「確かに……。この剣は、癖が悪すぎる。見ているだけで惹きこまれそうな錯覚に陥って、振るってみたくなる。いいや、なりすぎる。自分をある程度コントロールできないと、手当たりしだい殺戮に走りかねないな。何故かわからんが、この剣はそういう剣だ。多分、手に馴染みすぎるのだな。しっくりときすぎる」
すぎる、と妙にアクセントをつけながら、ジャッキールは感想を述べた。亭主は思わず感心した。さすがは、ジャッキールの旦那。と、亭主は思う。
剣の欠点を見抜いたところもさすがだし、それに惹きこまれそうになる直前で、自分を律したのもさすがだ。
ジャッキールという男は、こと剣に関しては、どこか狂気に似たこだわりを持つ男でもある。彼が周りから浮いてしまうのは、恐らくそのせいでもあるのだが、目利きとしてはこの上ない男でもあるのだ。その辺をきちんと『わかって』いるのである。どうやら、ジャッキール自身にその自覚はあまりないようだが。
「殺気を抑えろといわれればできるかもしれんが、だが、使いたいとは思わんな。ある意味で俺にはすぎた剣だ。分をしるのも剣士の役目だろう」
「おおや、ご謙遜を」
「俺のような血の気の多い男が、これ以上危険なものを持つのは感心できんだろうからな。何をしでかすかわかったものではない」
「ほう、要らないとおっしゃるのですか?」
「俺をこれ以上、狂わすつもりか?」
ジャッキールは、口をわずかに歪め、メフィティスを鞘に収めた。
「剣を握れば、俺はそれだけで、頭が熱くなって見境がつかなくなりそうになる性分でな。……俺が浮かされるのはこの熱病だけで十分だ。俺がこれ以上おかしくなれば、自滅するだけだぞ。もともと半分飛びかけているようなものなのに、俺の首を本当に飛ばしたいのか?」
ジャッキールは、軽く首をなでやった。
「なるほど」
「それに、浮気はいかんといったのは、貴様だろうが。遠き西方の女神の名をつけた。それゆえに、浮気にはご注意を。と」
ジャッキールはそういって、メフィティスを返すと、フェブリスをもう一度手にした。
「俺は、この剣でいい。この剣は、最終的に俺の頭を冷やしてくれるようなところがあるのだ。……だから、俺としても安心して戦えるのでな」
「そうですか。それならば結構」
満足げにハルミッドは笑った。やはり、見込んだ男だけはあると思った。上機嫌なハルミッドは、ふと外の方を見る。
「今日はどちらにお泊りの予定でしょう?」
「いや、このまま都のほうに歩きながら、適当なところで眠ろうかと思っていたが」
「それでは、もう遅い。こちらでお休みください。酒と肴ももう少し用意させますし」
そうか、とジャッキールはうなずく。確かに暗い夜だ。ジャッキールのような男が歩いていたとしても、盗賊もなにもよりつかないだろうが、あてもなく歩き回るのも危険というものだろう。
「では、悪いが、好意に甘えるとしようか。すまんな、ハルミッド」
ジャッキールは、そういって少しだけ薄く笑った。
「いいえ、あなたは私がみた限りで最高の使い手。使うもののいない武器は、魂がないも同然の飾り物です。私が作りたいのは芸術品ではない。本物の武器なのです」
「相変わらず世辞のうまい男だ」
そういってジャッキールは、手元にあった酒を口に含みかけ、一瞬眉をひそめてそのまま飲み通した。きづかれなかっただろうが、ジャッキールの杯にはすでに酒が残っていなかったのである。
「どうなされた?」
「い、いや、なんでもない」
慌ててそう答えるジャッキールは、他人に持ち上げられるのがとにかく苦手な男でもあるのだった。
暗い夜はどんどん更けていく。
酔いがまわったというわけでもないのだが、ジャッキールは、そのまま机の上でうとうととしていた。彼のひざに立てかけられたフェブリスが、鞘の中で静かに眠っている。
ジャッキールのような男でも、あるべきものが自分の手に返ってくることは、それだけで安堵すべきことなのだろう。テーブルにひじを置いたまま眠る彼は、どこか安心した様子でもあった。
暗い夜である。その暗さは、ジャッキールのような男の感性にも影響するものであったらしい。少し、彼もいつもより深く眠りの底に引きずりこまれていた。
扉がわずかに開いた音がしたが、彼はすぐには目を覚まさない。そこから闇のように足音もなく忍び込んだ男が、一人。やがて、ジャッキールのひざに立てかけてある剣に目をつけた。確認するようにそれを見やりながら、徐々に近づいていった。手を伸ばし、剣をそっと手にしようとする。黒い手袋に覆われた指が、そうっと彼の剣に触れようとしたとき、突然目の前に光が散った。
「何をする!」
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