辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2004
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辺境遊戯 第二部 

砂漠渡り
 
 悪夢を見る。
 この砂漠に入ってから、とみに回数が多くなった。
 
 どろりとした空間で、見慣れたファルケンが立っていた。
 そういえば、ファルケンを最近見ていなかったな。と、レックハルドは不意に思う。一体、どこへ行っていたんだろうか。何となく久しぶりな気がする。
 レックハルドは、親しげに声をかけるのだ。
「お前、最近見なかったじゃないか。どこいってたんだよ?」
「どこ?」
 わずかに顔を上げ、ファルケンは笑う。その笑みが彼らしくもなく歪んでいて、レックハルドは表情を硬くした
「よくもそんな事がいえるな、あんたは…」
「ど、どうしたんだ? …ファルケン?」
 いつもと違う彼の様子に、レックハルドは怯えたように手を引いた。
「なんだよ、機嫌でも悪いのか?」
「あんな後でよくもそんな事がいえるなって言ってるんだよ、オレは」
 冷たい返答だ。ファルケンに少なくとも今までそんな言葉遣いをされたことはない。レックハルドは慌てて彼を見上げた。
「ど、どうしたんだよ? ああ、もしかして、お前に黙って金をくすねたのがばれたのか? いや、あれは悪かったと思って…」
「あんたはいつも悪かったで終りにするよな?」
 ファルケンの態度は変わらなかった。緑の瞳の奥に憎悪がちらついているようで、レックハルドは、恐怖すら感じた。
「ど、どうしたんだ? オレが何かしたのか? お前どこ行ってたんだよ? オレが心配して探してやってたのに…」
「探しても見つからないだろうな。なんで忘れてるんだ? …自分のやったことはいつもすぐに忘れるんだよな、あんたは」
「ど、どういうことだよ?」
 レックハルドの前で、ファルケンはにやりとした。その唇から赤い血があふれて流れていく。それを驚愕の目で見つめるレックハルドを馬鹿にしたように見やりながら、彼は言った。
「何も出来なかったくせに、全部忘れちまうのか? 友達がいのない奴だよなあ。オレがこんな目にあっているのに!」
「ま、待ってくれ! 何の事だよ! その前に、お前、早く手当てを…」
 そっと手を差し伸べようとしたレックハルドは、びくりとして固まる。それは、ファルケンの目があまりにも恐ろしかったからだ。服を血で染めたまま、彼は突き放すようにレックハルドをにらみつけた。
「思い出せよ…」
「な、何を…」
 戸惑うレックハルドに、ファルケンは悠然と笑いながら、しかし、恨みを込めた目をしていった。 

「あんたは――オレを見殺しにしたじゃないか?」



         ※          ※         ※

 砂が吹き上げてくる、熱い熱い大地を、一人の男が歩いていた。顔を布で多い、目だけが見えている。
 歩いても歩いても、砂丘しか見えない。砂砂砂、一面黄色の砂だけが延々と広がっている。足が重い。すでに靴は破れ、つま先から血が流れていた。それを引きずるようにして歩きながら、それでもレックハルドは諦めなかった。
「くそ…! やっぱり無謀だったか?」
 レックハルドは、嗄れた声でつぶやいた。熱い砂が足元で崩れる。荷物を引きずるようにして歩きながら、彼は砂丘の向こう側を見ていた。

