辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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 予感と戦慄-2

狼人は、じっと彼を眺めると、すっと剣をはずしてにやりとした。
「あんた、意外に度胸すわってんなー。わかった! 特別に気に入ったから信用してやるぜ!」
「その気に入り加減で、話を纏めたいところだがな」
 宰相はため息をつきながら、肩をすくめた。
「で、話って何だよ? オレになんか得なことなのか?」
 少し笑いながらそういう若い狼人を見ながら、宰相は、思いだしたようにいった。
「なるほどな、やっぱり噂のフォーンアクスは、お前のことか」
「なんでえ! どうしてオレの名前知ってるんだ!」
 冷めた口調がいけなかったのか、狼人は馬鹿にされていると思ったらしくそう怒鳴ってきた。宰相は軽く首を振る。
「落ち着け。オレは何もお前のことを悪く言ったわけじゃねえ。ただ、お前の噂を聞いたことがあるからそう訊いた。狐の毛皮に、そんな目つきの狼人は、そうそうたくさんいねえだろ」
 落ち着いた声で宰相に言われ、フォーンアクスという名前らしい狼人は、ふと自分でも考え込んでしまった。
「…そうか。それならいい。あんたが言うとおり、オレはフォーンアクス、狐のフォーンアクスだ。あ、そういや、オレ名乗ったのに、あんた名乗ってねーじゃねえか! 人の名前だけ名乗らせて、オレの名前、魔法具に書いて呪う気だろ!」
「そうカッカするな。オレは魔法使いじゃねえ。名前訊いてどうにもできやしねえよ。オレはレックハルドという。他の連中は、オレをレックハルド=カラルヴって呼んでるよ。呼びたいように呼べ」
「カラルヴ? …なんでえ、黒い黒いっていう意味か?」
「そうだよ、オレのあだ名だ」
 気の短いフォーンアクスに呆れながら、レックハルドと名乗った宰相は、ため息をついた。
「…なんで、うちの部下を襲ったんだ?」
「そりゃあっ、おめえ…」
 フォーンアクスは、少し考えてから、呼び名を黒い黒いレックハルド、つまり、レックハルド=カラルヴをやや睨みながら言った。
「お前のところの部下が、オレのテリトリーを素通りしようとしたからに決まってるだろ! なんだよ、そんなこともわからねえのかよ!」
「この辺の狼人には一応礼を取ってたんだがな。どうもあんたがここにいるとは知らなかったらしい。それについては非礼をわびるが、何も刃をむけることはねえだろう?」
「そりゃ、あんたの部下だって武装してたからだ」
 狼人はテリトリー意識が高いものだが、それにしてもフォーンアクスは乱暴すぎる。
「気持ちはわかるが、これからはやめといたほうがいいぜ」
「何でだ?」
「オレじゃなきゃ、お前、捕まってもおかしくないんだぞ。他の国の使節に害を加えたとなれば、司祭連中からお小言くらうだけじゃすまねえぜ。狼人の縄張り意識はわかるが、趣味で首が飛ぶなんて、洒落にもならねえ真似はよせよ」
「趣味? 別にオレは、趣味でテリトリー守ってるんじゃねえ。それに、縄張り意識とかそういうんだけじゃねえんだぞ!」
 フォーンアクスは、むっとした顔をした。
「オレはなーっ、辺境に変な奴が来ないかどうか見張ってんだよ! 近頃、森があちこちで枯れたりしてる。それに、侵入者が関わってる筈なんだ! だから、見張ってるんだ!」
「…だったら、余計に…まあいい。だが…」
 レックハルドはちらりと目を光らせた。
「お前、今、森が枯れてるとか言ったな」
「ああ。あちこちの森が枯れてるんだが、司祭の奴もリャンティールもオレの言うことなんざ、ききゃしねえんだ。むかつくから、一人で守ってやろうと思って、で、あちこちで待ち伏せして、変な奴を徹底的に取り調べてたんだ」
 フォーンアクスは少し悔しそうに言った。だが、レックハルドはわずかに苦笑いする。信用されないからといって、あらぬ疑いをかけられて殴られた方はたまったものではない。
「オレが追放された身分だからって、あの野郎、力じゃオレにかなわねえ癖に!」
「おいおい、物騒な事言うなよ。でも、異変は事実なんだな?」
「ああ! オレが嘘言ってるとでもいうのかよ!」
 レックハルドが少しにやりとして訊くと、フォーンアクスはすごい勢いでうなずき、きっと獣じみた目でレックハルドを睨み付けた。
「いや、オレはお前を信じてるぜ。ただ。ものは相談だが…」
 といって、レックハルドはそっと小声で言った。
「何かあったら、オレに報告してくれないか。…オレは、いつもサラードの宮殿にいる。最悪、門番は蹴倒して来てもかまわねえが、穏便にすませたかったらオレの名前を言えば、通してくれるはずだ」
「え? なんだよ、それ〜? あんた、情報知りたいのか?」
 フォーンアクスは、少し意外そうな顔をした。
「誰もオレのことを信じなかったんだぜ? あんた、オレの言うことを信じた上で、報告しろなんて言ってるんだよな?」
「ああ。ちょっと、近頃、気になることがあってな。…それと組み合わせて調べたいことがある」
 レックハルドは、視線をやや上にあげる。
「王も誰も真に受けやしねえが、オレは気になるんでな。…ああ、もちろん、ただとはいわねえぜ。飯も食わすし、好きなものがあったら何でも用意させてやる」
「…もしかしてさー、あんた、すっげー金持ちなのかよ?」
 きょとんとして、フォーンアクスが指を指しながら訊いてきた。
「すげーというほどじゃねえが、ま、そこそこはな。投機で成功したからまあまあじゃねえの」
「そうか。…まあいいや!」
 フォーンアクスは手を打って、立ち上がった。
「よーし、気に入った! オレはあんたに協力してやるよ。オレが剣を向けてもびびらなかったのにも気に入ったし、何よりオレのことを信じてくれたしな!」
 それはちょっと買いかぶりすぎだが、レックハルドはふうとため息をついた。
「それじゃあ、契約成立ということだな」
「ああ!」
 威勢よく答えたフォーンアクスは、ふいに森の方を見た。レックハルドには聞こえないが、彼にはなにか音が聞こえるらしい。
「いけね! あれは、なんか獲物が罠にかかった音だ! 捕らえねえ内に横取りしないと!」
 自分ではあまり狩りをしないのか、フォーンアクスはせこいことをいうと、そわそわとしてレックハルドを見た。
「おい、用件はそれだけだよな! じゃあ、オレはもういくぜ!」
 フォーンアクスは、ざっと駆けだした。
「あ、ちょっと待て! お、おい!」
 いきなり走り出されて、困惑したレックハルドに向こう側から声が聞こえてきた。
「そこは通ってもいいぜ! またな!」
 レックハルドは、森の向こうを見ながら肩をすくめた。乱暴で一人飲み込みで、ある意味では本当にかわった狼人だ。
「…あいつ、オレの名前覚えてるんだろうな…」
 いや、多分無理だ。先ほど、門番は蹴倒してもいいと冗談で言ったが、きっと何か報告しにくるときは、本当に門番を蹴倒して一悶着あるのだろう。
「全く、どういう馬鹿だ」
 レックハルドはそういいながら、やれやれとばかりに頭をかいた。


