辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2004
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辺境遊戯 第二部 

鏡の向こうのファルケン-8

 目が覚めるとすでに太陽は上がっていた。起き上がって砂を払いながら、レックハルドは軽くあくびをする。思ったより頭も痛くなく、妙にすがすがしい目覚めだった。
「…そういや、昨日、あれからちょっと飲みすぎたような気がしたが…」
 レックハルドはそういいながら、目をこすった。少しはなれたところで、同じように毛布を被ってファルケンがすーすー寝息を立てながらまだ寝ていた。酒瓶を抱えているところを見ると、もしかしたらあれから一人で飲んだのだろうか。全く飛んだウワバミだとレックハルドは肩をすくめる。
「今日、町をたつんじゃなかったのか? まったく、考え無しな野郎だな」
 砂を払いながら起き上がり、レックハルドはぼそりといった。
「リーダーのお前が遅れたら、他の連中が困るだろが」
 どうにかしてたたき起こしてやるべきか。レックハルドは、顎に手をやった。
 そのとき、
「助けてーー!」
 何となく聞き覚えのある子供の声が響いた。平和な町の朝にしては不似合いなその悲鳴に、レックハルドは素早くそちらに目を向けた。みれば、確かファルケンに字を教えてもらった少年のひとりが向こうから必死で走ってきていた。
 なんだとばかりに更に目を凝らすと、その後ろから剣を振りかざしながら男が一人彼を追いかけてきているのだった。
「お、おい! どうした!」
 レックハルドは、急いで彼のいる方に走っていった。背後ではまだ一大事にも気づかず、ファルケンが寝ているようだったが…。
「あ、お兄ちゃん!」
 少年は慌ててレックハルドのほうまでくると疲れ果てたとばかりにへたり込んだ。
「お兄ちゃん、先生! 先生に…!」
 少年がなにか言いかけたとき、うしろからやってきていた男が笑い声を上げた。レックハルドほどの背の長身の男だが、どこからどうみても善人には見えない容貌をしている。チンピラか盗賊かのどちらかのように見える。
 それが、少年に切りかかろうとしたので、レックハルドは慌てて少年の方に走りこんだ。
「くそっ!」
 レックハルドは咄嗟に少年の手を引っ張り、自分の背後に押しやった。そのまま反対の手で腰の帯に引っ掛けてある短刀を抜いた。
「ひゃひゃひゃはははは!」
 相手の男のだらしなく開いた口元からすっとん狂な笑い声が飛び出した。不気味なその様子に、レックハルドは一瞬ひるむ。
「な、なんだ、コイツ!」
 開いた目も何となくとろんとしていて、妙に血走っているようだ。到底正気とは思えない。
 レックハルドは短刀を構えたまま、足にくっついた少年をかばいつつ後退した。こんな正気でない男を相手に、子供をかばいながらやるのは不利だ。レックハルドが後退しているのをみて、男は更に笑みを浮かべる。
 勝てるとでも思ったのか、急に男は奇声をあげて刀を振りかざした。そしてそのままダッダッと突進してくる。レックハルドは、攻撃するべきか、それとも避けて逃げるべきか迷った。足元に少年がいるだけに、下手な動きはできない。
 ふと、刀を振り上げていた男の頭の後ろから、突然にゅっと酒瓶が伸びてきた。次の瞬間、ガッシャアンといういっそ心地よいほどのスカッとした音とともに、ガラスと無色の液体が男の頭の上で炸裂した。ぎゃあ、と声をあげて男が倒れふしたのと、割れた瓶を眺めながら背後にいた男が鬱陶しそうに立ち上がったのが同時だった。
「まったく、折角いい夢を見てたのに」
 そんな事をのんきにいいながら、不意に倒れた男に目をやる。気絶はしているらしいが、特にひどい怪我をしているという感じでもない。そのうち目を覚ますだろう。それよりも、ファルケンは回りに飛び散った液体を見ながら、不意に我に返った。
「あっ! まだ残ってたのかっ! てっきり空瓶かと!」
 砂にしみこんでしまった酒をじっと名残惜しそうにみながら、彼は嘆息をついた。
「も、もったいねえ…こんな奴にくれてやることなかったなあ!」
「おい、こら! いつまで酒にこだわってんだよ!」
「おお、あんた無事だったみたいだなあ。心配してたんだよ」
