辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第二部 

グレートマザー−23

 その瞬間、レックハルドは弾かれたように立ち上がった。マリスの手をはね除けて、彼は怒りもあらわに大股に狼人の方に歩いていった。そして、低い、少し震えた声でこう訊いた。
「…お前、イェームじゃなかったのか?」
「え、…ああ、そ、それは――」
 一瞬、ファルケンは迫力に飲まれて言葉を飲み込んだ。そっと立ち上がり、ファルケンは困惑したようにレックハルドの方を見た。
「なんだ? そうだとは言えないんだな。…そりゃそうだろう、今全部分かったぜ。……お前が本物のファルケンなんだな! そうだろ!」
 突き放すように言われて、ファルケンは青くなった。すべて露見してしまった。もう、ごまかすことはできない。
「……今頃、何しに来たんだよ! 余計なことしやがって!」
「よ、余計なこと?」
 ファルケンは、わからないというように反芻した。
「わからねえのか? …なんでわかんねえんだよ!」
 いきなり胸ぐらをつかまれて、ファルケンはびくりとした。レックハルドの目の奥には憤りが見えるようだった。
「オ、オレは、あれが妖魔だと知っていたから、ただ、…あんたを……」
「助けたって言いたいのかよ? オレがどんな気持ちかもしらねえでよく言えたよな!」
 レックハルドは声を荒げた。
「オレはなーっ! 二度と、あいつが死ぬのなんかみたくなかったんだよ! 例え、あれが偽物だろうが何だろうが! それを目の前で見せつけやがって!」
「じ、時間がなかったんだ……! 飛びかかってきた妖魔を倒して、ここまで戻ってきたら、もう…。だから! 剣を投げるしかなかったんだよ…」
「言い訳なんざききたくないぜ! 消えろよ!」
 レックハルドは激しい口調で言った。
「砂漠を渡る間、オレの側にいて、オレがどんだけ苦しんでたか知ってるのに、どうして生きてるって言い出さなかった! オレが苦しんでるのをみて楽しんでたのか!」
「そ、そんなわけないだろ! オレは、オレは、ただ……」
 真っ青になって、ファルケンは首を振った。レックハルドは唇をゆがめて嘲笑った。
「ただ? ただ、なんだよ! ……オレはお前があいつの残留思念だって聞いてた。でも違うんだろ! お前はファルケン本人なんだよな! 妖魔が妖魔を滅ぼすわけがねえし、はっきり実体を持ってるお前が妖魔なわけがないもんなあ!」
 ファルケンは応えない。ただ、青くなっているだけだった。
「大体昔からお前はそうだったんだ。勝手に行動して勝手に死んじまって! それで今度は勝手にオレを助けた気になって恩でも売ったつもりかよ!」
「そ、そんなんじゃないよ! オレ、オレは、ただ……!」
「前からお前はそうだ。オレを助けては、自分で満足してたんだろ」
 必死のファルケンを嘲笑うようにレックハルドは彼を突き放した。
「オレを助けられてよかったな、これでお前は正義の味方ってわけか! はっ、そんな自己満足の英雄ごっこはひとりでやってくれよ! オレを巻き込むな!」
「な…」
 あまりにも辛らつな言葉にファルケンはさっと血の気が引くのが分かった。ファルケンの中で押さえつけていた何かが弾けたような気がした。思わず拳に力が入り、いつの間にかファルケンはレックハルドを睨み付けていた。
「なんだよ!」
 思わず彼は大声にレックハルドにくってかかっていた。
「なんだよ! 勝手なのはあんたも一緒じゃないかよ! オレが忠告したのに一人で辺境に入って! それで危ない目にあったんじゃねえか! あんたをわざわざ危険な目にあわせてまで英雄なんかになりたいもんか!」
「なんだ! てめえみたいな奴にオレの気持ちが分かってたまるか!」
 睨み付けられたが、ファルケンはひるまなかった。つかまれた胸ぐらを逆につかみかえしてファルケンは、彼には珍しい激しい口調になっていた。
「あんただってオレの気も何にも知らないじゃないか! オレがどんな思いでここまで来たかなんて知らない癖に!」
 ファルケンは、続けていった。
「前々からあんたはずーっとそうなんだ! 自分の気に入らないことがあったら、すぐに怒鳴り散らして! それで、最終的には開き直って邪推して! オレの言うことなんか全然きいてないくせに、それで失敗したらオレのせいにして!」
「じゃあ、お前がはっきりオレに何か言ったことなんかあるのかよ! いつも、遠回しにしかいわねえくせに! だったらはっきり言えばいいだろが!」
「はっきり言ったところでどうなるっていうんだよ! どうせあんたは自分の独断で進んでいくんだろ!」
「何い!」
「何だよ!」
「レックハルドさん、ファルケンさん! 落ち着いて下さい!」
 マリスが声をかけたが、二人とも引く気配はない。
「離せよ!」
 レックハルドはつかまれた襟を引きはがそうとして、ファルケンを突き飛ばした。どんと突き飛ばされて、よろめいたファルケンは反射的にレックハルドを殴り飛ばした。力の強いファルケンに殴られて、レックハルドはひとたまりもなく地面に倒れ込んだ。
 あっとマリスが声をあげて、地面に叩きつけられたレックハルドの元に駆け寄る。
「やりやがったな…!」
 切れた唇からにじむ血をぬぐいながら、レックハルドが低い声で唸った。その暗いが迫力のある瞳がファルケンの方をまっすぐにらみあげていた。
「二人とももうやめてください!」
 思わずマリスが割って入った。ファルケンはもうそれ以上はレックハルドにつかみかかってこなかった。レックハルドもファルケンを睨むだけで、それ以上口をきくこともなかった。
 マリスは、二人の険悪な雰囲気にどうしたものかと少しうろたえたがいい知恵は見つからなかった。しばらくその場を重苦しい沈黙が包んでいた。



