辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
一覧 戻る 次へ

  
 


辺境遊戯 第三部 

 第一章:闇夜の竜王-8


「あら、お兄さん、これ素敵ねえ」
「でしょう? 奥様は、こちらもよくお似合いですので、これもおまけいたしますよ?」
街の市場(バザール)は、いつでも盛況である。その一角に敷物をひいて、二人は露店を開いていた。もみ手しながら、ターバンの青年は布をびらりと広げてみせる。この辺の人が好みそうな派手な色の綿織物だ。
「これは通気性も抜群ですし、今の季節に最高! これが、二つついてるなんて、他の店よりかなりお買い得ですよ!」
 まだ若い奥さんに、そう勧めながら、レックハルドは愛想笑いを満面に浮かべていた。普段の彼を知っていると、むしろ不気味なほどだが、レックハルドもそれほど必死だということだ。美辞麗句をべらべらと並べ立てながら、布を売り込んだレックハルドの熱意が通じたのか、奥さんは、結局布を二つとも買っていった。
 じゃらんと金の音を鳴らしながら、レックハルドは背後にいるファルケンを振り返って、少し危ない笑みを浮かべながら言った。
「見ろ! …これだよ! オレはこれがやりたかったんだよ!」
 レックハルドは、更に解放感にひたりながら芝居がかったような口調でうっとりという。
「やっぱり、商売はいいな…。こう、生きてるって感じがするぜ。金を指先で転がしたり、口一つでお客さんを騙し落とす時のあの快感…」
「騙すって………」
 ファルケンは後ろで苦笑いをしているが、レックハルドは気にしない。いや、すっかり楽しすぎて精神があっちの世界にとびかけているのだ。
「いいよなあ…。ああ、やっぱり、オレには、これが一番だよ」
 そんな事をいうレックハルドは、遊ぶより働く方が好きなのかもしれない。何か生き甲斐を見つけた表情の彼を見ながら、ファルケンは人はそれぞれだよなあなどと考えたりした。
 と、ふとレックハルドは我に返ったように後ろを向いた。
「なんだ、オレが仕事してるのに、お前、さっきからずっと日陰で休んでるなよなあ」
「だって、目立つのはまずいって言ったのレックだろ?」
 などというファルケンだが、木の下の日陰に入り込んで座っているファルケンはどこからどうみてもサボっているとしか思えない。
「お前、オレに働かせてサボタージュかよ…。いい加減働けよ」
「失礼な」
 呆れた目でみやると、ファルケンは心外そうに首を振って、手にしていた木のビーズで作ったアクセサリをじゃらりと持ち上げてにっこりわらう。
「ほら、オレも働いてるよ。今日は五つ作ったし!」
「てめえ、いい度胸してんな……!!」
 一瞬、そろばんを思いっきり投げつけてやろうかと思ったが、ファルケンは恐らく避ける。避けられたらそろばんの方が壊れる可能性がある。震える手をぐっと押さえ、レックハルドは、のんびりとしているファルケンを見た。
「でも、これ結構売れてるんだろ?」
「そりゃ結構売れてるけどよ、後ろで座られてると、無性に腹が立つ!」
「でも、目立つと……」
「ああ、わかった、そうだよ! 目立つと確かにやばい! だから、オレが気を利かせてやってんだ…!」
 ヤケ気味に言うレックハルドをのぞきながら、ファルケンは軽く首を傾げた。
「何怒ってるんだよ?」
「お前、本ッ当に、無神経になったよな……」
 怒りを通り越してむしろ呆れてしまったレックハルドは、肩を落として、ため息をついた。
「わかったわかった、もういい。後ろで適当に売れそうなもんでも作れよ。でも、髪の毛隠してたら、お前の場合わかんねえだろ? 気が向いたら手伝え」
「ああ、そうみたいだなあ〜。それに、結構これ快適だな」
 ファルケンは上機嫌で言って、頭にまいたオレンジのスカーフを指さした。レックハルドは疲れ果てたように、木の幹によりかかりながらぼそりといった。
「そう、最初から大人しくそうしてりゃ、そこそこはごまかせるんだよ」
 今日のファルケンは、髪の毛を隠しているし、メルヤーを落としていた。今回だけは命がかかっているのだ。ただでさえ目立つのに、狼人と商人の二人連れなどと騒がれたら、命がいくつあってもたりない。オレンジ色のスカーフを頭に巻いて髪の毛を大方隠してみた上で、メルヤーを落とせば、元々狼人にしては珍しい顔つきのファルケンは、そこまで一目で正体がばれるほどでもない。
 ここ数日で生えたまばらなあごの無精髭軽くなでながら、ファルケンはにっこりとわらった。口ひげを生やすのは嫌いらしいが、相変わらずあごは構わないらしい。その辺の価値観は、レックハルドには全然よくわからない。
「涼しいし、オレは日差しのきついのが苦手だから、これいいなあ。レックが頭巻いてるのってそういう理由だったんだよなあ、そういえば」
「お前だって、イェームの時やってたろ」
「あれは覆面の意味のが多かったし」
 まあ、涼しかったけどね。と、ファルケンは付け足し、オレンジ色の布をいじりながら笑って言う。
「でも、オレ結構これ気に入ったし、これからはこれ巻いて出ようかな」
「だと、オレもむしろ助かるよ。その方が、自然にみえるんじゃねーの? しかし、お前はそんなにオレンジの似合う奴だったとはねえ」
 レックハルドは、そういいながら軽く肩をすくめたが、ふと、ファルケンの右手にある紅い色の液体のはいった瓶をみた。
「ファルケン」
「え? なに?」
 レックハルドは、少し硬い表情だったが、急ににやりとして、不気味そうに彼を見上げるファルケンの右手の瓶を指さした。
