そういって笑うシャーは、相変わらずだが何となく頼りがいがあるように見えてしまう。それは少し不思議だ。リーフィは、僅かに笑い返す。人形のように冷たい無表情な彼女のほほえみはわずかでしかないが、シャーはようやくこの子も人並みに笑うことをわかるようになっていた。
「シャー、何か良い案はあった?」
「うーんうーん、ますますよくわかんなくなった…」
 頼りなげな事を言うシャーだったが、リーフィを見て慌てて言葉を返す。
「あっ、違うんだよ。絶望的とかそういう意味じゃないのよ。今のところナイスな考えが思い浮かばないだけでさ」
「わかっているわ」
 リーフィはそういってうなずく。
「もし、どうにもならないなら、どうにもならなくてもいいわ。ただ、あなたがわたしに手を貸してくれるだけでいいのよ。それでわたしには十分なの」
「そ、そんな哀しい事言わないでよ」
シャーは、困惑気味に振り返った。
「大丈夫だって。オレが何とかするから。ね、信じてよ」
「大丈夫よ、シャー。そうね、あなたと一緒にいると、何でも信じられる気がするの」
「そんな、…それはそれで照れるなあ」
でれっとした顔で、シャーは片頬をかきやってえへへと笑う。
「リーフィちゃんからそんな事言われるなんて思わなかったよ」
 頼られると嬉しいのか、へらへら笑うシャーの足取りは弾んでいて、本当に道化のような動きになっていた。
 砂漠の街は寒い。先ほど人にあふれたあの場所から抜けてきたのもあり、余計に周りの空気がつめたくなったように感じられる。
 不意にシャーは足を止めた。先を歩くサンダルのシャーが、足を止めるとざりと音が鳴る。後ろを歩いていたリーフィは少し首を傾げた。
「リーフィちゃん…。下がっててくれる?」
 シャーはそう言い、リーフィの方を見た。いつもと違うシャーの瞳の光に、リーフィは彼の意図するところを理解する。
「どうやら、ちょっとややこしい事になりそうよ」
 そういうと、シャーはリーフィを後ろにいかせ、その前に立ちはだかるように足を進める。どろりとした闇の中、確かに誰かがそこにいる。
「……いい…。そこの家のそばにいて。…けして誰も近づけないようにするから」
「わかったわ…。でも、気をつけてね」
「ありがと」
 シャーはリーフィの方を向かずにそういうと、左手で柄を握って鯉口を切った。
 相手は、おそらく一人だ。様子見なのか、あるいは、本当に一人だけなのか。
「おたくさん、どこの何様?」
 シャーはそう訊いたが、相手はだんまりだ。す、とわずかに三白眼の目を細め、シャーは相手を見た。本来、少しだけ青みがかる瞳が、より青さを増しているように思えるのは、夜のこの冷たい空気とわずかな月明かりのせいかもしれない。
闇にいる相手が、ふと揺らいだ。シャーは、同時に右手で柄を掴んで一気に引き抜くと、それを受けるべく軽く横に薙ごうとした。が――。
「うっ?」
 シャッと銀色の光が走った。だが、それは変則的なもので、すーっとまっすぐに近づいてきてから、急激に曲がったような気がしたのである。シャーは慌てて手を引いたが、間に合わない。刀を握っていた右手の甲から何か赤いものが散った。そのまま後退し、シャーは目の前の闇を透かすようにみた。
 おそらく手の傷は気にするほど深いものではない。それよりも、シャーは先ほどの攻撃に警戒をいだいていた。
(なんだ、今の…)
 今の剣の流れは読めなかった。あの刃は独特の曲線を描いてこちらに飛んできたように見えたのだ。
(一瞬見えなかった……)
 刀を下げた右手を伝わって、ひたひた、と砂の上に血が滴る音だけが聞こえてくる。
 再び相手は静けさを決め込んでいる。気配が全く読めない。夜の闇に紛れてしまったようだ。
 それよりも、先ほどの太刀筋だ。あれほど読めない、絡みついてくるような太刀筋は初めてだ。おそらく武器自体が特殊な形状をしているのだろう。
 相手の動きが読めないなど、さといシャーにとってはかなり珍しいことだった。それだけ相手の動きは速い。そして、初めて見る形状の武器にシャーははっきりと焦燥を覚えていた。
(どうする? …あれは読めないぜ…)
 シャーは、相手の次の攻撃に焦り、軽く牽制に刀を引く。相手は攻撃してこない。だが、確かにそこに「いる」。隠しようのない殺気を抱いたまま、相手はこの付近で自分を狙って剣を抱いている。
 シャーは不意に自嘲した。敵の攻撃に怯えている自分に気がついて、馬鹿馬鹿しくなったのだ。
(焦ったっていいことは何もないぜ。どうせ痛い目見るのは同じなんだ。問題は程度だろ)
 自分に言い聞かせるようにいって、シャーは周囲に素早く目を配った。
(こりゃ、マジで無傷じゃすまねぇかもなあ。……死ななければよしとしようぜ、シャー=ルギィズ!)


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