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辺境遊戯 第三部
金色に輝く目を下に向ければ、落とした黒い雷で感電したらしい竜が、森の上で気を失ってだらしなく伸びているのが目に入る。 「今の、あんたがやったみたいに、ちょっと精神を集中させて、えいってやればいけるのか?」 『まあ、簡単に言えばな』 ダルシュがたずねるとギレスがそう答えた。 『私がいくらか手を貸してやっているから、魔術も思うがままに使えるのだ』 「なるほど。じゃあ、次は使ってみるぜ」 ギレスの、ちょっと恩着せがましい物言いは気に食わないが、気分のいいダルシュは、今はそのことを気にしなかった。 今まで、こんな化け物を相手に出来ることはないと思っていた。だというのに、今や空は飛べるし、こうやって相手をそれも簡単に打ちのめすことも出来る。人間の身でここまでできるなんて、夢ではないだろうかと思うぐらいだ。 『あと二頭というところか。……今度は容赦なく痛めつける。いくら理性のない竜とはいえ、徹底的にこちらが上だということをわからせれば大丈夫だ』 「よーし、わかった! じゃあ、次はアレだな!」 そういうと、ダルシュは近くを飛んでいる黒くて長い竜に目をつけ、急降下した。最初こそ慣れなかったが、大分使い方にも慣れてきた。 「いくぞー!」 相手の竜の目がこちらを捉えるが、ダルシュは気にせずにまっすぐに左手を伸ばす。角の一つを握りながら、それに力を込めると、竜はたまらず暴れ始める。だが、確実にそれだけでダルシュは相手を押さえ込むことが出来ている。相手の自由を奪っていた。 力で相手をねじ伏せる。竜を相手にそれができるようになるなどと、考えもつかなかったことだ。自分の手のはずなのに、恐ろしいほどの力が、そこにかかる。それでも、違和感なく行動できる。 「すごいな! これ、本当にオレがやってるのか?」 『見てわかるだろうが』 だが、と、ギレスは付け加える。 『貴様、力の扱いについては飲み込みが早いな』 だが、まだ剣を使わせたわけではない。剣は相変わらずダルシュの右手に張り付いているばかりにしておいている。もちろん、武器を使わせたほうが破壊力自体は大きくなる。それゆえに、ギレスはまだ使わせていないのだ。 (まあ、この程度の相手なら、剣を使うまでもないのだがな) ギレスはそう思いながら、意外な人材を発見したものだと、内心満足していた。これなら、自分の力を全面的に足してもいい。 と、ギレスがそんな思いに浸っていると、ふと不穏な気配がした。ダルシュがつかんでいた角をパッと離したのだ。 「おい、竜王! さっきのやってみるぞ!」 さっきの、というと、おそらく、先ほどギレスがやってみせた黒い電撃を浴びせる魔術だ。だが、それをきいてギレスは慌てた。 『あっ! こら待て!』 「こうだったな!」 そういって、ダルシュが手を振る。途端そこからはじけたのは、黒い稲妻だ。 だが、それは先ほどギレスが主導で竜に当てたものとは比べ物にならないほど、大きいものだった。 轟音が響いたのかもしれないが、音ははっきりと聞こえない。その前に、目も眩むような、それでも不自然に黒い光が目の前にはじけ、同時に圧力が前からかかってきた。 「うわあああっ!」 自分の起こした衝撃に飲まれ、ダルシュは宙に投げ出される。何かの弾ける音が終わる頃、ダルシュはどうにかバランスを取り戻し、空の上でどうにか静止した。光の飛び込んできた目の眩みもなおったようだ。ダルシュは、ため息をついて、額をぬぐった。 「あぶねえ……」 「あ、危ないではなーいっ! 貴様、下手すると、森を破壊するところだったのだぞ!」 いきなり、ほとんど同時に声が口からあふれ出る。ダルシュは驚くが、ギレスの方は止まらない。 「貴様、あれほど気をつけて使えといったのがわからんのかーっ!」 「なに一緒に喋ってんだよ! オレが怪しい人にみえるじゃねえか!」 「誰も見ているやつなどおらぬわ!」 興奮しているためか、ギレスはそのままダルシュの口を借りた。 「下を見ろ! 森がこげているだろう!」 「あ」 言われてみると、たしかに煙がじわじわと上がっているのが見えた。だが、どうも焦げただけらしく、大事にはいたっていないようだ。 