カッファは、元近衛兵出身というだけあり、見かけはあまり文官らしくない。文官の服はまとっているが、どちらかというとがっしりしているし、言葉遣いも武官のそれであまりにもつっけんどんな印象がある。慣れていないと、彼が丁寧に喋ろうと心がけていることすらもわからないほどだった。
「ああ、私は十分気をつけるけど……、大丈夫だろうか。あの……」
シャルルは、遠慮がちに訊いた。
「あぁ、あれですか」
カッファは、少し嫌そうな顔をする。
「ほっといても死にはしないのでご安心ください」
「冷たい返答だな」
「大丈夫ですよ。アレは不死身ですから」
カッファは、ぶっきらぼうに答える。噂をされている者に個人的な確執があるらしい。シャルルはそれがおかしくてクスクスと笑った。
「そうか……。じゃあ、ラゲイラ卿の動きを今、探っているところなんだね?」
「ええ。……ちょっとある人物が動いているようです。その内、ジートリュー将軍経由で情報が入るはずですが……」
「ある人物?」
シャルルは、首を傾げて尋ねた。カッファは、いつものようにぶっきらぼうに言った。
「ハダート将軍です」
4.青兜(アズラーッド・カルバーン)
「シャー! シャーってば! しっかりして!」
ラティーナの声が、聞こえ、シャーは不意に目を覚ます。目を開くとラティーナの心配そうな瞳が飛び込んできた。女性から心配されたなど、何年ぶりだろうか……もしかしたら初めてかもしれない。
「何〜、愛のこもった朝のご挨拶ですか?」
にへらと気の抜けた笑みを浮かべ、シャーはラティーナに訊いた。
「寝ぼけないで! 状況見なさい」
ラティーナの怒鳴り声が響いたのか、急に後頭部が痛んだ。そういえば、目を覚ました時から体が重いし、頭も痛かったのだが、のんきなシャーはそれに気づくのが遅かったようである。
「い、いて……って……」
頭を撫でようとしたが、彼の手は、自由に上には上がらなかった。後ろ手に縛られているのである。
「あ、あれれ……。これ、何の冗談」
「冗談なわけないわ! 見なさい!」
同じように縛られているラティーナが、顎を上の方にしゃくった。
「わお」
シャーは、周りをいかつい男たちが囲んでいるのを見て、ふざけているのか驚いているのか、わからない声を上げた。そこには、そのような男たちが武器を携帯した上、十人近くたっている。そこは薄暗い石造りの狭い部屋で、ほとんど牢に近い雰囲気だった。窓もない。松明の炎がパチパチと音を立てた。
「ど、どうしたんですか、皆さん。顔が一様に恐いですよ〜」
シャーは、愛想笑いを浮かべて彼らに声をかけてみるが、返答するものはいない。
「や、やだなあ。オレ。あんまり重い空気好きじゃないのに〜」
「ふざけてる場合じゃないわよ!」
ラティーナが、シャーを睨んで黙らせる。
「……あたし達は捕まったの」
「誰に?」
「……あたしが知るわけないでしょ」
ラティーナは、後ろめたさも手伝って、つんと顔を背けた。
「……ほんと、役に立たない用心棒なんだから」
「ご、ごめんなさい」
シャーは痛いところを突かれて、しょげた。
「……でもねえ、頭をいきなりどつかれたら、普通ダメだと思うんだよ、ねえ」
何とか、ラティーナの機嫌を直そうとしているらしく、あたふたとシャーは言い訳をし始める。
「オレだって、ちょっと粘ったつもりなのよ。でも、ほら……」
「その割りには随分あっさり気絶したわよね」
「うっ……」
シャーは更に詰まって、ラティーナをそうっと見上げた。結局見事にやられたのだが、一時はわざとやられようとしていた。シャーとしても、後ろめたい所があるのである。
「ご、ごめんなさい」
シャーは、素直に謝った。
「もう遅いわよ」
ラティーナが言った時、ぎぎぎ……と何か重くきしむ音が聞こえ、正面のドアが開いた。
男が一人、そしてその後に何人かの部下がついてきていた。男は、革の鎧を身につけ、剣を帯びていた。身のこなしは、武官風だが、その格好からすると流れの戦士といったところだろうか。雇われているという感じがした。
癖のない黒髪の長髪で前髪が顔を覆っていたが、その大体の容貌はわかった。三十がらみ、まさか四十まではいっていないだろう。そのぐらいの壮年の男である。ちらりとのぞく限り、精悍で二枚目な顔つきだが、どこか酷薄そうな印象があった。顔立ちがどことなく、このあたりの人間と違うのは、この男はどこかから流れてきたからだろうか。どちらにしろ、どこから来たのか、わからないような顔つきをしている。
鋭い瞳が、髪の毛の間からちらちらと二人をかわるがわる見ていた。何故か、炎の赤い光を受けて、その目は赤くみえた気がした。
「どなた様ですか?」
シャーが、愛想笑いを浮かべながら聞いた。
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