 レックハルドに声をかけられ、ようやく彼の方に目を向けたファルケンはぬけぬけとそんな事を言う。レックハルドは腹を立てるのをとおりすぎて、あきれ返ってしまった。
「まったく。お前って奴はどうしようもねえんだな。だが、それにしてもこいつ…」
 レックハルドは、倒れている男を見た。こうしてみても、先ほどの男の行動はどうもおかしい。到底正気には思えなかった。
「あぁ、相当やられてんなあ」
 ファルケンは男を一瞥して言った。
「何があったかしらねえが、正気じゃねえな。たたき起こして事情きいてやろうと思ったが、どうやら無理そうだ」
「正気じゃねえとすれば…」
 レックハルドを横目でみながら、ファルケンはぽつりと言った。
「こいつの場合は、ちょっとやばい薬でも飲まされてたかな? …ただ、突発的に襲ってきたって感じでもないんだがな。…なんか、意図的な感じがしないでもないが…」
「おい、それは……」
 レックハルドがきこうとした瞬間、レックハルドの足にくっついていた少年が、突然我に返ったようにファルケンの方に飛びついた。
「せんせえーっ!」
「おっと、…なんだ、お前ザーラックか?」
 ファルケンは抱きついてきた少年の頭を見ながらどうにかこうにかその少年を識別した。黒髪のザーラックは顔を上げながら、怯えたようにこくりと頷く。
「どうした? なんかあったのか?」
「あのね、あのね、皆が…!」
 ザーラックは言葉を詰まらせる。不意に宿のほうを見る。黒い煙がもくもくと立ち昇っているのが、ここからでもわかった。ザーラックから皆まで聞く必要はなかった。ファルケンはレックハルドと視線を交わし、ザーラックを抱えてそのまま宿のほうに走り出した。

 

 宿に帰るまでに街の状況は大体把握できた。いくつかの商店や家が壊され、まだ煙をあげているものもある。騒然とした街の中の空気で、大体何が起こったのかはわかった。急いで宿までたどり着いたが、宿もひどく破壊されていた。人が何人かあつまって話をしていたが、その中にファルケンの部下がいたようだった。
 見覚えのある気の弱そうな青年が、ファルケンをみつけて慌てて走ってきた。
「リャンティール、すみません」
 彼はすっかり悄然としていた。
「なんか、わけわかんねえ連中がやってきて…子供達をさらっていったみたいで…。俺達もがんばったんですが、かなわなくて…」
「ああ、ザーラックにきいたが…」
 少しだけ表情を曇らせたが、ファルケンは次にいささかのんきな声で訊いた。
「けが人は何人だ?」
「え、えと、五人ですが…、全員大した事ないみたいで」
「そうか、じゃあ不幸中の幸いだな」
 ファルケンはにっこりと笑って穏やかに言った。
「後の事はオレがやるから、ゆっくりしてろってついでに伝えといてくれよ」
「で、でも、リャンティール一人でですか? 他に行けって言ったらついていく奴が…」
「いいって! お前達がくるより、オレが一人でやった方が身軽だからな」
 優しく部下にそういってはいるが裏には、明らかに足手まといだから来るなという思いがあるのは見え見えだ。レックハルドがこの二日間で見た限りでも、このキャラバンの連中はあまり戦いに向くような性格はしていない。彼がそういうのも仕方がないのだ。
「じゃあ、オレが事情を探ってくるからしばらくこの辺で待ってろよ」
「はあ、しかし…」
 部下はそう応えながら不安そうにしている。レックハルドはそのやり取りをききながら、大変なことになったものだとおもっていた。ため息をつきながら周りを眺めているとき、彼は不意に銀色の光を目の端でとらえたような気がした。
 反射的にその光をたどる。人の集まりの中から、銀色の光と黒い髪が飛び出していくのが見えた。その先にはファルケンがいる。そして、その銀色の光は間違いなく刃物だ。
「ファルケン!」
 咄嗟にレックハルドは叫ぶ。だが、その声とほぼ同時に彼は部下の前からとびずさり、後ろに目をやる。そこにはすでに刃物をもった男が迫っていたが、それでもまだ余裕があった。知れずに笑みが漏れる。
「予想済みよ!」
 飛び掛ってきた男の手首を掴み、ファルケンはうまいぐあいに男の足を自分の足で引っ掛けた。そのまま引き倒しながら、素早く身を翻す。地面に倒れた男の背を足で踏みつけておいて、とりあえず暴れられないようにする。
「うん、お前はマトモみたいだな」
