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Truck Track


真冬の一幕

はらはらと舞い降りるしろいちりのようなもの。
 最初は、それが何であるのか、よくわからなかった。風に舞いながら、やがてものにぶつかって解けていく淡いものだ。


「やれやれ」
 ぽつりと吐くと、その分、息がしろくかたまったように上って消えていく。
 それを呆然とみやりつつ、ジョシュアは雪原に立っていた。
 すでに、ジョシュアは、ここがどういう地形だったのか忘れてしまったが、確か、岩山だったように思う。あたり一面真っ白で、錆だらけのトラックもうずもれてしまいそうなことになっていた。
(はたして、エンジンがかかるのか? コレ……)
 そんな心配をしつつ、ジョシュアは自分では触らない。ただでさえぼろトラックなのだ。もし触って再起不能になったら困る。
(触らぬカミに祟りなし……とか、軍曹殿はいっていたな)
 ジョシュアは、なんとはなく異国のことわざの意味を理解しそうになるのだった。
 ジョシュアは、じつのところ、一晩で積もった雪に途方にくれていたのだった。
 昨夜はよく冷え込んだのだった。さすがにトラックの中は寒いし、防寒具がこれといってなかったので、近くのペンションで一晩休んだ。久しぶりに、ふかふか、……とまではいかないが、とりあえずそれなりの寝床を手に入れたので、安眠をむさぼったジョシュアであったが、朝、目が覚めて外を見るとこういうことになっていたのである。
 雪、というものを、ジョシュアは余り見たことがない。人口雪なら、植民市のスキー場にあったが、こんな風にふわふわした塊が、空からどんどこ降ってくるものだとは知らなかったのだ。それには、一応彼も感動したのだが、感動した直後に、埋もれたトラックを見つけて途方にくれてしまったのだった。
「ジョッシュ!」
 いきなり、呼びつけられてジョシュアは、相変わらず覇気のない目を向ける。と、そこには、覇気のありすぎる軍曹殿が、どこで手に入れたのかあたたかそうなコートに身を包んで腕組みしてたっているのだった。
「貴様、何をぼーっとしているのだ、ジョシュア!」
「何をボーっと、って、軍曹殿、目の前の現実が見えないほどもうろくしましたか」
「何がもうろくだと?」
 軍曹殿は、むっと眉根を寄せた。
「昨日の夜にドカ雪が降ってトラックが埋まっただけではないか」
「ことの重大性を気づいていないあたりは、流石ですな。これじゃあ、出発できませんよ」
「どうせチェーンもスノータイヤも履いていないのだから、出発してもすべるだけだ。だったら、しばらく待機したほうがいい」
 妙に現実的な軍曹殿の答えに、ジョシュアは肩をすくめた。
「で、どうするんですか」
「その内溶けるだろう。ペンションの主人にきいたら、ここは普段はそれほど雪の深い地域ではないらしい。下手をすると日中にはとけてしまうかもしれんから、今のうちに雪を堪能するのだ。貴様も、とっととコートでも着てあたたかくしてから遊ばんと損だぞ」
「なんで、そんなにテンションが高いんですか、軍曹殿」
「俺は、雪が余り降らぬ地方の出身だから、雪を見ると血が騒ぐ。かつては、学校も、雪が降ると授業を中断して校庭で遊ばせてくれたものだ」
 軍曹殿は、どこか遠くを見る目になった。
「そんなに雪がつもったのですか?」
「馬鹿者。雪など滅多に積もらんから、粉雪が舞い散る中で縄跳びをしたりして遊ぶのだ」
「それ、雪が降る中で遊ぶ意味があまりないのでは……。寒いだけじゃあないですか」
「やかましい。俺の思い出を汚すな!」
 軍曹殿は、おかんむりだ。とりあえず、軍曹殿は、目の前のありあまらんばかりの雪を見て、子供帰りしているらしいことだけがジョシュアにはよくわかった。
 

 例のごとく意味不明の土地に迷い込んだ通称軍曹殿の軍曹と、上等兵のジョシュアは、いまだに目的地に向かって走っているところだった。
 とはいえ、方向は軍曹殿の勘によるところが多いから、果たしてどっちに向かって走っているのやら、ジョシュアはいまだにわからない。軍曹殿は間違いないのいってんばりなのだ。
 けれど、今のところ、副業である運びやをしてみたりと、なんだかんだで生活できてはいるので、まあいいかとジョシュアは思い出してきていた。アルバイトしながら旅をしている気分の、妙に平和な兵隊二人である。
 さて、そんなことは毎度のことなのでどうでもいい。
 まだ、粉雪が外でちらちら降っていた。
 ジョシュアが、ペンションのロビーで温まり、コートを調達して、再びトラックの元にあゆみったとき、軍曹殿はのんきに雪だるまを作っていた。
 手馴れていない軍曹殿の雪だるまはいびつだ。
(ああ……、一生懸命だなあ)
 三十路男が一生懸命雪だるまを作っている様は、ほほえましいを通り越して、どこか生ぬるくうつってしまうジョシュアである。石炭がないからみかんで目をつけよう、などといってトラックに積み込んだみかんを探すあたりも、何となくシュールな光景だ。この光景をみて、彼の職業が軍人だとは誰も思わないだろうな、と思ってしまうジョシュアなのだった。

 軍曹殿とジョシュアが、基地につくころには、きっとこの土地の深い雪も解けていることだろう。





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背景:MIZUTAMA様からお借りしました。