辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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辺境遊戯 第二部 

グレートマザー−20

森の中は険しいが、彼らのスピードは落ちる気配もない。彼女は横目で男を見ながらため息をついた。日蝕があけて明るくなった森は、燃えるような緑色で、目に痛いほどである。
「少しは黙れないのかい」 
「くそっ! どこいきやがった! あの野郎!」
「……話聞いてないね」
 道すがら文句をいってきた狼人をうるさそうに見ているメルキリアは、もう彼を止める気配がない。いっても無駄なことは知っているからだ。
「だってよ! あのハラールの野郎があまりにもどっかに行ってるから!」
「シールコルスチェーン会議は、誰が欠席でもいいんだ。ハラールがいなくても大丈夫だよ」
「だって、本来ここを守らなきゃならねえ奴までいないんだぜ」
「あんただって普段仕事してないじゃない」
「オレはいいんだよ! あいつのことだ!」
「あたしに訊かれてもしらないよ」
 不満の様子の狼人は、ばさばさの長い髪の毛を乱暴にかきあげた。
「くそー! 自覚のたらねえ奴らめ!」
「それはあんたにだけはいわれたくないだろうね」
 冷たくいってメルキリアは、ふと前を見て眉をひそめた。少年のようだが綺麗な顔に、一瞬の殺気がうつる。
「ツァイザーは、こんなじゃなかったぞ! 口を開けば、飯をおごれだけど、あいつは自覚があった! あの二人は自覚がなさすぎる!」
「ちょっとだまってな」
 狼人はまだべらべらとまくし立てていたが、メルキリアに鋭くいわれて一瞬口を閉ざす。そして、彼もまた足を止めた。
 微かに葉擦れの音が聞こえる。何かが激しく争っているような音だ。
「来る!」
 メルキリアが、腰の短剣を抜いた。同時に背後の狼人は肩から出ている剣の柄に手を置いた。微かな葉擦れの音が大きくなり、近くなる。そして、その一瞬、ふっと音がとぎれた。
 ざあっと音と木の葉をまき散らしながら、宙にローブを着た狼人が飛び上がる。同時にその後ろから剣を抜きはなった短髪の男がその後を追って飛び出してきた。
「ちっ!」
 静かに舌打ちした短髪の男は、相手を追いかけるため地面を蹴ろうとしたが、そばに彼らの姿を認めて立ち止まる。見かけだけなら人間の若い学者のようにすら見える男をみて、メルキリアは警戒を解く。
「ツァイザー…」
 その間にも例の司祭は逃げていく。となりにいた狼人が、歓喜の声をあげた。
「よっしゃあ! 後はオレに任せとけー!」
 そういって、すでに半分抜きかかった剣の柄に力を込めたが、ツァイザーがその前に手で制した。
「ダメだ」
 ツァイザーは静かな声で言った。
「あれは、奴に残して置いてやれ。…あいつには、一発ぐらい殴る権利はある」
「そうだね、あんたがやると、殴る前に消しちまうだろうから、手を出すんじゃないよ」
「えぇぇ、あんだよ、そのいい方!」
 狼人は不服そうに口をとがらせた。
「あいつだってオレ並みに無茶するじゃねえか! なんでオレだけえ……!」
「あれの場合はつもりつもったものが爆発するから許されるんで、お前の場合は年中発散してて、尚、暴れたがるからダメなんだ。まあ、いってしまえば素行の違いだな」
「ああ、いい事言うねえ、ツァイザー。その通りだよ」
 メルキリアが感心したように、息をついた。カッとした狼人が、拳を固めつつ抗議した。
「なんだよ、厄介とか暴れるとか! オレのどこが厄介だってんだ!」
「そういうところ全般がっていってもわかんないんだろうねえ、あんたには」
「自覚症状のない分、手に負えないんだな」
「な、なんだよお前らはよう! オレをよってたかって!」
 さすがに二人そろって敵に回ると、いくら彼でも反論しづらい。おまけに、相手は冷たく厳しいメルキリアと、そして、無表情で何を考えているやらわからないツァイザーだ。知恵の輪を力任せでとくような、そういう彼に口で立ち向かえという方が無理というものだ。苦り切った様子の彼に、メルキリアは助け船を出してくれる気配がない。
