辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第二部 

エピローグ

 その日の朝は平穏な朝だった。今日もシレッキの街の仕立て屋のベーゼルは店を開けて、大きくあくびをした。日蝕が起ころうが何が起ころうが、基本的に彼の生活は変わらない。日蝕がおきれば客の入りが少なくなるぐらいだ。
「あーあ、昨日は日蝕でひどかったもんなあ。今日は金貨銀貨でうはーっとやりたいもんだぜ」
 そういいながら、ベーゼルがよっこいしょっと店の椅子に腰をかけたとき、いきなり飛び込んでくる男がいた。
「おい、ベーゼルのオヤジ!」
 朝の挨拶もなしに飛び込んできたのは、白いターバンの青年だ。その顔は見忘れることもなく、この前、いきなり様子がおかしいまま飛び出していったレックハルドである。思わず椅子から転げ落ちそうなほどびっくりしたベーゼルは、あわててバランスをとりながら、無礼な侵入者に声をかけた。
「うおっ、なんだ、久しぶりだな、レックハルド。何しにきやがった?」
 レックハルドは売り物の布に手をかけながら、尋問するようにいった。
「おい、この前に、オレ、お前に無茶苦茶いっぱい金やったし、布までくれてやったよな?」
「ああ、そうだったが、なんだ! かえさねえぜ! あれは全部つかっちまったし! 残ったのは売って小遣いにしたし!」
 レックハルドはわずかに眉をひそめた。そして、ちぇっと舌打ちをした後、肩をすくめる。
「ちっ、仕方ねえ。相変わらず強欲なオヤジだな、おい。……まあいい、その代わり、服をつくってくれよ」
「なんだ?」
 レックハルドのコートは昨日破れたままだ。一応補修はしていたようだが、砂漠を渡った後の服は、すでにボロボロになっている。
「お前のか?」
「ああ。いいだろ、そのぐらい。そのぐらいの金は渡したぜ?」
「ああ、もううるせえなあ! わかった! この前作ったとき、ついでに同じ寸法で作り置きしちまったからそれをもってけ!」
 そういって、ベーゼルは上着をばっと投げた。レックハルドはそれを受け取って、この前のものと同じであることに気づいて意外そうな顔をする。
「なんだよ、また何でつくりおきなんざ?」
「今度来たらよしみで売りつけてやろうと思ってたんだ。…お前がそう言う態度にでるとは思わなかったぜ」
 へへへ、とレックハルドは笑った。
「悪いね、オレもマゼルダの男なんだ。事、金に関しちゃ私情は挟まない主義なんだよ。ああ、でも、ついでにもう一着頼んでもいいか?」
「ちっ、どっちが強欲だよ」
 ベーゼルは不機嫌に言って、目の前にあった服を掴んだ。そして、それをレックハルドに投げつける。
「それもって帰れ」
「何? オレはまだ何も言ってないぜ」
「あー、うるせえなあ。言わなくても大体わかるってんだよ! いっておくが、布はそんなによくないからな! 勝手に持ってかえれってんだ!」
 ベーゼルはそうぶっきらぼうにいって椅子にどかっと座った。レックハルドは、首を傾げながら、その服を確かめて、そしてハッとした。



店の外側はテーブルが置かれていた。朝から既にだったが、そのテーブルだけ半分宴会状態になっている。テーブルの上には、羊肉をやいてソースを上からかけたものが置かれている。特産のブドウと、それからレックハルドの好物らしい焼いたチーズをかけた肉。それから香辛料のきつい匂いがする。
 あそこから一番近いのはやはりシレッキの街だ。そんなわけで、彼らは朝からシレッキに来ていた。レックハルドが朝食後にどこかに走っていってからも、マリスとファルケンは相変わらずテーブルにいる。食べていると言うよりは、談笑している方が多く、更にファルケンに至っては、実は酒を飲んでいる回数の方が多い。
