一覧 戻る 進む 笑うムルジム34 先頭を走るゼダを追いかけるように、シャーは暗い道を走っていた。ベリレルも傍についてきているようだったが、後ろに何者かが追ってくる気配も感じていた。 シャーにも、まだこの事態について頭の整理がうまくできていない。 ただ、ベリレルたちを抹殺すべく行動している黒服の男たちは、彼らが想定していた街のゴロツキとはまるで別種だ。統率された動きは、訓練されたもののそれである。そのことからも、よく知ったあの女の仕業だろうという目星はついていたが、だからといって作戦の裏にどんな事情があるのかはわからなかった。 ただ、今は、こうなった以上、どうにかベリレルを逃がし、自分達もうまく逃げ延びなければならない。 「おい、なんなんだよ、あいつらはよ?」 ゼダに追いついたところで、彼が声をかけてきた。 「どう考えても普通じゃねえよ、あいつら。一体何者なんだよ」 「オレに聞かれてもしらねえよ」 シャーは、ぶっきらぼうに答える。ちらりと背後を見ると、暗闇の中に人影が見えている。まだ追いかけてきているのだ。 「思ったよりしつこいな」 「そりゃそうだ。一人も逃がすつもりはないんだろうよ」 シャーの返答を聞いて、ゼダは、ちらりと自分とシャーの間にいるベリレルを見た。 「こいつぁ、どうもいけねえな。時間稼ぎしてるうちに先に逃がしちまうか?」 「その方がいいけど、ちゃんと逃げられる場所でやらねえと、オレたちがキツイぜ」 シャーは、眉根をひそめた。 「さすがにあいつらにまとめてかかってこられると不利だ。うまいこと巻いて逃げられるようにしとかねえと」 「おう、その辺は心得てるぜ」 で、と、ようやくゼダは、斜め後ろを釈然としない顔で走っているベリレルに声をかけた。 「おい、お前! 話きいてたろ! 手伝ってやるから、ここまっすぐ走って逃げな!」 「な、なに……」 「ゆっくり説明してる時間は、ねえんだよ! 俺達が時間稼ぎしてやるから、王都から落ちろって言ってんだ!」 戸惑うベリレルに、シャーが口を挟む。 「あいつら普通じゃねえし、都じゃ危ない。都落ちしてしばらくなりを潜めてな!」 ベリレルは、きょとんとした顔になった。何故助けてくれるのかといわんばかりだったが、シャーはもう取り合う様子もない。それより、後ろから迫ってくる足音が気になっているようだった。 「やばいな。意外と足が速いでやんの」 シャーは、苦笑した。 「おい、ネズミ、ここで一旦叩いておくから、先にいきな!」 シャーは、そう言い放つと、再び剣を抜いて身を翻した。ざっと砂を摩擦する音が立ち、彼の気配が遠ざかる。 「おう、気をつけろよな!」 ゼダは、そう答えると、背後ですでに金属のぶつかり合う音が響いているのを聞きながら、ベリレルに向けてついてこいとばかり顎をしゃくった。 「い、一体、お前ら……なんで……?」 ベリレルがそう声をかけてきたが、ゼダは無視して走り続ける。幸い前方に回りこまれてはいないようで、刺客の影は感じられなかった。 「このまま、ここまっすぐいったところで、オレの手下とミシェが待ってる」 はっと、ベリレルが顔を上げた。 「おめえには、そこまで走りぬいてもらうぜ」 「ミシェが? な、何で?」 「何でじゃねえよ? さっき、三白眼が言ってたろ? しばらく都落ちしろっていってんだよ、ミシェとな」 ゼダは、いらだったような口調になった。 「あのなあ、おめえが危ねえことするんで、あいつが迷惑してたことは、おめえもわかってるだろうな? オレも他人のことを言えた生活してねえが、あいつと色々話しきいてたら、本当に不憫でよ。お前みたいなダメ男の為に、命かけてくれるなんて、あんないい娘そうそういないぜ。あんな話聞かされちゃあ、オレも何もしねえわけにはいかねえのさ」 ゼダは、やや吐き捨てるようにいいつつ補足する。 「テメエを逃がすのはオレも三白眼も癪なんだが、ここで死なれると、ミシェに義理立てした手前困るんでね」 ゼダは、ちらりとベリレルをにらみつけた。 「しょうがねえから、今日は助けてやるが、今度こそ迷惑かけるんじゃねえぞ! 何かあったらただじゃおかねえからな!」 二人の目の前に三叉路が見えていた。この周辺の路地は、複雑に入り組んでいるが、道に迷わなければ大通りにするりと抜けることもできた。どうやら刺客に先回りされていることもなさそうだ。 「そこで分かれるぜ! まっすぐ行きな!」 ゼダがそう言って剣を抜き、そこで立ち止まった。 「あ、ああ、すまねえ」 ベリレルは、礼を述べてそのまま走り抜ける。 ゼダは、ベリレルを見送った後、そのまま来た道を引き返す。暗闇の中で何か見えるのは、どうやら足止め中のシャーのようだった。 「おい、そろそろ時間だぜ!」 ゼダは、シャーを援護して剣を振るった。思わぬ助太刀に刺客が面食らった様子で後退する。そのスキに二人は再び走り出した。 「あいつは?」 シャーが、息を切らしながら尋ねて来た。 「まっすぐ行かせた。どうやら先回りはされてねーみたいだしな」 「そうか。まったく世話ァ焼かせやがるぜ」 「全くよ。だがオレもなかなか気が利くだろ?」 ゼダが隣でにやりとした。 「何がだよ?」 