一覧 シャーの城でのある日
続・シャーの城でのある日
宮殿でできるシャーの仕事といっても、印を書類に押すぐらいだ。普段城にいないので、まさか外交など任せるわけにもいかないし、和平が保たれている以上、彼がもっとも得意とする軍事上の問題もない。 それに、仕事をしていないように見えて、シャーはシャーで考えているところは考えているのだ。例えば、シャーはカッファの政策などについて何も知らないような顔をして、ちゃんと把握しているし、街の中に紛れながらその効果について確かめたりもしている。時々アドバイスの形で、普通の会話に混ぜてどうしたらよいのか告げてくることもある。 約束もあるので、普段街で遊んでいることをいまいちカッファは責める事ができないのだった。 「今日は書類に印でも押していってください」 「ねえ、いくらくれんの?」 「何馬鹿なことを言っているんですか? 働きに応じてはそれなりに出します」 「ガキの小遣い程度じゃない」 「何が悪いんですか?」 カッファは不機嫌だ。それもそうかもしれない。牢屋から出して、一応着替えさせてみたが、シャーが怪しいのは元からで、宮殿にいても貴族の馬鹿息子ぐらいにしか見えない。シャルルの顔もよく知られていないので、彼の正体を知るものはほとんどいない。だから、カッファがシャーを連れて歩くと、馬鹿息子を連れて歩く宰相の姿としか見られない。不機嫌にもなろうものだった。 早足で歩くカッファに追いつきながら、シャーは訊いた。あたりを一度見回す。 「ねえ、なんかみんな扱い酷くない?」 「ひどくありませんが」 カッファの答えは冷たい。シャーはのそっとカッファをのぞき込むようにした。シャーは実際背が高いのだが、猫背なのもあってカッファより顔の位置が低かったりすることもある。 「なんでオレは、自分の家でこんなよそよそしくみられなくちゃいけないの?」 「ご自分の胸に聞いてください。私の口からは申し上げられません」 カッファは冷たくそう言ってため息をつく。 「あ、それひどいなあ」 「これでも最大限あなたを傷つけないように配慮しているのですが…」 その言い方がひどいよ。とシャーは文句を言おうとしたが、それは結局言わなかった。ちょうど宮殿の奥の廊下にさしかかったとき、不意に目の前に走ってくる青年の姿が見えたからだ。 普段彼のいる部屋はもう少し奥だ。この辺はすでに特殊な領域なので、普通の兵士や文官はいないのだが、それにしても、彼がここまで出てくるのは珍しい。 「あれ、兄上?」 「カッファ、シャルルも来ていたのか!」 部屋から自分から出てくるというのも珍しい。今日は体調が良いのかと思ったが、案外兄の方は血相を変えている。カッファは何事かと慌てて訊いた。 「どうかいたしましたか、レビ様!」 「シャルル! 不審者が城に出たと女官からきいたのだ! 刺客かも知れない…!」 シャーは思わずカッファの顔をのぞく。だが、カッファはあえて目を合わせない。 「これはゆゆしき事態だ! さあ、シャルル! 君は身を隠して安全な所に…」 「あ、あのね、兄上…落ち着いてきいてね」 シャーはため息混じりに、しかし、まだカッファに助けをもとめようと試みる。カッファの方は知った事じゃないとばかりにそっぽを向いている。きょとんとしている兄に、シャーは仕方がなく遠い目をしながら言った。 「ごめん、兄上。多分、それオレのことだわ」 シャーは軽くため息をつく。そして、やはり自分は、街の方がいいやと思ったりもした。 あそこでは不審でも、捕まって牢に入れられたり、女官に不審者呼ばわりされることもない。自分が入る背景としては、あのカタスレニアのひなびた場所が一番いいのかもしれない。 一覧 シャーの城でのある日 |