シャーは、鍔鳴りしていた刀をざっと相手に突きつけた。ぴたっと空気が止まる。そして、彼は笑いも愛想も全く含まない声で告げた。
「……その腰のでかい剣が飾り物だとはいわさねえぜ」
「くっ」
ベガードは歯噛みして、自分の剣を抜き放った。憤りと焦りのせいか、少し震える言葉で、剣を振り上げながら叫ぶ。
「こ、今度は、こっちこそ容赦しねえ! 叩き潰してやる!」
「できるもんなら、どうぞやってちょうだいな」
口元だけにっこりと笑わせながら、シャーは冷たく言った。
「ふざけるな!!」
ベガードは、鋭くシャーの胸を突きあげた。だが、その頃には、彼はわずかに自分の体を引かせ、素早く横にさーっと移動した。曲刀の切っ先は空を突いたが、すぐさまベガードはそれを横に薙いだ。甲高い金属音とともに、火花が散った。
「おっとっと」
シャーのおどけたような声が聞こえた。刀の鍔に近いところで相手の刀を受け止めていたシャーは、わずかに崩れた体勢を足を一度踏みなおして直す。そして、少し意外そうな顔をした。
「……あんたぁ、意外と強いじゃないか」
「やかましい!」
ベガードは血走ったような目をシャーに走らせた。そのまま、力任せにシャーを押し切ろうとするが、いきなりシャーが下にもぐりこむようにしながら、力を抜いたので彼はわずかにつんのめるような格好になった。その間に、シャーはさっとベガードとの鍔迫り合いを避けた。
「力で勝負したってあんたにゃあ勝てないからな」
シャーは笑った。
「くそう! ちょこまかと!」
青い服を着たひょろ高い背の男は、刀を人差し指と中指だけで軽くぶら下げるように右手に持っている。それを弾く事すらままならず、ベガードは徐々にいらだってきていた。
『死にたくないのなら、あの男を甘く見ないことだ』
ジャッキールの忌々しい言葉が脳裏によぎった。
(何を馬鹿なことを! オレが負けるなんてあるわけねえ!)
ベガードは不吉な予感を打ち消すように心の中で叫ぶ。目の前の男は、頼りなげに痩せた体で、しかも細い腕で刀をぶらさげているだけだ。自分の力で何とかならないわけがない。
(あの小僧の首をへし折ってやる!)
彼は今度は曲刀を力任せに振りかぶって、奇声をあげて飛びかかった。シャーは、それを冷徹な目でじっと見ていた。
「何度やってもわかんねえやつだな」
シャーはゆったりといった。
「あんたは、オレには勝てねえよ!」
彼は、そのままふと刀の柄に左手を添えた。左手に力の大半が加わった。そのまま刀を跳ね上げながら、切り上げる。空を切る甲高い音がした。
斬った、と誰の目にも見えた。シャーは、男の反対側にぬけ、そのまま二、三歩歩き出す。後ろで人間が倒れる音がし、ざわりと周りの男たちが揺れた。
シャーは、刀を収めずに、きっと後ろを振り向く。その視線に射られ、男たちの間には、戦慄が走った。
「ベガードさんがやられた」
「俺たちじゃ無理だ」
「ジャッキールさんを呼ぼう!」
口々に言い始めた彼らに、シャーはぶらりと一歩近づく。ひっ、と誰かが悲鳴をあげた。彼らの一人が、一歩後退したかと思うと、はじかれたように逃げ出した。また一人、また一人、後を追いかけ、やがて誰もそこにいなくなった。
シャーは、ベガードを見下ろす。口から泡を吐いたまま気絶しているベガードを見ながら、彼は軽く肩をすくめた。
「峰打ちってのをしらないのかねえ」
あの時、シャーは彼を斬る直前、手を返して刃の向きを変えたのだった。
「痛い目見たが、あんたがオレを痛めつけたから、あのにーちゃんの同情をひけたんだしな。……今回は見逃すとして、ま、これを反省して、もっといい人間になりな」
シャーは、気絶して、聞いていないだろう相手にそういい置くと、そのまますたすたと歩き出した。
先程まで、響いていた悲鳴と怒号が消えた。いや、正確には遠ざかって行った。逃げたものがいるのだろう。空気の中に血の匂いがかすかに漂っている。それが、この場で起きた凄まじい刃傷沙汰の程度を示していた。大男は、怯えながらテーブルの下に隠れていた。
まさか、あの捕虜がこんな大事をしでかすなんて。あんなに弱そうに見えたのに。
自分のせいだろうか、それとも……。いや、そんな心配をしている場合ではなかった。自分も斬られるかもしれない。自分もあの男の敵なのだから。
「お〜い、ちょっと」
こんこんと、テーブルを叩かれ、彼は驚いて飛びあがった。がたんとテーブルが倒れ、こちらをのぞきこんでいた男の顔が見えた。頬に返り血は浴びているが、そこにいた男は紛れもなく、先程部屋に閉じ込められていた若い青年だ。
「ひぃっ、助けてくれ!」
男は、怯えてその場にへたり込み、頭を抱えた。彼は、男の様子をみると軽く笑った。
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