「お前、あいつと口きくの嫌そうだったから、俺が代弁しといてやったんだよ。リーフィのことには、ふれてねえから安心しなって。お前も、やだろ? あいつがリーフィが自分のこと気にしてるなんて、うぬぼれるのさあ」 にやにやしながらそういうゼダに、シャーは眉根をひそめて口を尖らせる。 「何いってやがる。オレは別に……」 「別にって面かよ? あんまり顔もあわせたくないんだろうなーと思って、先に行かせたのよ。おめえも、面の割りには繊細なトコあるみてえだし、本当にオレって気の利く男よな?」 「な、何が……。自画自賛も大概にしとけよな」 シャーは、やや動揺しつつも、あきれた表情を作った。 「ま、それはともかく、あの辺に三叉路がある。うまいことあそこで巻こうぜ」 ゼダは、勝ち誇った様子でそう話を変えた。 「チッ、ネズミ野郎」 シャーは、つまらなさそうにそう吐き捨てた。 礼拝の為の行列は、すでに神殿に到着していた。 レビが姿を現す場所には、人目を遮る為に布が張られている。王といえど、礼拝の為に、門の内側の中庭で輿から下りなければならない。 中庭から神殿へと張られた布の区画のなかで、レビ=ダミアスは、輿から下りて地面を踏んだ。 「しかし、随分と厳重な警備だな」 夜の冷たい空気に目を細めつつ、改めてのんびりとそう呟くレビだった。この青年は、生まれながらの貴人なせいか、どこか浮世離れしている。どんな場面でもおっとりしてて、まるで緊張感を感じさせない。落ち着いているのは結構なことなのだが、あまりにのんびりしているので、周囲のものが不安になるほどである。 「なにやら不穏な考えのものがいるとの情報がありますからな。これぐらいは必要です」 「ふむ、しかし、こんな夜遅くまでとは、付き合わせてしまった兵士が気の毒だ。後でなにか労ってやらねばな」 (そう思うなら、今日の礼拝を取りやめてくれればよかったのに) 思わずカッファはそんなことを口に出しそうになってしまう。 レビは、というと、久しぶりに地面を踏んだのが楽しいのか、あちらこちらをゆるりと見渡しつつ、どことなく上機嫌だ。 「しかし、いつ見ても荘厳な建物だな」 「ええ、こちらの女神様は、非常に強い力を持つお方であらせられますし、我が王家ともつながりが深いのですよ。何か大きなことがあると、西の砂漠にある女神様の神殿に巡礼を行うこともあるほどです」 「ああ、聞いている。体が弱い私には、そのような長旅は辛いので、なかなかいけないのだが……」 ああ、そうだ、と、レビは、にっこりとカッファに笑いかける。 「そういえば、彼も王位に着く前にご挨拶に行ったんだったかな?」 「あ、ああ、いや、あれは、そういうことではなかったので……」 カッファは、少し口ごもり、ため息をつく。 レビ=ダミアスは、当時の彼のことをよく知らない。今でも随分不真面目な男だが、あの時はかなり荒れていて、レビにあわせることもできなかったし、彼自身も会うつもりもなかっただろう。 レビは、そんなカッファのため息の理由も知らない。ただ、何を思ったのか、率直にこう尋ねて来た。 「でも、珍しいな。カッファのようなお堅い人間が、彼女のような女神を篤く崇拝しているとは」 「は? いえ、しかし……」 「カッファが、個人的に供物をささげていることは聞いているよ」 「それは、我が王家ともつながりの深い女神であらせられますからな」 「彼女は、金星の女神であり、豊穣の女神であり、戦争の女神でもある。けれど、同時に愛をつかさどる女神でもあって、そのことから、彼女が遊里の楼閣のものたちに崇拝されていることも、カッファは知っているだろう。カッファの性格なら、そのことで毛嫌いしてもおかしくないのだけれど。カッファは、遊里のお祭りの時にも寄付金を出しているだろう?」 くす、と笑うレビに、カッファは、少し困惑気味になった。 「い、いや、私はそのような……。た、ただ……、あの女神様には、実に世話になったことがございましてな。そのことから、毎年、心ばかりの品を奉納しているだけで……」 「そうなんだね。カッファにも意外な一面があるんだな」 くすくすと笑い、レビは、やや慌てた様子のカッファを後ろに歩き出した。 「さて、それでは、兵士達をあまり待たせるのもかわいそうだ。滞りなく礼拝を済ませよう」 彼は、そういって服装をつくろった。王には帯刀が認められているため、そこで剣を身に着ける。 すでに門の前には司祭達が、彼を見迎えるために待っている。すでに門の前には司祭達が、彼を見迎えるために待っている。彼は、司祭達に会釈し、門の中に入った。 門を抜けるとすぐに祭壇のある間が現れた。中は、ろうそくの明かりで昼間のように明るく、石畳の上に青い絨毯が敷かれていた。 祭壇の周囲に王家のタペストリーがかけられており、その中には現在の王であるシャルル=ダ・フールを示す剣と孔雀の羽が描かれた青いものが見受けられた。そして、東西に向けて金星が見えるように大きなまるい天窓が開けられていた。 レビは、その参道をまっすぐに歩きつつ、不意に天窓の方に目を向けた。彼はそこで、何か小さな火がきらめくのをみたようだった。 一覧 戻る 進む |