「これ、酒だよな?」
「ひ、人聞きが悪い。仕事中に飲まないって!」
 声がうわずっている。多少ごかますようにはなったものの、ファルケンは未だに嘘をつくとき、怪しいのですぐわかる。
「ふーん、じゃあ、それは一体、何の飲み物だ?」
「これは葡萄ジュースだ!」
「そうか? なんか、ちょっと泡っぽいぞ。大丈夫なのか?」
「え、ええと…あの……」
 ファルケンは、目を泳がせて、そして不意に思いついたように言った。
「ちょ、ちょっと、発酵してるだけだから、気にすることないんだって!」
「それを酒と言うんだ! この酔いどれが!!」
帳簿で張り飛ばしたが、ファルケンは不満そうにレックハルドを見上げる。
「はたくなんて、ひどい! 大体、たまには飲んだっていいだろ? オレだって、一応稼ぎに貢献してるのに」
 妙に口答えするようになったファルケンである。前のようにぐだぐだ悩まれるよりは気が楽だが、ごまかしが利かなくなった分、ちょっと厄介だ。
「だからって、オレに黙って飲むなよ」
「レックに言ったら、そもそも酒を買うこと自体、止めるから」
「お前が飲み過ぎるからだろうが!」
「オレ酔うほど飲んでないよ」
 むっとしてレックハルドは思わずファルケンの胸ぐらを掴む。
「お前が酔う量ってどれぐらいだよ、このうわばみ!」
「酔う量はオレが酔った量だよ! 正直酔ったことないから、限界まで飲んでみないとわからねえんだ!」
「なんだ、その言い方は! オレを酒代で破産させる気か、貴様!」
 だんだん水掛け論になってきた。にらみ合う二人は、お互いの言い分をとおそうと、相手の隙を探る。
「レックハルドってのはお前か?」
 と、いきなり空しい言い合いに終止符を打ったのは、男の野太い声だった。レックハルドとファルケンは、お互いの言い合いを中断して、そうっと背後を覗きやる。そこには、五人ほどの男が立っていた。全員、いかにも危ない職業に従事してそうで、さらになかなかいかつい感じである。
 さっとレックハルドはファルケンの胸ぐらを掴んでいた手を離し、さっと品物を広げている前まで歩いていった。いつの間にか起きあがってきたファルケンも、そうっと横まで歩いてくる。
「そりゃ、レックハルドっていう名前はしていますが、あなた達の探してるレックハルドだっていう確証はありませんね」
 レックハルドは、品物をひろげた絨毯の前に出ると、男達と対峙した。
「この前、賭場を荒らしていったのはお前達だな?」
「はぁ? 何の話でしょう。大体人聞きが悪い。なにも、荒らしたかどうかもわからねえのに…」
 レックハルドはしゃあしゃあと言ってのけた。
「大体、あんなはした金でガタガタいうようじゃあ、大物にはなれねえんじゃねえの? 親分さんにそう伝えろよ」
「てめえっ! よくも…!」
 押さえきれなくなったらしい男がいきなり抜刀して斬りつけてきた。周りにいた他の店の者達が悲鳴をあげたが、レックハルドはさっと飛びずさってそれを悠々と避ける。同時に振り返りざま、彼は絨毯の後ろ側にいた相棒に声を掛けた。
「おい、ファルケン。行くぞ!」
「了解!」
 と、ファルケンは、敷物の両端を掴んで、片足を大きく蹴るようにあげた。実はファルケンは敷物の下に片足を半分入れていた。蹴られて敷物は空中に舞い上がるが、横を掴んでいるせいで積んでいた品物は、落ちずに巻き込まれる。ファルケンは、それをそのままぐるりと巻いて、肩に担いで走り出した。その先頭には、すでに他の荷物を担いだレックハルドの背中があった。
「ああっ!」
 ファルケンの存在と、そのいきなりの行動にびっくりした男達は、思わずそれを見てしまって反応が遅れた。その隙に、申し合わせたように息を合わせたレックハルドと荷物を担いだファルケンは、そのままひたすら逃げていく。
「待て! 逃がすなあ!!」
 男は手下に叫ぶと、自らも走り出す。だが、相手はヒュルカ一足が速いという噂すらあった俊足のレックハルドと、狼人のファルケンだ。そうそう追いつけるものではない。市場をあっという間に走り抜け、彼らは住宅街に迷い込んでいた。
「よーし、お前もなかなか要領つかんだじゃねえか! 即売そして即撤退。危険地域の商売はコレに限る!」
 レックハルドは、走りながら後ろに叫ぶ。
「でも、オレ達ただの布売りなのに、なんで命がけなんだよ、いつも。…武器商人ならまだしも」
「気にするな! 気にしたら負けだ!」
 レックハルドはそういって、とにかく走る。ファルケンは、仕方がないなあといって、懐に入っていた葡萄酒の瓶を空いた手にとった。それを一口ぐっとやると、ややほろ苦くて甘い味が、走って疲れた喉に染み渡る。そうすると、別に多少ハードなこんな生活でも、それなりに楽しいような気がした。少なくとも、イェームだった頃を思えば、今は幸せなのだ。この際、追われるのは、多少のスパイスだと思って楽しめばいい。
「まぁ、たまにはこういうのもいいか」
 ファルケンは、ひたすらに走りながらそう言って笑った。レックハルドは、にやりとして返す。
「そうだろ、たまにはいいんだ」
 ひとまず、ヒュルカである程度稼いだら、後はもっと安全な街で地道に稼げばいい。あともう少しだけ、稼ぐまではこの危険な街にいようと思うレックハルドだった。





一覧 戻る 次へ

このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。
©akihiko wataragi