 しゃがみこんで、ファルケンは男の悔しそうな顔を見た。粗暴そうだが、先ほど襲ってきた男のように常軌を失っている感じはしない。
「じゃー、ちょっと訊くけど、あんた誰? どこの奴に頼まれたんだ?」
「うるせえ! この化け物が!」
 といったのは、おそらくファルケンの正体を見破っての事だ。
「わからねえやつだな」
 ファルケンは首を横に振った。
「お前なあ、自分の状況がわかってないだろ。お前の言うとおりに、オレがホントに化け物だったとしたら、オレはお前よりも力が強いはずなんだろ。だったら、この足にもうちょっと力をいれたら、どういうことになるのか予想つくよなあ?」
 のんきな口調だったが、言っている内容は大概乱暴である。
「ちょ、ちょっと、待て! てめえ!」
「オレ、あんまし乱暴なことはしたくないんだけど、仕方ねえなあ」
 そういいながら、ファルケンはふとまじめな顔になる。狼人の碧の瞳の、しかし宝石にしてはやや凶暴な炎を灯したような獣の目に、男は急に恐怖を感じた。
「ま、待ってくれ! オレを踏み殺す気か?」
「そりゃ、お前の回答にかかってるなあ。お前のおかしらさまはどこの誰だ?」
「ビ、ビフェンダルだ! ビフェンダル! こ、ここ一帯を牛耳ってる盗賊団のオヤブンだっていえばわかんだろ!」
「へえ、ビフェンダルねえ。で、何が目的だ?」
 名前を聞いて、やや眉をひそめたが、ファルケンは畳み掛けるように質問した。
「さ、さあ。オレもよくは…、ただ、その……狼人がいるキャラバンのガキどもをさらってきて、ついで街を壊すようにいわれて…! み、皆、町外れのとりで跡につれてって隠してある。オ、オレが知ってるのはそんなもんで…!」
 嘘をついている気配はないので、おそらくそんなところだろう。ファルケンはあごひげをなでた。
「ふーん、ありがとな。おかげでよくわかった」
 ようやくファルケンは、そう応えると足を離した。そのままあっさりと背をそちらに向けて歩き出していく。男の事などもう知っちゃいないといった風情だ。
「へっ、甘いやつだな!」
 急に自由になって男は手にした短剣を握りなおして立ち上がろうとした。が、笑っていた口元はすぐに引きつった。ちょうど目の前に剣が刺さっていたのである。
「甘いって誰の事かな?」
 いつの間にか抜刀していたファルケンが、男の目の前の砂に剣をつきたててそれに足をかけてにんまりとしていたのである。
「い、いや、その…」
「ここで、お前をしばらく眠らせてもかまわねえんだがなあ。それも何かと問題だろ? 大人しくしてるよな?」
 にこりと、ファルケンは不穏な笑みを浮かべた。男は引きつった笑みを返したまま、ぺたんとそこに座り込む。ファルケンはそれをみて、ようやく剣を抜いて腰に戻した。
「で、どうだって?」
「とりで跡に捕まってるらしいな。どうにかしなきゃいけねえんだが…」
 レックハルドにそう応え、ファルケンは少し唸った。
「よりにもよってビフェンダルとはねえ…。恨み買った覚えはねえんだが…もしかしてオレじゃなくって、寧ろ…アイツがなにかやったかなあ……」
「アイツ?」
 小声の独り言だったが、レックハルドは聞き漏らさなかった。はっとしたファルケンは、彼にしては不審なほど慌てた様子で首を振った。
「い、いや、なんでもない。なんでもない!」
 怪しい。怪しすぎる。レックハルドはそのまま追求しようとしたのだが、ふと前方に影が落ちたので、口をつぐむ。
 前方に、この街のものらしい十数人が立ちはだかっていた。一様に表情がかたい。少なくとも、彼らに好感情をもっていないのは一見してわかった。
「なにか、オレ達に用なのか?」
 ファルケンは、それでも少し友好的に訊いた。
「今、ちょっと忙しいんだがな」
「盗賊が街を壊していったんだ!」
 一人の男が感情的に言った。おそらく、彼らに店を壊された商店主かなにかだったのだろう。
「お前みたいな狼人が街に来るからこんな目にあうんだ!」
「疫病神が!」
 恐れていた事が起こった。レックハルドは眉をひそめた。狼人に好感情を抱いていない街の場合は、何か事件が起これば大体こういう事になる。あのファルケンと旅をしていたときもそうだったのだ。何かあるたびに、ファルケンは矢面に立たされる事になる。だから、なるべくそういう街を避けて通ってきていたのだが。
「盗賊を呼び寄せたのはお前だろ! なにか悪魔の力を使ったんだ!」