「ファルケンさん、これも召し上がります?」
 マリスがにこにこ笑いながら、ファルケンに肉をとりわけてやっている。どうやら二人が仲直りしたらしいことと、二人ともが吹っ切れた様子に何より安堵しているのはマリスだった。ほっとした様子で彼女はファルケンにそれを差し上げる。
「ありがとう、マリスさん」
 えへへ、と笑いながらファルケンもかなり上機嫌である。それはそうかもしれない。彼はあの時からずっと、こんな風に食卓を囲むことも、こんな気持ちで食事をすることもなかったわけである。
 と、マリスは、ふと首を傾げた。
「そういえば、最近ロゥレンちゃんをみないんです。大丈夫かしら? 遊びに行ってもいないみたいで」
「ロゥレン?」
 訊かれてファルケンも困る。砂漠にいるファルケンにロゥレンの居場所をきいても仕方がない。うーん、と唸った後、ファルケンはマリスの方に目を向けて応えた。
「そうだな、じゃあ、今度一緒に探しに行こう。あいつのいるところは意外に予想がつくんだ」
「そうなんですか。それじゃ、きっとロゥレンちゃんに会えるわね」
「ああ、大丈夫だよ!」
 無責任に返事をしたファルケンはそう言って羊肉を一口口に入れる。と、向こうの方からレックハルドの姿が見えた。
「あら、レックハルドさんが戻ってきたみたいね」
「あっ、本当だ。どこいってたのかな」
 ファルケンとマリスが首を傾げながらも手を振っている内に、レックハルドは早足で戻ってきた。何となく機嫌が悪いらしく、あまりその顔は晴れやかでもない。ファルケンは怪訝そうにレックハルドを見た。大体、マリスと一緒にいるのにレックハルドがそんな表情でいるのは珍しいからだ。
 そして、彼はまさかその機嫌の悪い原因が自分にあるなどとはゆめゆめ思っていない。
「おかえりなさい、レックハルドさん」
 マリスがその雰囲気に気づかず笑顔で挨拶をすると、レックハルドはにっこり笑って挨拶し返す。
「いや、すみません。野暮用がありまして」
「いえ、いいんですよ。レックハルドさんも食べてくださいね」
「ええ。ありがとうございます〜」
 上機嫌にそう言う。マリスの笑顔を眺めていられるのは、レックハルドとしてはこれ以上ない幸せな瞬間でもある。と、彼の目が一瞬ファルケンに向けられた。マリスの時とは違う厳しい光に、ファルケンは思わず食事の手をゆるめた。
「な、なんか用?」
「ファルケンくん、ちょっと」
 レックハルドは軽く手招きした。ファルケンが椅子を立って歩いていくと、レックハルドはちょいちょいと手招きをしている。それにしたがってそっと近づいてみると、彼は不機嫌そうな顔で言った。
「お前はいいよな、マリスさんと二人で幸せそうにしやがって!」
「そんなんじゃないよ。ただ、レックがいなかったから」
「あー、もういい。それは確かにオレが留守したのが悪い。わかってるよ。…でも……」
 レックハルドはちらりとテーブルの上の食べ物を見た。レックハルドが行く前とメニューが少し違ってきている。また追加で頼んだのかも知れない。
「お前、いくら何でも食い過ぎだろ?」
「なにが? レックも相当食べてたし、いいかなと」
「それよりも、この空になった入れ物は何かな? お前、真っ昼間だってえのに酒も相当入ってるよな」
 足下の酒瓶を拾ったレックハルドに詰め寄られ、ファルケンは思わず苦笑いを浮かべた。
「よ、酔ってないからいいかなと」
「アホかーっ!」
 レックハルドはファルケンの胸ぐらをつかんで振り回した。
「お前みてえなウワバミが酔うわけないだろが! 酔わなければどれだけでも飲んでいいと思うな!」
「そんなことは…。ただ、目の前にあるとどうしても手が出るだけで…!」
