辺境遊戯 第三部
第二章:竜魔問答−14
ファルケンは、少し考えた後、そうかもしれないなあ、と呟く。
「確かに、……オレ、半分辺境捨てた身なんだし、もしかしたらオレなんかが関わるのは、単に迷惑なことなのかもしれないけど……」
でも、とファルケンは静かに言った。
「どう言い訳したところで、オレが一枚この件に関わった事実は消せないよ」
ファルケンは静かに言った。
「で、でもなあ、お前……!」
レックハルドは、何となく心配そうに言った。ファルケンは、思い詰めると少々まっすぐに行きすぎてしまうことがある。前だってそうだったんじゃないか、と言いたげなレックハルドを見て、何を心配されているのか、ファルケンは十分わかっていたようだ。
「大丈夫だよ。だから、それはよくわかっているよ。それに、責任があるからだけで関わるってわけじゃあないんだ」
「どういう意味だ?」
レックハルドにきかれて、ファルケンは大きく頷いた。
「オレはどうなったって魔幻灯のファルケンで、結局の所狼人以外にはなれないし。色々あったけど、オレは結局辺境が嫌いにはなれなかったんだ。だから、その為に手を貸すぐらいはしたいな、と思ってるのは嘘じゃないんだよ。例え、オレに責任がなくったってね」
それに、と、ファルケンは続ける。
「司祭は、オレが例え世捨て人になってもこのまま放っておかないだろうし、……レックもなにかあるみたいだし。……それもあって、今回は辺境に来てみたんだ……。戦うなら戦うで、情報がないとだめだから……」
そこまで神妙というより、どこまで本気なのかわからないちょっと軽い口調で言っていたファルケンは、あっと声を上げた。というのは、レックハルドが、なにやら冷たい視線で彼を睨んでいたからである。
「あ、あの……」
「何か弁明があるなら今の内にいっとけ……」
静かながら、レックハルドの声はいつもより更に低い。ファルケンは、かしこまって恐る恐る声をかけた。
「も、もしかして、この話、レックにしてなかったっけ?」
「今頃気づいたのか!」
「いや、その……てっきり……行く前に言ってたかなあって……」
レックハルドは、やれやれとため息をついた。
「ったく、事前の相談もなしに、勝手に決めやがって! オレはなあ、辺境と今後関わるなんて一言もいってなかったんだぞ!」
レックハルドは、口を尖らせながら言った。まあ、どうせ、最初からそんなことだろうと思ってたんだがよ。頭をかきやりながら、そんなことを呟き、レックハルドは、急に大人しくなったファルケンを睨む。
「しかし、なんかオレも狙われてるし、落ちつかねえと商売どころじゃねえからな」
「そ、そういえば、そ、そうだったよな」
慌ててそんなことをいうファルケンは、冷や汗をぬぐいながらひきつった笑みを浮かべている。それも含めて、自分を連れてきた癖に、と思いながら、レックハルドはため息をついた。
「まあいい。どうせ、乗りかかった船だ。行き着く先がどこかしらんが、行くなら一緒に地獄までいってやるよ」
「そ、そうか! さ、さすがレックなんだなあ!」
これ以上レックハルドの機嫌を損ねないように気を遣ったのか、ファルケンは安堵の表情半分で、引きつった笑顔であはははと笑った。
「しかし、ファルケン。大丈夫なのか? 相手は司祭、いや、それを含めた色々なものなんだろう」
レナルが心配そうに言った。
「お前だけでどうにかなるのか」
「それは、どうかなあ。この前やられたし、そんな簡単には勝てないだろうけど……」
顎髭をなでつつ、そんな事を言うファルケンに、レックハルドは眉をひそめる。
「大丈夫なのか、お前。そんな楽観的な……」
「うーん、まあ、でもやってみないとわからないけど……。でも、何となく今なら……」
ファルケンは苦笑しながらそう呟いて、腕組みを解いた。
「わからないけど、まあ、大丈夫なんじゃないかなあっと」
「軽い! 軽いな、お前は!」
