「き、今日のさ、晩飯ってなんだった?」
「な、何?」
 いきなり訊かれて、咄嗟に男は反応を返してしまった。
 シャーはにんまり笑いながら、どこか不気味に目を光らせた。
「オレはねぇ、今日、まだ何も食べてないの。お金ないから。」
「な、てめぇ、こ、こんなときに何を!」
 不可解な彼の言葉に、男は当惑する。
「だぁ〜から、早く切り上げたいのよねぇ。」
 シャーの言葉に反応している間、少しだけ力が緩まった。シャーは、いきなりふうっと力を抜いて、鍔をひき、体を斜め前にもたれかけるように移動させる。突然、力を抜かれて、男はぐらりと体をゆるがせた。突然、シャーの口調が変わった。
「殺されないだけありがたく思え!!」
 ハッと顔を上げたとき、シャーの肘が眼前に迫っていた。
「ひっ!」
 肘鉄を顔面にくらい、男はぶっ倒れた。シャーは、バランスを崩して、とっ、とたたら足を踏む。その様子がどことなく間抜けで普段の彼らしいのが、妙に場違いに感じられた。
「だ、ダメだ!」
 後ろで短刀を構えていた部下が、泣きそうな声を上げた。
「こいつ、普通じゃねえ!」
「あら〜ひどい。」
 シャーはあくまで口先だけでおどけてみせた。
「それじゃ、おじさんたち、どっかいってちょーだいよ。」
「コラッ! 何怖気づいてるんだ!」
 急にバレンが声をあげた。先ほどまでバレンは連中のもっとも後ろでほうけた様な顔をしてシャーの変貌を眺めていたはずだった。急に我にかえったのは、部下の泣き言が耳に入ったことで、自分の立場を思い出したからだろうか。
「そんな奴片付けてしまえ!」
「それじゃ、アンタが相手しろよ! バレンさん!」
 急にシャーが割って入ってきた。いつの間にやらゆらりと進んできていたシャーは、びしりと切っ先をバレンに向けて口をゆがめて笑った。
「それともナニか? あんた、まさかオレを恐がってるのか?」
 いつもよりかなり低いシャーの声には、静かな闘志が含まれている。
「まぁさか、手下にやらせてる間に自分は逃げるなんてェせっこい手はつかわねえだろうなあ。犠牲になってんの、部下ばっかしだけど…、オレはホントはあんたに一番恨みがあるんだよ。」
 シャーはいささか残虐な笑みを浮かべた。
「一度地獄の門の手前まで送ってやろうか? …いい社会勉強になると思うんだがなあ!」
「な、なんだッ!」
 バレンが虚勢を張っているのはすぐにわかる。声が彼らしくもなく震えているからだ。シャーの異様な迫力に飲まれて、バレンは普段の彼のように横暴に振舞えなくなっていた。それでも、まだシャーに対する侮りの方が強かった。バレンは敢えて声を高める。
「てめえこそ、地獄の門をくぐって来い! 何偉そうな事いってやがる!」
「いい返答だ。オレぁそういうの、案外好きだぜ。」
 シャーは暗い笑みを浮かべると、月に憑かれたようにそろっと剣を腰あたりにひきつけた。
「あんたに地獄を垣間見せてやるよ。」
 シャーの視線を感じたのか、バレンは慌てて剣を引き抜いた。いつもは猫背のシャーだが、今はほとんど背筋を伸ばして立っていた。ただ、右手の指にだらりと刀がひっかかっている。ただそれだけなのに、シャーの全身からは相手を威圧する冷たい空気のようなものが発散されている。
 リーフィが、黙ってそれを見つめている間に、バレンの体がわずかに揺れ始めた。震えているとおもったが、そうではない。バレンは、攻撃するタイミングを失っているのだ。飛び掛りたいのに、棒立ちのシャーの気迫に圧されているのである。
「どうしたんだよ、…来ないのかい?」
 彼自身が口を開いたのかどうだかわからない。ただ、シャーの声が夜闇の片隅から響いた。直接対峙していないリーフィ自身ですら、なんだかここから逃げ出したいような衝動に駆られる。空気は引き絞った弓の弦のように、張り詰めたままの危うい均衡を保っている。
 その爆発寸前の危険な空気の中、シャーは突然笑った。そして、無造作にぶら下げていた剣を握りなおして持ち上げたのだ。チャリーンと鍔が鳴った音が、空気を切り裂いた。
「さぁ、…来い!」
「うおおおおお!」
 シャーの笑いに触発されたのか、直後、バレンは飛び掛ってきた。その勢いは余りにも激しい。大きな刀の下にシャーのひょろりとした体があるのが、頼りなげに見えた。
「シャー…!」
 リーフィが思わず声を立てる。だが、振り下ろされた刀は空を切る。シャーは、わずかなステップを踏んで、それをかわすと横に回りこんだ。そのまま、すかさず横薙ぎに一撃を加える。だが、バレンも伊達に威張っているわけではなかったようだ。巨体に合わない素早さで、刀を戻すとシャーの攻撃をはじき返してきた。
「おおっと…とっと!」


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