「ああ、そうだ。思い出した」
 不意にツァイザーはぽんと手を打った。
「私はお前達に呼ばれてここにいるんだったな。随分待たされたぞ。思わず野宿してしまったじゃないか」
「ええ? お前そんなに待ってたのかよ! 信じられねえ奴〜!」
「ツァイザー、あんたも気が長いよねえ」
 メルキリアが他人事のようにそんなことを言う。
「なに、ハラールほどではないから自慢にはならない。ところで、どうして遅れたんだ?」
「そのハラールを一応探してたんだよ。どこにいるのかわかんねえし」
 ぶつぶつと言いながら、さりげなく妖魔を倒しながら寄り道したことは隠している。メルキリアは何も言わないが、少しだけにやりとしていた。
「ハラールを探していたのか?」
 ツァイザーはふうむと唸った。
「だったら、昨日の夜、声をかければ良かったな。奴なら、先ほどその辺を通ってどこかにいったぞ」
「何! 何で呼び止めなかったんだよ!」
「こっちに気づいていなかったし、まあいいかなと思ったから」
「呼んで来いよ!」
 無感動な声でしゃあしゃあと応えていたツァイザーはいわれて、軽く肩をすくめた。だが、相変わらず態度は変わらない。
「そうか、では仕方がないから呼んできてやろうかな。相変わらず気の短い奴だ」
「オレはてめえの性格がいまだによくわかんねえよ!」 
 髪の長い狼人はそう怒鳴って腕を組んだ。ツァイザーはそれを気にとめず、ふらりときびすを返したが、数歩も歩かない内に振り返る。
「フォーンアクス」
 ツァイザーは狼人に声をかけた。
「なんでえ。まだ何か用かよ?」
「…そうだ。思い出した。……先ほどまでの日蝕だが――」
 ひくっとフォーンアクスの眉が動いた。それを見てなのか、ツァイザーは薄い笑みを浮かべる。
「お前も知っているかも知れないが、辺境大戦前と同じだ。あの時の空もこんな風だった。大きな妖魔が動き出しているのかも知れない」
「まさか、ゼンク?」
 メルキリアがぽつりと声に出す。
「さあ、そこまでは――。だが、どちらにしろ…」
 ツァイザーは首を振り、静かに言った。
「シールコルスチェーンは「森の守護者」 ( シールコルスチェーン ) であり「秩序を守る者」 ( シールコルスチェーン ) であり「邪気を払う者」 ( シールコルスチェーン ) であり、そして、「時の司」 ( シールコルスチェーン ) …。だが、もっとも強い力を発揮できるのは、その「時」のシールコルスチェーンだ」
「ああ、そうだな。だから、あの二人に何とかしてもらいてえんだが、あいつらどうにも――。特にあいつの方は逃げちまったからな」
 ツァイザーは、ふわりと飛び上がりながら薄い笑みをふらりと浮かべる。
「魔幻灯は帰ってくるかも知れないな」
「何? 何で分かる?」
 ツァイザーは枝に足をかけながら言った。
「さぁ、何となくそんな気がする」
たんと音が鳴ると、ツァイザーはそのまま走り出していた。風のように彼が去っていくのを見ながら、フォーンアクスはふんと鼻を鳴らす。
「なーにが、そんな気がするだ。てめえの勘が当たった事なんて一回もねえじゃねーか」
 すでにツァイザーの気配は無くなっていた。フォーンアクスははけ口を失って、チェッと舌打ちした。



 苔むした大木には、強力な呪法がかけられていた。他の狼人や妖精が敬遠するほどの強い魔力に、ハラールは少し眉をひそめる。だが、その中にいる筈の人間がそこにはいないだろうことはすでに予想できている。そう言う風に手はずを整えたのは、彼自身だからだ。
「うまいことごまかしたものだな」
 側にいたゆったりとした服を着た優男がにやりとする。そして、彼はハラールの方を向いた。
「まさか、枯木を死体に見せかけるとはな――。まさか司祭は確かめに来ない。その封印がなされている感覚だけが伝わればいいだけだ」
「ああ、どうにかこうにか――。司祭の目に触れなければいいわけだから、枯木にある魔法をかけて封印されているように見せかけているんだ。彼がよほど派手なことをしない限り、司祭は気づかないだろうと思うよ」
 ハラールはそういって、木の洞の前にたたずんでいた。