 
 マジェンダ草原は久しぶりだった。ほとんど十数年ぶりといってもいいかもしれない。特に楽しい記憶もなかったが、別に感慨に浸るためにここに来たわけではない。そもそも、感慨に浸る気持ちなど、このときの彼には一切なかった。
 イリンドゥで調達したのは、食料に水に、それからラクダを一頭である。本当は馬のほうが扱いやすいのだが、あの砂漠を渡るにはより乾燥に強いラクダのほうが都合がいい。それに、食料と水も背負わせなければならない。だから、彼はこの旅のパートナーに、ラクダを選んだのである。
 あれだけ貯めていた金は、それでほとんど使い果たしてしまった。いや、それについては何の感慨もない。砂漠を渡った向こうに人里があるわけもないのだし、帰れないかもしれない。金など持っていても何の意味もないことが、レックハルドには痛いほどよくわかっていたのだった。
 砂漠を初めて見たのは、確か五歳のときだ。広大な砂漠と、その容赦のない死のような世界に、レックハルドは恐れながら、綺麗だと思った覚えがある。草原の草がまばらになり、そして砂漠に入ったときも、彼はやはり綺麗だと思った。
 だが、砂漠は綺麗なだけの場所ではない。上から降り注ぐ太陽の熱線と、そしてそれによって熱せられた灼熱の砂に苦しめられる事になる。砂漠の出口がどこかは知らないが、おそらくは北だ。方角は、太陽の方向と、そして夜に輝く星の位置で確かめられる。
 
 最初のうちは、そう困らずに歩く事が出来た。異変を感じたのは三日目である。
 いつものようにもくもくと歩いていると、彼を引っ張る力でレックハルドは我に返った。
「おい、どうした!」
 ふいに引っ張っていたラクダが暴れだしたのだ。動物にはそれなりに知識もあるレックハルドは、冷静にそれを落ち着かせようとしたのだが、ラクダの恐慌は激しかった。ラクダは竜のような、すさまじい雄たけびを上げながら、レックハルドを引き離そうとひたすら暴れる。
「落ち着け! どうしたんだ!」
 あくまで大人しくさせようとしていたレックハルドを、ラクダはとうとう振り払う。そしてきびすを返すと一目散に逃げ出した。振り払われたときに、砂の上に投げ出されていたレックハルドは、腰をはらいながらようやく立ち上がった。追いかけようとしたが、全速力で走るラクダは、とうに砂煙をあげて走り去っている。彼が走っても、もう追いつきようがなかった。
「じょ、冗談じゃねえ」
 レックハルドは呆然とつぶやいた。ラクダの背には、彼の十日以上分の食料と、そして水がつんであったのだ。万一に備えて自分で担いでいた分だけが、彼に戻された。今更、変える事の出来ない位置に来てから、ラクダに逃げられるなど、レックハルドには思いも寄らぬ事だった。
 このとき、レックハルドはまだ気づいていなかった。だが、一人で歩き始めてすぐにラクダが逃げた理由がわかった。妙な圧力を感じるのである。この砂漠は、何か神聖な場所特有の荘重な威圧感に満ちているのだった。
 あの悪夢を見始めたのもその夜からである。アレを見るたび、レックハルドは飛び起き、そしてついには眠れなくなってしまった。
 この前ファルケンを目の前で失った彼には、未だにそれは正視できないものであったからだ。彼のその気持ちを知っているかのように、この砂漠は彼が目をつぶるたびに、同じ悪夢を見せてくるのである。まるで砂に意思があって、わざと彼をこれ以上立ち入らせないようにしているとしか思えなかった。
 そうして、今に至るのだ。


