辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
一覧 戻る 次へ

  
 


辺境遊戯 第三部 

 第一章:闇夜の竜王-5


 ヒュルカの外れの茂みの中、ようやくそこまで逃げてきて、レックハルドとファルケンは草の上に身を投げ出した。上には大きな木が三本立っていて、ちょうど下に影を落としている。涼しくて、なかなかいい場所だ。
「…ま、巻いたろ。さすがにここまでやっては来るまい!」
 ぜえぜえと息をしながらレックハルドは、それでも勢いよく断言する。
「だ、大丈夫か?」
「あ、安心しろ……。ここは昔、オレが何かと逃げ込んでた場所だ…。そんな目につくところじゃねえ…」
「そ、そうかそれはよかったけど……。し、死ぬ…。死んでしまう…! 空気が足りない…」
 徹夜明けの疾走は、さすがにこたえたらしく、ファルケンはばったり倒れこみ、もがいている。横で仰向けのレックハルドも、かなり目が怪しい。
「お、狼人の癖に……体力ない事言ってるんじゃねえ…。あぁぁ、明けの明星がオレの頭の上を…」
「レ、レック、今日は明けの明星は出てないよ! な、何の幻覚見てるんだ!」
 空を見上げていたファルケンは、目を回しているらしいレックハルドの危なげな様子を不安に思う。
 しばらく、ぶつぶついいながら寝転がっていると多少は回復したのか、その内レックハルドは、麻袋を開けてそうっと金を数え始めた。金貨なども混じっているが、それなりにまとまった量の紙幣もある。それを十枚ずつまとめて束にして数える。よこから手だけだして、寝転がったままファルケンも数え始めた。
「ひいふうみいよお……まあこれだけあればいい方か。とりあえず、それなりの布は買えそうだ…」
 積み上がった札束を数えだて、レックハルドは、ぱたりと手を地面におろす。ファルケンは眠そうな顔をしながら顔を上げた。
「もう大体足りるかな?」
「まぁ、ぎりぎりだが、これ以上やると締め出しくらうからな…。すでにヒュートに賞金かけられてるみてえなのに、この上、ヒュルカの暗黒街全体を敵に回すのだけはごめんだぜ」
 レックハルドはそういって数えた金をなおしこんだ。横でごろっとしているファルケンは苦笑いした。
「うーん、指名手配かあ。……なんか、オレ達犯罪者みたいだよなあ」
「この前、道を外れた…とかいってた奴が何をヘタレたことをいいやがる。すっかり、甘くなりやがって!」
 レックハルドは、寝返りをうった。
「なんていうか、イェームの時のお前は、こう迫力だけはあったのになあ。……今じゃすっかり元に戻っちゃって……」
「あれのがよかったか?」
「いいとか悪いとかそう言う問題じゃなく…。博打の時以外は、野生捨ててるよな、お前」
「そう、かなあ?」
「ああ。すっかりだらしのねえ奴になったよな。ちょっとは使える奴になったかと思ったのに、成長のない野郎…」
 レックハルドが唇をとがらせていう。
「そ、それは…悪かったけど……。でも、オレはこっちの方がいいよ」
 ファルケンはそう言って少しだけ笑った。
「無理したって結局痛い目見るだけなのはよくわかったし。…それに、オレはもともと、こういう生活の方があってるからな」
「ああ、そうかよ。使えねえ野郎だな」
 レックハルドは、冷たくそう言ったが、内心少しだけ安心もしていた。正直、ファルケンのことは少し心配だったのだが、この様子だと大丈夫のようだ。
 レックハルドはふうとため息をつく。
「しかし、これからますますヒュルカなんて歩けなくなったな……。路上歩いてるだけで叩き殺されそうだ、オレ。二つの組織から狙われてるなんて、ちょっとさすがに調子に乗りすぎたかな」
