辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第三部 

 第一章:闇夜の竜王-26


 ファルケンとロゥレンが二人で話している間、とはいえ、ロゥレンがいきなり怒り出したら、と心配するファルケンの為にマリスがついているので、実質三人で話している間、レックハルドは、少し離れたところで破壊された街を見回っていた。
 かつて見たことがあるはずの街は、知らない残骸に姿を変えていた。
 それにしても、こっぴどくやったものだとレックハルドは思う。とはいえ、ヒュルカの中心街の方は無傷らしいから、あまり商業には被害は及ばないだろう。崩れたのは、レックハルドが昔住んでいた旧市街の方だ。
(めちゃくちゃやっちまいやがってさ!)
 廃墟が多かったので人的被害はでていないようだが、それにしても、もとから崩れかけた建物だっただけに全壊の状態にまで破壊し尽くされていた。レックハルドを追いかけてきたせいもあるかもしれないが、もしかしたら、ヒュートが、あえてここを潰したのかも知れない。
 いい思い出があまりない街だったが、それでもレックハルドにも、この街に対する愛着のようなものは微かに残っていた。
「チッ、……覚えていろ、ヒュートの野郎!」
 あの、妖魔と手を結んで、ろくでもない力を身につけた、かつての幹部を思い、レックハルドは思わず歯を噛みしめた。
「レ、レック……ここにいたのか?」
 よれよれした声が聞こえて、レックハルドは振り返る。ふらふらのファルケンが、肩を落としながらやってきた。ようやく解放されたのか、妙にがたがたしながらファルケンは、倒れ込むようにそこに座り込んだ。
「もういいのかよ?」
「……話してたら、やっぱり途中で怒り出したから、マリスさんに逃がしてもらった……」
 げっそりとしているファルケンは、可哀想ながらかなり笑える姿だ。
「やっぱり、あいつだけは恐い。なんだか、思い出してはいけないことを思い出してしまいそうだ」
「なるほどねえ」
 笑いを噛み殺しながら、レックハルドは相づちを打った。
(まあ、あの小娘が、真相を知ったら、そりゃ怒るよな。とりあえず、心配損みたいな話だし。本人が見つからなかったということだけど、挨拶いってなかったし……)
 マリスが捕まえているという話だが、とりあえず、マリスに捕まっている間に、頭が冷える筈なので多少はファルケンの精神的負担も減るだろう。
 ふと、レックハルドは思い出したようにファルケンに訊いた。
「そういや、お前、パーサはどうした? 見つかったのか?」
「え? ああ、あの子……」
 ファルケンは顔をあげて、レックハルドの表情を見る。少しは心配なのか彼の顔は少し曇っていた。
「ダルシュとシェイザスに会ったんだ。それで、預けてきた」
「ええ? あいつらもここにいるのかよ!」
 レックハルドはそういってため息をつく。全く、懐かしい顔ぶれが一度に集まりすぎだ。
「あのさあ……レックが、その盗み方教えたってホントかい?」
 ファルケンが、ぼそりと訊いた。
「まぁ…なあ」
 レックハルドの顔に、少しだけ苦いものが走っていた。
「オレがパーサと会ったのは、こっちきてすぐだった。パーサはその時、まだこのくらいのガキでさ、……何となく可哀想な感じがしたんだよ」
 ぶっきらぼうにいいながら、レックハルドはため息をつく。
「こんな街じゃ、生き方なんてたかがしれてるわけで…、特に女の子はな…。だから、一人で生きる方法を教えてやりたかったんだよ。何だかんだで、パーサはオレに懐いてきやがったからな。オレにしても、見捨てるには不憫だし……それで……」
「そっか」
 ファルケンは、うなずいて、それから少しだけレックハルドを睨むように見上げた。
「……でも、さっきのアレは言い過ぎだと思う。あの子、ずっと泣いてたんだぞ」
「わ、わかってるよ! だから、オレだって気にして……!」
 そんな目で見るなよ! と言いたげにレックハルドは、言い放ったが、ふと彼の言葉はそこで止まった。向こうの瓦礫の方で、人の声が聞こえたからだ。
「な、なんだ……なんでこんなにからだがだるいんだ! なんで、こんな全力疾走した後、街三周長距離終わったぐらい疲れてるんだ、オレはっ!」