「そうかなあ」
何も考えていないような相棒の楽観的な言葉に、思わず頭を抱えるレックハルドに、ファルケンはこともなげに言った。
「まあ、別にいいけどな。横で悩まれると鬱陶しいし」
レックハルドは、小難しい顔で言いつつも、何となく納得しかねていた。本当に、これから先どうなるやら。賭け事好きのファルケンだが、最近、その生き方そのものが大きな博打のような気がしてならない。
まあ、結局の所、最終的にはソレに全面的に乗ってしまう自分もどうかしているのかもしれないのだが。
「ところで、あそこにいるのは誰だ?」
レナルが、思い出したように、向こう側に目を向けた。二人もつられてそちらをみる。
木のまわりを何人かの狼人が取り囲んで、あれこれ騒いでいた。その木の後ろにビュルガーがいるのは、別に予想するまでもないことだ。
「また、あいつか……」
問題の多いヤツだなあ、とレックハルドが呆れ気味に吐き捨てる。
人なつこいのと、好奇心の旺盛さでは度を超したところのあるレナルのチューレーンの狼人に楽しそうにわらわら囲まれ、何やら焦った様子のビュルガーは、木の陰にかくれつつ、珍しそうな狼人の視線をやりすごしていた。
ビュルガーも一応狼人である。ここずいぶんと辺境からは離れていたが、彼らの縄張り意識への敏感さはよく知っていた。勝手に入り込んだという自覚があるので、ビュルガーは、てっきり狼人が自分を追いだそうと取り囲んできたのだと間違えてパニックに陥っていた。
「こら、お前達! 取り囲んで虐めたらかわいそうだろう!」
その状況に気づいたレナルが声をかけると、狼人達はビュルガーから一旦視線を外して、レナルの方を見やった。
「だって、あまり見たことのない狼人だから珍しくて」
「ちょっと話をしてみたかっただけなんだよ、リャンティール」
「何か、オレ達の知らない事を知ってそうだし!」
口々に無邪気にいいながら、彼らはビュルガーを期待の眼差しで見やった。
「ファ、ファルケン、どうにかしてくれ!」
何となく好奇心の眼差しが恐いビュルガーが、ファルケンに助けを求めるが、ファルケンは案の定首など傾げている。
「なんで? 大丈夫だって。レナルのところのみんなは、死ぬほどおもてなししたり、徹夜で質問してきたりはするけど、取って食ったりしないから」
「それはそれでどうかだがな」
レックハルドが呆れながら呟く。そして、困惑気味のビュルガーをみやりながら、冷たくこういった。
「なんだ、あいつ、人間だけじゃなく狼人にも慣れてないのか?」
「まあ、レナルのとこの狼人は、ちょっと人懐っこすぎるとこはあるけど……」
ううむ、とファルケンは顎を撫でつつ腕組みをしてみる。
「……ビュルガーって、そういえば、オレが知ってる限り、外にでてなかったんだよな」
「あ、なるほど。つまり、久しぶりに外に出てきてみたので、時代への対応が出来てないってことかあ」
「そうかもしれないなあ」
「か、勝手に決めつけるなよっ!」
勝手に納得して頷いているレックハルドとファルケンに、ビュルガーは声をあげた。ちょっとぐらい助けてくれたっていいのに、なんという二人組だろう。ファルケンが明るくなってよかったとか言っていた自分を恨みたいような気分になりながら、ビュルガーはため息をついた。
「そういえば、ダルシュのヤツはどうなったんだっけ?」
ふと思い出したようにレックハルドが呟く。
「あれ、忘れたのか? ダルシュはソルが探しに行ってくれたんだよ」
「ああ、そういえばそうか」
「でも、遅いなあ。探しにいったほうがいいかい?」
さすがに心配しているのだろうか、とファルケンは思いながらそう申し出てみる。今なら、狼人もまわりにいることだし、レックハルドを置いていっても大丈夫だろう。だが、レックハルドの答えは冷たいものである。
「ああ、いいんじゃねえの? どうせ、急ぐ旅でもないんだし」
