辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第三部 

 第一章:闇夜の竜王-25


がれきの前で、レックハルドはため息をついた。膠着する現状に対してのため息でもあるが、自分がやっていることがあまりにも子供じみているので、それに対してのため息でもある。
「ファルケン、出てこいって! なあ、オレももう疲れてんだから! 今日は何でもおごってやるから出てこいって!」
 レックハルドは、目の前にがれきの狭間に隠れているらしいファルケンにそう呼びかける。
 実は、ロゥレンを助けた後、いきなりがれきの狭間に駆け込んでしまって、未だに姿を現さないのだった。
「ファルケン、……なあ、大人しく出てきて、みんなでどこかの飯屋で肉でも食べようなあ。おごってやるからさあ」
 いい加減呼びかけるのも疲れてきた。レックハルドが、「おごる」などという彼らしくもない言葉を使うほどには、追いつめられていたわけである。レックハルドがぐったりとしてきた時、ふと、崩れかけの壁の間に大きな目が覗いた。
「……オ、オレをた、食べ物で釣ろうとしてるだろ、レック……」
 壁の間から顔半分だけ覗かせている大男は不気味だ。
「挙動不審だからやめろ」
 レックハルドは鋭くいいつつ、ようやく顔を見せた相方に対して、ため息をついた。
「お前。いまなら、狼人どうこう言う前に、怪しいってだけて捕まるぞ! 目立つ前に早くこいって!」
 言われて、仕方なさそうにファルケンは、おどおどしながらそろっと顔を覗かせた。
「だ、大丈夫? ロゥレン、いきなり泣き出したりしないかな?」
 あんまりな怯えようにレックハルドは、呆れてしまうが、ファルケンの方は本気らしい。
「泣き出したりしないだろ? 安心しろ。あのなあ、お前の方が年上なんだろ? もっと自信と威厳を……」
 ファルケンはとんでもないと言いたげに首を振った。心なしか青ざめた顔に、たらたらと冷や汗までかいている。
「オレ、あいつはダメなんだよ……。なんか、こう、声をきくと、こう何というか、逃げないといけないような、そういうキョウハクカンネンに捕らわれるんだ。おまけにこの状況だし……」
「……そんな潜在意識から怯えてるのか、お前は……」
 一体、あのロゥレンが子供の頃のファルケンをどういじめていたのが気になる。ロゥレンは恐らく遊びでいじめていたのだろうが、ファルケンの方はかなり傷が深そうだ。 
「うーん、なんか不憫になってきたが、時間がかかると逆効果だぞ」
「う、うう……わ、わかってるよ……」
 観念したようにため息をつき、ファルケンは肩をがっくり落としながら、とぼとぼと出てきた。
「大丈夫だろ? ほ、ほら、あの時出てきて司祭をばさっとやったときのお前は格好良かったし……」
「そうかなあ」
 しょげている様子のファルケンは、再びため息をついてばかりである。それを宥めすかしながら、ようやくロゥレンとマリスの待つ場所までひっぱってきたレックハルドは、先程ヒュートと対決した時とは別の疲労を感じていた。
「さ、ロゥレンちゃん」
 どうやら、こちらはこちらでマリスが説得していたらしい。マリスが、笑顔でロゥレンを向き直らせた。何となく元気のないロゥレンは、ファルケンを見上げるようにしたが、その表情は曇っている。とはいえ、元々、少し吊り目のロゥレンなので睨んでいるように見えたのかもしれない。
 その目と視線があったのか、ファルケンは肩をひきつらせて、慌ててレックハルドの背後に隠れた。といっても、体格的には圧倒的に大きいファルケンは、レックハルドの背に隠れられるはずもない。
「おおお、おいおい、オレの後ろに隠れても、お前隠れられないだろうが!」
「まずい…まずい…。あれは、かなりまずい……、ぜ、ぜ、絶対怒ってるよ……!」
 ファルケンはぶつぶつとそんなことをいいながら、傍目にも気の毒なほど真っ青になっている。恐怖を感じた動物は毛が逆立つとかいうが、それを思い起こさせるほどにファルケンは、怯えきっている。 
「いいじゃねえか。普通に話せば」
「だ、だめだよ! あれはそういう感じじゃ……」
「さっき化け物平気で蹴り飛ばしてた奴が小娘相手に恐がってるんじゃねえ」
「だ、だってあいつ色々恐いだろ! どうしようどうしよう…。何か悪いことが起きそうだ…」
「…う、うん、まあ、そ、そりゃその…。だーっ、鬱陶しい! 体半分小さい娘に本気で怯えるな! っつーか、オレに火の粉が降りかかるだろがよ!」
 レックハルドは、慌ててファルケンを前に突き出す。人でなし! と、ファルケンが叫んでいたような気がしたが、無視してとりあえずロゥレンの前に突きだした。
 ロゥレンは、無言で、表情も無表情だ。それがファルケンには怒っているように見えるのかもしれない。まっしろになったファルケンの表情は凍っていた。 
「し、心頭滅却すれば火もまた涼し……」
