辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第三部 

 第一章:闇夜の竜王-22


 しゃら、と髪の触れる音が妙に神秘的に聞こえる。パーサがうっすらと目を開けると、そこに人が立っていた。
「目が覚めたかしら……」
 目を開けてすぐに飛び込んできたのは、真っ黒な黒髪だった。わずかに光を取り戻し始めた太陽の逆光をあびていて最初は顔がはっきりしなかったが、それが美しい女であることはすぐにわかった。
「あ。あの……」 
 その顔があまりに綺麗だったので、パーサは一瞬自分がどうかなってしまったのだろうかと思った。美人を見たことがないわけではなかったが、こんな王宮にいるような美しい女を見たのは初めてだったのである。
「あ、あの、あたし、一体どこに……」
「大丈夫よ、ここはヒュルカの町中。あなた、気絶していたのよ?」
「えっ?」
 きょとんとして、慌ててパーサは起きあがり、まじまじと目の前の女を見た。自分より年上に見える若い女は、やはり彼女が見たこともないような美しく妖艶な顔立ちをしていた。落ち着いた暗めの服装と、艶やかな黒髪が彼女の神秘性を増しているようだった。
「こんな綺麗な人がいたから、どうかしたのかと思っちゃった」
「ま、綺麗だなんて」
 シェイザスはあからさまに嬉しそうな顔をして、急に態度を軟化させる。明らかに先ほどより優しい口調で、彼女はパーサに話しかけた。
「それよりも、大丈夫? 気分が悪いことはないかしら?」
「あ、ええ、それは大丈夫です。それより……」
 パーサは周りを見回して、びくりとする。それも当たり前のことで、見慣れた筈のヒュルカの街が、眠っている間に残骸と化していたからである。
「な、なんなの? これ……」
 ごちゃごちゃした旧市街だったが、がれきの山になってみると、さらにごちゃごちゃしていた。パーサが驚いて目をまるくしているのをみて、シェイザスはため息をつく。まさか、いきなり化け物が襲来してきて、街を破壊していったといっても、目で見なければ信用できないだろう。
 きょろきょろ周りを見ながら、驚いている様子のパーサだったが、ふと、あ、と声を上げた。
「あ、あれっ。そういえば、側になんかふさふさした感じの中身がちょっといい感じの男がいた気がするんだけど……」
 パーサはそういって少し不安そうに周りを見回した。確かに気絶する前に、その髪の毛が妙にふさふさした感じの、何となく俗世離れした男がいたような気がする。側にいたのが、この破壊の後で美女に代わっているのだから、あの青年がどうなったか、パーサはふいに心配になったのだ。
 なにやら着ぐるみのような言われようだ。笑いをこらえつつも、それが誰であるか簡単に特定できたシェイザスは、ああと呟いた。
「ああ、あの人なら大丈夫よ。大体、私はあの人からあなたを頼まれたんだから」
「えっ、でも……。あの人、大丈夫なのかしら? 街がこんなことになってるし」
「ああ、彼なら大丈夫じゃないかしら。あの人、案外しぶといみたいだから」
「そうなの? だったらよかった……」
 ほっと息をつき、パーサは改めて今までのことを思い出す。
 久しぶりに会ったレックハルド、それから、その彼の様子と掛けられた言葉。その相棒をつとめているらしい謎の優しい大柄な青年、そして、この綺麗な女性。それから、なぜか彼らとあった後で起こったこの街の破壊。
「レック……」
 向こうの方からあがる煙をみあげて、パーサはぽつりと呟いた。あの時、もう少しきちんと彼の意を汲んであげて、声をかければよかった。
 この後でもう一度レックハルドと、会うことはできるのだろうか? もし会えなかったら、この複雑な気持ちを引きずってしまうような気がして、パーサは何となくため息をついた。
 
 

