の司祭のため?」 さすがにファルケンの目の色が少しだけ変わった。それをみて、タスラムは心中にやりとする。今度は、狙ったところに当たったらしい。 「お前さん、二番目の司祭のエアギア殿に助けてもらったのだろう?」 「う、う、まあ、そうなんだけど……」 たしかに、ファルケンの蘇生にエアギアは関わっているらしい。彼女の命令で五番目の司祭が各所に連絡に走り、彼女とハラールの魔力により、彼は一時的にのろいから逃れて蘇った。司祭ということもあり、エアギアにはそれっきり会っていないが、一応そういう話をきいているので、ファルケンとしては恩人に当たる。 「それじゃあ、その力になりたいと思わないのかね?」 「……で、でも、あんたは、エアギアさんとは関係ないんだろ?」 「ふふ、エアギア殿には、何か動けない理由があるのだな。それが何かはさすがに知らないが、そのおかげでエアギア殿は、あれ以上には一番目殿に逆らうことはないだろう。……要するに、何かことが起こっているのを知りながら、止めることが出来ないということだ」 タスラムは腕を組んだ。 「そういうことがわかっているのに、エアギア殿をこのたくらみに誘えるはずもないだろう。それとも、おぬしなら話すかね?」 「いや、それは無理だけど……」 「ここは、彼女の心を傷つけないように、裏方で行動するのも、また優しさと思わないかね?」 「そういえば、そう、なような……。たしかに、あの人、ちょっと悲しそうだったし、たしかに助けてあげるのは……」 思わず、素直に頷きそうになってファルケンは、はっと顔をあげた。そういえば、レックハルドが言っていた。 「人を説得するときは、人を乗せちまって丸め込んで、その勢いで転がしてしまえば簡単だ」 それはだましのテクニックの間違いじゃないかと思ったことがあったが、今の状況はまさにそれではないだろうか。 「……オ、オレを丸め込んでないか?」 「いやあ、そういう意図ではない。で、おぬしはどう思う?」 「うう、まあ、そういわれるとオレも断る理由はない……ような……気もしてきたけど」 「だろう?」 完全に相手のペースにもっていかれて、ファルケンは戸惑い気味だ。だが、別にそれに異論を唱えるほどの理由があるわけでもない。 たしかにエアギアは恩人だし、タスラムの言っている司祭の内情を知れるとありがたい。タスラムが自分をだましているかどうかは、どうも灰色だが、かといって、彼が自分を殺そうとしているのでもないようだ。 少なくとも、タスラムに妖魔が憑いている気配はないし、一番目の司祭についてこれほど警戒心をあらわにしている司祭というのは、彼ぐらいのものかもしれない。その時点で、彼と組んでいるとは考えにくい。 「……わ、わかった。それには乗るよ」 何となくファルケンは、レックハルドの口先に操られる人間の気持ちがわかったような気がした。タスラムは、にこりと裏のなさそうな笑みをうかべるが、彼の本性を何となく垣間見た彼にとっては、それはあまりにも嘘っぽく見えた。 「では、この話は決まりだな」 ファルケンはなにやら言いたそうなのだが、どういっていいものやらわからず、しばらく黙っている。 「そうだ、アヴィトのことを覚えているだろう?」 「あ、ああ、十一番目の……」 おまけにこの前斬った相手だ。もしかして、あれから死んだかなにかして、それについていわれるのだろうか。ある程度覚悟はしていたが、ファルケンは少し険しい顔になった。 「ほほほ、安心してよいぞ。あの一撃で死んだのはアヴィト本人でなく、アレにとり憑いておった憑き物のほうだ」 「ということは妖魔?」 ファルケンは、少し驚いたような顔をした。 「そう。おぬし、自分では意識していなかったようだが、あの時、中身の妖魔を斬っただろう。そもそも、シールコルスチェーンと呼ばれる者達が斬るのは、実体というより、霊体のような見えないもの、といったほうがいいかな。妖魔や邪気やそういったものを相手に出来てこそだからな」 「そんな、オレは、そこまでうまくものが切れなかったんだけどな」 「だから、少々腕があがったということだ」 タスラムはにんまりとする。 「ところで、そのアヴィトだがな。今はすっかり別人のようにしおらしくなっている。どうだね? あやつを私とお前の間のつなぎに使うということでは?」 ファルケンは、すぐには答えず、いらだつ、というよりは困惑気味に顎に手をやった。瞳が静止しないところをみると、どうやら迷っているらしい。 「まあ、個人的な確執もあろうが、あやつもすっかり反省している。……とりあえず、しばらくは責めないでやってくれ」 「……」 ファルケンは、あごひげを落ち着きなくなでやって、それからため息をついた。 「……わかった」 そのファルケンのため息は、どちらかというと諦めだ。もはや、目の前の司祭にはむかっても仕方がない。 「アヴィトは、何も覚えていないんだな、つまり」 「それどころか、おぬしが成人したといったら驚いておったぞ。