辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第三部 


第二章:竜魔問答−13


 狼人は本来好奇心が旺盛なのだが、レナルのグループの連中の好奇心の旺盛さはちょっと例を見ない。
 ファルケンにもレックハルドにも、半分涙を浮かべながら痛いぐらいの力でレナルが抱きついてきた後、まわりを取り囲んでいる狼人達が、彼らとの再会に普段から高いテンションを異常にあげるのは当然なことでもある。
 彼らにとっては、外部からの客は久しぶりでもあったらしく、わらわらと取り囲んで「ファルケンだ、ファルケンだ」「レックだ、レックだ」とか精一杯騒がれるだろうことも、予想できていたことでもある。だが、さすがのレックハルドも、少々油断をしていた。ファルケンに持たせていた荷物を地面に置いていたところ、そこから綺麗な色の布が顔を覗かせているのに特に目を留めなかったのだ。
 再会を喜び合った後、ファルケンとレナルが何か話し始めたのを見ていたレックハルドは、何やら物欲しげな視線を感じて、びくっと背をふるわせた。背後をみやると、二人の狼人が、レックハルドに何やら訴えかけるようにしながら見つめてきているのだ。
「な、なんだあ……?」
 とても嫌な予感がする。レックハルドは、唇を引きつらせて愛想笑いをうかべた。
「……な、何のようだ、お前達」
「レック、色々、外の世界のものをもってるんだろ?」
 にかっと狼人の一人が笑った。
「レック、その布なんだー」
「ファルケンにきいたことがある。レックは布売りだから、色んな綺麗な布を持ち歩いているんだって!」
「ということは、色々もってる」
「そういうことだよなっ!」
 顔を見合わせて、にっこりと笑った狼人達の様子は、先程であったタクシス狼の連中とよく似ていた。目をきらきら輝かせながら、期待に満ちた様子でレックハルドにそろそろと迫ってくる。思わず後ずさりしてしまいながら、レックハルドは、青くなった。
「なにが、そういうことだよなっ! だ!」
 レックハルドは不吉な予感をはね除けるように首を振った。布の価値が分かっているかどうかわからない、狼人に、無料で布をたかられるなど冗談ではない。
「布売りってのは、布をやるんじゃない、売るんだよ! お前ら、金もないのに布をもらおうとするな!」
「でも、オレ達とレックは、仲間じゃないか」
「オレはその赤い布が欲しいなあ」
「綺麗な布がいいなあ」
 二人ほどの狼人が、物欲しそうにレックハルドを見やっている。慌てて荷物を抱きしめ、レックハルドはじわじわとやってくる二人に警戒した。
「お、おい、お前ら! しっしっ! お前らにやるものなんて……」
「レックはとてもいい奴だとファルケンが言っていた」
「ということは、オレ達にその綺麗な布をくれるいい人だということで間違いない!」
「伝聞推定で断定するな! うおおお!」
 飛び掛かってきた一人目をかわして、レックハルドは荷物を守りながら後退する。迫る狼人は、布をねだりつつ飛び掛かってくる。慌ててレックハルドはファルケンの方を向こうとしたが、執拗な狼人達の攻撃に彼の方を向く暇もない。 
「おい、こら、ファルケン! どうにかしろ! っていうか、お前達、この盗人がーッ!」
 正真正銘の盗人だったレックハルドに盗人呼ばわりされるのも、あまりいい気がしないだろうが、陽気で無邪気な狼人達はそんなことを気にするはずもない。捕まったレックハルドは、狼人二人に絡まれながら、必死で商品を防衛していた。
「あ、相変わらずだなあ……、みんな」
 そんな様子をみやりつつ、助けるべきかどうか軽く迷いながらファルケンは呟く。
「まあな。あれ? いいのか、助けなくても……」
「うーん、レックが本気で嫌なら、もっと冷たい言い方してるだろうし……」
 ファルケンは、少し迷ってから苦笑していった。
「まあ、いいんじゃないのかなあ」
 当のレックハルドは、ファルケンが放置宣言をしたのを聞く余裕もないらしい。聞いていれば、そろばんの一つも飛んでこようかというところなのだろうが、それを知ってかファルケンもどことなくのんびりと構えていた。
 レナルはそんなファルケンの、以前より少しだけ大人びた表情を見やりながら、嘆息をついた。
「それにしても、見違えたぞ。他の狼人かと思ったぐらいだ」
「そうかな? いや、服装のせいもあると思うんだけどな」
 少々照れた様子で笑いながら、ファルケンはそう答える。確かに、落ち着いた色合いの東方風の服装は、何となくだが彼を凛々しく見せているのは確からしい。レックハルドと基本的に同じ服装なのだが、あまり揃いの印象もなければ、同じ雰囲気もない。あの服装をすると、途端商人風になるレックハルドとは違って、ファルケンはどことなく異国風の戦士に見える辺りも不思議と言えば不思議だった。
「そういえば、背もちょっと伸びたみたいだったし」
「ええっ! お前、まだ伸びてたのかよ!」
 近くに寄ってきていたせいか聞こえていたのか、レックハルドが口を挟んできたが、狼人がまだやってくるのでそれを避けるのに再び離れる。