「マリスさんにおごらせてるって事をどうして考えてないんだ! お前は!」
「だ、だって、マリスさんが、どれだけ飲み食いしてもいいって…」
 まだそんなことをいうファルケンに、レックハルドはそろそろ腹が立ってきた。きっと睨みながら、彼は小声で言った。
「……そもそもお前がオレにおごるって約束だっただろ」
「いや、その、まさか財布が空だなんて知らなくて…」
 ファルケンは苦し紛れに笑いながらそのままごまかそうとした。
「なんで、一銭も持ってないんだ? …お前は持ってるはずじゃねえのかよ?」
「あっ、そ、それは――。砂漠に行く前の、じょ、情報収集のための基本費用と食料と水で使ったというか――」
 まさか情報収集をかねた博打に全額つぎ込んだなどとはいえない。負けた額も言えないし、勝った分は全部情報代として突きだしてしまったとも言えない。それが思わぬ大金だったことを後で知ったことも言えない。そんなことをレックハルドにいったら血を見かねない。
 レックハルドは、襟から手を離した。
「…ったく、仕方ねえ。しかも、お前、どっかで酒覚えてきたな。前、苦いから嫌いだとか言ってたのはどこのどいつだ」
「い、いや、その、ははは〜。人間慣れって奴かなって」
頭に手をやりながらごまかすように笑う狼人を見て、レックハルドは軽く疲れた表情をした。そして、手に持っていたものをファルケンに投げつけた。持っていた布は空中で広がって、ファルケンの頭の上にばさりと落ちてきた。
「な、何するんだよ?」
 折角一杯やっていたのを邪魔されてかやや不機嫌にいい、ファルケンはその布きれを確かめる。そして、あっと声をあげた。
「そんなみっともない格好でうろつくなよ。こっちが恥ずかしいんだ!」
レックハルドは、ぶっきらぼうに言い捨てたが、ファルケンの方はそれを広げてうれしそうにいった。
「あっ、これ! あの時の奴だろ! これと同じ服だよなっ!」
「はしゃいでんじゃねーよ、恥ずかしい奴だぜ。ついでに取ってきたんだ。いっとくけど、オレは金払ってないぞ。あいつから巻き上げてきただけで……」
 だが、ファルケンは話をろくすっぽきいていない。目を輝かせて、それを振り回している。
「ありがとう! 本当は新しいのが欲しかったんだ」
「…というより、あの格好で歩き回るな。…ホント、こんな色あせたの着るなよ」
「だからいってるじゃないか。あれは、過去に関わる大切なものだったからさあ!」
 ファルケンはそれを広げて嬉しそうに言った。すっかり色あせて薄紫になっていたコートを脱ぐと、早速それに着替えている。しかも、思ったよりよく似合っている。色あせたものよりは、やはり濃い紺の方がファルケンにはよくあっていた。
 レックハルドは、側に置いてあった魔幻灯をみながらそれを手に取る。火を入れたままにしていたらしく、ガラスの中でまだ火はわずかに揺れながら燃えていた。
「ほら」
 それをさしだしながら、レックハルドはぶっきらぼうに言った。
「あと、これもお前が持ってろ。…オレが持つもんじゃねえしな。大体重たいんだよ」
 ファルケンは意外な顔をした。一度やったものだからといいたげでもある。
「えっ、いいのか? でも……」
「元のファルケンに戻るんだろ。だったら、これがないとしまらねえからな。魔幻灯も持ってないのに魔幻灯とは言えないだろ」
「う、まあ、それはそうだよな。じゃあ、返してもらうよ」
 レックハルドはそのまま魔幻灯を差し出した。と、渡すときに炎をすかしてファルケンの姿が見えた。だが、それはもう黒い異形ではなく、そのままのファルケンだった。
(もしかして……)
 レックハルドはふと思った。
(あの時、こいつが妖魔に見えたのは……こいつが復讐心で我を失いかけていたからか?)