 石でも投げそうな勢いで、後ろにいる男がそう怒鳴った。盗賊が街を壊していったことを全部ファルケンのせいにするというのもひどい話だ。さすがにレックハルドも腹を立て、思わず口を開きかけた。が、それは声にする前に止まった。
「おいおい」
 レックハルドが反論する前に、何となく物憂げに口を開いたのは当のファルケン本人だったのである。
「いくらなんでもちょっとそれは言いすぎだろ。いくらオレでも、そんな器用な真似はできないぜ。そもそも、オレは魔法が苦手なんだから」
 どこか他人事のようにファルケンは言った。
「盗賊も人攫いもどこにでもいるだろ。たまたま、それがこの街を襲っただけで、オレが来たからとは関係ないね。それとも、オレには厄病神がついてるとでも言いたいのか? だったら、この前、オレが遊びに来たときに何にも起こらなかったわけを訊いてみたいところだな」
 意外に強気だ。というよりは、完全に開き直っているといったほうがいいのか。ざわ、と群集が不安げにどよめいた。
「連中の頭は、ビフェンダルだといっただろ。あいつはここ一帯で相当有名な盗賊の名前じゃなかったっけな。…盗賊が襲ってきたのをオレのせいだと言われても困るぜ。それとも、何が何でもオレのせいにしたいのかい?」
 ファルケンはそういいながら、右手を腰に当てる。それは牽制なのかもしれない。と、いうのも、彼の右手の傍にいつも彼が下げている剣の柄が覗いているからだ。いつでも抜ける体勢なのは、この殺気だった連中を押さえつけて有利に話を進めるためなのだろう。
 その様子にさすがに街の者達は黙った。ここでファルケンと刃傷沙汰になれば、ただですまないのは街の者達の方である。狼人にそう簡単にかなうはずもない。
 だが、それを見て、先に不穏な空気に終止符を打ったのはファルケンの方だった。少しだけにやりとして、彼は一応親しげに声をかけた。
「でも、あいつを追い出す事ぐらいはしてやるよ。なにせ、さらわれた子供の中にはオレの連れがいるんでな。オレが一人であいつらを助けにいくぶんには文句はないな?」
そういうと、ファルケンはするりときびすをかえした。
「お、おいっ…!」
 レックハルドは慌ててそれを追いかける。ファルケンは、容赦なくすたすたと歩き出していた。街の連中は、さすがにそれ以上何もいえず無言で彼を見送っていた。
 誰もいない道に入るころには、すでに大分はずれに来ていた。ようやくレックハルドはファルケンに追いついた。
「いいのか?」
 レックハルドは不安そうに聞いた。
「なにが〜?」
 ファルケンは妙に危機感の足りない返事をする。その妙な生返事に、レックハルドはやや腹を立てながら言った。
「だーから、ああいうこと言っていいのかってきいてるんだよ?」
「だって、どっちにしろ、ザーラックの話じゃあいつら捕まってるみたいだしな。だったら助けに行くしかないだろ」
「そ、そりゃそうだが…」
 レックハルドは、何となく返事を渋った。その顔に不満がありありと見えるのを見て、ファルケンは苦笑した。
「…まぁ、腹立つのはわかるが、ここはおさえてくれよ。それより、…あんた、なんでついてきてるんだ? 一緒に来るのか?」
「え、あ、いや…」
 訊かれてレックハルドは一瞬詰まった。街の人間に責められ、おまけにさっさと一人で行ってしまったファルケンが心配で後をつけてはきたものの、一緒にその盗賊の根城にいくかどうかということになると、少し気が引けた。
 どうせ一緒に行っても足手まといになるのが目に見えているのだ。忘れてかけていた苦い思い出が頭の中に戻ってくる。自分が行動して、いい目に転んだことなどなかった。少なくとも、あの時は――余計な事さえしなければ、誰も死なずにすんだのだ。
 だが――
「…お前、一人でいったら何かときついんじゃないのかよ? ガキどももいるんだろ」
 レックハルドは、苦い思い出を振り切るようにはっきりとした声でそう訊いた。あの状況で彼を一人だけで敵地に飛び込ませるのも、昔の苦い思い出と被った。ここで一人で送り出して、何かあったら、今度こそ本当に見殺した事になってしまう。
 ぱちり、とファルケンは瞬きをした。それから思わずにやりとする。続いて、奇妙な忍び笑いが聞こえた。
「な、なんだ、それは!」
「いやぁ、あんたってそういう奴なんだなあと思ってさあ」
 ひひひ、といった方がよさそうな奇妙な笑いをうかべながら、ファルケンは続ける。
