辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第二部 

グレートマザー−24



「できた」
 どこから拾ってきたのか植物の綿毛の上に柔らかい毛皮を敷く。周りに小枝で柵のようなものを作れば、枝の上にもかかわらずそれは丈夫なベッドのようになっていた。そのできばえに満足したらしく、ファルケンは満足げに笑った。
 すでに夜になっている。今日は辺境で夜を明かすしかないが、さすがに女性のマリスと野宿なのは色々まずいし、それに可哀想だと思ったのもあって、ファルケンは、木の上に簡易ベッドとつくったのだった。丈夫な木だし、これぐらい作っておけば落ちる心配もない。本来これは狼人や妖精がゆっくり休むときにつくるものである。
「これぐらいやっておけば、落ちる心配もないよ。一応念のため、下に網みたいなのも張っておいたから安心してくれよ、マリスさん」
「まあ、素敵ね。ありがとう、ファルケンさん」
 後ろにいたマリスがそういってほほえみ、その上に座った。
「それじゃ、おやすみ」
 そういって、ファルケンは枝から飛び降りようとしたが、その前にマリスの声が引き留めた。
「ファルケンさん」
 マリスに呼び止められ、ファルケンは振り返る。
「…このままどこかに行ってしまうんですか?」
「い、いやだな、マリスさん。オレはそんなつもりは――」
 ファルケンはやや慌ててごまかしたが、マリスはまっすぐに彼の方を見ていた。
「ファルケンさん、あたしは何も知らないけど、何となくはわかるの。レックハルドさんも、ファルケンさんも、今までとても悲しい思いをしていたんでしょう?」
 ファルケンは困惑したような目を向けただけで応えない。マリスは彼の手を取った。
「ねえ、ファルケンさん。レックハルドさんとあんな喧嘩したのは、何か行き違いがあったからなんでしょう? だったら、ちゃんと話し合わないと」
 にっこりとマリスは笑った。ファルケンは少しうつむいた。
「でも、でも、オレは、さっきレックのこと殴り飛ばしたし、ひどいことも言ったし…」
「多分、そう思ってるのはレックハルドさんも同じよ。きっと悪いと思っているんですよ。…でも、自分からは言い出せないんじゃないかしら。…だって、レックハルドさんが先に話を持ち出してしまったんだもの」
「…そ、そうかな……」
 しかし、先ほど思いっきりレックハルドを殴りつけたファルケンは、何となく気まずいのだった。
「きっと許してくれますよ」
 マリスはそういって微笑むとおやすみなさいと言った。ファルケンは、それに返すと、枝をひょいと飛び降りる。少し離れた木の下にレックハルドが足を投げ出しているのが見えていた。
 ファルケンはため息をつく。あの時は反射的に殴り返してしまったが、よく考えるとそもそも力のないレックハルドと自分は大違いだ。なんて事をしてしまったんだろうと思うと、今までのこともあわせて更に気が重くなる。
 何をどうはなしていいやら分からず、ただ彼はそこでたたずんでいた。時折声をかけようとして口を開くが、結局言い出せず地面を見ながら考える。
「いつまでそこに突っ立ってるんだ」
 不意に気の向こう側から声が聞こえた。
「…用があるなら早く言えよ」
 レックハルドの冷たい声が聞こえ、ファルケンは戸惑った末に少し小さい声で言った。
「ご、ごめんよ……。オレはちょっと…その…」
レックハルドの返答はなかった。ファルケンは、うなだれながら言った。
「…悪かったよ、ちょっと、頭に血が上ったみたいで……」
ファルケンはレックハルドの方をそっと伺ったが、その表情は見えない。
「あんなこというつもりもなかったし、あんたを殴るなんて……。オレ、ただ……」
「全く、お前みたいなぼけーっとした奴に言われるときついんだよな。おまけに大体図星だからよ」
 ファルケンの言葉を遮ってそう言ったレックハルドはため息をつき、そして、彼の方を向いた。