「あれっ? ちょっと伸びたんだけどなあ。それでイェームの時気づかなかったんだと思ったけど……」
 元々とにかく背が高いファルケンなので、多少伸びたところでわからない。レックハルドは、そんな事をいういとまもない。
「それにしても、……よかったじゃないか。レックハルドもお前も無事で……」
 レナルがその様子をみて笑いながら言った。
「何があったかは知らないが、安心したぜ。それぐらい元気そうなら、俺が心配することはなさそうだな」
「ああ……ごめんよ」
 慌ててファルケンは、思い出したように頭を下げた。
「ごめんよ、レナル。もっと早く挨拶に来られればよかったんだけど……、オレは……」
 ファルケンは、髪の毛をかきやりながらため息をついた。
「いや」
 レナルは、穏やかに微笑んだ。
「いいんだ、別に話さなくてもいいんだよ。ただ、お前が無事にここにいるってだけでいいんだから」
 レナルは、ファルケンの立場が辺境でそれほどよくないことはわかっている。復帰したからといって、一度辺境に対しての大罪を犯した狼人を司祭達がすぐに認めるはずもない。以前、辺境を追放されていた彼だが、今は、それよりも立場が悪くなっているはずだ。彼が自分に気軽に会いに来られるわけもないのである。
「でも、どうしたんだ? さっき、オレ達を取り囲んだときに、何か血相変えてたけど……」
 ファルケンは怪訝そうに言った。
「そういやそうだな。侵入者を歓迎しがちのあんた達が、あれほど警戒しているとは……。何かあったのかよ?」
 絡む狼人から必死で商品を守って逃げながら、レックハルドがふと話に割り込んできた。レナルは、それにちらりと目を向け、ああ、と元気なく答える。
「今は、正直まずい状況なんだ」
「何か、人間ともめ事でも起こったのかい?」
 不安そうなファルケンに、レナルは首を振る。
「いや、人間じゃない。オレは、お前を見たとき、別のチューレーンの斥候がきたんじゃないかと思ったんだよ」
「ええ? 何かあったのか?」
 狼人の争いごとと言えば、まず狼人の縄張りを巡る抗争が考えられる。辺境を守るという使命のため、外部の人間などとは争うことはあるにはあるが、基本的に彼らは穏やかな性格をしていて争いごとを好まない。同族同士で争うのは、縄張り争いの時ぐらいのものである。だが、縄張り争いは、あくまで短期の争いで勝負がついてしまえば、あとは根に持ったりしないものだ。レナルが、そこまで警戒しなければならないほどの、縄張り争いが起きているとは考えがたい。
「ああ、実は……外周部のチューレーンの動きが変なんだよ」
 レナルは、ファルケンを一度みて、それから少々ためらいながら言った。
「考えられないことなんだがな、今、狼人のいくらかが辺境を荒らしているんだ。そして、そこから森が枯れ始めているんだよ。もっとも、外周部の兵隊階級の狼人の一部のしたことだから、上の連中はしらないみたいなんだが……」
 ファルケンは、一度瞬きした。レナルは目を伏せる。
「……普通の狼人はそんなことをしないもんだ。それに、他人の縄張りに入る時にも、気を遣うもんだしな。だが、それがないということは」
「何かの力で操られてるってことか?」
「……わからん。でも、可能性はある」
 レナルはため息混じりに答えた。
「……オレのせいだな?」
 ぽつりとファルケンが言った。
「封印を解いた影響で、妖魔の数も力も増大してるんだろ。……今頃になって、それが形になってあらわれてきてるんだな」
 ファルケンは、少し目を伏せた。
「オレの責任だよ――」
「お、お前のせいってワケじゃねえだろ!」
 慌てて話に入っていたレックハルドは、必死で守っていた布を離して思わずこちらに駆け寄ってきた。レックハルドが布を離したので、何枚かのものは狼人二人の手に渡る。小躍りしている二人の狼人をほうっておいて、彼はファルケンに言った。
「あの時は仕方なかったんじゃないか! レナルだって、お前を責めるつもりでいったんじゃ……」
「そうだぞ、ファルケン。悪いのはお前じゃないんだ」
 レナルも少々慌てて言ったが、ファルケンの方は、冷静だった。軽く首を振って微笑する。
「気をつかわせちまってごめんよ。でも、オレは大丈夫だから」
 彼は明るく笑って、そして顎をなでやった。
「大丈夫。今は、色んな事がわかるよ。昔みたいに無茶な事はしない。やるとしても、今度はちゃんと考えてやるよ、自分のできることをね」
 ファルケンはそう言って二人に目を向けた。
「だから、心配しないでくれよ。関わるにしたって、うまくやるさ……」
「でも、いいのか……。ファルケン」
 レナルは、そうっとファルケンの表情をうかがった。
「辺境も司祭も、結局お前を利用するだけして裏切ったんだぞ。いいのか、そんな辺境を今更助ける義理はお前にはないんだ。だから、責任を感じることなんて、お前にはないんだぞ」





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©akihiko wataragi