人間は相変わらず嫌いのようだが、その内考えが変わるかもしれん」 そうか、とファルケンはつぶやいた。 「覚えてないんなら、責めたって仕方ないよな。……わかったよ。結局、オレは戻ってきたんだし、その代わり、本当に、あんた達だけでもオレのことはほっといてくれるんだよな?」 「それは大丈夫。お前が泳いでくれていた方が私としてもありがたい」 「泳ぐって……」 ようするに泳がせておいた方が得策ということだろうか。 (このオヤジの口からこういう言葉をきくとは思わなかった!) なんて腹黒いことをいうんだろう。このところ腹黒い言葉には慣れているが、こういう人間からそういう言葉をきくと、正直引いてしまう。 三番目の司祭がどういう人柄だったかという記憶はファルケンにも薄い。それだけ目立たない男だったということだ。ファルケンが彼について特に覚えていることといえば、あの誓いのとき彼がかばってくれたことぐらいである。それで、案外いい人なのかもしれないと思っていたのだが。 正直、司祭の嫌な思い出の中ではちょっといい話だと思っていただけに、ファルケンとしては何となくブルーである。 「それでは、また後ほど、アヴィトをよこすから情報はその時に」 「あ!」 じゃあと手を差し上げたタスラムに、ファルケンは慌てて声をかけた。 「あの……ちょっともう一つ!」 「何だね。そんな不安そうに……」 「本当の話だよな! なんか、こう、だまされてるような気がして」 「おやまあ、私が信じられないのかね。この顔をみて信じられないとでもいうのか?」 「なんだろう。なんだか、さぎし、に関わる時はこんなんだって、レックがいってたし、オレも最近何となくわかるように……」 「レックというのは、あの人間のことだな? ははは、失礼な私と彼を一緒にしないでもらいたいのう」 ファルケンは、納得しかねるような顔をしたままタスラムを見送る。こんな胡散臭い男をみたのは、もしかしたら初めてかもしれない。というより、鈍いファルケンでも、はっきりと怪しいと思えるほどの男というのは、正直かなり珍しいのであった。 「……なんか、物凄くあやしいな気がするんだけど……」 「そうかな? おぬしのちょっとのんびりしすぎる師匠の方が不審だと思うがな」 結局師匠のことは知っているらしい。 (だったら、シーティアンマに話をつけたほうが早いんじゃないのか) そう不満に思うが、ファルケンはだまっておくことにした。これ以上意地をはっても、多分、また言い負かされるのがおちだ。 「ああ、じゃあ私もかわいらしく一つだけ」 何がかわいらしくなのか。そんなことを思っているファルケンに、タスラムは、笑いながら言ったが、その内容は完全に不意打ちである。 「お前さん、その剣を使いこなせていないだろう? ただ、シールコルスチェーンの面々に、剣の振り回し方を教わってきただけじゃあないのかね」 「そ、それは……」 痛いところを突かれたのか、ファルケンが唸る。 「まあ、そういうものは、よほど心が落ち着いている時にやらんと、諸刃の剣だからな。以前のおぬしの状況では、おぬしの師もすすめられんだろうな。だがな、その剣は、単に振り回すためにあるものじゃあない。多少の危険はあるが、本来の使い方も覚えておいたほうがよいぞ」 それはまあ正論だ。ファルケンは、素直に俯く。すでに後ろをむいたタスラムは、一歩進みかけたが、話し忘れたというように、ちらりとこちらを向く。 「さもなくば……、お前さんの大切な親友を、斬り捨てなければならない羽目になってもしらぬぞよ」 さっとファルケンの顔つきが変わる。 「どういうことだ?」 「……ほほほ、口がすべったかな。なんにせよ、準備は万全にしておくことだな。こういっておいてなんだが、本当にいまのところ、私はおぬしの味方だよ。まあ、信用しろ。悪いようにはせんさ」 ファルケンの困惑気味の顔を見やり、タスラムは軽く笑った。 「それでは、またその内アヴィトを使いにやろう。私は、しばらくは静かにしていることにしよう。一番目殿ににらまれると私も大変だからのう」 それでは、また、と軽い口調でいいやって、三番目の司祭であるタスラムは、ふわりと森の中に消えていった。 しばらくファルケンは、その場で呆然と佇んでいた。なんなんだろう、あの男は。頭上でなにやら派手な音が響いたが、ファルケンには、ギレスが暴れているらしい事実よりも、先ほどまで会話していた食えない司祭のほうが不気味だった。 「……やっぱり、レックと張り合えるような気がする……」 おまけに、レックハルドに丸め込まれたときよりも、何となく「だまされた」という感覚が強い。世の中の人は、ああいうのを詐欺師というのだろうか。きっとそうに違いない。 呆然とタスラムを見送るファルケンの姿は、どことなく寸借詐欺の被害者を思わせるものだった。 一覧 戻る 次へ このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。 |