「やはり、あたしは、ラゲイラ卿のやり方にはついていけません。……一人でやります」
「一人で? そんな無茶ですよ!」
 ザミルは、慌てていった。
「あなたのことは、私がラゲイラ卿に言っておきます。ですから、もう少し……」
「いえ。もう決めたんです。今のあたしには、協力者もいますから。どうか、ザミル王子、あたしに全部任せて……。あなたは、どうか、あまり関わらないでください。これがばれたら、あなたまで罪に問われます」
 ラティーナはいい、ふっとザミル王子のほうを向いた。
「そうですか。それなら、もう、私が止めることもありません」
 ザミルは寂しそうに言い、それからはっと顔をあげた。
「もちろん、このこともラゲイラ卿には言いません。ただ、私は義姉上のことが心配でここまでやってきた次第なのですから。……どうか、無理をなさらないでください」
 慈愛にあふれたようなザミルの綺麗な目が、夜目にもはっきりと見えた。ラティーナは、短く感謝の言葉を述べた。
「……でも、どうやって成功させるのですか?」
「シャルルへの近道、やはり彼は知っていたんです」
 ラティーナは短く言った。
「あなたのいったことは、確かに本当だったようで……」
 ラティーナは、少しだけ微笑んだ。
「でも、結果的にはよかったのかもしれません。あのままでは、シャーはあたしに秘密を話してくれなかったでしょうから」
 ザミルはそれを黙って訊いていた。ふいに月がかげり、彼の姿も少し暗くなる。
「ザミル王子、だから、すべてあたしに任せてください。あなたも、どうかラゲイラ卿から離れて、静かに今はしのんで……」
 そういいかけたとき、不意にザミルの口元が歪んだのが、暗闇にも見えた。ラティーナが、怪訝そうに眉をひそめた瞬間、その唇はこういったのだった。
「そういうわけにはいきませんよ」
 いきなり、ザミルはラティーナの手をつかんだ。それがあまりにも強い力なので、慌ててラティーナは引き剥がそうとする。
「な、何をなさるんですか!」
「……そうか、地下道の場所を聞き出したのか」
 急にザミルの口調が変わった。ラハッドに似た顔に、彼とは違う邪悪な色が浮かんだ。
「シ、シャ……!」
 ラティーナは驚き、声をあげようとするが喉に短剣を突きつけられる。冷たい感触が、鋭くラティーナに迫った。
「……声をたててあの男を呼ぶ気か?」
 ザミルは、口をゆがめて笑った。
「近くにいるのか?」
「い、いやしないわ! 別の場所にいるの!」
 震える声で言いながら、ラティーナは少し睨むようにザミルを見た。時間をかせいでごまかさなければ、今度はシャーも殺される。
「今まで、嘘をついていたのね!」
 ザミルは無表情に見えた。月が隠れたのか、暗い闇が広がる。
「ラゲイラが首謀者だと思っていたわ。……でも違うのね。あなたが本当の黒幕……」
「黒幕? 嫌な言い方だな、義姉上」
 冷たくザミルは言った。
「それが、婚約者の弟に言う台詞か?」
 ぎり、とつかまれた手が軋んだ。痛みにラティーナは顔をしかめる。
「ラゲイラは、前の宰相のハビアスと仲が悪かった。だから、奴が立てたシャルルが気に食わないんだろう。ラゲイラは、王に立てられれば誰でも良かった。それに私が乗っただけだ」
 それに、といい、ザミルはラティーナを舐めるように見た。ラティーナは、びくりと身を震わせる。
「兄上にはもったいないな」
 ザミルの目は、蛇のようだった。絡みつくように、じっとりとしている。
「……兄上の代わりに、私の相手をする気はないか?」
「な、何を!」
 ラティーナは手を振り払おうとしたが、細い体に似合わず、ザミルの力は強い。
「そもそも、前々から思っていたのだがな、ラティーナ。……兄にくれてやるには、少し惜しい」
 そういって、ザミルはラティーナを引き寄せようとした。と、ふとザミルはラティーナを突き飛ばして、さっと横によけた。何か銀色に輝くものが、壁に当たってはじけたのが見える。月の光を嫌うように、闇の内に誰かが立っている。顔は見えないが、それが誰であるか、ラティーナにはすぐにわかった。
「シャー!」
 ラティーナは思わず叫んだが、すぐに周りからザミルの護衛らしき者達が数人現れ、ラティーナを押さえつけ、後ろに控えていた馬車へと引きずっていく。
「手荒なことはするな! ラティーナを離せ!」
 シャーの声が、闇に響いた。
「……アズラーッド・カルバーンだな?」
 ザミルが訊いたが、シャーは答えなかった。
「あのままシャルルから離れていればよかったものを! そんなにあの無能な兄がいいのか?」
「オレは、その子を離せといったんだ!」
 シャーの声は低く、一体誰の声なのかよくわからないまでになっている。
「シャー! もういいから!」
 ラティーナは思わず叫ぶ。


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