 フォーンアクスが去ったことで、ようやく道が開通し、一行は再び旅路を続けた。
「あのフォーンアクスに何を訊かれたのですか?」
 再び、横にきていた少年が宰相を見ながら興味深そうに訊いた。
「ああ、…ちょっと、辺境の森の異変について知ってるようだったからな、それについて訊いたんだよ。…オレの勘じゃ、これからなんかまずいことになりそうな気がしてな」
「異変ですか? しかし…そんな話はどこからも」
「でも、あいつは嘘をつけるようなタイプじゃねえ。乱暴だが、信頼には足る」
 不思議そうな少年をみながら、彼は小声でぽつりと「それにな」と言った。
「実は、近頃シールコルスチェーンの動きがおかしい」
「え?」
 少年は、きょとんとして宰相レックハルドを見上げた。三十を少しすぎたかどうかぐらいのまだ若い彼は、細い目をさらに目を細めるようにしていった。
「近頃、シールコルスチェーンのセヴァルトが、あちこちに現れては、領主や権力者と交流してるそうだ。…だが、シールコルスチェーンは、本来、辺境の祭祀にのみ関わる役職。その時に、邪気と妖魔払いのために、選ばれた一番強い辺境の子供だ。つまりは、俗世間とは一線を画す存在のはずなんだが…」
 彼は少年の方に目を向けた。
「それが、領主とお近づきになるなんてあまりにもおかしい。…あの狐の力馬鹿がいったことも気になるしな」
 そして、ふと表情をわずかにゆるめ、レックハルドはからかうような笑みを見せた。
「まあ、官吏登用試験に受かったばかりのマキシーン家の御曹司のサライさんにも、多少は関わりのある話だ。頭の片隅でも覚えておいたほうがいいだろうな。いつの間にか、罠にはまってるって事もなきにしもあらずだからな」
「ええ。…そうですね。わかりました。肝に銘じておきます」
 少年は素直にうなずく。しかし、レックハルドはろくろくそちらの方を見ないで、ぽつりと呟いた。
「さて、そろそろおもしろくなってきたぜ。…オレも、才能飼い殺しなんて言ってられねえ状況になってきたな」
 どこか、異様な光を目にたたえているレックハルドのその唇には、おそらく本人も気づいていないだろうが、実に楽しそうな笑みが乗っていた。

 
 ―――辺境の伝説に残る辺境大火災、これはそれが起こるたった二年前のことだった。


 そして、これが、彼らの後まで続く因縁の一番最初の物語にもなることを、彼らはまだ知ることもなく――

 





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。
©akihiko wataragi