シャーはとても残念そうな顔をする。情けない顔で、哀願するような目をそうっと上に向ける。
「もしよかったら、今だけ、縄はずしてくれない?」
「いや、それは!」
さすがの大男も警戒した。いかに目の前の男がひょろっこくって、弱そうでもそれだけは危険である。抵抗されたら恐いし、それに上で休んでいる男たちにこっぴどく叱られる。
「だいじょーぶだよ。あんたの方が、オレよりも何倍も体重があるんだし、力もあるんだし!」
シャーは、妙に力説する。
「オレなんか、腹へって死にそうなんだよ? 頼むよ、お兄さんってば!」
大男は、困った顔をした。確かに、このまま食べろというのもかわいそうだし、自分が食べさせるのも変である。きっと、抵抗もしないだろうし、確かにこの男なら自分でも押さえ込めそうだ。
「……じゃあ、いいけど」
男がぼそりと呟いた。シャーの顔が喜色に満ちる。大男が、シャーの縄を解こうとした時、急に空気を震わせるような声が響き渡った。
「てめえ! 何やってやがる!」
びくっとシャーと大男は同時に肩をすくめた。
「べ、ベガードさん……! あ、……あのっ……、こ、これは……」
大男は怯えたような顔をして、後ろにいるまけず劣らず大柄な男を見上げた。
「黙れ!」
すたすたと中に入ってきたベガードは、大男を殴り飛ばした。そして、シャーにキッと目を向ける。
「あ、あら〜、お、お初にお目にかかります〜。オレ、シャーっていいます。以後よろしく」
シャーは、怯えたような口調で、しかし幾分かおどけて自己紹介してみる。なるべくご機嫌を取ろうと媚びた笑みを浮かべるが、ベガードの目には明らかな怒りが浮かんでいた。
「てめえのことなんざ、きいてねえだろうが!」
「はい、すみません。オレ口が軽くって。反省してます」
ベガードはぎらりと大男をにらみつけた。
「何だ? コレは!」
「い、いや、そ、そいつが、何か食べたいっていうから、せ、せめて……と思って」
震えながら大男が弁明する。それに、もう一発蹴りを入れて、ベガードはヒステリックに怒鳴りつけた。
「それが余計な事だって言うんだ!」
それから、再びシャーに目を向ける。びくうっとして、シャーはおもねるような口調で言った。
「あ、あのお……、食べるだけならいいでしょうかあ」
「ああ、構わないぜ。ただし……」
ベガードは狂犬のような目を、シャーに下ろした。
「犬みてえにはいつくばって食え」
「えええ!」
迫力あるベガードに言われ、シャーは泣きそうな顔で不平を述べる。
「ええ〜っ、そんなああ! 待ってくださいよお! 手えぐらい解いてくださいよ! だって、これがッ……ぐぶ……」
シャーの叫びは途中でとぎれた。叫んだシャーの頭をベガードが踏みつけたからだ。スープが入った器の中に顔ごとつっこみ、シャーは悲鳴を上げる暇すらなかったようだ。それを見ながら、ベガードは、心の怒りがようやく溶けていくのを感じていた。
やはり思ったとおり、ジャッキールの奴は、この男をひどく買いかぶってやがる。こんな臆病な男のどこを恐れたらいいというのか。
「惨めな野郎だぜ」
シャーは情けなくふがふが言っていたが、彼が足をどけてようやく彼は顔を上げた。
「てめえにはそれが似合いだ。顔を見ているのもうざったいぜ」
「す、すみばぜん! ごんな顔で……」
口にまだ食べ物が入っているせいか、シャーは回らない舌でいう。
「そのままでよければ食えよ。食えないのか?」
「え、いいんでずかっ! ではいだだかせてもらいます!」
彼におもねるためか、それともそれが美味だったせいか、シャーは、喜びに満ちた声を上げる。それから、シャーはいきなり自分で皿に食らいついた。がつがつとそれを貪り食う。その姿からはプライドのかけらも感じられず、到底ジャッキールのいうような恐ろしい男の影は見あたらない。
「意地汚い奴だ」
ベガードは気が済んだのか、もう一度大男を怒鳴りつけるとそのまま扉から出て行った。
ぴた、とシャーは食べるのをやめる。もっとも、そのときには、皿は何も残っていない状態ではあったが。
「あの人、すっげえ恐い人だな」
シャーは、大男に話しかけた。
「あんたも、上司に恵まれてないなあ」
大男は、無言で返事をしなかった。彼は立ち上がり、シャーの近くに布を落とした。
「それをやるよ。顔がひどいことになってるぞ」
「ああ、ありがとう! あんた、気がつくね!」
シャーは、にっこりと大男に微笑みかける。
「オレだったら、あんたみたいなタイプ、ぞんざいに扱わないけどなあ」
シャーは、さっきの後なので、さすがに顔を拭いてちょうだい、とも縄を解けとも言わず、布に顔を押してつけて、器用にスープまみれの顔を拭いた。
「結構、苦労してるんだねえ」
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