「でも、ちょっとは物事はっきり言うようになったじゃねえか」
 レックハルドは、からかうような笑みを浮かべたが、いわれた方のファルケンは戸惑っている。
「……あの、オレ、さっきのはちょっと……売り言葉に買い言葉というか…。だから、その……本気でいったわけじゃあ…」
「ったく、…お前って奴はそう言うところは変わらないんだな。いいたいことだけ言ってたくせによ」
 ふうとため息をつき、レックハルドは片目を閉じて笑った。
「もういいぜ。オレも悪かったよ。…まあ、座れ」
 レックハルドに言われ、ファルケンは遠慮がちに近くに歩み寄ってきて、レックハルドの斜めに座った。レックハルドは横目でファルケンを見ながら聞いた。
「大丈夫なのか? 身体の調子は」
 ファルケンは大きくうなずいた。
「ああ、それはもう大丈夫だ。グレートマザーが呪いを解いてくれた。もう、司祭の前に出ても、あんなことにはならないよ」
「そうか。あん時、お前、血まで吐いてたから心配したぜ」
 レックハルドは安心したようにふうとため息をついた。
「レ、レックの方は、…大丈夫だったのかい?」
 ファルケンはおどおどしながら遠慮がちにきいた。
「ああ、あれはただ掠っただけだ。騒ぐような傷でもねえよ」
 マリスに手当てをされたらしく、そこには包帯が巻かれてはいるが、確かに大した怪我ではなさそうだった。ファルケンはまだ気まずそうに目を泳がせている。
「オレが殴ったのは……」
「あぁ? 気にするな。…昔、ヒュルカでヒュートに殴られたときと比べれば全然大したことねえよ。オレはひでえ生活してきたからなあ、そもそもガキの頃から殴られ慣れてるんだ」
 レックハルドはそういってへらっと笑った。そして、ファルケンの顔を見て、気づいたように言った。
「そういやお前、ヒゲ剃っちまったのか?」
「え? あ、ああ。…まあ」
「なんか、お前そうすると印象薄いな。……メルヤーもないし、ちょっとすっきりしすぎて特徴がないというか…」
 あきれたように言われ、ファルケンは苦笑した。
「そ、そうかな。…前も言われたことがあるんだ。でも、もう元に戻すよ」
 ファルケンは少し寂しげに言った。
「これはオレの願掛けみたいなもんだったからさ…」
「願掛け?」
「ああ、…オレが、…元の生活に戻れるまでは…無精ひげはやめたんだ。だって、これは『ファルケン』がのんきに旅をしていた時の姿だからさ。…オレはイェームを名乗ったとき、もう全部捨てたんだ」
 ファルケンはため息をついた。
「……でも、もうオレはイェームにも戻れないから、……何をやっても無意味だろ。だから……」
「そ、…そうか」
 何となくそれを聞きながら、レックハルドは軽くため息をついた。
「なあ、…一つ訊いていいか?」
「あ、ああ。いいけど」
「お前、あの時、本当に死んでたよな? …どうして生き返ったんだ?」
 レックハルドは横目でファルケンを見ながら尋ねた。
「そうだな、あんたには話さないと。話すとすごく長くなるんだが……でも、オレには話さないといけない義務があるから」
 ファルケンはそう前置いて、決意したように顔を上げた。
「…オレは、司祭の呪いで死んだんだ。…でも、あの呪いで死んだ者は完全な死を与えられた訳じゃない。生きているわけでもなく、死んでいるわけでもない状況におかれるだけなんだ。…それはあんたも知ってるよな」
「ああ、だから、司祭はいつか生き返らせて戦わせるって…そういったよな?」
 ファルケンはうなずいた。
「そうだ。少なくとも、『肉体』は死んでない。…だから、司祭の呪いの力さえゆるめられれば、身体を生き返らせることはできる。もし、「誰か」司祭を越えるほどの強力な力を持つ奴が、呪いを解くだろ。そして、その生命力を復活させて、傷ついた身体を治すことさえできれば、……身体は生き返る」
 ファルケンは、少し目を伏せた。
