彼らが、角の向こうに姿を消したのを確認すると、リーフィはそっとシャーの方に駆け寄った。しゃがみこんで、様子を覗き込む。
「大丈夫、シャー?」
いうと、シャーは、のそのそと起き上がってきた。黒い髪には、土埃がついて茶色の粉がばさばさとついている。リーフィはその頭の財布らしい布切れをとってやる。
シャーは起き上がると、髪の毛をはたきながらふうとため息をついた。地面を擦ったときについたらしい頬の傷には薄く血が滲んでいた。
「いてて…。結構思いっきりやってくれたなあ。」
「大丈夫?」
リーフィに言われ、シャーはようやく立ち上がり、それから情けなさそうに微笑んだ。
「うん、なんとかへーき。」
「これ、あなたの財布?」
「あ、うん! ありがと!」
リーフィが布を差し出すと、シャーはにっこりわらってそれを受け取った。その笑顔を見て、リーフィは、それがシャーにとって大切なものだったのだろうと思った。
「大切なものだったの?」
「まぁね。…ちょっと世話になった奴にもらったものなんだ。」
それから、急にシャーは顔を伏せてばつが悪そうに笑った。
「ごめんね〜。ホントは、オレがリーフィちゃんを守らなきゃいけないのに、盾になんかしちゃって…オレ、けんか弱いのよね。この剣も、あいつが言ったとおり、飾り物だし。…お守り代わりにしかならないんだから。」
腰の刀を帯びなおして、柄を軽く叩く。ふっと顔を上げるシャーは、疲れたような顔で訊いた。
「…オレって…情けない?」
シャーも彼なりには気にしていたらしい。リーフィは、彼の頬の傷から血があふれるのを見て、ハンカチを差し出した。
「…そんなことはいいから、これで顔拭いたら? ちょっと頬が切れてるわよ。」
リーフィは、そっとハンカチを渡す。シャーは、ありがと、と礼をいい、それからハンカチを受け取った。じっと、リーフィを見、彼女が不審そうにすると、シャーは視線を外す。
「何?」
追求されて、シャーは控えめに微笑んで、少しだけ戸惑う。
「リーフィちゃんって…」
シャーは、顔を拭きながらそっと顔を赤らめた。
「優しいんだね、ホント。」
リーフィは、少し眉をひそめた。シャーがいつものように、言い寄ってきたのかと思ったからである。彼女は、冷々とした口調でそっけなくいった。
「お世辞言っても、なんのいいこともないわよ……。」
「お世辞だなんて……」
シャーは少し焦った顔をしながら、ふっと微笑んだ。
「…ありがと。…オレ、リーフィちゃんのことはほんとに優しいと思ってるんだよ。お世辞じゃないし、そうは見えないだろうけど、下心もないんだ。」
人のよさそうな笑みを浮かべたシャーは、髪の毛をいじった。
「…ちょっと、オレ、感激しちゃったなあ。」
そういって、少しだけ笑う。それから慌てたように、思い出したように、続けた。
「あ、そうだ! 何か困った事があったらオレにいってよ。相談に乗るよ。今、リーフィちゃん、困ってるんだよね? オレにいってみてよ!」
シャーは、珍しく、世話好きそうな顔をして、リーフィの返答を待っている。だが、彼女はゆっくりと首を振った。
「そうね。でも、今はいいわ。…私の心配は、あなたにいってもどうしようもないことなの。」
シャーは、しゅんとしおれかえった。
「そう…。うん、そうだよね、お金ないもんね、オレ…。…お金で悩んでる人に、オレみたいなスカンピンが何の役にも立たないか。そういや、この財布にも一銭も入ってないんだよね、うん。」
(別にお金ってわけでもないんだけど…)
リーフィは、そう思う。落ち込んだシャーが哀れなので、少し言ってみようかと思ったが、言った所で、喧嘩に弱いシャーがまた別の争いに巻き込まれるほうがかわいそうだと思った。
「気にしないで。でも、ありがとう……」
リーフィが言うと、シャーはいつもの元気を取り戻す。全く、シャーという男は、ころころと顔が変わる。
リーフィが、それじゃあ、といってきびすを返すと、後ろからすぐシャーの声が追ってきた。
「オレはいつでもいいからね。…困った事があったら相談してね。誰かにいうだけでもずいぶん楽になるんだっていうよ。オレでよかったら付き合うから!」
ちらりと振り返ると、シャーはいつものように、軽い男に戻っていた。
(…ヘンな人。)
リーフィは、心の底からそう思いながらも、なぜかシャーを見捨てられないような気がする自分に気づいて、軽く笑った。
リーフィの背中を見送って、シャーはふうとため息をつく。頬をハンカチで押さえたままなのに気づき、彼はそれをそっと外した。
「汚しちゃったなあ…」
血がついたのを見て、シャーは残念そうにつぶやいた。
「でも…リーフィちゃん…」
シャーは、ぽつんと人気の無い道でつぶやく。
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