ゼダの言葉にザフは絶句した。慌てて顔色を変えながらゼダに詰め寄る。
「まさか、レンクに喧嘩でも売ったんですか! いけません! そいつは……」
「レンク=シャーはオレには手を出さねえよ」
ゼダはザフの言葉を遮った。
「アイツは、カドゥサの金をもらってるからなあ、オレは部下を殺してないし、大事にはしねえだろう。いや、大事にするほど、アイツは馬鹿じゃねえ」
「ですが、一体何が原因で……」
ザフは、まだ心配そうな顔をしていたが、ゼダは知らぬ顔をしてすっとぼけた。
「さああ、何だったかねえ」
「坊ちゃん、そんな……戯れにしてはひどすぎます!」
「まぁ、そういうなあ。少なくとも、オレは、何でこんなことをしたか、誰にも話すつもりはないぜえ。どんな美人にだろうが、まして、そこにいるネズミにも」
そういってゼダは、ザフではなくちらりと後ろを見やった。ザフはそちらを見る。暗い闇の中で、何者かが走っていくのが見えた。
「なんだ、あいつは!」
ザフが、後ろにいる連中に、追いかけろと命令しようと振り向くが、先にゼダがソレを制した。
「よせ、ザフ。ほっときな……」
「し、しかし! 今のは、さっきに逃げた雑魚とは明らかに……! もし、レンクの関係者だったら……!」
「そんな大物じゃねえよ。なぁーに」
ゼダは、刀を回転させておさめる。
「ただのネズミが一匹走り去っただけの事よ」
ザフは困惑気味に首を傾げた。そもそも、この酔狂な主人のやることは、ザフには時々理解できないことがある。彼は主人のとぼけた様子に、ため息をついた。
「あ〜! 気にくわねえ! キザったらしくて、むかつく! セリフ言う前に顔と相談しやがれっつーの!」
素っ頓狂な声で喚き、足下にあった小石を思いっきり蹴りながら、シャーは彼にしては珍しく大股に歩いていた。まだ刀をさやに入れずに振って歩きながら、そのままずんずんと歩いていく。
「なんだよ、あのカッコつけ! ちくしょ〜、ああいう奴大嫌いなんだよな! なあにが、たまには報われないのもだ! おまけに、オレがずっと報われない子みたいないい方しやがってええ! 事実でも言っていいことと悪いことがあんだぞ!」
ここで、もしレンク=シャーの部下が転がっていたら、腹いせに踏んで通ったかもしれないが、シャーの行く道には生憎とそんな都合のいい物はない。小石をもう一度蹴って、シャーは舌打ちした。
「何様よ、あのネズミ〜!」
途中で語尾がぐだぐだに元に戻るあたりはどこまでいってもシャーなのだが、本人はあまりそれには気づいていないらしい。シャーは、不服そうに唸りながらため息をついた。
「ああいうところでかっこよく締めるのは、オレのせめてもの十八番なのよ? つーたく、オレの見せ場から全部取っていきやがって、どぶネズミ!」
シャーはぶつぶつそういいながら、ようやく刀を振るってそれを丁寧に鞘に戻した。
「にしても、レンク=シャーの奴、そろそろ何か動き出したのか?」
シャーは、ベリレルが雇われている先を思い出しながら、少しだけまじめになる。だが、まじめな一方で、顔だけは先程の妙に難しい顔のまま、口をとがらせっぱなしなのでかなり怪しい形相になっていた。それに、どれほど考えても先程のことが頭によぎり、シャーはイライラしながら吐き捨てた。
「ネズミといい、レンクといい、オレがますます生きにくくなっちゃうじゃない! 何考えてんだ!」
シャーは、鼻を鳴らしながらまたずんずんと歩いていく。このまま酒場にいけば、リーフィに会えるのだが、一体どういう顔をしていけばいいだろう。変に意識すると逆効果になりそうで恐い。これも全部ネズミのせいだ。
「大体それにさあ!」
シャーは苛立ちと悩みを頭に抱えつつ、ぼそりと言い捨てた。
「助けてやったのに、礼の一つぐらいいえっつーの!」
前 * 目次