 そんなことをいいながら、レックハルドはちらりとファルケンを横目で見る。
「お前、今度は何とかしろよ! 今度はオレはお前をかばってる余裕がねえからな!」
 今度は、といったのは、まだファルケンが自分の正体を明かしてなかった時、レックハルドがヒュートに脅されたことを思い出してである。ヒュルカはカルヴァネスでも、かなり狼人に過敏な所である。街中で正体が割れれば、騒ぎになるのは目に見えているのだ。
「騒ぎになるのは嫌だけど…、まぁ仕方ないかなあ」
「大丈夫かよ? 特にヒュートだよ…。あいつは残酷な奴だからなあ。…もし見つかったら、冗談抜きで八つ裂きにされてしまう」
 ファルケンののんきな様子に不安になり、レックハルドは確かめるようにそう訊いた。ファルケンはやや心外そうな口調で言った。
「昔のオレと一緒にしないでくれよ。その点は大丈夫だって!」
 ほんの少しだけにやりとして、彼は自信を滲ませながら言った。
「騒ぎになるぐらい平気だし、いざとなればそれなりの実力行使は…」
「お、おい、一応いっておくが、やりすぎも問題だからな。程々に」
 物騒な言葉に、一応そういってくぎをさしておくと、ファルケンは苦笑いした。
「わかってるって。必要な時だけ、必要な方法を使うだけだからさ!」
 ふとレックハルドは、未来のファルケンを思い出す。狼人であることで責められたとき、彼はそれを逆手に取ってそれを策略にして余裕で切り抜けた。人のことは言えないと思いながらも、レックハルドは開き直りの効力を恐ろしいと思った。
「お前、ちょっと変わったな、やっぱり」
「え、えっ! そ、そうかな?」
 ファルケンが急に不安そうに訊いてきた。この前変わっていないといわれて、安心していたのに、やはりそうだったのか、というおびえが見て取れる。レックハルドは、鼻先で笑いながらいった。
「そんな顔するなよ。むしろ、前のお前よりいいんじゃねえか。オレも気を遣わずに喋れるようになったしな」
 というより、話がかみ合うようになった気がする。狼人は見かけと精神年齢が食い違う…と昔彼がいっていたが、おおよそそう言うことなのだろう。あの頃の彼はきっと本当にまだ子供だったのだろう。あの時の辛い経験は、よくもわるくも彼を成長させているのだろうとレックハルドは思う。だが、その成長故にファルケンは、不安で元の生活に戻ることを怯えていたに違いない。
「オレは多少毒舌返してくるぐらいの奴の方が気が楽なんだ。前みたいに気に病まれる方が、妙に堪えるからな」
「それだったらいいや…」
 ファルケンは心底ほっとしたような顔をして、目を閉じた。
「…な、なんだか異様に疲れた。オ、オレだけかな」
「あ、安心しろ。オレも身も心もボロボロって感じだ…。知らなかった…徹夜の博打と延々勝ち続けるってのは、体力いるんだな……」
「オレも…。勝って嬉しかったけど、ものすごく疲れたよ…。緊張感が続くって恐いんだな…」
 ああ、とレックハルドはため息をつく。そして、積み重ねた金を麻袋になおして手の下に置くと、大あくびをした。
「とっ、とりあえず……金もあるし、これで明日から商売に戻れそうな気がする……。そうであってくれ、もうサイコロはみたくねえ…」
「……オ、オレもそう思う。……しばらく賭け事はもういいよ…」
 この木陰は安心だ。おまけに一人ではないので、何かあってもどちらかがそれに対して最良の方法で切り抜けることができるだろう。
 徹夜の博打で疲れ果てた二人は、そのままばったりとそこで寝込んでしまった。
 木漏れ日が心地よい。草がこすれるわずかな音を拾いながら、二人は青空の下、夢路を辿っていった。





一覧 戻る 次へ

このページにしおりを挟む 背景:NOION様からお借りしました。
©akihiko wataragi