 やがてふらふらと歩いてくる男は、相変わらず派手な赤いマントを纏っている流れの戦士風の風体の男だった。 
「あ、ダルシュ」
「なーんだ、あいつ、まだ生きてたのかよ」
 レックハルドは冷たい様子でそう呟いて、顔を背けつつ肩をすくめた。ダルシュはまだ、何か納得できないらしく、ぶつぶつと一人文句を言っていた。
「しかも、なんで、オレは廃墟のど真ん中で寝てたんだ? おまけになんだ、この破壊されっぷりは!」
 街を見回し、ダルシュは改めて呆然とする。それもその筈で、ダルシュには、アレが入っていた時の全くない。彼が覚えているのは、何か体が重くなって、そのまま倒れ込んだことだけで、気がつくと大変な疲労感の中、廃墟のど真ん中で大の字になって寝ていたのだ。ふしぎに思うのも仕方がない。
 壊されて見る影もなくなったヒュルカの旧市街をみやっていたダルシュの視界に、見覚えのある男が入り込んできた。やっ、と軽く手を挙げたあまりにも陽気な姿に、何となく苛立ちを覚えないでもないが、相手はとにかくあかるくいった。
「やあ、ダルシュ、無事そうで何より!」
「いたー! やっぱ、夢じゃなかった!」
 改めて、驚いてダルシュは、慌てて駆け寄ってきた。にこにこしていたファルケンだが、いきなり胸ぐらをつかまれて、さすがに表情を固める。ダルシュの方は、かなりの形相でファルケンを睨んでいた。
「な、何か?」
 思わず苦笑いを浮かべながらそう訊いてみるファルケンに、ダルシュは訊いた。
「理由を話せ! なんでお前がここにいるんだ!」
「全部話すと無茶苦茶長くなるよ?」
「その長い話を聞いてやろうといってるんだ」
 ファルケンは、小首を傾げてうーむ、と唸る。そして、ぱちん、と手を打った。
「やっぱり、時間もったいないから、ダルシュの頭の中の想像で任せといたほうがいいよ。時は金なりっていうし!」
「貴様〜! 想像つかねえからきいてるんだろうが!」
「で、でも、ほら、オレがここにいるってことは、結局足して引いて元に戻ったようなもんだし。別にいいんじゃないかなあ?」
「そんなんで納得できるかあッ!」
 ファルケンを振り回しつつ、ダルシュはわけのわからなさにいらだつ。自分だけ意味がわからない状態ほど、気持ちの悪いことはない。まして、死んだはずの男が、目の前でへらへら軽くわらっているのだから、その理由をきく権利ぐらいあっていいはずだ。
「話したところでテメーの鳥頭じゃ理解できねえから、時間の無駄だ、無駄!」
 いきなり、トゲのある声が混じってきて、ダルシュは、ファルケンを離してそちらを見る。
「な、なんだ、てめえ、生きてたのか!」
 そこに立つ黒髪に鋭い目つきの痩せた商人の姿に、レックハルドが無事だった事への喜び三分に、意地が三分、先程言われた言葉に対する腹立ち四分の複雑な声を上げる。だが、レックハルドの方は相変わらずの辛辣な口調で、肩をすくめる。
「てめえこそまだ生きてたとはなあ。しばらくみねえ内に、また騎士らしい上品さがこそげ落ちたんじゃねえの?」
「何だあ!」
いきり立つダルシュに、慌ててファルケンが宥めにかかった。
「ま、まあまあ、折角久しぶりに会ったんだし、ここで喧嘩は……」
「何だ、狼! だいたいなあ、てめえが大本の原因だろうが!」
「あっ! なんだ、ファルケンのせいにすんな、この馬鹿騎士! てめえの頭がたりねえからだろうが!」
「なんだああ!」
 止めるファルケンを押しのけて、早速険悪な雰囲気になる二人をみやりながら、ファルケンは、懐かしさを感じる余裕もない。
「あああ、なんだか相変わらずすぎるなあ、この二人……」
 ファルケンは、どうやって止めたものか迷いながら、その内マリス辺りが出てきてくれるのが一番だなあ等と他力本願な事を考えていた。
 そして、彼らの喧嘩を治めるのが、実は今、確実に背後からひたひたをやってきている、争いを一番恐ろしく止めてくれそうなシェイザスだと言うことは、さすがに今のファルケンは知らないのだった。





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©akihiko wataragi