「口悪い割りに、意外といい奴なんだよなぁ」
「な、何言ってんだ!」
 からかい混じりに、しかしずばりと言われて、レックハルドは思わず言い返す。
「早く助けに行かなきゃならねえんだろ! なんで、そんなに緊張感ねえんだよ?」
「はは〜、緊張したっていい事何もないからなあ。そのときに油断しなきゃいいわけだろ」
 レックハルドは軽く額に手を置いた。
「お前、どういう性格してるんだ…。肝が据わってるというか、無神経というか…」
「オレからすれば、あんたも充分おもしろい性格だけどなあ」
 彼の知らないファルケンはそういって笑うと、少し穏やかな表情で彼のほうを向いた。
「それじゃあ、とっとと行ってしまおうか? どういう状態でも、人数は多い方が有利だし、あんたが来てくれたほうがオレも助かるしな」
 レックハルドの心を見透かしたようなその言葉に、しかし、彼は少しだけ救われた気分になった。
「ああ、…わかった。行こうぜ」
 そう応えて、前にいたファルケンを追い抜いて前に進んだ。足元でざくざくと砂が鳴る。後ろで、ファルケンが、一瞬彼の足元の砂を険しい目で見たことには、レックハルドは気づいてはいなかった。



 街がまだ騒然とした空気に取り囲まれているとき、町の門をくぐって一隊のキャラバンが到着した。
 街に入った途端、頭領らしい黒服の若い男が眉をしかめる。街の中を取り巻く異様な空気に気づいたらしい。
「なんの騒ぎだ?」
「訊いてまいりましょうか?」
 部下の一人が気をきかせたが、男は首を振った。
「いや、オレが直接きいてこよう。その方が早そうだしな」
 男は乗っていたラクダからひらりと降りると、そのまま人の中にまぎれていく。黒服の男は、そのまま人込みの中心の方にいく。人の噂を耳にしながら、やがて男は宿屋にたどり着いた。
 その一軒の宿屋では商隊の一員らしい青年が不安そうに町外れの方を見やっていた。どことなくぼうっとした感じの青年をみやりながら、男はずかずかと彼のほうに近づいていった。
「何かあったのか?」
「ああ、いえ…、そのうちのリャンティール…いえ、頭領が少し…」
 いきなり訊かれて、彼は戸惑いがちに言った。ファルケンのことを見知らぬ男にいうのに気が引けたのである。狼人であることを言えば、この見知らぬ男も嫌悪を示すかもしれないからだ。おまけに男は、砂漠から街に来たばかりらしく、顔の半分をターバンの余り布で覆っている。警戒せざるを得ない状況だった。
「リャンティール?」
 男は反芻して、ふと顎に手を当てる。
「お前、ファルケンの部下か?」
 えっと青年は驚いた。
「リャンティールをご存知なのですか? あ、あの…どちら様で…」
 だが、青年より少し年上らしい若い男は直接それには答えず、青年や彼の背後にいる仲間達を値踏みするような目で見ていた。その視線があまりにも鋭いので、彼は少しだけ不気味に思う。
 だが、彼は一通りそれを眺めた後、ふうと嘆息をついた。そのままあきれ返ったような目を空に向けてボソリと呟く。
「あの野郎……だめだっつったのにまたロクでもねえ拾いもんしやがったな…!」
「えっ?」
「で、どこに行った?」
 青年の驚きなど気にも留めず、黒服の男は尋ねてきた。
「え、えっと、確か…町外れにある今は使われていないとりで跡だとか…。しかし、あなたは…」
「その場で待機しとけ」
 黒服の男は命令しなれた口調でそういい、青年の顔も見ずにきびすを返して駆け出した。
「夕方には戻ってくるだろう。問題さえ解決すれば、多少は居心地もよくなるさ」
「はっ、はあ」
 青年はきょとんとした。なぜこの男に指図されなければならないのかわからなかったが、文句を言う気にもなれなかったのだ。それほどに、命令に手馴れていたし、何となく雰囲気に飲まれてしまう感じがする。仕方なく、彼は男を見送った。
 男はぶつぶつと文句のような事を言いながら、街をだっと走っていた。町外れのとりで跡なら見当がつく。先ほどここに入ってきたときに見かけた場所だ。
「全く、何考えてんだか!」
 男はイライラしたように吐き捨てた。
「ここでは目立った事をするなといっておいたのに! あの馬鹿が!」





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©akihiko wataragi