レックハルドはダルシュにはやっぱり冷淡だ。となると、本当にソルに頼んだのが、ダルシュの捜索だったことも忘れていたのではないだろうか。ファルケンは苦笑い気味だ。
「でも、本当に遅いなあ。ソルは……」
ソルという狼は、アレでかなり有能な狼である。狼でなくて人間だったら、きっと有能な役人になっていそうだし、狼人だったらリャンティールか司祭ぐらいにはなれそうだ。そのソルにしては、帰りが遅い。ソルか、ダルシュに何かあったのだろうか、とファルケンはふと考えてしまう。いや、ソル自身というより、ダルシュに何かあったかもしれない、と何となくファルケンの直感がそう告げた。
突然、ファルケンが空に目を走らせた。彼の表情の変化にレックハルドが気づいた直後、レナルやまわりの狼人の空気が変わる。その視線が一様に空に注がれているのをみて、レックハルドはその視線を追った。
空から聞こえてくるのは、何かの咆哮である。飛んでくるだろう大きな影が、何であるのかは、レックハルドにはおおよその予想がついていた。
背後で、狼人の好奇心から逃れたビュルガーが、思わず「シ、シーティアンマ」と呟いたのが聞こえていた。
森の中を走りながら、ソルは部下の狼たちに探させた情報によるポイントを目指していた。彼らに寄れば、そこに人間が一人入り込んでいるという。辺境に人は珍しいし、特徴からしてファルケンに依頼された人物がそれに違いない。
草の生い茂る森を駆けながら、ソルは森の中をずんずんと歩く人影をようやく見つけた。暗い森で、足下もけして安全とは言い難い。辺境に慣れていても、狼人の道案内なしに、あそこまで迷いなく歩けるのは珍しい。
それこそ、辺境になれているのか、自分を過信しているのか、自殺志願者なのか、のどれかでなければ、彼の歩き方は危険きわまる辺境での歩き方とは思えなかった。
ダルシュとかいう青年は、ちょうど木が集中して生えている林を抜けようとしていた。そこを出たところは、日当たりが少しよく開けた場所になっている。ソルが、声を掛けようとしたとき、ちょうどダルシュは足を止めた。
「ん? あれ?」
ダルシュは、ふと我に返ったようにきょとんとした。
比較的短いそろった草の生い茂る中、目の前に洞窟のようなものが見えている。入り口は苔むしているし、見える限りでもしっとりとした湿気を含んでいるだろうことは予想に難くない。
「あれっ、なんで、オレこんな所に……」
ダルシュは、立ち止まってようやく、首を傾げた。こんな所に来るつもりはなかったはずなのに、どうして真っ直ぐに進んできたら辿り着いてしまったのだろう。
「あれ、オレはあいつらを探して歩いていた筈なのに」
こんな所に辿り着いてしまったら、レックハルドやファルケンに会える筈もない。
「っかしいなあ。……ここに来れば、大丈夫だってオレの勘が言ってた気がするんだが」
自分の勘は、それほどアテにならないものだったのだろうか。ダルシュは、うーむ、と唸ってばさばさの髪の毛をかきやった。
「仕方ねえな。もう一回まっすぐに帰ってみよう……」
そういって、彼がきびすを返そうとしたとき、ふと声が響いた。
『待て……』
はっと、ダルシュは洞窟の方を見る。
『お前は、ここに用があるはずだ』
「だ、誰だ! お前!」
思わず声をあげ、身を翻して腰の剣に手をかける。森の緑に赤いマントがひときわ目立つ。急に場が静まりかえり、なぜか洞窟の奥のしずくが落ちる音が、甲高く響いた。
『恐れることはない……。私は、お前の敵ではない。もっとも、味方であるとも、まだ言い難いのだがな』
「ど、どういう意味だっ!」
声は静かで落ち着いていた。どこかで聞いたことがあるような気がしたが、すぐには思い出せない。
『まあ、落ち着くがよい』
静かに声は続けた。
『貴様は、狼に何か言われたはずだ。そう、貴様が強くなる為の試練とやらについて。さしずめ、私がその試練とやらなのだよ』