「何言ってるんだ、お前は……」
 ファルケンは、続けて何語かわからないおまじないをぶつぶつ唱えながら、恐る恐る前に出てきた。ロゥレンは、こちらを睨むように見ている。その碧の瞳の縁に涙がにじんでいるような気がして、ファルケンは、さらに戦々恐々とした。泣きわめく前のロゥレンは、大体こんな感じなのだ。
 ファルケンは、ぎこちなく微笑んだ。
「ひ、ひ、ひ、ひさしぶりだな、ロゥレン」
 真っ青なファルケンのぎこちない笑顔は、傍目から見ると気の毒を通り越して笑えるのだが、さすがにここで笑ったら後で呪われそうだ。レックハルドは、笑いを噛み殺しつつ、気の毒そうなふりをしながら様子を見やっていた。
「いや、あの、その、死んだとか色々あったけど、結局、こんな感じで元気だったりして、あのその……」
 ファルケンがたどたどしく話し始めたとき、いきなりロゥレンが抱きついてきた。それをなんだと取ったのか、それとも、単に緊張の糸が途切れただけなのか。ぎゃあああと、悲鳴を上げながら、ファルケンは思わず混乱気味に叫んだ。
「トルェファルシー!」
 続いて同じ意味らしい言葉を叫んだ。
「トルェファルシー! トルェファルシア、フェイチュア!」
 混乱気味に何か叫んでいるが、恐らく「ごめんなさい」とか、「すみません」とかそういった謝罪の言葉なのだろう。レックハルドはそう思いつつ、小さな小娘一人にあまりに怯えすぎな大男を冷めた目で見やっていた。
「あれ?」
 騒がれないので、ファルケンはきょとんとして抱きついてきたロゥレンを見た。
「あ、あの……ど、どうしたんだ?」
 恐る恐る訊きながら、これがもしフェイントだったらどうしよう、などと考える。
「怒らないの?」
 ロゥレンが小声でそう訊くので、ファルケンはさらに意味がわからなくなった。
「な、なんで? ……というか、寧ろ、それはオレの方がききたいような……」
 どうしてロゥレンがしょげているのか、正直、ファルケンにはよくわからない。いくら鈍いファルケンでも、この状況で悪いのが自分であることぐらいはわかる。「生きてるなら、さっさと出てきなさいよ!」とか、「騙したわね!」とか、騒がれると思いこんでいたのに、ロゥレンがあまりにも大人しいので、ファルケンは逆に焦っていた。
「もしかして、レックのことかい? もしかして、レックを焚きつけたとか、そういうこと?」
 ちらりとレックハルドの方に、助けて欲しそうな視線を送るが、レックハルドは冷たく手を振った。自分で何とかしろ、ということらしい。こういうときは本当に冷たい友達甲斐の全くない奴である。
「あ、あの、……オレは、その辺よくわかんないんだけどなあ。と、とりあえず、オレは、そんなことで怒ったりはしてないよ。レックも、一応大丈夫だったし」
 とりあえず、肩をやさしくつかんで引き離して、ファルケンは恐る恐るそう言った。
「本当に?」
 顔をあげたロゥレンは、涙に濡れた瞳を瞬かせる。
「うん。……オレは、怒ってないよ」
 ファルケンがそういうと、ようやくロゥレンは少しだけ笑った。安堵したファルケンは、ようやく息をついた。
「だから、ロゥレンがそんな泣いたりしなくていいからな」
「ホントに……」
 そう優しく言われて、逆にロゥレンの瞳には涙が次々に溜まってきた。溢れる感情をどうにもできず、ロゥレンはファルケンに抱きついた。
「生きてるのね! よかった! ホントに、あんたが死んじゃってたらどうしようって思ってたの! よかった!」
 抱きついたファルケンは、昔と変わらないファルケンだった。彼が死んだ所をみていないロゥレンにとっては、ただ彼が戻ってきただけのことだ。
「よかった! 本当に、よかった!」
 ロゥレンは、抱きついて、そう嬉しそうに言って泣き出した。抱きついたファルケンは、昔のまま、背が高くて温かい。そばで、ひたすら楽しそうにしているレックハルドに対しては、ムッとはするが、無事でいてくれて良かったと思う。あそこで何かあったら、きっと、ロゥレンはもうファルケンの前に現れることなどできなかった。
 結局、何事も起こらなかったのだと思うと、ロゥレンは、安堵のあまりに涙が止まらなくなりそうだった。
「あの、ロゥレン……」
 ロゥレンは返事を返さず、わあわあ泣きながら抱きついてくる。ファルケンはもてあまし気味にもう一度レックハルドの方を見る。
「な、なあ、レック……」
 ファルケンは、いかにも助けて欲しそうな視線をレックハルドに向けた。
「オレ、どうしたらいいんだ?」
「……オレに訊くな」
 やはり冷たいレックハルドは、どちらかというとおもしろがっている顔だ。冷たい相棒に落胆しつつ、ファルケンはため息をつく。 隣では、あらまあといいながら、マリスが平和そうに微笑むばかりだった。





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©akihiko wataragi