シャーは、きっと相手を見やる。酒場にいたときとは、心なしか顔つきからして違うような気がするゼダは、上機嫌そうに笑った。
「いやあ、ちょっと酒をおごってやっただけであの歓待ぶり。いいねー、素直な連中はよ!」
 ゼダは、あえてシャーのカンに触るように、言葉と口調を微妙に変えながらいった。
「この調子で手なづければ、二ヵ月後には、オレの手下になるなあ、アレ」
「オレの聖域に手を出すなっつってんだろが! この野郎!」
 シャーは、柄になくカッとなる。シャーは、やはりこの男が嫌いだ。シャーの怒りをさらりと流しながら、ゼダは言った。
「いっとくが、今回の事件、やったのはオレじゃねえぜ」
「はん、そんなことわかってるぜ。お前みたいな素人じゃああんな真似はできねえだろうし」
「ほほう、見るところは見てるじゃねえか」
 ゼダの感心したようすに、かえってシャーは腹を立てる。この上からものをいうような、嫌な余裕が気に食わない。
「まあ、お前にあんなことする腕はないもんな」
「それをいうなら、テメエもそうだよな。ああいうことする腕はないだろ?」
 皮肉を返されて、シャーは、思わず言い返す。
「なんだこの二重人格!」
「あーっ! それだけはてめえにいわれたくねえな! 中身はオレより腹黒いくせに!」
「なんだとおお!」
 きっとシャーは、ゼダをにらむ。ゼダもシャーを睨み返してくる。どちらにしろ裏表の激しい二人なので、事情をしるものからみたら似たり寄ったりなものである。
 しばらく睨み合っていたが、不意にゼダが目を伏せつつ、ふ、と低く笑んだ。
「ったく、随分ないいようじゃあねえか。いい取引をもちかけにきてやったのに……」
「取引だ?」
 シャーは不審そうに片眉をひそめた。ゼダは、にやりとする。
「どうせ、おめえなら何か調べて回ってるんだろうなあと思ってよ。どうなんだ? ちったあ何かつかんでるんだろ?」
「てめえに言う義理なんかねえぜ」
「へえ、そういうこといっていいのかよ。おめえの多分しらねえことを、オレはいくつかつかんでるんだぜ。オレはてめえとは、情報網が違うんだよ」
 そういわれて、シャーは少し唸る。確かにそうかもしれない。シャーにはいってくる情報は、舎弟の連中の噂話に、ハダートがどこからともなく手に入れてくる情報、そして、リーフィが酒場で取ってくる話ぐらいだ。ゼダは、おそらく裏の世界のことにも詳しいだろうし、花街で遊ぶ貴族などの噂にも強そうではある。
 シャーがそこまで考えたのが、わかったのか、ゼダは急に愛想よく言った。
「どうだ。ここは、気持ちよく情報交換なんてしてみるかい?」
「情報交換だ?」
「テメエにとっても、そこそこ美味しいと思うんだがな」
 ゼダはにんまりとする。シャーは、何やら不満がありそうではあったが、ふと眉をひそめて黙って腕を組む。結局、シャーは、シャーで、事情を知りたいことは知りたいのだった。ただ、このゼダに頭を下げるのが嫌なだけである。
 それを肯定と取ったのか、ゼダは軽く手を広げた。
「それじゃあ、取引は成立ってわけだ」
「オレはでもたいしたことは知らないぜ」
「たいしたことじゃねえなら、もったいぶらずに言えよ」
「なんだ!」
 シャーは声をあらげかけたが、途中でやめた。
「オレが知ってんのは、郊外の鍛冶屋殺しが解決してないってこと。二つ目、剣好きの貴族の好事家の動きがおかしいってこと。三つ目、この事件で目撃されてる黒服の大男にオレのほうが心当たりがあるってこと。それで全部だ」
 吐き捨てるようにいってしまうと、ゼダは顎をなでやりながらにんまりとした。
「なあるほどね」
「じゃあ、次はお前が言えよ」
「慌てるなよ。ちゃんといってやろうじゃねえか。ただ、その情報が正しいんだとしたら、オレの持ってるのと相関性が出来たなあと思っただけよ。それで、結構オレも助かるなあ、と、こうねえ」
「相関性?」
「ああ、最後の男のことはしらねえが、オレは殺されたっていう鍛冶屋にも、その好事家の貴族にも心当たりがあるのさ」
 それをきいて、さすがにシャーもぴくりと耳をそばだてる。
「知ってるのか」
「まあなあ。じゃあ、順を追って、鍛冶屋のことから話すか。鍛冶屋の名前は、おそらくハルミッドだな」
 ゼダは、続けていった。
「おめえは、まだ知らないようだが、そのハルミッドってえ鍛冶屋。作ってる剣が、ちょいと特殊でなあ。そういう意味じゃあ名の通った男だったのよ」
「特殊?」
 シャーの目の色が少し変わる。
「ああ。この殺しでも使われたって言う噂のアレさ。西渡りの重い両手剣だ。この辺でアレを作って匠と呼ばれるのはあの男だけよ。そういう意味じゃ、この辺にいるそういう剣の使い手には、そこそこ有名なはずよ」
「なるほど。でも、何で知ってるんだよ」


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