「どこまで行けばいいんだよ…」
 それから何日歩いたか、レックハルドにはもうわからなくなっていた。昼夜を通して歩き続けていくうちに、死の砂漠、つまりこの辺境大砂漠の鋭い砂で靴がまず破け始めた。つま先からは血が滲み、そのうちに激痛が走るようになっていたが、レックハルドは止まらなかった。しかし、その分体力に限界が来たのである。 
 仕方がなく、レックハルドは担いでいた食料のほとんどを捨てた。そうでなければ、これ以上一歩も進む事が出来なかったからだ。色んなものを捨てたが、ファルケンの魔幻灯だけは捨てる気にはなれなかった。
(大丈夫だ。…すぐにオアシスにたどり着く。そうしたら、何か見つかるはずだ。)
 その判断は、普段の彼がみれば完全に間違った判断だっただろう。しかし、今の彼は、この砂漠を渡ることしか頭にない。冷静だの理屈だのは、体力の低下とそしてこの日差しがすべて奪いつくしてしまった。水さえあればどうでもいい。そう思えるほどに、すっかり憔悴していたのだった。
 もうその水もとうに切れてしまった。随分歩いたはずなのに、森どころか、オアシスすら見つからない。方角を間違えたのだろうかと思うほどに、遠い道だった。
「…いい加減にしてくれよ…」
 水をいれていた空の皮袋から水滴を得て喉を潤していたのだが、とうとうそれもなくなった。それを砂に捨て、レックハルドは膝をついた。アレぐらいの水では、喉の渇きが潤されるはずもない。右手にかけられた、ファルケンにもらった守護輪が哀しげに音を立てた。ここでは、さすがに彼の守りも役に立ちそうにない。
「ちきしょう…! どうなってるんだ、この砂漠は…!」
 実際、この砂漠に入って何日か、レックハルドはあの悪夢のために、まともな睡眠すら取れていない。眠ればあの夢を見てしまう。そのたびにあの光景を思い出して、それで恐くて眠れなくなるのだった。それでも彼がこの砂漠を歩きとおしたのは、かえってそれが彼を歩かずにいられない状態に追い込んだのかもしれない。
 そうして仕方なく昼夜を徹して歩く事になる。それが、かえってレックハルドを追い詰めていた。
 このままでは死ぬ。
 と、レックハルドは確信した。気がつけば、水も食べ物も体力も奪われていた。頼みの足は、棒のようになっている。
「なんてことだ」
 レックハルドはため息をついた。途端、圧倒的な眠気が彼を襲ってくる。このところ眠っていない彼には抵抗する手段はなかった。自然と目を閉じる。
  だが、すぐに彼は飛び起きるようにして目を開く。また血みどろのファルケンが恨みを込めた目をしながら嘲笑する夢をみてしまった。そうして、その夢と思い出した光景の恐ろしさで目が覚めてしまったのだった。わずかの間も眠る事すらゆるされず、再び熱い砂地獄に戻され、レックハルドは絶望的な気分になった。
「いい加減にしてくれ!」
 かれた声でレックハルドは叫んだ。
「殺すなら殺してくれよ! お前と同じ死に方でかまわねえ! オレにこれ以上思い出させないでくれ! 頭がおかしくなりそうだ! 許してくれねえというなら、殺してくれよ!」
 いや、楽に死ねなくてそれが当然じゃないか、と自分で思った。自分はファルケンをあれほど苦しめさせたのだから、自分もこんな目にあって当然だ。これが彼の怒りなのか、それとも砂漠の見せる幻覚なのか、そんなことはどちらでもいい。
「…オレが悪いんだ…。オレが全部……」
 レックハルドはため息をつき、右手で顔を覆った。すでに涙など出なくなっている。
(だから、せめてオレは行かなくちゃいけねえ。)
そうして、熱い砂に手をついて立ち上がる。ふらりとよろけながら、彼は取り憑かれたように前を見た。
 荒涼とした砂の大地…、それは自分の名前と同じだという。
 進まなければ――
 レックハルドは、足を引きずりながら前に進んだ。
「許してくれなんて、言ってないじゃねえか…。……オレを怨むなら怨んでくれって…! …せめて、砂漠を、越えさせてくれよ……。もし、お前の役に立つなら……」
