辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005


  
 

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9.号泣と関連があります。



38.ショック
太古編・「冷たい血潮」

 その被害は凄まじいものだった。この前緑色に生い茂っていたはずの森が、今はただの焼け野原である。木の一本も立っていない様子に、長身の男は、片手に酒を持ちながらふうむと唸った。
「ひでえもんだな、おい。」
 男は、頭をかきやりながら惨状を改めてみた。この火災で相当な避難民が出ている。彼はその集落を見回ってきたばかりだったが、それにくらべるとここは人間がいないだけまだいい。怨嗟の声も嘆きの声も聞かなくてすむだけいい。
「まったく、何考えてんのかねえ。燃やすってのがどれほどの損害になるかまるでわかってねえな。せめて、伐採して役に立てろよな。」
 男はそういいながら、酒を一杯ひっかけた。彼には避難民の救済という任務があるのだが、それだけに素面でやるのが辛かった。
 ふいに焼け野原の真ん中に突っ立っている男がいた。長くてばさばさした髪の毛と長身の彼よりも大きくてたくましい体格をみれば、大体彼の正体がわかる。狼人だ。
「なんだ、狐か。こんなところにいたのか?」
 男は声をかけた。目の前にいる男はちょっとした知り合いである。もっとも、彼が主に金と食べ物で、情報収集を頼んだというものであるが。
「どうした? フォーンアクス。お前さんらしくねえな。」
 あの鬱陶しくなるぐらい熱くて、喧嘩っ早くて、誤解が多い狐のフォーンアクスである。そんな彼がしおらしく地面を見つめているというのはよほどの事があったのかもしれない。
「全部燃えちまった…。ここ、オレが昔、住処にしてたとこなんだよ。」
 フォーンアクスは男を振り返って言った。その目は珍しく虚ろで、悲しげだった。
「ここの近くにいっぱい人が住んでたんだ。オレの友達も…。」
「避難民の集落にいって見ろ、人であふれかえってるぜ。尋ね人なら大方その辺にいるよ。」
「探したけど、オレの友達、どっかいっちまったみたいでいないんだ。」
「そうか。鍛冶屋だったな、お前のご親友は。」
 男は、前にきかされた話を思い出していった。
「ま、大丈夫じゃねえの。それに、こんな事が起こったんだ。そのうちあっちこちで争いが起こって、お前の親友も儲かるだろうさ。忙しくて、動けないんじゃないか?」
「なんだと! それ、本気でいってんのかよ!」
 急にフォーンアクスの目に炎がばっとともった。感情の起伏の激しいフォーンアクスは一瞬で表情がかわるのである。どうやら腹を立てたらしい。
「なんだ? 気に障ったか?」
 男としてはそれなりに励ますつもりでいったのである。ひねくれ者で皮肉屋の彼なりの気遣いだったはずなのに、真剣に睨まれて少し心外だ。
「気に障らないわけねーだろがっ! なんでえ、あんたとあいつを一緒にするなよ! あいつはあんたみたいな守銭奴じゃねーんだぞ!」
「人を指して守銭奴っていうなよな。心外だぜ。」
 少しむっとして男はいった。
「オレは、この世には光あれば影もあるっていってるだけだぞ。いいじゃねえか、こんな災いの中逞しく生きる奴もいて世の中はなりたってるんだよ。」
「そういう考えがむかつくっていってんだよ! なんでそんなにあんたは冷てーんだよ!」
「しらねえよ。お前が熱いだけだろが。」
 男は肩をすくめた。フォーンアクスはますます怒って、男を指さして叫んだ。
「何いやがる! この冷血漢野郎! てめえみたいな冷血動物にはわかんねーんだよ! 人間のくせに、赤い血の一滴も流れてないんだろうな! お前にはよ!」
 フォーンアクスにきっぱり言われて、さすがに男は顔をゆがめた。が、冷静な彼は取り合わず、かえってふんと鼻で笑って流す。フォーンアクスの熱くなった感情は一瞬では引くはずもなく、男から矛先を「彼」へと変えた。
「ああの野郎! 見てろ! オレがこの仇はぜってえ討ってやる! 倍返しだ!」
 そのまま彼はずかずかと歩いていく。頭に血が上ったフォーンアクスがどこにいくのかは男にも見当がつかない。しばらく、やりたいようにさせてやろうかとも思う。
「ったく、熱い男だな。オレからすれば、お前のそう言うところは暑苦しくてたまらねえんだがな」
 男はそう呟き、フォーンアクスを見送った。フォーンアクスが、彼のつぶやきを訊いている筈もない。彼はすたすたといってしまう。
「いいねえ、単純な奴は。オレもちょっとは見習いたいぜ。」
 そして、先ほどいわれたことを思い出し、少しだけため息をつく。
「それにしても、…冷血漢ねえ。」
 男はやや苦笑いを浮かべた。
「そういえば、そうはっきり言われたのは初めてだな。」
 お前にはわからねえだろうさ、とばかり彼は寂しげに笑った。人には様々なタイプがいる。ひどい衝撃を受けたときに、フォーンアクスのように真っ正面からそれを受け止めようとする人間もいれば、受け流すためにわざと冷淡な事を言う者もいるのである。
 少しだけ寂しそうにしながら、男はぽつりといった。
「オレにだって、赤い血ぐらい流れてるよ。あの単純馬鹿が。」

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©akihiko wataragi