辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第三部 

 第一章:闇夜の竜王-24



 地上では、膠着状態が続いていた。異様な緊迫感の中、対峙しているのは、明るい服の娘と司祭といわれる狼人だ。
「司祭に手をふれるなっていってるのに!」
 何度言っても結局聞こえていなかったことと、状況に、泣きそうな顔をしながら、ロゥレンは、不安そうに下をみやっていた。司祭がいるかぎり、彼女が下に直接おりていくことはできない。いや、不可能というより、極力したくないし、そんなことをしても無意味なことがわかっているからである。
 辺境に住まうものにとって、力は絶対的なものだ。彼らには特に魔力と呼ばれる人間にはない力を重要視する。それは、この世のあらゆるものに作用する力で、精神との結びつきがつよいともされるので、余計そうなるのかもしれない。つまり、魔力の強弱が全てであるのだから、ロゥレンが出ていっても魔力で圧倒的に上回る司祭に勝てる筈もない。
「まったく、身の程知らずも大概にしなさいよ!」
 下にいるマリスを見ても、彼女の方は全くロゥレンの思いをくみ取ってくれるはずもない。マリスは、相変わらず司祭を見つめていた。
「あなた、誰? あたしはあなたを知らないわ」
 マリスは、警戒して剣を半分抜いている。その姿をみながら、アヴィトは明らかに動揺しているようだった。
(何を恐れている)
 ふと、アヴィトは首を振る。相手はただの人間で、おそらく彼の考えているものとは違う。
(どちらにしろ、消してしまえば問題はない)
 アヴィトは、右手をわずかに開いた。その指の先に、木の枝のトゲのような鋭い針があらわれる。マリスがそれに気づいたかどうかはわからない。さっと剣をぬいたマリスが、身の危険を感じたのは間違いない。
 ほとんど元通りになった太陽の光に、一瞬相手の右手がひらめいた。ハッとマリスは、身をかがめる。赤い髪の毛を掠るように、いくつかのトゲが飛んでいった。
 攻撃を避けたマリスは反射的に抜きはなった剣を叩きつける。ふっと体を消すように浮かせながら、その攻撃を避けながらアヴィト、正確には彼の中の妖魔は、安堵の表情を浮かべた。
 それは、思っていたような力を含んでいない。
(大丈夫だ。あの時とは違う)
 だが、それはわかっているにも関わらず、ある光景を思い出して内心不安がつきまとう。剣と弓矢を持ち、あの時、確かに赤い髪をしたものは立っていた。その後どうなったかを、彼ら古参の妖魔が忘れることはない。
『やはり、貴様は生かしては……』
 そう言いかけたが、アヴィトが握った木のトゲは飛ぶことはなかった。彼の目は、飛び込んできた黒っぽい服の男に向けられたのである。
「レックハルドさん!」
 マリスが、どこか安堵したような口調で彼の方を見て言った。それにうなずきながら、レックハルドは司祭を見る。顔をはっきり見たことがなかったが、背格好などに見覚えがあった。
「やっぱり、てめえか! 今までオレをこそこそ邪魔してただろ!」
 マリスの側まで駆け寄ってきてから、レックハルドは、武器らしい武器を全部使ってしまったことを思い出した。だが、ここでひくわけにもいかないし、マリスが絡んだ事の勢いでレックハルドはマリスの前に立ってアヴィトを見やる。
「しかも、マリスさんに! 折角ファルケンも戻ってきたんだ。あいつがいいっていうなら、テメエらへの恨みはチャラにしてやろうと思ってたが、やっぱり許せないぜ!」
 マリスの所まで駆けてきたレックハルドは、きっと相手を睨み付けた。その瞬間、なぜかアヴィトが幾分か萎縮したように見え、レックハルドは違和感を覚える。まさか、二人に増えたぐらいで司祭が人間である自分たちに怯えるはずがない。
(見間違いか?)