 ずるずるとにげながら、その黒いものは道を急いでいた。ひとまず計画は失敗した。こうなった以上はあの方に指示を仰がなくてはならない。
 辺境の森の中を這うようにしながら進む。そして、その前に一人の男が姿を現した。妖魔はびくりとしてそこで足を止めた。
「なるほど」
 男は待ちかまえていたのか、にやりとした。みかけは優男であるが、その目には知謀が溢れていた。
「き、貴様……監視人……」
 妖魔は、とっさに不定形になりながら相手を威嚇しようとしたが、相手は笑うばかりで怯えもしない。サライ=マキシーンは秀麗な顔に嘲笑を浮かべながら言った。
「なるほど、私の姿を借りていたのはお前だな?」
 サライは寄りかかっていた木の幹から背を離した。腕組みしたままの手には武器らしいものはない。妖魔はそれをみて笑んだが、サライの笑みも変わらなかった。
「人選ミスだな。……レックハルドは、それほど私を恐がっているわけではない。それとも、妖魔としては日が浅いのか? ……過去を知らぬと見える」
 サライは薄ら笑いを浮かべる。
「監視人であるわたしの姿を借りるとは大胆なやつだ」
 妖魔は戦闘態勢にはいりながら、わけのわからない叫びをあげた。サライは目を閉じた。
「私を殺すつもりか? ……お前のような妖魔にできるかな?」
『黙れ! ムーシュエンの手先め!』
 相手には戦う術がない。監視人といっても、恐れるには足りない。妖魔は心中でほくそ笑んだ。そのまま、奇声をあげて不定形の妖魔は飛び上がった。サライは腕を組んだまま、目を開けることもない。
ずばあっと音が聞こえた。目を閉じていたサライは、目を開いてその黒いかけらが散っていくのを見る。
「言うほど腕は衰えておらんよ」
 空中でばらばら途切れていく黒い影の舞う中に、一人の男が細い剣を携えて立っていた。繊細な長い髪の毛がふわりと風に揺れる。
「そういってもらえるとうれしいのだが」
 サライは身を起こし、腕組みを解いた。
「これがここまでにげてきたと言うことは、……おそらく、魔幻灯がやったのだろうな?」
 そして、心配そうなハラールににやりと笑いかける。
「どうやら、あの二人も無事ではあるらしい」
「ああ、おそらくそうなのだろうな」 
 ハラールは安堵のため息をつく。
「どうやら、憎しみに負けて妖魔にならずにすんだようで……本当に良かった」
 ハラールはそういって穏やかに笑った。
「これで、彼も私の跡継ぎとして立派に育ってくれるだろう」
 ハラールはそういって上を仰いだ。と、サライはふと顔をあげた。何者かの気配を感じたのである。枝の上に誰かがたっているらしい。
「そこでいつまで見物のつもりかな?」
「いや、手を出すのも悪いと思って」
 枝の上にいた短髪の男はそういうと、ふわっと地面に降りてきた。
「久しぶりだな、ハラール=ロン=イリーカス」
 その淡々としたしゃべり方や声に覚えがあった。ハラールは少し驚いた様子でそちらの方を向いた。
「ツァイザー?」
ツァイザーは、サライの方を見てそちらにむけても手を挙げて軽く挨拶する。
「久しぶりだな、監視人」
「おぬしも元気そうで何より」
「まあ、元気だけが取り柄のような私なのでなあ。ああそうだった」
 ツァイザーはそう言うと、ハラールの方を見、相変わらず淡々とこういった。
「ハラール。フォーンアクスがお呼びだ。自分は一日以上平気で遅れてくる癖に、人が遅れるとあいつはうるさい。はやく行った方がいいだろう」
「ああ、そういうことなら、急いだ方が……」
 ハラールはフォーンアクスの性格を思い出し、やや慌てたように言った。ツァイザーはというと伝令が終わったのでと言わんばかりに、すでに枝の上に飛び上がっている。
「では、私は一足先に! 監視人、邪魔したな!」
 じゃっ、と軽い声であいさつしながらツァイザーは飛び上がる。
「あっ、ツァイザー!」
「…相変わらずだな、あの男も」
 サライはそういってふふふと笑った。ハラールはサライの方を振り向き、少し急いだように言った。
「フォーンアクスが呼んでいるようなので、先に失礼する。……あの子に会ったら、挨拶しておいておくれ」
 そういってすでにハラールは走り出している。フォーンアクスによほどきつく言われたことでもあるのか、ひどく慌てていた。サライはくすくすと笑った。
「狐のフォーンアクスか。彼奴も相変わらずなのだな」
走って消えていくハラールを見ながら、サライは木の幹に寄りかかった。そしてふと先ほどの妖魔を思い出す。
「理性ある妖魔があらわれはじめたか。……見かけこそ平和だが、そろそろ何か起こるのかもしれんな」
 サライはそう呟き、天空を仰いだ。緑深い森の中にちょうど丸くあいた空は、すでに赤く染まりつつあった。また日暮れがやってきたことを感じながら、沈んでいく太陽にサライは一抹の不安を覚えるのだった。





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©akihiko wataragi