「し、仕方がないだろ。不可抗力だったんだし!」 「燃えると辺境の奴らがうるさいのは知っているだろう! 気をつけろ! そもそも、我々の力は、山を軽々と砕けるほどの威力があるのだ! 今、私が加減しなかったらとんでもないことになっていたのだ!」 ギレスがそう説教するが、ダルシュはダルシュで大してギレスの言葉をきいていない風である。 「んなこといわれても、山を砕いたことないからわからねえんだよ。加減とか」 「加減ではない! 心がけだ!」 「ったく、精神論ばっかりうるせえなあ! 今のところは、奴らをどうにかすれば及第点だろ!」 ダルシュは、かったるくなったのか、急にそう告げてくる。ギレスは、一瞬絶句した。その隙をついて、ダルシュは大きく飛び上がる。 「お! なんだかんだいって、さっきのでもう一匹のびてたじゃないか!」 たしかにそうだ。彼らの眼下では、先ほどダルシュが相手をした竜がぐったりと伸びて森の中に落ちていた。 (狼人は恐らく大丈夫だろうが、あの下に仲間の男がいたらどうだとか考えないのか) ギレスは、そう思うが、幸か不幸か、例の目の細い男のいた場所ではなかったらしい。ダルシュはそんな心配もしていないらしく、明るく言った。 「よし! あと、一匹どうにかすればいいんだろ! 行くぜ!」 ダルシュはあらためて、のこった一匹に向かっていく。だが、ギレスは、どうせ勝つであろう下級の竜との戦いなどに、今は興味がなかった。 ギレスが考えているのは、ダルシュのことである。 (なんて乱暴な!) ギレスは、あきれると同時に軽い失望を感じる。 (素質はある。飲み込みも早い。おまけに、私の力と相性もよい) だが、とギレスは、今度はぽつりとつぶやいた。 『ここまで力に対して、適当な考えをもっているものはいかん!』 そもそも、元はといえば、自分が力を与える人間を探してくれ、と、ファルケンに頼んでいたはずだった。その時に、たしか、心優しくてマジメで心がけのよい、という言葉を付け加えて、竜の血を汲む戦士を探して来いといったはずだ。 なのに、完全にその辺の言葉が抜けているではないか。 『あの狼!』 そういえば、最初のころこそ落ち込んでいたからまじめそうだったが、何となくへらへらしたヤツではなかったか。そうでなくても、狼人には、話半分しかきいていないいい加減なヤツが多いのを、ギレスは改めて思い出した。 (狼なんぞに頼るのではなかった!) この勝負はそのうちにどうにかなるのだろうが、ギレスはその後のことをおもうと、ファルケンを恨みたい気持ちで一杯だった。 小刻みに息を切らしつつ、森の中を走っていたファルケンは、さすがに不審におもって立ち止まる。すでに随分進んできたようだった。 「あ、あれっ……はずれかな?」 ファルケンは息を整えつつ、きょろきょろと周りを見回して、少しだけ青ざめた。 「ま、まずい。やっぱり、賭け事では物事は解決しなかった……」 今から別方向に走っても無理である。そもそも、ファルケンは、彼がどこにいるのか、さっぱり見当もついていないのだから。 「……あ、あそこで諦めた方がよかったかな」 だとしたら、シャザーンがまだあの辺りにうろついていたかもしれないのに。とはいえ、今更言ったところで無駄な話である。ファルケンはため息をつき、眺めの前髪をかきやった。 「やっちゃったなあ。……どうしよう、上でギレスがなにかやってたみたいだけど、レックの様子を一度見てきたほうがいいかなあ」 というのも、彼がこの場所を見る限り、レナルのいる場所に戻るより、レックハルドの待っているはずの場所の方が近いのだ。大分、進んでしまったようだ。 「とりあえず、戻ろう」 少々落胆しつつ、ファルケンは、洞窟のある方向に足を進めようとした。 「まあ、少し待て」 割り込んできた声に、ファルケンはびくりとして顔を上げた。 「少々、おぬしに話があるのだよ」 すぐには姿は見えないが、しかし、その気配はわかった。反射的に剣を抜き、ファルケンは目をあたりにはしらせた。まだわからない。左、右、そしてもう一度中央に走らせたとき、その声の主は姿を現していた。 ゆるやかなローブのような服装に、どこか気のいいおっとりとした容貌。狼人としてはあまり背は高くない相手だが、ファルケンの顔は警戒に歪んだ。 