「ザミル様……」
「カッファ=アルシール……。いつまであのシャルルに義理立てするつもりだ?」
「……いつまでとは、これはひどい言いようでございますな、仮にも兄上様に向かってその口のきき方はなんです?」
ザミルは、すっと近づくとカッファの手から武器を取り上げる。カッファは背後と前方に目を走らせ、きっと彼を睨んだ。
「兄? あの父がどこの馬の骨ともわからん女に生ませた子供がか?」
「何! サーラ様まで侮辱なされるつもりか! あの方はそのような女性ではない!」
ザミルはカッファに向かって剣を突きつけた。だが、カッファは恐れずに言う。
「大体、どうして、シャルル様をそう嫌われるのです? シャルル様は、あなたをかばったのですよ! あの時、あなたに嫌疑がかかったとき、シャルル様はこれ以上の詮索はよせ、と命令された。それがどういうことであるか、あなたならわかるはずでしょう!」
「あの男の情けなど受けたくもない。ふん、それが兄だと? 冗談ではない」
ふっとザミルは笑った。そうしてみると、ラハッドとまるで似ていないようだった。
「ラティーナ!」
声をかけられ、ラティーナはハッとする。
「なぜ、そこにいる。こちらに戻ってこい! シャルルはラハッドを殺した男だぞ!」
「わ、わかっているわ!」
ラティーナは、震える唇でそう言った。
「でも、あたしにはわからない。あなたを信用する気にも、シャルルを信用する気にもなれないわ……」
「ラティーナさん! 惑わされてならない。シャルルはラハッドを殺してなどいない!」
レビ=ダミアスがそう叫ぶ。
「ラハッドを殺したのは――」
「黙れ!」
ザミルに遮られ、レビは口を閉ざす。すーっと彼の前に、近くの兵士から剣がのびてくる。
「お前に無駄な口をきく権利はないのを忘れたのか?」
「レビ様! どうか、もう無理はなさらないでください!」
カッファが声を立てた。
「あなた様になにかあると、陛下が悲しみます! どうか、私に全てを任せて…………」
カッファはレビに目を向けながらそう告げた。レビ=ダミアスは、少し目を伏せる。自分のふがいなさに腹が立ちそうだった。
「すまない……。カッファ」
「構いませんよ、レビ様。……レビ様は、陛下のためを思って行動なされただけでしょう。なら、目的は同じですよ」
ふっとカッファは笑った。
ザミルは、突きつけた剣を、さらにカッファののど元に近づける。
「さて、カッファ……応えてもらおうか。一体、本物のシャルルはどこにいる?」
「我々も知らない……」
「何だと?」
ザミルはわずかに眉をひそめる。カッファはにやりとした。
「あの方は、我々にも居場所を教えたりはしない。だから誰も知らないのだ。例え、私でもどこにいるかはわからない」
「嘘をつくな……」
カッファは肩をすくめる。
「嘘など。大体、あの方の居場所がわかったら、まっさきに私があの方を捕まえに行っているはずだ」
「そうか…………」
ザミルは冷たい目をカッファに向けた。そして、にやりとするときびすを返す。
「では、貴様にもう用はない。……殺せ」
「ザミル!」
レビが声を上げるが、ザミルは応えない。兵士が一人剣を抜いたままカッファの方にやってくる。
「カッファ!」
「……レビ様、もし、『殿下』に会われましたら、私がすまないと言っていたとお伝え下さい。私は結局あの方に全てを押しつけてしまった……」
カッファは覚悟ができているのか、そうさらりと言った。兵士は徐々に迫ってくる。そして、そのまま剣を振り上げた。カッファは振り下ろされる剣を予想しながら、それを見ていた。ちらりと青い光がよぎったような気がして、ため息をつきたい気分になった。
(ああ、陛下……、サーラ様……。)
カッファの言う陛下は、セジェシスのことだ。冷たい銀の光の流れを見ながら、カッファはこう願った。
(どうかあのお方をお守り下さい!)
と、不意にもう一つ、閃光が走った。カッファに剣をおろそうとした敵は、肩口から血を吹き出しながら倒れ伏す。あっけに取られるカッファの前に、一人の男が現れていた。剣を床まで振り下ろした彼は、そのまますっと立ち上がり、姿勢を整える。青いマントが、揺らめいているのがわかった。
カッファはその顔を見て、驚きと焦りの入り交じった表情をした。
「で、殿下!」
殿下? とばかりにラティーナは、入ってきた男を見た。大きな目はかすかに青みかがり、痩せてひょろりとした長身に、着古してもなお青いマントを引っかけている。手にした異国風の刀と、くるくるの黒の巻き毛のポニーテール。その白い部分が多い目は、彼女が知らない感情の色を帯びて、どこか遠くを見ていた。
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