 飛び込んできた影の正体を見るよりも先に、レックハルドは飛んできた声を聞いた。
「レック頭下げろ!」
 影と共に飛び込んできた声で、レックハルドは咄嗟に頭を下げた。目の端に銀色の冷たい光が入り、とたん、ビュッと凄まじい風音が近くでして、髪の毛に風圧がかかってきた。
「ひいっ!」
 髪の毛が掠れて飛ぶのは、レックハルドに自覚はなかったが、おおよその予想はついた。金属のぶつかる音がして、短剣を手放してしまいそうになったヒュートは慌てて飛びずさった。剣を構えた男は、レックハルドの前に入れ違いに着地した。顔を少しあげるだけでも、見慣れたその正体はすぐに知れる。
「ファルケン!」
 レックハルドは、前に立ちはだかるように現れた金色の髪の男に怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎! 何すんだ、てめえ!」
 ファルケンが来たという安堵感よりも、無茶苦茶な助け方をしたことへの非難が大きい。
「お前! もっとマシな飛び込み方は思いつかなかったのか! オレを殺す気か! てめえ、思いっきり髪の毛かすったじゃねえか!」
「あ!」
 ファルケンは慌てて振り返ってレックハルドを見て瞬きした。
「あれっ? そんなに近かった?」
「空間把握ぐらいちゃんとしろ!」
「だから、頭下げてっていったよ? あ、よかったよかった、大丈夫そうだな、レック!」
 ごまかすつもりがあるのかないのか、にっこりと安堵の表情で微笑むファルケンをみながら、レックハルドはひくっと唇をひきつらせた。
「せめて、無事かどうかぐらい訊けよ! 正直言うと、お前が飛び込んできたときに一番死んだと思ったわ!」
(あとでただじゃおかねえからなあ、この野郎ォ!)
 遊んでいる場合でもないので、レックハルドは思いの丈を一度飲み込み、ヒュートの方を向いた。
「ファルケン……」
「わかってる!」
 ファルケンは、穏やかな表情をひきしめて、相手を見る。黒い服の男は、余裕すらにじませた表情でこちらを睨め付けていた。
「ほう、お友達の登場か? ……なかなか出来た演出だな、レック!」
 肩がゆらりと揺れていた。あざ笑いの声を立てながら、ヒュートはやってきたファルケンを見やった。
「……あいつ……」
 ファルケンはぽつりと呟く。ヒュートのことは、どうにか覚えていたし、彼がレックハルドに賞金をかけたことも、イリンドゥの賭場で情報を聞き回ったときにつかんでいる。
「どういうわけか、あいつには短剣が突き刺さらなかった! それに、ファルケン、マリスさんが……」
 レックハルドは、ちらりと外に目を向ける。マリスと相手は先程とおなじ距離で対峙したまま動いていない。心配そうなレックハルドをちらりと横目で見て、ファルケンはうなずいた。
「わかってるよ。……でも、こっちもこっちで厄介な相手みたいだ。こっちをある程度どうにかしないと、マリスさんところへいっても、余計危ないだけかもしれない」
 ファルケンは、わずかに目を細めてヒュートを見た。
「何、どういうことだ?」
「レック、あいつの足下を……」
 素早くささやいたファルケンの声に従い、レックハルドは視線を下げてぎくりとする。魔幻灯がなければ、妖魔とそうでないものの違いはわからない。だが、足下の影を見れば、強い妖魔の気配はわかる。経験上、レックハルドもそのことを知っていた。
「よっ……妖魔!」
 顔を上げて、レックハルドはファルケンに訊いた。
「おい、どういうことだ? ヒュートはアレに取り憑かれてるってことか?」
「いや、……それが……」
「ようやく、正体に気づいたって訳か! あれこれいってたわりには、にぶいなあ、レック!」
 突然ヒュートが話に割ってはいってきた。レックハルドは、そのヒュートの愉悦の表情をみて、舌打ちした。その表情をみれば、ヒュートが自ら望んで、それを受け入れたことがわかる。
「まさかそこまで堕ちるとは思わなかったぜ! ヒュート! てめえ、自分でわかってて……!」
「さぁ、妖魔だかなんだかしらねえが、オレは力さえ手に入れりゃあそれでよかったんだ! 例え魂を売り飛ばしたって、それでオレは満足なんだよ!」
「チッ、どっかおかしいんじゃねえのか!」
「油断できないよ、レック!」
 ファルケンが、ふと注意を促すように鋭く警告した。
「あいつは、ただ、妖魔に取り憑かれてるだけじゃない。完全に妖魔に取り込まれてるというより、あいつが力を増大させてる感じがする……。妖魔と共存、してるんだな、アレは! そういう意味では取り込まれてるだけの司祭やシャザーンよりも厄介だ!」
「はははは、辺境の化け物どもと一緒にするんじゃねえ! あいつらは、過去に縛られ、過去にこだわってるだろうが。俺はあいつらとは違うぜ、あのスーシャーとかいったかな、あいつらとは」
 にやりとヒュートは笑う。ただの街のやくざの筈のヒュートが、いきなりそんなことを言い始めたので、レックハルドもファルケンも、さすがに驚いた様子だった。ヒュートは構わずにべらべらと喋る。
「俺は、いや、俺達は協力しあっているんだ。利害の一致というやつか? 利用されてるだけのあいつらと一緒にするなよ、なあ。利害って言葉の好きだったてめえにはわかるだろうが、レックハルド。てめえがそいつと利害で結びついているように、俺たちも利害で結びついているんだよ」
「誰が! てめえと一緒にするな!」
 レックハルドが、むっとしたのを見てヒュートはせせら笑った。
「意外だな、レック。てめえがそんなことをいうとは。そいつが死んだことにだって、てめえのいう利害は絡んでたんじゃねえのか?」
「な、何?」
 レックハルドはびくりとして顔をあげた。
「ど、どうして、てめえがそのことを知ってるんだ!」
「それだけじゃねえよ、俺にはわかるぜ。そいつが、一度死んだことも、てめえがどう辺境に関わってきたのかもだ。えらくいい気なもんだな、レック」
「妖魔と記憶まで共有してるんだな? それで、全部わかってるってわけかい?」
 ファルケンが口を挟む。それをみて、ヒュートはにやりとした。それは、肯定の意を含んでいる。





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©akihiko wataragi