「レックハルドさん……」
 ふと、マリスに声を掛けられ、レックハルドは彼女が無事そうなのをみてホッと一息つく。
「遅くなってすみません」
「いえ、よかったわ。……でも……」
 マリスは、大きな目で前のアヴィトを見る。普段はあれほどのんびりしているマリスにもわかるほどに、アヴィトの殺気は異常だ。
「わかっています」
『またか! また、なのか!』
 ふと、アヴィトは震えるような声で言った。
『なぜ、貴様らが我々の邪魔をする!』
「いきなりそんなわけのわからねえこと言われても困るぜ!」
 そういうレックハルドの言葉も聞いていないのか、アヴィトは、叫ぶように言った。
『そうか! わかったぞ! すべて、貴様の計算の内だなァ! 昔からお前はそうだった! 我々を罠に掛けたのか!』
「な、なんだ?」
 ぎりっと視線をぶつけられて、レックハルドは少しびくりとする。明らかに自分に向いた敵意と、そのわけのわからない言葉にレックハルドは、不気味さを覚えた。
『昔からそうだった! 全てには貴様が絡んでいる! どういうことだ!』
「し、知らねえよ! オレにもわからねえことをきくんじゃねえ! 大体、恨むなら恨むでいいが、納得できる理由で恨め!」
『やかましい!』
 アヴィトの表情は、すっかり変わり果てていた。中の妖魔が滲みだしたように凶悪な表情の彼は、右手を前に差し出した。その手に、不気味な闇の塊のようなものが浮かび上がっていた。さすがにレックハルドも、思わず後ずさりする。アヴィトはそれを笑いながら見つめ、二人にそれをぶつけようとした。
 と、いきなりレックハルドの方が、注意を頭上にむけた。アヴィトは思わず後ろに注意をむける。と、同時に背後の頭上からまばゆい光が迫ってきた。避けきれず、背中に電気的な痺れと火花が走る。アヴィトはそれに思わずよろめいた。
「ロゥレン!」
 レックハルドが空を見上げて声を上げる。成り行きを見守っていたロゥレンは、どうやら見ていられなくなり手を出したらしい。
 だが、それがまずいことは、レックハルドにはすぐにわかった。所詮妖精のロゥレンの力は、司祭のアヴィトにはそれほど効果的なものでない。生半可な攻撃は、相手の神経を逆撫でするだけだ。逃げろ、と叫ぼうとしたとき、先にアヴィトが声ならぬ声を上げた。それは、狼人や人間の出すような声ではなく、まして司祭の使うものでもない。ただ、不気味な生き物ではないものの雄叫びのようだった。
 アヴィトは素早く空に浮かぶ小さな少女に目を向けた。
「こっ、この、妖精風情が!!」
 アヴィトの殺意は完全に、二人から空にいる小さな妖精へと向けられた。それに気づいて、ロゥレンは逃げようとするが、アヴィトはその時すでに後を追いかけている。
「ロゥレンちゃん!」
 マリスが後を追ったが、司祭はすでに空中に飛び上がっている。いや、それを司祭といっていいものかどうかはわからない。マリスの目にも、その背中に黒い影が揺らめいて見えるほどになっている。力のないマリスやレックハルドの目にそう見えるのだから、魔力に通じたロゥレンには、相手の醜悪な姿がそのまま見えていた。
 怒りに燃えた妖魔は、あまりに醜い姿をしていた。ロゥレンは、その場に縛り付けられたように動けなくなる。
「こ、来ないでっ!」
 やはり、目の前にいるモノは司祭ではない。ロゥレンは、その事実にも驚きながら、黒い醜悪なものが自分の前に広がるのを見た。
「きゃあああ!」
 ロゥレンが顔をかばった時、いきなりロゥレンの体が後ろに軽く突かれ、目の前に紺色のコートが踊った。顔を覆った手の間から、紺色の背中に緑混じりの金髪が流れるのが見えた。
「貴様あ!」
 声をあげる司祭と対称的に青年は無言で、構えていた刀をそのまま振り下ろした。司祭は、身をよじるがその剣を避けきるには足りない。肩から衝撃を受け、司祭は地面へと落下していった。