三番目の司祭、タスラムだ。 「お前は……」 「まあまあ。そういきり立つでない」 タスラムはのんびりとした口調で話しかけた。 「だれも、こんなところで喧嘩をしようなどとは思っておらんよ。私は、おぬしと話がしたくてきただけなんだから」 だが、ファルケンは、まだ剣から手を離さない。その目に、いくらかの敵意と認め、タスラムは手を振った。 「まあ、収めろ。魔幻灯。私を信用しろ」 「なんで、あんたを信用しなきゃいけないんだよ? ……オ、オレは……」 「まあまあ、落ち着け」 大人しいファルケンにしては、反応が早いし、いやに早口だ。かなり興奮しているらしい。それもまあ予想できることだ。タスラムは軽くため息をついた。 「うむ、まあ、そりゃそうかもしれんが」 タスラムはさすがに苦笑した。 「さすがに、一度自分を死に追いやった連中を前にして、穏やかでいろというのは無理な話か。まあ、あのときはおぬしには悪いことをした。あの時は、私の首もかかっていたのでな……。とはいえ、おぬしはそれぐらいじゃ気がすまないだろうが」 当たり前だ、と言わんばかりの顔つきで、ファルケンは黙っている。それも当然の態度なので、タスラムは苦笑いするだけだ。 「そう警戒するな。この周りには、ちょっとした結界を張っている。結界の外には、我々の話し声も、ああついでに姿も見えないさ」 「……でも、それがあんたを信用する理由にはならないだろ」 「それはそうかもしれん。でも、おぬしには、この周りに他の司祭がいないことはわかるはずだ」 ファルケンは、黙った。それは間違いない。少なくとも、この司祭以外、何かの気配を感じることはなかった。 ファルケンはひとまず、剣はひくことにした。 「……い、今更なんのようなんだ」 ファルケンの声には、少し複雑そうなものが混じっていた。グレートマザーによって呪いは解かれたし、例の罪状も晴れたようなものだが、司祭たちにとって、自分は好ましからざる人物にほかならない。 多少前より周囲が騒がしくなったし、それに関わるつもりはいるが、せっかく平穏を取り戻したファルケンにとって、その生活を引き裂く可能性のある司祭は、いまだに恐い存在でもある。しかも、順番は三番目。何かに取り憑かれているとしか思えない一番目や穏健派の二番目はともかく、三番目の司祭は司祭の総意を代表することが多い。彼の一言で、辺境の中でどう受け取られているかがかわることもあるほどなのだ。 「はは、安心するがいいよ。少なくとも、私がいって命令をきくだろう司祭には、お前さんに手を出させない。もはや、昔のことであるし、そもそも、お前さんの罪など本来軽微なもの。あんなことで罰を与えた連中の方がどうかしておったのだな」 タスラムは一息ついた。 「あの時、さすがに止めに入ろうかと思ったのだが、私が止めれば、間違いなく一番目殿の逆鱗に触れる。それで、入ることはかなわなかった。まあ、あのときはすまぬことをした。許してくれ。なにせ、あのお方はおぬしを殺したくて仕方がなかったようでな」 「……またなんで?」 「それは私にもよくわからないが、まあ、お前さんが昔の古傷でも思い起こさせる顔をしているのかもしれんな。なんというか、そういう感じの執念を感じたものだから」 タスラムはさらりとそんなことをいう。さすがにそれ以上追求できず、ファルケンは、うーん、と唸って腕組みをした。 「……あんたのことはわかった。オレも、もう終わったこといっても仕方ないのもわかるよ。……だから、それはもういい。でも、それだけでオレを呼び止めたんじゃあないんだよな?」 ファルケンがそういうと、タスラムは、一瞬にやりとした。 「ほほほ、勘がいい。……それでは、単刀直入にいうが……」 タスラムは、ファルケンを見上げる。 「おぬし、シールコルスチェーンとして、何か知っていることがあるだろう? もちろん、私も司祭だからな、司祭連中の内情にはくわしいつもりだ」 にこりとタスラムは愛想のいい笑みを浮かべた。 「どうかね、魔幻灯。私とおぬしと情報を交換しつつ、手を組まないか? けして悪い取り引きとは思えないのだがな」 一覧 戻る 次へ このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。 |