 ぶつぶつと口の中で何か言いながら、必死で砂丘を一つ越える。少しだけ高いところにたった彼の前に、不意に広がる緑の森が見えた。前の砂丘が高いのではっきりとは見えない。だが、確かに緑の色がちらつくのが見えたのだ。
 レックハルドの表情が途端、明るくなる。あれが辺境の森に違いない。とうとうたどり着いたのだ。次の砂丘を越えてしまえば、その位置がわかる。そうすれば、彼のこの気持ちも解消される。ファルケンも許してくれるかもしれない。
(あと少しだ!)
 レックハルドは、すでにほとんど言う事を聞かなくなった足で無理やり砂を蹴った。走り出しながら、その次の砂丘を越えていく。そうしてもう一度頂上に立ち、彼は希望に満ちた目で前を見た。
 そして、愕然とした。
「嘘…だろ…」
 レックハルドはさすがに絶望的な声をあげた。砂丘の向こうには、やはり砂しかなかった。オアシスすらみえない。ただ、砂埃が飛び散るのが見えるだけである。先ほど見えた森は蜃気楼だったのか、それとも朦朧とした彼が見た幻だったのか。とにかく、向こうには一面の砂丘が広がっていた。
「そんな…」
 からん、と音を立ててレックハルドの手から握っていた魔幻灯が転げ落ちた。それが砂丘を転がっていくのを慌てて目で追いかける。しかし、もう足が動かなかった。ふと、青い空がぐるりと一周回ったような気がした。
(すまねえ、…折角ここまできたのに…)
 一瞬、また日蝕だろうかと思うほどに世界が黒くなっていく。レックハルドはそれが日蝕のためでなく、自分の限界がきたからだと、何となく理解していた。
(オレも、もうだめだ……)
 レックハルドは、そのまま砂丘を転がり落ちた。砂は身体を焼くほどに熱いが、それから逃れようとする力はレックハルドにはもうなかった。魔幻灯は遠く前方に先に転がっている。もう手が届かないのはわかっていたが、レックハルドは精一杯手を伸ばした。
「ファルケン…」
 レックハルドは熱い砂に吹き上げなれながら、ぼそりと呟いた。
「助けてくれって惨めに叫んだって、お前はもう、オレを助けられないんだよな…。でも、よかったかもな。最後の最後ぐらい、惨めに助けを呼ばなくって済むんだからさ。それに、お前も…こんなオレを助けようだなんて、もう思っていないんだろ…」
 ふっと自嘲的に微笑む。こんな世界の果てみたいな場所で、たった一人、熱い太陽にさらされながら干からびるように死ぬ。だが、今のレックハルドには、それが一人きりで生きてきた自分にとって一番ふさわしいような気がしていた。世界のすべてに見放されたような気分だった。
(オレには似合いの最期かもな。)
 レックハルドはかすれた目で目の前を見た。ざらざらの黄色い画面が目の前に迫っているだけだ。
 レックハルドは、目の前の魔幻灯をつかもうとする手に力を入れるのをやめ、砂を力いっぱいつかんだ。爪の中に熱い砂が入り込むのがわかる。
(ああ。許してくれとはいわねえぜ…。だけど、…あっちへ行ったら、一言だけでもいいから謝らせてくれよ…、なあ。)
 このまま、きっと砂が自分を埋め尽くしてくれるに違いない。永遠に見つからないというのも手かもしれない。どちらにしろ、こんな世界の果てのような場所では、マリスに自分の死を悟られずに済む。それなら、別にかまわない。
 レックハルド、つまり砂の大地の意味を持つ自分が砂漠で死ぬのは、甚だ皮肉っぽかった。こんな名をつけた、おそらく自分を愛さなかっただろう大人たちに、レックハルドは軽い嘲笑を送った。
「…マリスさん…」
 こんなときに何をいっているんだと思いながら、レックハルドの脳裏には、あの赤い髪のかわいらしい娘がいっぱいに浮かんでいた。相変わらずあの子はこの世の不幸も知らないような顔をして笑っている。でも、それでいいと思う。マリスが悲しみに歪む顔など、レックハルドは絶対に見たくなかったし、あのままの顔が一番彼女らしい顔だと思うから。
(もう一度、顔だけでも見たかった。)
 さらさらと砂が自分の顔にもかかる。それを振り払う体力もなく、レックハルドは目を閉じた。
 