 響く悲鳴と同時に、ロゥレンは目を大きく見開いた。目の前で、飛び掛かってきた司祭を斬りはらったのは、狼人としてはやや精悍な顔立ちの若者だった。大きいがやや鋭い瞳の薄い透明な若葉色に映る輝きに、彼女は見忘れるはずもない青年の名を思い出す。
 司祭は、下に落ちながら途中でふらりと姿を消す。はためきながら紺色のコートがそれを追って地面へと下りていく。
「ファルケン……」
 ロゥレンは、ぽつりと久しぶりにみた彼の名前を呼んだ。
 ふわりと着地した狼人の青年は、彼女の見ていたファルケンであって、ファルケンではないようだった。彼女の知らない精悍な表情をしたまま、彼は司祭の消えた方を見ていた。


 
 ぽつぽつ、と垂れるしずくの音が耳に響いた。サライは、肩をそれに濡らしながらも、平気な様子で奥に進む。
 暗く湿った洞窟の中は、しっとりとした冷気に満たされていた。いや、冷たいのは、おそらく、この洞窟に主人が帰ってきているからでもあるのだろう。
「戻ったか、ギレス」
 サライは、暗い洞窟の奥に語りかける。漆黒の闇の中に、わずかに影が揺らめいていた。静まりかえる洞窟の中には、相変わらずしずくの音が耳障りなほどに響く。ライは腕を組み、ゆっくりとした声で訊いた。声がわずかに壁に響いている。
「久しぶりの娑婆はどうだったかな?」
『ああ……』
 ふと低い声が静かに響いた。
『やはり外の世界はいい。少々疲れたがな……』
 ため息をついたらしいギレスを見やり、サライは、そうだろうな、と言った。
「それにしても、……貴様、誰に乗り移ったのだ?」
 奥の影は、わずかに揺らめいて見えた。その奥に、実際は何がいるのかをサライは知っている。
「えらく相性のいいよりしろだったようではないか?」
『……の、ようだな。だが、これが精一杯だ』
 ギレスは疲れているらしく、その声には張りがない。疲れているだけではなく、もしかしたら、自分の同族の堕落具合に失望したのかもしれない。サライは、彼がその後のことを考えているのを知り、静かに続けた。
「しかし、あれで終わりはすまい」
『わかっている。……あやつらは、追い払っただけだ。また来るだろう』
「その時、……どうするつもりだ?」
 ギレスは、しばし沈黙した。そして、何か頭をもたげるような気配があった。
『狼は狼。竜を殺す術は知らぬ。……そして、私も今のままでは、やつらを押さえつけるのだけで精一杯』
「追い払うことしかできないなら、ずっといたちごっこだな」
 からかうようなサライの言葉に、ギレスはむっとしたようだった。わずかな光が、壁に竜の影を形作る。その漆黒の影は、かつての竜王の偉大な片鱗をそれだけでも覗かせていた。
『私をからかうつもりか? ……監視人、貴様はもうわかっているのだろう。私が次に何をするべきか』
 サライは、うっすらと微笑んだままで答えない。ギレスは、決意をこめた声で呟いた。
『そうだ。貴様が考えているように、誰か人に私の「本体」を委ね、そして、それの力を借りる他はない』
 サライは無言で目を伏せた。それが、彼の同意の意思表示でもあった。サライの視線の先に、先程揺らめいていた竜の影を形作るものはない。黒い漆黒の闇の中でも姿が認められるのは、それ自体がわずかに光っているからでもある。微量の光は、明らかに普通の自然の光とは違うようだった。
「時が来たというわけだな? 蛇の王よ」
 サライは、かつての竜王にむかってそういった。だが、その視線の先にあるのは、やはり竜の姿などではない。そんなものは、この洞窟にはそもそも存在していなかった。あるのは、もっと小さなものである。
 そこには、竜を模した細工のある、黒い美しい剣が、刃をむき出しにしたまま、岩の上に刺さっているばかりだった。





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©akihiko wataragi