「しかし、いくら記憶を戻させるためとはいえ、あんな事をしてしまってよかったのだろうか、今でも少し不安になるんだよ」
 少し目を伏せるようにしながらハラールは言った。
「実際、あれがあってからあの子は人が変わったみたいになってしまった――。時々思うことがあるんだ。…あの時、彼にすぐに真実を告げるべきではなかったかと」
「見せた幻影のことか?」
「そう…。もう少し早くに助けてあげられればよかったんだが、司祭によって厳重に封印されていたせいで、時間が経ちすぎていた。ほとんどの記憶と感情を失ったままよりもよかろうと思い、あれを見せたが――それにしても」
 ハラールはふうとため息をつく。サライは空を見るようにしていった。
「だが、あれは確定ではないにしろ、あのまま進んだ時の現実だ。レックハルドが、聖域にようやく辿り着いても、彼自身の心にすくった絶望は妖魔を招く。聖域が滅び、世界が枯れる前に、司祭は滅び、力を失う」
 そうすれば、と青年は言った。
「――司祭により強制的な眠りについていたファルケンがその呪縛を破って蘇るのは必至…」
「ああ、そして、妖魔に取り憑かれた彼の親友は、死んだ友人の幻を見ながら妖魔に刺され死ぬだろう」
 ハラールはそうポツリと呟く。
「――あれは確定した未来ではないが、彼がそのまま直面するだろう未来の幻――。あのまま放っておけば、いずれそれに直面する。…今度は取り返しがつかない」
 ハラールはうつむいた。
「そうだ、それはよくわかっているつもりなのだが……。やはり、あの子に悪いような気がする――。彼は過去に戻って、自分が死ぬ事実を変えようとまでしていたからね。自分に関する過去を変えれば何が起こるか分からない。存在が消滅する危険まで冒したんだから、やっぱり、少し追いつめすぎたように思うんだ」
ふと、木の葉を踏む音がして、ハラールはそちらをむいた。彼には見えてはいないが、青年はそこにハラールの弟子のビュルガーが、水筒を抱えたまま立っているのが見えていた。
「シーティアンマ。水を汲んで参りました。…の、ですが…あの問題が少し…」
 水くみからもどってきたビュルガーが声をかけてきた。
「ありがとう。どうしたんだい? ビュルガー」
「そ、それが、ですね……」
 ビュルガーは言いにくそうにしていた。時々青年を確認するように覗いている。
「先ほど、サライさんを見たのですが、その森で――」
「何? どういうことだろう。…サライ殿はずっとここにいたよ?」
 ハラールは意味が分からないという風に首を傾げる。ビュルガーは、ややあきれながらどうして自分の師はこんなに鈍いのか少し考えてしまった。横にいるサライはすでに状況を呼んだのか、薄ら笑いを浮かべている。
「違いますよ。…だから、妖魔に違いないと思うんですよ、あれは――。影がおかしいみたいでしたし。しかし、追跡しようとしたんですが、ふらっと消えてしまいまして」
「なるほど、私の姿を勝手に借用したらしいな。…では、そろそろどちらかが危なくなる」
 サライはそういってふらりと身を起こした。
「少し私が様子を見てこよう」
「しかし、私がいかなくても危なくないかな?」
 ハラールは心配そうな顔をした。が、サライはふっと笑う。
「……決着をつけるのは、そなたでなくあの男だよ――。しかし、もし危なくなりそうだったら、おぬしが手を貸してくれればよい」
「そういうことなら、後からついていくことにしよう」
ハラールの答えを背に、歩き出しながら、サライは一度振り返った。
「そうだ、会ったら挨拶しに行くように言っておこう。…もし、まだアレがまともでいられたらの話だが――」
 全てを読んだように笑うサライを不安そうに送りながら、ハラールは言った。
「…ああ。まだ彼が憎悪の闇につかりきっていなければ――」
 サライはにやりとした。その雰囲気はハラールにもわかる。一体、サライが何を知っているのかは知らないが、彼にはおおよその予想ができるのだろう。去っていくサライの気配を感じながら、ハラールは不安と期待を同時に感じていた。





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©akihiko wataragi