 
「どこまで続くんだ。この砂は――。まったく、死の砂漠とはよくいったもんだな」
 さすがのイェームもこの砂漠には辟易していた。余り知られていないが狼人は砂漠に弱い。もともと寒冷地にいたとも言われる彼らは、実は強い日差しに強くないらしい。森の中で生活している者は、特にそうだといわれている。
 息をつきながら、水をいれた皮袋から水を口に少しだけ含む。幸い食料と水だけはたっぷり持ってきた。こういうときだけ、自分の体力を褒めてやりたくなるものだ。
「それにしても」
 と、イェームは下を見た。崩れてはいたが、死の砂漠のいっぺんに、レックハルドのものらしい足跡が残っていた。それだけ彼との距離が近くなったという事だ。それに、レックハルドのものらしい荷物も幾つか拾った。たとえば、彼が愛用していた算盤などを。
「これはあいつにとっては商売道具で、…多分命の次に大切なものなのに…」
 イェームは不安を感じた。算盤には、レックハルドのうまい字で名前が書かれている。彼がこれを捨てていったという事は、かなり限界だということに違いない。
「こんな大切なもの、捨ててまでまだ歩いてるのか? …だけど、…一体どこまで……」
 延々と続く砂丘を見ながら、イェームはため息をつく。まるで無駄な作業をしているかのような気持ちになってしまう。死の砂漠はそれほど広大な砂漠ではないはずなのに、これほど広大に見えるのは、その自然環境がそう思わせるのかもしれないと、イェームはポツリと思う。
「それほど遠くには進んでいないはずなんだが…」
 計算ではすでに彼を追い抜いているはずなのだった。それとも、それほどレックハルドは足が速いのだろうか。それなら、夜を徹して歩いているという事になる。この辺りの足跡は、見当たらなくなった。すでに埋もれてしまったのか、それとももう追い抜いたのか。イェームは不安になって少しスピードを落とす。
(まさか、そんな無茶をするなんて――…あんた、ただの人間なのに……)
 不意に足にこつんと何かが当たった。何か金属的な感触だ。
「なんだ」
 イェームはかがみこみ、砂に埋もれかかったそれの表面を払った。そして、ふっと息を呑んだ。そこにあったのは、壊れかけた魔幻灯だった。
 足跡はすでに途絶えている。ということは――。
 イェームは慌てて周りを見回した。そこから少し離れた場所に濃紺の長い上着が見えた。イェームは走り出した。
「レックハルド!」
 イェームは慌てて彼に駆け寄ると、上にかかった砂を払い、うつ伏せのかれを慌てて仰向けにした。そして、その頬を叩いてみる。かたく目を閉じたレックハルドはぐったりとしたまま、何の反応も示さない。
(まさか、死んでるんじゃ…)
 最悪の予想をしてしまい、イェームは顔色を青くした。
 そのとき、突然、びくっと、レックハルドの手が動いた。微かに口が動く。
「な、なんだ?」
 声が聞こえないので、イェームは耳をつけた。かすれた声が、わずかに聞こえた。
「み、…水を…」
「水! 水だな!」
 イェームは喜色に満ちた顔をあげると、早速水を入れる革の袋を差し出して、その口に注ぎいれる。いきなりだったためか、慌てて飲ませすぎたためか、レックハルドは少し咳き込んでそれを少し吐き出した。
「さ、さすがに飲ませすぎたかな…」
 そうっと覗き込み、軽く頭に水をかけてやる。レックハルドは目こそ開けなかったが、軽いうなり声がきこえていた。とにかく意識はまだあるらしい。 
「よかった…」
 イェームは、安堵のため息をついた。
「間に合って本当によかった」
 イェームはレックハルドを肩に担ぎ上げた。そのまま砂漠を早足で渡る。この熱砂は、イェーム自身にとってもかなり辛いものであったが、急がなくてはならなかった。
「確か、この辺にオアシスがあるはずだ。そこまで行けば…!」
 イェームは懐に突っ込んであった紙切れを目の前でぱっと広げた。それを目でさあっと確認し、イェームはぐったりとしているレックハルドにちらりと目を向けた。
「待ってろよ! すぐに休ませてやるからな!」
 そのままほとんど走り始めたイェームは、いつも彼が森を行くほどのスピードで、そこから遠ざかりはじめた。この際、もう体力がどうこう言っている場合ではなかった。





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©akihiko wataragi