「あの時、封印の場所に二本のグランカランが立っていた。オレに火を放つようにそそのかしたのは、あのグランカランだからな、責任を感じたらしくてさ。……あんたは涙の器の話をきいてただろうけど、グランカランが生命力を与えられるのは何もアレに限った事じゃない。その実、つまりメルヤーの原材料だな、それにしても同じだし、樹液なんかも。オレはグランカランの樹液を与えられて、それで…」
「生き返った…」
 レックハルドが口を挟んだ。
「ああ、でも、呪いを解くほど強い力はないんだけどさ」
「呪いを解くとかいってたが、司祭の力を越える奴って一体何者だ?」
 レックハルドは怪訝そうな顔をした。
「ああ、それは、『シールコルスチェーン』っていわれてる特殊な狼人だよ。…サライさんとは友達だったはずだけど。今のオレのお師匠様だけどね、あの人は魔法に長けてるから」
「それで、お前の呪いを一時的に解いたってことか?」
「ああ。…『シールコルスチェーン』ってのは、早い話が、司祭でも駆逐できないような妖魔を倒せるようなすごい狼人って感じかな。でも、オレのお師匠様の銀輪冠のハラールは、そろそろ世代交代の時期で、力が衰えてきているみたいなんだ。それで、サライさんが、オレを弟子にするようにすすめて……」
「なに! てことは、あのサライの奴は、オレが必死で砂漠に行こうとしてたとき、すでにそれを予想済みだったのかよ!」
 がばっと起きあがったレックハルドは憤りもあらわにそう言った。ファルケンは気まずい顔をしながら、ためらいがちにうなずく。
「ど、どうやらそうみたいだ。後でオレが訊いたけど……全部知ってるみたいだった」
「くそっ! なんつー奴だ! あの若作り爺、いつか目にものを見せてやる!」
 レックハルドは噛みつくように言って、そして、また幹に背をつける。
「で、…さっきお前、気になる事言ったな。身体は生き返るとか何とか。…あれってどういう意味だ」
 訊かれてファルケンの表情が少し硬くなった。
「妖魔がいってたろ、死んで生き返っても、記憶を忘れてることがあるとか」
「ああ。…待て。もしかして、お前も?」
 本来の意味に気づき、レックハルドは身を少し起こす。
「オレは覚えてないんだが、…どうやらそうだったみたいだな。司祭の呪いは生きながら死んでる状態、死にながら生きてる状態になるんだけど、それは身体の方なんだ。魂の方は、彷徨ってしまう。オレは何も覚えていないけど、…いわゆる忘却の川を越えていたのかも知れない。その時、オレは、感情も記憶も何もかも失ってたみたいだ」
「で、でも、今、お前ちゃんと覚えてるじゃないか」
 レックハルドに訊かれ、ファルケンは少しだけため息をついた。
「…ショック療法っていうのかな…。お師匠様とサライさんが組んでたらしいんだけど、オレは夢を見てたんだ。長い夢を――」
「夢?」
 わずかに寂しそうに笑ってファルケンは話を続けた。
「この世界が崩壊した時の夢だよ。司祭の呪いは司祭が死に至れば解ける場合があるとか。だから、この世界が滅びれば、オレは一人で目を覚ます」
 少しだけ彼の表情が曇った。
「…オレが、見るはずの一番見たくない未来だった。……あんたが目の前で死んで、マリスさんが死んで、ダルシュもシェイザスも、そしてロゥレンも……みんなオレの前で砂になって消えてしまう夢だった……。オレはみんなが死ぬのを前で見てるだけだ。…何もできなかった」
 レックハルドは思わずかける言葉を失う。
「あれはショックだったよ。…その衝撃でオレは全てを思い出した。そして決めた…」
 ファルケンの拳がわずかに握られ、少し震えた。ファルケンは、厳しい声で言った。
「――オレを殺した奴らに復讐してやるって! みんなが死ぬはめになった元凶をすべて消してやるってな!」





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©akihiko wataragi