 あるいは、彼自身が本当に妖魔になりかかっていたのかもしれない。あの時のイェームが、ファルケンと結びつかなかったのは、彼自身がファルケンとは明らかに異質だったからもある。あの時イェームの全身から立ち上っていた黒い気配は、今、ファルケンには全く感じられなかった。
「どうしたんだ? レック?」
「ああ、いやっ、なんでもねえよ」
 レックハルドは笑ってごまかした。ファルケンは自分が妖魔になりかけていたことを多分知らないだろう。復讐が彼の心をそんなにむしばんでいたとは思わなかった。
「ほら、持っていけ!」
 レックハルドは魔幻灯を渡した。ファルケンはうれしそうにそれを受け取ると、あっと声を上げた。そして、麻袋から何かを取り出すと自慢げにそれを見せた。
「あっ、それ!」
 レックハルドは声を上げる。それは赤いビーズで作られた首飾りだった。かなり細かい細工があり、きれいな模様になっている。そして、装飾過多ではないかというほど派手だった。その先のストラップに例の狼の金貨が取り付けられている。
「この金貨、よくなくしてたから、あれとマリスさんからさっきもらったビーズで、首飾り作ったんだぜ。だったらもうなくさないだろ! どうかな」
「お前、いつか言おうと思ってたんだが、案外じゃらじゃらしたの好きだよな。目立たないでおこうとかいいながら、趣味がはでなんじゃねえの? なんだ、無茶苦茶派手なもんつくりやがって…ん!?」
よく見るとその首飾りに見覚えがあった。あの泉の向こうの狼人が、こんな首飾りをじゃらじゃらつけて、その先に金貨をつるしていた。幾分か老成したような口振りと、そして全てを見通したいい方。そのからくりが、レックハルドには全部分かったような気がした。
 ――オレは信じてたぜ…。あんたがこの結末にいきつくことを……。
 ふとあのファルケンの声が聞こえた気がした。彼が、にやっとしてやったりと微笑むのが思い出されて、レックハルドは苦い笑みを浮かべる。
 またしてやられた――。色んな意味で、ファルケンには騙されっぱなしだ。人を騙す自信はあるし、嘘を見抜く自信もある。だが、あの男の嘘は見抜けない。どうしようもねえなあ、とレックハルドは笑った。
(ちぇっ。気にくわねえなあ。お前、全部知ってやがったのか……)
ふと、ファルケンの脳天気な声が耳に入り、レックハルドは感傷的な気持ちから現実に引き戻された。
「ああ、そうそう! この前守護輪割ったんだよな?」
 割ったと言われてレックハルドはムッとした。あれは司祭に割られたのであって、自分がやったわけではない。
「オレが悪いみたいないい方するなよ! あれは〜!」
 まぁまぁ、とファルケンは適当にあしらいながら、青い石で作った守護輪をかレックハルドに投げて渡した。
「やっぱり、それが無いと色々危ないもんな。それは新しい方だ。今度はバランスもいいし、作り完璧だぜ!」
「お前、……無神経さに磨きがかかってないか……」
 話を完全に無視されて、レックハルドは呆然と呟いたが、やはりファルケンはきいていなかった。くるりと振り返ってマリスの方に赤い石の守護輪を持っていこうとしている。
「あ、マリスさんにも作り直したんだよ。今度はいいやつに。だから、これを…」
 レックハルドは慌てて走っていってそれを押しとどめ、小声でファルケンにささやく。
「待て待て! オレの前で簡単にそんなことするなよ! プレゼントが何もないオレの立場はどうなる!」
「え? なんかまずいことした?」
「いろいろな……」
 レックハルドは額に手を置いた。こういうところは本当に変わっていない。頭が痛くなりそうだ。
「あ、それで思い出したんですが!」
 マリスが急にぽんと手を叩き、げんなりしていたレックハルドはマリスの方に目を向けた。マリスは、財布の中から大切に布で包んで置いた何かをそうっと取り出した。
「これ…」
 レックハルドはその中のものをみて、顔色を変えた。そこにあるのは、一枚の金貨である。もちろん、彼が預かってくれといって渡したものだ。女神が描かれているそれは、草原の民にとっては求婚の象徴でもある。
「あ、ああ、いや、それは――」
 レックハルドは大慌てして、思わずひっくりかえりそうなほど焦った。すっかり忘れていた。あの時は、死ぬかも知れないから渡していったのだが、生きて帰ってきたときの対処を考えておかなかったのである。マリスの性格からすれば「預かった」ものなら、必ず「返して」くれるはずだった。
 金貨を突っ返されると言うことは、他の風習で行くと婚約指輪を返されるのと同じような意味があるのである。
「これ、預かっていたんですが、レックハルドさんにお返しした方がいいですよね?」
「あ、あああ、いやあ、それは……」
 うまい言い訳が思いつかず、レックハルドは混乱しはじめた頭を必死に回転させる。普段はあれほど余計な対処まで思い浮かぶのに、どうして考えておかなかったのか。レックハルドは自分を呪った。
