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予感と戦慄-2 狼人は、じっと彼を眺めると、すっと剣をはずしてにやりとした。「あんた、意外に度胸すわってんなー。わかった! 特別に気に入ったから信用してやるぜ!」 「その気に入り加減で、話を纏めたいところだがな」 宰相はため息をつきながら、肩をすくめた。 「で、話って何だよ? オレになんか得なことなのか?」 少し笑いながらそういう若い狼人を見ながら、宰相は、思いだしたようにいった。 「なるほどな、やっぱり噂のフォーンアクスは、お前のことか」 「なんでえ! どうしてオレの名前知ってるんだ!」 冷めた口調がいけなかったのか、狼人は馬鹿にされていると思ったらしくそう怒鳴ってきた。宰相は軽く首を振る。 「落ち着け。オレは何もお前のことを悪く言ったわけじゃねえ。ただ、お前の噂を聞いたことがあるからそう訊いた。狐の毛皮に、そんな目つきの狼人は、そうそうたくさんいねえだろ」 落ち着いた声で宰相に言われ、フォーンアクスという名前らしい狼人は、ふと自分でも考え込んでしまった。 「…そうか。それならいい。あんたが言うとおり、オレはフォーンアクス、狐のフォーンアクスだ。あ、そういや、オレ名乗ったのに、あんた名乗ってねーじゃねえか! 人の名前だけ名乗らせて、オレの名前、魔法具に書いて呪う気だろ!」 「そうカッカするな。オレは魔法使いじゃねえ。名前訊いてどうにもできやしねえよ。オレはレックハルドという。他の連中は、オレをレックハルド=カラルヴって呼んでるよ。呼びたいように呼べ」 「カラルヴ? …なんでえ、黒い黒いっていう意味か?」 「そうだよ、オレのあだ名だ」 気の短いフォーンアクスに呆れながら、レックハルドと名乗った宰相は、ため息をついた。 「…なんで、うちの部下を襲ったんだ?」 「そりゃあっ、おめえ…」 フォーンアクスは、少し考えてから、呼び名を黒い黒いレックハルド、つまり、レックハルド=カラルヴをやや睨みながら言った。 「お前のところの部下が、オレのテリトリーを素通りしようとしたからに決まってるだろ! なんだよ、そんなこともわからねえのかよ!」 「この辺の狼人には一応礼を取ってたんだがな。どうもあんたがここにいるとは知らなかったらしい。それについては非礼をわびるが、何も刃をむけることはねえだろう?」 「そりゃ、あんたの部下だって武装してたからだ」 狼人はテリトリー意識が高いものだが、それにしてもフォーンアクスは乱暴すぎる。 「気持ちはわかるが、これからはやめといたほうがいいぜ」 「何でだ?」 「オレじゃなきゃ、お前、捕まってもおかしくないんだぞ。他の国の使節に害を加えたとなれば、司祭連中からお小言くらうだけじゃすまねえぜ。狼人の縄張り意識はわかるが、趣味で首が飛ぶなんて、洒落にもならねえ真似はよせよ」 「趣味? 別にオレは、趣味でテリトリー守ってるんじゃねえ。それに、縄張り意識とかそういうんだけじゃねえんだぞ!」 フォーンアクスは、むっとした顔をした。 「オレはなーっ、辺境に変な奴が来ないかどうか見張ってんだよ! 近頃、森があちこちで枯れたりしてる。それに、侵入者が関わってる筈なんだ! だから、見張ってるんだ!」 「…だったら、余計に…まあいい。だが…」 レックハルドはちらりと目を光らせた。 「お前、今、森が枯れてるとか言ったな」 「ああ。あちこちの森が枯れてるんだが、司祭の奴もリャンティールもオレの言うことなんざ、ききゃしねえんだ。むかつくから、一人で守ってやろうと思って、で、あちこちで待ち伏せして、変な奴を徹底的に取り調べてたんだ」 フォーンアクスは少し悔しそうに言った。だが、レックハルドはわずかに苦笑いする。信用されないからといって、あらぬ疑いをかけられて殴られた方はたまったものではない。 「オレが追放された身分だからって、あの野郎、力じゃオレにかなわねえ癖に!」 「おいおい、物騒な事言うなよ。でも、異変は事実なんだな?」 「ああ! オレが嘘言ってるとでもいうのかよ!」 レックハルドが少しにやりとして訊くと、フォーンアクスはすごい勢いでうなずき、きっと獣じみた目でレックハルドを睨み付けた。 「いや、オレはお前を信じてるぜ。ただ。ものは相談だが…」 といって、レックハルドはそっと小声で言った。 「何かあったら、オレに報告してくれないか。…オレは、いつもサラードの宮殿にいる。最悪、門番は蹴倒して来てもかまわねえが、穏便にすませたかったらオレの名前を言えば、通してくれるはずだ」 「え? なんだよ、それ〜? あんた、情報知りたいのか?」 フォーンアクスは、少し意外そうな顔をした。 「誰もオレのことを信じなかったんだぜ? あんた、オレの言うことを信じた上で、報告しろなんて言ってるんだよな?」 「ああ。ちょっと、近頃、気になることがあってな。…それと組み合わせて調べたいことがある」 レックハルドは、視線をやや上にあげる。 「王も誰も真に受けやしねえが、オレは気になるんでな。…ああ、もちろん、ただとはいわねえぜ。飯も食わすし、好きなものがあったら何でも用意させてやる」 「…もしかしてさー、あんた、すっげー金持ちなのかよ?」 きょとんとして、フォーンアクスが指を指しながら訊いてきた。 「すげーというほどじゃねえが、ま、そこそこはな。投機で成功したからまあまあじゃねえの」 「そうか。…まあいいや!」 フォーンアクスは手を打って、立ち上がった。 「よーし、気に入った! オレはあんたに協力してやるよ。オレが剣を向けてもびびらなかったのにも気に入ったし、何よりオレのことを信じてくれたしな!」 それはちょっと買いかぶりすぎだが、レックハルドはふうとため息をついた。 「それじゃあ、契約成立ということだな」 「ああ!」 威勢よく答えたフォーンアクスは、ふいに森の方を見た。レックハルドには聞こえないが、彼にはなにか音が聞こえるらしい。 「いけね! あれは、なんか獲物が罠にかかった音だ! 捕らえねえ内に横取りしないと!」 自分ではあまり狩りをしないのか、フォーンアクスはせこいことをいうと、そわそわとしてレックハルドを見た。 「おい、用件はそれだけだよな! じゃあ、オレはもういくぜ!」 フォーンアクスは、ざっと駆けだした。 「あ、ちょっと待て! お、おい!」 いきなり走り出されて、困惑したレックハルドに向こう側から声が聞こえてきた。 「そこは通ってもいいぜ! またな!」 レックハルドは、森の向こうを見ながら肩をすくめた。乱暴で一人飲み込みで、ある意味では本当にかわった狼人だ。 「…あいつ、オレの名前覚えてるんだろうな…」 いや、多分無理だ。先ほど、門番は蹴倒してもいいと冗談で言ったが、きっと何か報告しにくるときは、本当に門番を蹴倒して一悶着あるのだろう。 「全く、どういう馬鹿だ」 レックハルドはそういいながら、やれやれとばかりに頭をかいた。
一覧 戻る 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。 |