絶望要塞(改訂版)・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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1.「死の神が支配した」-3


 

「ど、どうなることかと思った……」
 バルトは、ため息をついた。
「さすがにこの前みたいに派手にやられたら困るからなあ」
「この前、そんなに派手にやったのかい?」
「ナツは知らないんだよなあ。……あの二人、司令室の机と棚を全部おシャカにしたことがあるんだよな」
 バルトは、その時のことを思い出したのか、わずかに身震いした。
「……後で足りなくなったものを修復するのは、オレの仕事だからねえ。あの二人には大人しくしてもらいたいよ」
 バルトはふうとため息をつく。
「あまり悪口はいいたくないんだが、それにしても、あのファンドラッド閣下のあの時の目は恐かった。なんかつついちゃいけないところでも突いたかなあ」
「そんなに恐いかな、あれ」
 ナツは、少し首を傾げた。確かにファンドラッドは、おっかないかもしれないのだが、少なくともナツには優しいからよくわからない。ファンドラッドは、ナツをかなり甘やかしているらしく、
「そりゃ、ナツは子供だからな。あの人も悪魔じゃないんだから、子供には多少甘いよ。あの目をまっすぐに見て、文句言える度胸があるのは、リティーズ様ぐらいだ」
「リティーってでも普段だとあんまりアレなのに」
「過小評価しちゃだめだぞ、ナツ。あの人はあの人で、かなり強いんだから」
「え、そうなのかい?」
 疑うようなナツの声が響く。バルトの顔が、何となく何かを哀れむように歪んだのは気のせいではないのだろう。はあ、とため息をつく彼の表情は、あの人のいい上官に対する同情が溢れていた。
「なんだい、朝から?」
 急に張りのある女性の声が聞こえ、ナツとバルトはそちらに顔を向けた。
「今日はなんだか賑やかだね」
「ああ、なんだ。ライセン隊長か」
 バルトは、ようやくまともな人が来た、というような目をした。視線の先にいるのは、フェリア=ライセンという女性の軍人で、バルトと同じ詰め襟の軍服をすらりと着こなしていた。どこか着飾りすぎのキザなファンドラッドや、そもそも軍服を着ていようがだらしない印象がするリティーズ、どこか大人しい印象のバルト達と比べると、服の着こなしがもっとも軍人らしいかもしれない。格好のいい女性なのだ。
 きりりとした印象の顔つきは、上品で気丈な感じで、整っている。ナツはあまり他の女性にあったことがないから、美人というのはよくわからないのだが、こういうライセンのような女の人を美人というのだろうと漠然と思っていた。
 ナツの知る要塞の軍人の中では、ライセンは少し変わった経歴の持ち主である。他の連中が、みんなナツが物心ついたときから、要塞にたむろしていたのに対し、彼女だけが最近本国から派遣されてきたのだという。感じのいいライセンのこと、すぐに要塞の人たちとうち解けて、すっかり古参連中に紛れてしまっていたが。あの一癖あるファンドラッドも、女性に甘いこともあって何かと目を掛けている様子だ。
「騒いでいるから何事かと思ったんだよ」
 そういって笑うライセンに、バルトは肩をすくめながら言った。
「また、あの司令官二人組がね……」
「ああ、なるほどねえ」
 ライセンも、わかったような顔をした。あの二人がもめ事を起こすのはしょっちゅうなので驚くこともない。しかし、そういって納得してくれる常識人のライセンと話すのは、普段、あの上司二人組で苦労しているバルトにとっては、ストレス解消になるらしい。バルトの表情は軽くなっていた。
「そういえば、ライセン隊長はそろそろ、ここにも慣れたかい?」
 ふと、彼がそうきくと、ライセンはふっと笑って答える。
「ああ、まあね」
「そうかい。それはよかった。ここはちょっと特殊だから。本国から来た人にはなじみが薄いんだろうと思って心配していたんだよ」
 特殊、という言葉にわずかにライセンは苦笑した。
「そういえば、不思議な場所だとは思うね。士官以下の連中とはあまり顔を会わさないし」
「ああ、それは……」
 バルトは、やや神妙な顔つきになった。
「ファンドラッド閣下がそうやっているんだよ。何しろ、ここは最後の砦みたいなところだからね。……色々と知られてはいけない秘密もあるんだ。まあ、大体の秘密ってのは、閣下が握ってるんだけどね」
「そんなところにオレがいてもいいわけ?」
 ナツが不思議そうな顔で訊く。
「ナツは、閣下が特例を出しているからいいんだよ」
「この要塞は、実際、あの人の王国みたいだな」
 ライセンが、ぽつりと言って悪戯っぽく笑った。
「あの閣下が全ての秘密を握っていて、あの閣下の命令がないと何もできない。それがこの要塞だからな」
 ライセンは目を少しだけ伏せた。
「リティーじゃないが、ちょっとした独裁者ってところじゃないか」
「言い得て妙だとは思うけどね……。でも、あの人も結構素直に人の意見をきくところもあるんだよ」
 苦笑しながらバルトが、何となくファンドラッドをかばう素振りを見せる。
「さて、今日は部屋が荒れてないといいんだがなあ」
 バルトがそういいため息をつく。ナツは、そんな彼をみやりながら、いつかどこかできいた中間管理職という言葉を思い出していた。





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背景:NOION様からお借りしました。




©akihiko wataragi