「あ、それ金貨じゃないか」
 横から不吉な声がした。レックハルドは、嫌な予感にさっと青くなる。親切顔のファルケンは、マリスの金貨を見ると無邪気にこう言いかける。
「それは二枚目の金貨なんだな、きっと。オレは三枚目だけど、それは二枚目だ。間違いないよ」
「二枚目?」
 マリスが尋ねると、ファルケンは大きくうなずいた。
「そうそう。二枚目を渡されるって事はね、レックはマリスさんが――」
「わああああ、言うなーー!」
 彼を地獄に突き落とそうとする無邪気な親友の新品のコートを思わずひっつかんで下がらせる。
「え? 何が?」
「いいから、いいからお前はいいの。解説はいいの」
 解説しようとするファルケンを押しとどめ、レックハルドは乾いた笑みをうかべながら言った。
「いや、それが、その…、オレ達、まだもう少し旅に出たりするし、もう少しだけ預かってくれませんか? なくしそうで恐くって、ははっはははは」
 マリスはわずかに首を傾げたが、やはり疑うことなくにっこりと微笑んだ。
「そうですか? じゃあ、また預からせてもらいます」
「はーい、お願いします」
 マリスに笑顔を見せた後、レックハルドは振り返って鬼の形相でファルケンの方を見た。思わずびくうっとして、ファルケンは一歩後ずさる。続いて、レックハルドはファルケンにしか聞こえないような、しかし低くて恐ろしい声でこう呟いた。
「絶対言うな…言ったら地獄の果てに突っ返してやる。……今度言ったら絶交だ……いいな!」
「な、なんだよ…。悪い事じゃないのに」
人助けのつもりだったファルケンは不服そうな顔をしている。レックハルドは、小声で彼に抗議した。
「なんでお前はそうデリカシーがないんだよ! オレがここのところずーっと暖めてきた思いだがな、下手すれば一発で散るんだぞ!」
「うまくいくことだってあるのに? 落差が大きい方が賭け事は面白いよ? ずがーっともうけてずがーっと失うのが賭けの醍醐味じゃないのか?」
 けろっとしてとんでもないことを言うファルケンは、別に悪気があるわけでもなさそうだ。
「おのれはどこで賭け事まで! …オレはお前と違って、大きい賭にはのらないの!」
「そ、そうだっけ? レックって商売は賭け事だって昔……」
「商売とオレの人生を一緒にすんなよ! いや、確かに今までのオレの人生は賭け事だったかも知れねえけどよお!」
 ややヤケになってそう答え、レックハルドは、ふと、あのキャラバン隊のファルケンを思い起こした。彼がやはりこういう感じだったのだ。いや、彼は半分わかっていてやっているので、もっとタチがわるいかもしれない。
(そうか、……やっぱり、こいつ、このまま調子づいていくとああなるのか……)
 予想におそらく間違いはない。げんなりしたが、とりあえずは仕方がないだろう。その時は自分ももう少し強くなっているかも知れない。
「もういい、……とにかく金貨の話はマリスさんには厳禁だからな」
「りょうかーい」
 ファルケンはやや不服そうだったが、レックハルドを怒らせるつもりもないらしくそう答える。ああ、とため息をつき、レックハルドは、以前と変わったようで、そう変わりもしない光景に何となく疲れていた。
 厳密な意味では確かに彼の言うとおり、少しファルケンは変わった。そして、自分も少し変わったような気がする。しかし、レックハルドは人は変わるものだと知っている。今まで変わってきた自分を否定する気もさらさらなく、ファルケンの変化を責めるつもりもない。
 でも、もしかしたら自分は幸せかも知れないと思う。人はいつか変わる。でも、彼が変わっていても、自分が変わっていても、結局この光景はあの頃と大差はなかった。目の前の光景は、砂漠で焦がれた戻りたかった場所であり、時間でもある。手を伸ばせば届く。のばさなくてもそこにある。夢でもなければ幻でもない。もう、消えることもない。
「レックハルドさんも何か飲み物を飲みませんか?」
 マリスが自分を呼んでいるのが聞こえ、レックハルドは素早く身を起こす。ファルケンはすでにマリスに酒を一杯もらっている。先ほど言った戒めは何の効力もないらしい。だが、レックハルドはその穏やかな光景に満足した。
 そして、彼は確信した。
(そうだ、オレ達は、帰ってきたんだな)






 よかった……本当によかった………

枯れた旧い森の中で声は唄うように言う。紫の葉はさらさらとその枯れた聖地に降り注ぐ。どこかで安堵しながらも、彼女は不安に苛まれている。まだ世界の闇はひろがっていくばかり。
 まるでため息をつくように、そっとグレートマザーは呟いた。
  
 でも、……すべては……まだはじまったばかり―――





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©akihiko wataragi