辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第三部 

 第一章:闇夜の竜王-28

パーサをピリスまでの乗り合い馬車に乗せて、レックハルドはそのまま元の場所に帰ってきた。
「あ、お帰りなさい」
 ロゥレンと話していたマリスが、こちらを見て微笑む。ダルシュとシェイザスは、今度はまた何かについて話し合っているようだった。久々に知り合いの顔が一通りそろっているのをみると、何となくホッとするものだ。
 ファルケンは、ようやくロゥレンに許してもらえたのか、あまり怯えずにそこに立っていたが、レックハルドの顔をみると駆け寄ってきた。
「あの子、どうだった?」
 ああ、と答え、レックハルドは笑いながら返す。
「なんだ。心配してるのか?」
「うーん、ほら、こんな後だから」
「まあ、できるなら、ピリスまで送ってってやればいいんだが、オレと一緒にいると余計危なさそうだしな」
 レックハルドは、でも、といって力強く答えた。
「大丈夫だよ。タンジスの所へ行くようにいっておいた。手紙も持たせたし、あのオヤジならなんとかしてくれるさ」
「そうだな」
 ファルケンはようやく安心したのか、そういって笑顔をのぞかせる。レックハルドは、微笑んで答えたが、すぐに表情をひきしめた。
「それはともかく、これからどうするかだ。のんびり、商売って感じでもねえしな」
 レックハルドはため息をついた。
「あの竜、どうしてオレを狙った? あれは偶然じゃねえよな? オレを狙ってたんだろ? ヒュートのせいか?」
 ファルケンは軽く髪の毛をかきやりながら答える。
「確かに、あのヒュートとかいう奴が呼んだって可能性もあるけど、でも、それだけじゃないかなあ。多分、なんかの原因はあるんだろうけど」
 ファルケンは一度瞬きして、レックハルドの方に目をやった。
「でも、あれで済むとは思えないよ。多分、また来るんじゃないかな。そういう予感がする」
 レックハルドは、やれやれとため息をついた。
「狼人の予感ってのは良く当たるからな……。ったく、面倒なもんに目をつけられちまったよな。大体、オレなんか食っても、骨しかないからうまくねえのに……」
「いや、レックの場合は食用として追っかけてるというより、なんか怨恨を抱かれてるぽい! うん、あれは間違いない!」
 いきなり断言されて、レックハルドは跳ね上がった。
「え、怨恨! オ、オレが何やったって言うんだよ!」
「それはオレもわかんないけどさ、レックって、何となく割と恨まれやすいような気がするから、知らない内になんかやったんじゃないかなあ? 心当たりありすぎないか?」
「う、うるさい! 生意気ぬかすなっ!」
 とはいえ、心当たりがありすぎるのは事実なので、くっと押さえつつ、レックハルドはファルケンをじっとりと見上げた。
「でも、お前が何とかするんだろ。お前、シールなんとかだっていってたじゃねえか」
「シールコルスチェーンは、妖魔を祓うのが役目なだけだから、正直、それ以外をどうこうする技術なんてしらないよ。特にあれは管轄外だもん。どうやったら倒せるかわかんないや」
 頼みの綱のファルケンが、実に軽い口調でそんなことをいうので、レックハルドは顔色を変えた。
「わ、わかんないやって…お前! じゃあ、どうするんだ! このままだとオレ、しょっちゅう追いかけられるじゃねえか!」
「うーん、逃げ切れれば問題ないよ。大丈夫! 最悪食べられなければ!」
「大丈夫なわけあるか! ヒュートには追いかけられるわ、化け物に追いかけられるわ、オレはどうすれば……!」
 レックハルドは、頭を抱えた。 
「確かに、あんなのに追いかけられたら、お仕事にもさし支えますね」
 マリスがおっとりと、しかし少し心配そうに言う。その言葉に我に返ったらしく、レックハルドは、ファルケンの胸ぐらを掴んだ。
「何とかしろーッ! このヒゲー!」
「そんな、何とかっていわれても、できないもんはできないし……」
 そういって、ファルケンはあることを思い出したらしい。
「……あ!」
 ハッとダルシュの方を見る。今まで、シェイザスと話していたダルシュは、いきなり視線を投げかけられびくりとした。その期待に満ち満ちた輝く目が何となく不吉だ。
「な、何だ?」
「もしかしたら、ダルシュならできるかも!」
 明るくいうファルケンに、一抹の危険を感じながら、ダルシュは不気味そうに彼を見た。
「ダルシュって、強くなれると嬉しいタイプだよな」
「ま、まあそうなんだが……なんだ?」
 それは、魅力のある言葉だ。ダルシュはここの所、自分の無力にいらだっていたし、もとより騎士の彼には、強いという言葉自体が最高の褒め言葉であって、永遠のあこがれでもある。それはそうなのだが、このファルケンの軽い口振りの裏に、なんだかとんでもない事がありそうな気がするのも確かだ。そんなに簡単についていってはいけない、と、本能的な者が引き留める。
 ダルシュは表情をひきつらせるが、ファルケンは、妙に陽気に言った。
「じゃあ、今度オレと一緒に森の中に行かないか? ……多分、ダルシュになら大丈夫だと思うんだ」
「そ、そこで何があるっていうんだ」
「剣があるんだよ」
 こともなげにファルケンは答える。
「それを取ってくることができたら、っていう事だけなんだ。ダルシュなら、簡単だよ」
(……なんか、嫌な予感がするな)
 ファルケンの口調があんまりに軽いので、レックハルドも何となく顔を引きつらせた。ファルケン自身がわざとそうしているかどうかはわからない。だが、レックハルドの経験上、ファルケンの軽口ほど恐ろしいものはないのだった。彼の「大丈夫だよ、軽いって」は「今から軽く地獄を見るかも」と同義なのだ。
「ほ、本当に、それだけで強くなれるのかよ」
「ああ、本当だよ」
 少しは疑っているダルシュだが、甘い言葉に誘われて、少しだけ好奇心をのぞかせる。
「大丈夫なんだよな?」
「大丈夫だって」
 うう、と唸ってから、ダルシュは、ちらりとファルケンの方を仰ぎ見る。
「本当にそれだけなら、……行ってみるかな」
(フッ、哀れな)
 よし、などとファルケンが、うなずいている横で、レックハルドは冷笑を浮かべた。このまま、地獄を見てくるがいい! と、宿敵の苦難に心の中で乾杯したところで、ふとファルケンの不吉な声が響いた。
「ということで、レックも一緒にいくよな!」
「は?」
 思わぬ言葉に、レックハルドは顔を引きつらせる。
「な、何だと? オレも一緒にいくのか?」
「だって、オレが辺境行ってる間に、レックのところに、今日みたいなのが集結してきたら危ないだろ?」
 それはそうだが、ファルケンと一緒に行くのも危ない。彼の顔に浮かぶ、裏のなさそうな笑顔が一番たちが悪い。本人も悪気がないので、もっともまずい。
「……で、でも、ほら、オレがいると、ダルシュと喧嘩して悪いだろう?」
「でも、留守中にレックが喰われたりしてたら、オレはどうすれば……」
「不吉なことぬかすな!」
 心底心配そうに言うだけに、余計に不吉だ。レックハルドは、唸った。どうやら他人の不幸をおもしろがっている場合でなかったようだ。すっかり巻き込まれている状態に、レックハルドはため息混じりに答えた。
「わかった! わかったよ! ……行けば、いいんだろ! 行けば!」
 レックハルドは、これから先に待っている艱難辛苦を思うと、何となく憂鬱になった。本当にファルケンがこういうときは、ろくな目にあわないのだから。





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©akihiko wataragi